#66 決勝進出
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霊帝さまの宣言の後、続きは司会が引き継いだ。
会場を見渡して歓声が落ち着くのを待ってから、彼は改めて予選の通過者を読み上げる。
「それでは決勝戦の出場者は、予選参加者から……最も優れた三名。では、順に発表する──」
ドラムロールが鳴り、会場に緊張が走る。
曹操は胸を張り、孔融は襟を正す。お母さまは、少しだけ緊張した面持ち。
やがて銅鑼が打ち終わると、司会がその名を呼んだ。
「曹操殿!」
最初の予選通過者に、会場が拍手と歓声で沸いた。曹操は少しつまらなそうに呟く。
「ふん……。当然の結果だな」
そう言いつつも静かに片手をあげて、歓声に応える曹操。
孔融を振り返り、薄く浮かべた笑みに犬歯を覗かせながら、指一本で手招きした。
歓声が落ち着く頃、司会が次の通過者の名前を呼ぶ。
「続いて二人目──」
再びのドラムロール──しかしその栄誉を受けるべき人は、銅鑼が鳴るより前に中央へと進み出た。
まるで、合図を待つ必要などない、とでも言うように。
慌てたように銅鑼の音。そして、司会が名を読みあげる。
「ッ、孔融殿!」
孔融は両手をあげて会場の歓声に応える。
その表情に張り付いた笑みには、しかしどこか冷たいものが潜んでいる。
曹操の隣に立つと、彼にだけ聞こえるような小さな声でこう言った。
「なあ……曹操、公衆の面前でお前の傲慢な考えを正すことができるなんて。ふふふ、これほど面白いことはないよ」
「ふん。……望むところだ」
見つめ合い、視線で火花を散らす二人。
司会はそれを一瞥しつつも、次の通過者を読み上げる。
「そして最後の三人目……」
自然に喉がこくりと音を立てる。もしこの先に進めなくても、お母さまの面目は十分に立ったろうとも思う。
でも、私には確信とも言える“予感”があった。
文姫が書いたあの詩がどんな評価を受けるのか……誰に聞かなくてももうわかっていた。
「董璃殿!!」
司会の宣言で、皆がお母さまの方を向く。続いて拍手と喝采。
「やっぱり黒赤蝶か!」
「とんでもねえな! いつの間にか、この大会の目玉だぜえ!」
会場から次々に声が上がる。
「董璃! でかした!」
「赤麗、お主の詩には感動したぞ! その後の振る舞いも良かった!」
お爺ちゃんと韓遂も、大声でお母さまの名を呼ぶ。
お母さまは会場に小さく一礼してから、曹操と孔融の横に並び立った。
「ふっ。まあそうでしょうね。中華にはまだまだ、面白い人材がいたものだ……」
「確かに上手かったが、お前は俺と孔融の詩に被せただけだ。決勝でも同じように……とは思わんことだな」
孔融と曹操が、それぞれ小さくお母さまに声をかけてくる。
「まあ、買い被りすぎですわ。最後の一枠に“物珍しさ”を添えたかっただけでしょう。……どうぞ、お手柔らかに」
お母さまはそう言って、二人に優しく微笑みかけた。
「ふん。つまらん」
曹操がそう言って興味なさそうに前を向くと、ちょうど司会が決勝戦の要領について説明を始める。
「決勝は、この砂時計が二回落ち切ってから始める! 種目は同じく“対詠”。
ただしお題は、決勝の三人それぞれに“違ったもの”を付与する。
一度目の砂が落ち切った時、それぞれに霊帝さまの書いた詠み札を渡す。それまで、存分に宴会を楽しむが良い! では、出場者については一度解散!」
司会の号令で、会場に喧騒が戻って来た。
出場者たちは思い思いの表情をして、次々に壇上から降りていく。
お題は、一人ひとり違ったもの……。
(小紅さま、次のお題って……。どんなものが出てくるのでしょうか?)
文姫が不安そうな顔でこちらに声をかけた。
(わからないわ。さっきの詩と何か繋がりがあるのか……それとも、全く別の詩なのかもしれないし)
私もこの先のことは予想がつかない。
竹簡の予言はあくまでも未来に伝わっている話を書き留めたものにすぎないからだ。
しかも、すでにその内容は書き変わっているのかもしれない。あの時のように……。
(文姫、竹簡は持ってきてるわね……?)
(はい。さっきも中身をのぞいてみましたが、今のところ内容は以前と変わりありませんでした)
文姫が竹簡を開いて答える。彼女のいう通り、まだその中身が書き変わった様子はない。
私の“身体の内側の記憶”も、反応していない。
(つまりまだ……“予言は回避されていない”ってことね……)
私の背中に、また冷たいものが走る。
「黒赤蝶さま」
そんなことを考えていれば、李儒が後ろからお母さまに声をかけて来た。
「なあに? 李儒」
その声に、お母さまは濡羽色の髪の護衛を振り返る。
「我が主人が、一度ご挨拶をしたいと申しております。どうか、お時間を……」
李儒が手で指す方を見れば、柔和な顔をした白髪まじりの大男──盧植が待っている。
彼は笑顔を保ったまま、ゆっくりと二回頷いた。
「……ええ。いいわ」
お母さまもそう答え、小さくこくりと頷く。
李儒から香る“白檀”が、また少し濃くなる。
(いったい、誰なんでしょうか?)
文姫が不安そうに口にする。でも、私にはその“正体”がなんとなくわかっていた。
(安心して。たぶん……私たちが“よく知っている人”よ。ここで接触してくるなんて、まるで初めから決勝に進むことをわかっていたみたい。ほんとうに、あの人は──)
そう言って、私たちはお母さまの後に続き、舞台袖で待つ大男の方へと歩いていった。
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