#70 決勝──曹操
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半刻後──
再びの銅鑼の音。司会の声が、“その時”が来たことを会場に告げる。
「そこまで。各々筆を置かれよ!」
そうは言っても、曹操と孔融はとっくの昔に詩を書き終わって瞑想している。
これは前の者の詩を聞いて自分の詩を書き換えないためのルールだ。
彼らにどのような“お題”が出たのか私たちは知らない。
もちろん、姿が消えてるいまの私たちなら、彼らのお題も返す詩も、簡単に覗くことができたのかもしれない。
でも、そんなことをしたってもう何も意味がない。
だって、私たちの“勝つべき相手”は既に彼らじゃない──霊帝さまなのだから。
「では、曹操殿から前へ」
司会の一声で曹操が中央に進み出る。
彼は自信に満ちた表情で、霊帝さまの前に膝をついた。
「よろしくお願いいたします」
「うむ」
そして霊帝さまが、まず先に詩を詠みあげる。
『移る世の 新しき風に 帆を張りて
進む黄河の 嗚呼快ならん
然れど我が漢 いま在るは
先祖脈々受け継ぎし法 徳を重ねし所以なるやも
水を変えよと 其方は言う 然るに“臣”こそ 漢の礎
朕の側にて 老いてなお 支えし臣にいかに報いん
新しき世に 遅れし者を 捨てて往くのが 漢の未来か』
霊帝さまの詩は、先ほど詠まれた曹操の詩への更なる問いかけだ。
曹操の言う“新しい漢”は、確かに聞こえはいいかもしれない。
でも、漢はもう四百年近く“この道”を歩んできた。言い換えれば、“歩き続けることができた”のだ。
その確かな道を捨てて、本当に新しいものだけで漢の未来が成るのか。
そしてその新しい“秩序”について来れない者たちに、これまで漢を支えてきた者たちに、どう報いればいいのだ?
そう霊帝さまは問うている。
曹操は頭を下げたまま手を胸の前で組み、静かに立ち上がった。
そして霊帝さまに深く一礼。そしてそのまま──
『嗚呼我が君の 天子たる 誠に尊きはその徳よ!』
そう言って顔を上げた。
両袖を広げる。まるで霊帝さまめがけて真っ直ぐに、いまにも翔び立たんとする“怪鳥”のように。
しかし実際には、霊帝さまを射抜いたのは“曹操自身”ではない。彼の“鷹”のような鋭い眼だった。
『基柱なくして 新しき梁は架からず
律たる法なくして 条たる令は下せず
忠たる臣なくして 功たる臣は現れず
それ即ち 国家の常なり
漢が興りて数えるは 既に三百と八十余年
基柱は太く律は堅牢 いま変えるべくは “梁”と“令”なり』
曹操の言い分はこうだ、三百年守ってきた国家の根幹となる法律を変える必要はない。
ただ、新しい政令を敷いていかねばやり方に合わない、と。
『然りとて “臣”は如何なるや』
でも、この人はここで終わるような男ではない。
本当に彼が伝えたいのは、ここから先だった。
『誠の“忠臣”たる者は 黄河の河に沈む石
水の流れが変わらんとてや 濁りに混ざらずむしろ鎮む
名を追いかくるは 忠臣にあらず
功臣に見せた 佞臣なり
然らば“名”でなく “禄”で報いよ 忠臣喜び その誇りを守らん
故に “才”は水のごとく招け 然らば漢は若返り 世の“安寧”の 永劫も成る』
つまり、彼は功績のあった者には褒美で報いよと言っている。
妄りに役職や名を追いかけるものは、主君に媚びへつらう“佞臣”だとも言った。
真に忠義に厚いものは、ただ己の本分を全うして騒がないものだ。
その忠義に報いるのに高い役職を与える必要はなく、ただ褒美を与えれば足る。それが忠臣だ。
だから本当に“才”のあるものに役職を与えたとしても、それで漢が廃れていくことはない。
寧ろ、漢の永遠を約束するだろう。
彼はそう言ったのだ。
「な、なんと革新的で的を得た詩じゃ……」
「し、しかし! これでは儂らの立場が……」
居並ぶ文官・名士たちも評価に困っている。それはそうだ。
彼らの中には“金”で役職を買い、ここに立っている者たちも多くいる。
素直に曹操の詩を讃美できるわけがない。
「曹操……」
しばらく目を閉じていた霊帝さまが、曹操の方を見る。
「ははっ」
曹操は再び膝をつき、霊帝さまに頭を下げた。
「よき返事の詩であった。……一考しよう」
深く、低い声でそう言った霊帝さまは、まだ迷いつつもどこか覚悟を決めたようにも感じられる。
「ありがたきお言葉」
曹操は頭を下げたまま答える。
瞬間──会場からは大歓声。
「すげぇぞ曹操!!」
「まだ若ぇのに、よく言った!!」
「金で偉くなった文官どもなんてクソだ! 変えちまえ!!」
酔いが回っているのだろうか。会場にひしめく叩き上げの武官からは、そんな危ない声も。
しかし、その瞬間──
「──黙れ、浮かれ者ども」
静かに、しかし強く。曹操が言った。
「場に呑まれ……悪戯に騒ぐな。この“佞臣ども”が。お前たちは、本気で“漢を終わらせたい”のか?」
その“鷹”の目が、今度は再び観衆を射抜く。
会場の熱気が一気に冷めた。そして曹操は立ち上がると身を翻して口にする。
「誠の忠臣は“川底の石”……ゆめゆめ忘れるな」
怒りに震えたその背中を、誰もが黙って見送ることしかできなかった。
そんな中で壇上の何皇后だけが、どこか面白そうにその顔を歪めていた。
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