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董卓の孫娘はお爺ちゃんを救いたい!〜悪役令嬢、竹簡の予言で滅亡回避〜大悪党の董卓ファミリーが闇堕ちする前に、私が全部救います!  作者: 雨咲 しゆみ
第二章──毒の予言と夜宴の蝶

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#67 白檀の貴人

 ***


 私たちはそのまま、会場の隅を少し歩いて外に出る。

 会場を出た瞬間、耳に満ちていた喧騒や笑い声は一気に遠ざかり、風がまだ“若い”夏草の香りを優しく鼻に運ぶ。


 南宮の東西に張り出した外廊(テラス)から見える空には、幾つもの星明かりが燦然ときらめいていた。

 目が痛いほど眩しかった油灯(ゆとう)と違い、初夏の夜空は澄んでいて、どこまでも深く、そして静かだ。


「……お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんな」


 盧植(ろしょく)はそう言って柔らかく笑うと、お母さまを見た。


「いいえ、こちらこそ。先ほどは助かりました」


 お母さまは小さくお辞儀をし、躊躇いがちに盧植に尋ねる。


「でも、どうして私を助けてくれるのですか? 李儒(りじゅ)のことも。あなたが手配してくれたと彼女から聞きました。いったい、あなたは……?」


 率直な問いかけだった。彼がどこから現れたのかも、誰なのかもわからない。

 お母さまらしい真っ直ぐな質問。だけれど、その人はまた笑顔を深めてこう答える。


「はは、私は“盧植”。いまは、身体を病んだただの老人です。しかし、そうですね……」


 一瞬の思考の余白──

 盧植は顎に手を当てて、“何もない場所”を見る。

 そう、“私の方”を──


「“ほほ”……。娘さんにでも聞いてみてください。でも、“約束”をしたので教えてはくれないかもしれませんが」


 思わせぶりに微笑む盧植。

 お母さまは眉根を寄せて少し困惑した表情だ。でも、私は知ってる。

 その笑い方──誰にも口外しないという、あの“約束”──。


 ああ、“やっぱり”だ……この人は──


 やがて真剣な表情で再びお母さまを見る“盧植”。

 雲間から遠慮がちにのぞいた月明かりが、その顔を照らす。

 瞳に、ほんの一瞬だけ滲んだ淡い“銀”。上品な木の甘さがほのかに香る──“白檀”の貴人。


 彼は──劉辯(りゅうべん)だ。


「そんなことより、次は決勝です。いよいよ霊帝さまは、“貴女の為だけ”に(うた)を詠む機会を得た。それこそ“公然”に、なんの“小細工”もなく。ただ……」


 そこまで言って、彼──“盧植(ろしょく)”という男に化けた“劉辯(りゅうべん)”は一瞬だけ間合いを切った。そして、真剣な顔で告げる。


「“どう答えるか”には、お気をつけなさい。その誘いを“飲む”か、“断る”か。後宮の香りは確かに甘いが……あの場所は『毒』に満ちている。皇后は華を“愛でる”のは好きだが、同じ(かご)に入りたいとは決して思わない人だ」


 『毒』……。

 その言葉は、誰よりも後宮──いや、“彼自身の母親”を恐れている彼だからこその表現なのだろう。


「お言葉が過ぎます、我が君。もう少しだけ声を」

 周囲に用心深く目を光らせていた李儒が、小さく注意する。

 劉辯は口元に手をやり、先ほどまでよりも少しだけ小さく声を落としてから続けた。


「この春、漢にまた“皇子”が産まれました。彼がこの世に生まれ落ちた時、空に“二つめ”の星が輝いた。

 でも、彼を産んだ母親はもうこの世におりません。……ご存知でしたか?」


 劉辯は、悲しそうな顔でお母さまを見る。

 お母さまは息を呑んでそれを見返すと、首を振って答えた。


「皇子誕生のお噂は董家にも届いております。ですが、その母親の“王英(おうえい)様”がすでに亡くなっていたなんて……」


「周囲には“長患(ながわずら)い”だと公表しておりましたが……それは皇子を身に宿していたのを隠すための嘘だったのでしょう。しかし皇子を産んだ後すぐに、彼女の容態は本当に悪くなった。李儒が……調べてくれたのです」


 そう言って、劉辯は李儒の方を見る。


「私は“これでも”女ですから、後宮に入るのに苦労はいたしません。王英様の出産もお手伝いしました。王英様と何皇后はもともと親しい間柄──長患いを公表した時にも真っ先にお見舞いにやって来たほどです。皇子誕生の報せを聞いた時にも、もちろん」


 李儒は後ろを向いたまま、淡々とした口調で話す。


「ま、まさか……」


「さあ。我が君の言った『毒』が本当にそのままの意味であるかは、私には分かりかねます」


 表情の薄い彼女の顔色は変わらない。でも、その声には少しだけ“怒り”がこもっていた。


「ですから、くれぐれもご注意を。私に言えることは、いまはそれだけです」


 劉辯はそう言って、口を閉ざした。

 代わりに、李儒が一歩だけ前へ出る。


「我が君、どうやら……ここまでです」


 その声が落ちた瞬間。

 私の背中を、冷たい指がなぞったような感覚が走った。


 風ではない。

 月明かりでもない。


 “誰か”が、こちらを見ている。ほんのわずか、たった少しだけ鼻を掠める──“獣”の匂い。


 李儒の手が、無言で私たちを庇う位置に動いた。

 劉辯の瞳だけが、静かに硬くなる。


「……行きなさい」


 それは命令だった。

 そして、祈りだった。


 私たちは、夜の廊を滑るように退いた。

 背後に残った“後宮の甘い毒”だけが、いつまでも喉に絡みついていた。


 ***

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