#80 歴史を変える
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漢王朝の滅亡──
黄巾の乱が起これば、その未来は確実に一歩、私たちに近づく。
董卓の暗殺も、その“向こう側”で起こることだ。
だから歴史を変える。
聖者・張角の“死”だけじゃない。
もしこの乱そのものを止められたなら、“予言そのもの”の存在だって無くなるかもしれない。
そしたら私は、もう竹簡に怯えずに済むのだろうか。
「頭を上げろ。それに……」
思考を遮るように、劉辯が私に声をかける。
「畏まった話し方はよせと言ったろう、董白。二人はもう、余と其方の間柄を知っている。いまさらだぞ」
口元は笑っている。けど、その額には汗。
劉辯だって怖いんだ。でも皇子として、こんな時ですら精一杯の余裕を見せようとしている。
「ごめんなさい。でも、協力をお願いしてるんだもの。礼を尽くすのは当たり前じゃない」
私は劉辯の意図を汲んであえて砕けた話し方に戻した。
「それでいい。で、その予言の書……みたいなものはここに持ってきているのか?」
「まさか。もちろん隠してるわよ。忘れたの? 私は“誘拐されやすい”ご令嬢なんだから」
冗談だ。
真剣な話をするっていうのに、さっきの感じだと悲壮すぎる。そんな風に思ったのもある。
でも、劉辯は笑ってくれた。
「ははは。そうだったな。じゃあ、それは今度でいい。新しい予言が出たんだろう。それについて教えてくれ」
劉辯は私に先を促す。
この先さらに劉辯の協力を得るのなら、予言の内容をいつまでも隠しておくことは難しい。
何から話そうか迷った挙句、私は黄巾の乱の原因から話すことにした。
「太平道……っていう宗教が広まってるの」
太平道──それを口にした途端。李杏の肩がぴくりと震える。
劉辯が一瞬だけ彼女に目をやると、李杏は小さくすみませんと謝った。
「ここ最近、李杏にも同じ奴らを調べさせていたんだ。余もすでに知っている。最近はこの洛陽でも名を聞くようになった。だが、それが冷夏と何か関係があるのか」
劉辯は顎に手を当てて尋ねる。
当然だ。太平道は、別に冷夏そのものを引き起こしているわけじゃない。
でも、問題は別にある。
「三年後……太平道は、全国で一斉蜂起する」
私たちの横で、李杏が息を呑んだのがわかった。
たぶん彼女には、その影響力の大きさがイメージできている。
その反応に、劉辯はもう驚かない。
真剣な目で、ただ続きを待っている。
「原因は、冷夏よ。不作を止めない限り、この未来は避けられない」
私は断言する。
正確には、予言書で求められていたことは張角の救済。
でも一度でも漢王朝の敵になってしまえば、彼を救うことは不可能だ。
「太平道そのものを禁止にすることもできよう。それではダメなのか」
劉辯が尋ねた。でも、私は知っている。
「“信仰”というものは、決して誰かに禁じられて止まるものではないわ」
この世のありとあらゆる宗教はほぼ例外なく、どこかの時代・場所で、時の為政者達から禁じられ、弾圧を受けたことがある。
でも、結果──その宗教が完全に無くなったかと言われれば、答えはノーだ。
禁じられれば禁じられるほど、弾圧を受ければ受けるほど、信仰は“集まる”し、“強まる”のだ。
それに“禁教令”なんて出してしまえば、漢王朝と太平道は正式にお互いを“敵”として認定し合うことになる。
これでは、最悪の結果を招くのも時間の問題だろう。
「そうか……もう、その段階まで来ているのだな」
劉辯は静かに目を伏せた。
皇子として、政治で解決することはもう難しい。
ただ、彼にできることはまだある。
冷夏を止める。
それだけ聞けば、とてつもないことに聞こえるだろう。
でも、目の前の人たち──劉辯あるいは李杏なら、その方法を知っているはずだ。
「陛下、もう一度言うわ。私は冷夏を止めたいの。私は宗教に詳しくないけれど……太平道は、“悪”じゃない。信仰は、誰かを苦しみから救うためにあると思う。民から生きる希望を奪うことは、正しいことじゃない」
この言葉は“本心”だ。
確かに張角を救うため、劉辯に彼を悪く思って欲しくないっていう“打算”もある。
でも、張角の憎しみはまだ“漢王朝”に向いていない。
ただ“悲しみを止めたい”。その一心が、彼を突き動かしている。
民を救うことが劉辯の願いで、また張角の願いでもあるなら、二人は同じ方向に向かって歩いていける。
そう思った。
「……」
劉辯はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「董白。其方の言うことにも一理ある。確かに、いま太平道を禁じるのは博打みたいなものだ。民の不満を受け止めるだけの力はもう……いまの漢王朝にはない」
「へ、陛下!」
劉辯の言葉を遮るように李杏が声を上げる。
例え友人として認識されていても、何でも許されるわけじゃない。
当然、皇子としての言葉には責任が伴う。
事実上、劉辯は認めたのだ。漢王朝の、劉家の持つ力の失墜を。
「良いのだ李杏。董白にはもうわかっている。未来が──見えているのだからな」
李杏は目を逸らし、劉辯は右手で彼女を制したままこちらを見た。
細くなった銀の瞳に、強い決意を感じる。
私はそれにゆっくり頷いた。
「董白──確かに其方の仙力は、天候を操れるほど凄まじい。しかし前にも言ったが、五行とは常に巡るものだ。一夏の気候をそのまま変えてしまえば、その後どんな反動がやってくるかわからない」
そう言って劉辯は李杏を見た。
彼女が続ける。
「陛下のおっしゃる通りです。小紅ちゃんの仙力はすごいけれど、それはそのまま“諸刃の剣”になり得るの。かつて先の時代に起きた地震、洪水、干魃……。そういったものの中には、行き過ぎた“仙術”が原因になったものもあると伝えられているわ」
その表情は真剣で、彼女は嘘をついていないとわかる。
また劉辯が続けた。
「逆に、仙術で民が救われた話だって無数にある。つまり問題は、いつ、どう使うかだ。そして何より大切なのは、力を“巡らせる”ことだ」
劉辯の顔は厳しい。でも、その言葉の中にはヒントもあった。
私はその言葉を繰り返してみる。
「巡らせる……」
「ああ。うまく五行が“一巡”すれば、何も問題はない。でも董白、其方の仙力の相性は……」
劉辯は、そこで言葉を切った。
“火”に──傾きすぎている。
私の脳裏に、いつか熱に耐えかねて砕け散った水晶玉が鮮明に蘇る。
その瞬間、胸の奥が急速に冷えた気がした。
だけど、劉辯の視線はゆっくりと私の背後に移った。
「だから……おそらく今回も。もう一つの“鍵”を握るのは其方だ」
その視線を追って、私は振り返る。
そこにいたのはもちろん、“水色の髪”の少女。
少女は目をぱちくりさせて、口を半開きにしてしばらく言葉を失った。
そして次の瞬間──、
「ええっ!? ま、また私ですかぁ〜〜!?」
文姫の、どこか間抜けで可愛らしい声が、行政宮の奥に響いたのだった。
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ちょっと短編書いてるから次話は1週間ほどお待ちを♡
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