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董卓の孫娘はお爺ちゃんを救いたい!〜悪役令嬢、竹簡の予言で滅亡回避〜大悪党の董卓ファミリーが闇堕ちする前に、私が全部救います!  作者: 雨咲 しゆみ
第二章──毒の予言と夜宴の蝶

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#72 決勝──黒赤蝶

 ***


「ほほ。いよいよか……」


 霊帝(れいてい)さまの声。隣の何皇后(かこうごう)も機嫌よく頷く。


「出てきたわ! 見て、あのお化粧! いったいどんな詩を詠むのか、今から楽しみよ!」 


 その声に招かれるように、静かに霊帝さまの前に進み出たお母さま。

 そして他の出場者たちがやったように(うやうや)しく膝をつき、頭を下げる。


涼州(りょうしゅう)の将──董卓(とうたく)が娘、董璃(とうり)。ご披露させて頂きます」


 お母さまがそう言うと、霊帝さまは席を立った。

 何皇后が不思議そうに霊帝さまの方を向く。王允(おういん)何進(かしん)も揃って顔を見合わせる。


(こう)ちゃん……どうしたの……?」

「ほほ。なんの、“特別な演出”を用意しておっての……」


 何皇后の問いに、霊帝さまは笑ってそう答えた。

 ゆっくりと階段を下り、霊帝さまはそのままお母さまの隣まで歩み寄ると、その肩に手を乗せた。

 もう片方の手には、あの“詠み札”。


「その化粧……まるで“戦場”にでも向かう兵のようじゃ。つまり……もう其方は“覚悟を決めた”のじゃな」


 静かに、しかし残念そうに霊帝さまは呟いた。


「……はい。私は後宮に入るつもりはありません」


 お母さまも小さく答える。


 もし──公衆の面前で霊帝さまの求婚を断ったらどうなるか、お母さまには“わかっている”。

 もちろん、霊帝さまにも。


 だから二人のこのやり取りは『確認』だ。


 互いが互いに“刃を向ける”前の──


「ほほ。で、あれば……朕はもう一つ“手札”を切ろう」


 そう言って、霊帝さまは懐からもう一枚、“別の詠み札”を出す。


「そ……それは?」


 お母さまに動揺。だって、いま霊帝さまの手に握られている詠み札は“二枚”。

 一枚にはまさかの──“知らない詩”。


「当然──朕が先ほど“其方に渡した”詩のはず……であるが? はて?」


 霊帝さまがとぼけた顔でそう口にする。

 それを見ていた隣の文姫(ぶんき)が思わず叫ぶ。


(っ小紅さま!? なんですかあれ!?)

(ひどい! ……これは罠よ。霊帝さまは最初から、お母さま“だけ”に恥をかかせるつもりだったのよ!)


 皇帝の求婚を断るなんて、“通常”では考えられないことだ。

 でも、もしそれがこんな“中華全土の有力諸侯”が集まる場で起こればどうなるか──そんなことが、ただの不敬で終わるはずがない。

 霊帝さまだって、大恥をかくのだ。権威の失墜は免れない。


 だから──


「私を……いいえ。“董家を()めた”のね……」


「ほほ。皇帝である朕に向かって、ちと不敬な物言いじゃの。……違う。選択するのは“其方”じゃ。朕は“選択肢”を与えてやっておるに過ぎん。実に慈悲深い、誠の“王たる者”の“徳”である……とは思わんか?」


 霊帝さまは笑みを浮かべたまま、二枚の詠み札をそっと振った。


(……最悪。あいつ、とても皇帝の器じゃない)

(ど、同感です! とっても卑怯(ひきょう)! 卑怯者です!)


 文姫は憤りで顔を真っ赤にしている。

 私はその両肩にそっと手を置いて力を込めた。


 それは怒りじゃない。覚悟だ。


(でも……関係ないわ)

(はい! これで思う存分やれます!)


 文姫と私は走り出す──霊帝さまに向けて。

 そして、その手元から霊帝さまの“詠み札”を二枚とも抜き取った。


「な、なんじゃ!?」


 霊帝さまが驚きの声をあげた。

 もちろん私たちの姿は“ 誰にも見えていない”。だから、詠み札が“勝手に舞い上がった”ように見えたろう。

 私たちは構わずそれを近くにあった“油灯(ゆとう)”に投げ込む。

 “詠み札”は瞬く間に燃え上がり、黒い塵になって宙を舞う。


(やっぱり、油灯は“よく燃える”わね)

(はい!)

 私たちは、微笑みあってからハイタッチ。


 咄嗟に飛び出そうとした衛兵を、李儒(りじゅ)が止める。


「下がれ。霊帝さまの“演出”だ」

 

 唖然とした顔で塵を見つめる霊帝さま。


「詠み札が……」


 そう。詠み札が失われた以上、霊帝さまは“出題”という形を取れない。

 ならば、お母さまは詩を詠めない? 違う。詠み札は、“もう一枚”ある。


 霊帝さまが“半刻前に渡したはず”の詠み札が──“お母さまの手元”に。


 その瞬間──お母さまは銀の上着を一枚脱いだ。

 下から現れたのは、()()の着物。

 その背には、真っ赤な“朱雀”の刺繍──炎の翼を広げて舞い上がる、“必勝”の鳥。


「音楽!!」


 李儒が叫ぶと同時、壇上の端で待機していた楽団が演奏を始めた。

 何人もの女官たちが舞い出でて、お母さまをの周りをぐるぐると回りながら囲む。


 数歩後退した霊帝さま。それを、駆け寄ってきた王允と何進が支えた。


「これはなんとも……」

「素晴らしい! 誠に“特別な演出”でございますな!」


 二人は驚いているようだったが、その顔は興奮で昂っている。


「きゃああ〜〜!! すごいわすごいわ!! 何これ!! (こう)ちゃんすごい!!」


 何皇后も大喜びで“(こう)ちゃん”(霊帝の名)を呼ぶ。


 狼狽した霊帝さまがようやく壇上の席に戻るころ。女官たちは踊りをやめ、ふわりと舞台袖に()けていった。


 一人残ったお母さまが、舞いを続けながら詩を読む。

 黒い衣に赤い刺繍、艶やかな髪に輝く照明──夜灯に舞う黒赤蝶。


『私は“長安の黒赤蝶” 蝶に牙などございません

 

 後宮の華たる皇后さま 蝶は会えて幸せでございました

 

 皇帝の剣たる 何進大将軍 その身に宿る誠の勇 皇室の守護は お頼みします

 

 王佐の才の 王允どの 国を憂いて忠を通す その誠実に 諸侯は学びます

 

 そして慈悲深き “真実(まこと)の天子” 白檀と銀が似合う君

 

 長安に帰るその前に 貴方に会えて光栄でした


 漢はいずれ 天子の下に また必ずや 輝くでしょう』


 高らかに謳い、舞いを終えるお母さま。


 静かにその場に跪いた瞬間──会場から怒涛の拍手。

 どこからか湧き上がる、“黒赤蝶”コール。


「な、なんだよこれぇ!!」

「めちゃくちゃ痺れたぜ!!」


「董璃ちゃーーん!! 結婚してくれえ!!」

「知らないのか? 黒赤蝶は、もう既婚者だぞ」


「なんだよもぉぉぉお!! ちくしょうっ!! 誰だよあの人の思い人は!?」

「とんでもねぇ幸せ者には間違いないぜ」


 口々に、お母さまを讃える声。


(こう)ちゃん!! 私、会えて嬉しいなんて言われちゃったわ!! どうしましょう!!」


 何皇后は喜色満面で霊帝さまに抱きついている。

 王允と何進も、満更でもない表情で微笑んでいる。


 引き攣った顔の霊帝さまに、王允が一言。


「本当に素晴らしかったですが……。して、霊帝さまはどのような詩を?」


 しばらく考えていた霊帝さまだったが、ついに呆れたように笑って言った。


「さあ、なんだったかのう。もう忘れてしもうたわ」


 その表情は、どこか憑き物でも落ちたような、気持ちのいい笑みだった。


 ***

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