#81 水色の鍵
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「そう、お前だ。文姫」
劉辯の銀の瞳が文姫を射抜く。
「ちょ、ちょちょっと待ってください! でも陛下だって、私は小紅さまのオマケであって、仙術を引き起こすチカラ──仙力は微々たるものだって知ってるじゃないですかあ!」
文姫はわたわたと両手を前にして首を振る。その様子を見た李杏が笑う。
「なっ! 笑い事じゃないですよ李杏さん!」
文姫が少しむくれてそう言ったけれど、李杏はぱたぱたと手で顔を扇ぎながらそれに答えた。
「ごめんごめん。あんまり可愛かったからつい……ね。でも、大丈夫よ文姫ちゃん。あなたの仙力は、ちゃんと強くなっていると思うわ」
そう言って李杏が取り出したのは、いつか使った水晶玉。
「さあ、この水晶玉に手を翳して。術言は、覚えてる?」
李杏の口調は柔らかいままだったが、目は少し真剣になった。
文姫は少しだけまだ疑っている様子だったけれど、結局こくりと頷いた。
彼女は水晶玉に手を翳し、術言を唱える。
「青龍、朱雀、白虎、玄武、そして黄竜──五神よ、我の呼び声に応え、ここにその力を現したまえ」
文姫がそう唱えれば、水晶玉の中を五色の光が綺麗な円環となって回る。
それは前に見た時よりも少し強い輝きを放っていた。
「やはりな……前に見た時よりも強くなっている。董白の仙力によって開花したな」
劉辯が言う。
「……開花?」
私が尋ねると、そっと李杏が補足する。
「小紅ちゃんと文姫ちゃんはね、知らず知らずのうちに仙力を高めるための修行の一つ──“対坐巡行”をやっていたのよ」
「対坐巡行?」
私は文姫と二人、その言葉を繰り返した。
「ああ。余も昔、李杏にやってもらった。身体に五行を覚えさせるために、自分より強い仙力を持つものに流し込んで貰うんだ」
なるほどそれで、文姫の仙力が上がった。というか、文姫の中にある五行の通り道が開いた……って感じかな。
「でも、なぜ私が“鍵”なんですか? 小紅さまの仙力の方が、ずっと強いのに……」
文姫が水晶玉に手を翳したまま言う。
確かに彼女の言うとおり、少し強くはなったけれどまだその輝きは微量だ。私と比べても、劉辯と比べても。
「そうだな……だが見ろ」
そう言って、劉辯は水晶玉に視線を落とす。私と文姫も、一緒になってそれを覗き込む。
「文姫の五行は、綺麗に円を描いているだろう。素直で、それにどの属性にも偏っていない」
「ええ、文姫ちゃんの髪の色……まるで透けるような水色。いつかそれは銀色になると思う」
劉辯が言い、李杏が付け足す。
水色? 銀色? でもそれに、なんの意味があるんだろう。
「わからないわ劉辯。それは、良いことなの?」
いつかと同じように、私は劉辯に尋ねる。
劉辯はこくりと頷いて、棚にあった一本の巻物を取り出す。
くるくると解かれたそこに描かれていたのは、一人の女性だった。頭には透き通るような髪を束ね、顔には薄いそばかす。
鳥のように長い爪で、静かに桃を剥いている。
「この女性は……?」
「麻姑だ。八洞神仙の一人と伝えられている」
「神仙……」
聞き慣れない言葉を前に、私は劉辯の言葉を繰り返した。
「仙人の中でも、特に天に近いとされた人たちよ」
李杏がそう付け足す。
「ああ。仙術を使うのは、我ら皇族だけではない。……と、言うよりもむしろ本来。これは修行を通じて自然と対話を重ね、五行を深く解した者たち──仙人が使う術なのだ」
「そして麻姑は、その中でも神仙と呼ばれるほど強い仙力を身につけた人──見て」
そう言って李杏が指さしたのは、麻姑の髪だった。
「麻姑の髪は、生まれた時は黒だったの。でも仙力が満ちるにつれだんだんとその色は透けて水色になり、最後には青銀色になったわ」
その話──それって……
「わ、私と同じです……」
文姫が唖然としてそう答える。よく見れば、その髪色は前よりも少し色が透けているような気がした。
李杏は文姫を見つめて静かに続ける。
「おそらく貴女は……麻姑と何らかの繋がりがある。仙術に極めて高い適正をもった……仙人の一族の生まれのはずよ」
李杏がそう言えば、まるでその名に反応したように、締め切った窓がガタリと鳴る。
扉を見張っていた李儒が、手を口に当ててギラリと目を窓に向ける。
そのまま何度か鼻を鳴らし、やがて危険がないと悟ると首を振った。
「大丈夫です。単なる風のようだ」
李儒がそう言ってようやく、一同が胸を撫で下ろす。
そしてそのまま文姫の目を見ると、劉辯は言った。
「新たな仙術を授けよう。だが文姫、今度はお前が小紅を導け。小紅の扱えない水の行を──玄武の力を借りる。強すぎる小紅の仙力を制御できるかどうかは、お前にかかっている」
その言葉に、文姫が唾を飲み込む音がした。
新たな仙術。文姫の出自の謎。まだわからないことはたくさんある。
だけど私の脳裏には、なぜかあの人の顔が浮かんでいた。
この世界で文姫のたった一人の父親、蔡邕の顔が。
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