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董卓の孫娘はお爺ちゃんを救いたい!〜悪役令嬢、竹簡の予言で滅亡回避〜大悪党の董卓ファミリーが闇堕ちする前に、私が全部救います!  作者: 雨咲 しゆみ
第二章──毒の予言と夜宴の蝶

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#63 交錯

 ***


 霊帝さまに深く頭を下げる曹操。

 観衆からは、次第に大きくなる拍手と歓声。


「いいぞ曹操! このまま決勝でも魅せてくれ!」

「いや、決勝では孔融殿が勝つだろう。やられっぱなしで終わる男ではない」


「しかしあと一枠残ってるぞ? 三人目は誰だ?」

「知るもんか。もう袁紹でいいんじゃないか? あと一人って言ったって、この雰囲気で今から詠める者がいるか? 決まったようなもんだろ」


 観衆の大方は次の決勝で曹操と孔融のどちらが勝つか。その話題で持ちきりだ。

 曹操は満足気に鼻を鳴らしながら頭を上げ、マントを翻して元の席へと帰って行く。


「さて、なかなか甲乙つけ難い詩が並んでおる。さあ、場は十分に温まっておるぞ? 次は誰が朕に詩を献上してくれるのじゃ?」


 霊帝さまからそう声がかかるが、参加者たちは一様に顔を見合わせて小さく首を振る。お母さまも俯き、顔を固くして拳を握っていた。

 肝心の文姫も、まだ地べたに伏して一心不乱に筆を走らせている。

 いま彼女の邪魔はできない。


「なんじゃ? 誰もおらぬのか? まだ時間は十分残っているが……」


 霊帝さまが砂時計を見る。砂はまだ半分を少し切ったかどうかというところ。あと数人は詩を詠める時間がある。でも誰も進み出る者がいないなら、予選はここで打ち切りに成るのかもしれない。

 もしそうなったとして、それが恥を晒すことにはなるのだろうか? そんなことを考えていた。


「……ふむ。では仕方ない。“朕が指名する”としよう。まだ“何も書けていない者”などは……流石におるまい?」


 小さな笑みに乗せて放たれた言葉。口元は笑っているが、その目の奥は笑っていない。


 その言葉に、参加者たちの肩がびくりと震える。

 一瞬何を言われたのかわからなかった。

 でもその意味がわかった瞬間──私の中で恐ろしい想像が一気に形を成す。


 だめ、待って……待って待って待って────!


 そして霊帝さまの視線が会場を彷徨い……“その一点”で止まる。


 ──お母さまに。


 そうさせたのは、視線か。それとも皇帝だけが持つ何か不思議な力のせいだろうか。

 俯いて小さく震えていた肩から、すっと“力が抜けた”。


(お母さま、いけない! まだだめ!)

 私は思わずお母さまにしがみついてそれを引き止めようとする。けれど、わかってる。いま私の“声”は届かない。


「小紅……そこにいるのね。怖かったでしょう? 間に合わなかったのは仕方がないわ……でも、“ありがとう”。もう十分、“勇気”をもらった」


 小さく、しかし覚悟が込もった声。

 お母さまの顔がゆっくりと上を向き、今まさに霊帝さまの視線と交わろうとした。その時だった──。


 後ろからお母さまの肩に、ぬっと大きな手が伸びる。


「……李儒?」


 ハッとしたお母さまが隣を見た。私も。

 でも違う。李儒は変わらぬ無表情で“そこ”に立っている。


 ゆっくり後ろを向けば、そこにいたのは“天を突く”ほど大きな背丈の男。 


「ご婦人、大変申し訳ないが……次の番は私に譲ってもらえないだろうか?」


 白髪混じりの柔和な笑顔。落ち着いた若草(わかくさ)の衣に、浅葱(あさぎ)の布で髪を巻いている、歳は四十代半ばほどだろうか。声色は落ち着いているけれど、その声量は鐘を打つように大きい。

 こんなに“目立つ”大男──さっきまでこの会場にいたか?


「あ……え、あの……」


 後ろから急に声をかけられて、少し混乱した様子のお母さま。男はそっとその耳に口を寄せ、今度は静かに囁く。


「貴女たち……お急ぎなさい。この大会、最初から皇帝の“狙い”は── “貴女ひとり”のようだ」


 小さな声はお母さまを除き他の誰にも聞こえていなかったろうが、私には聞こえた。最初からお母さまが狙い? どういう意味なの? この人は、いったい……。


「おお、”盧植(ろしょく)”ではないか! なんだ、急な病で今夜は来られないと聞いていたが?」


 霊帝さまから嬉しそうな声が上がる。……盧植?


「遅れて申し訳ございません。最近、少々体力が落ちていましてな。お恥ずかしい限りでございます。ところで……間に合いましたかな?」


「もちろん。朕も其方の詩を聞けぬのが寂しいと思っておったところじゃ。是非ともひとつ、聞かせてくれんか?」


「勿論でございます。……して、どのような詩を?」


 盧植と呼ばれた男は遅れて会場に着いたようで、どうやら“対詠”の要領もよく把握していない様子。でもさっきの言葉を聞く限り、それは“嘘”なのかもしれない。


 そうだとすれば……この演技は“時間稼ぎ”? いったい何のために?

 司会が改めて大会のルールを説明し、盧植はふむふむと頷きながらも幾つか確認を重ねる。

 その最中にも、彼の足元は何度も小さく揺れている。額にも汗が……もしかして、あまり体調が良くないのか?


「黒赤蝶さま。……何か“策”がおありならお急ぎください。我が“主人”も……あの様子では、もうそう長くは持ちません」


 李儒がそっとお母さまに囁いた。

 主人──?


 じっと盧植の背を見る。

 その大きな身体に当たる灯火。その足元から伸びる影に、私は“違和感”を感じた。どこか──“小さい”気がする。


 角度のせいか? 盧植の背丈は2メートル近い。しかしそこから伸びる彼の影は、まるで“少年”のそれだ。


 何故だろうか。思わず私は台上にいたはずの“彼”を探していた────


 居ない……“あの人”が居ない。


 まさか────!! 


(で、でっきました〜〜!!)

 私が助っ人の“正体”に至りかけたのと同時、ついに待ち望んでいた“相棒”の声が聞こえる。

 彼女が──文姫が、詩を書き終えたのだ。


(……っ!! 見せて!)

 私は一緒になって読み札を横から覗き込む。

(ど、どうでしょうか? 無我夢中で一気に書き上げました。自分じゃなかなか悪くないと思うんですけれど……)


 文姫が横から、私の顔を不安そうに伺う。

 私は差し出された札にゆっくり目を通してから、彼女を見つめ返して言った。


(文姫……いける。これ……私、かなり好きかもしれない)


 いける。この詩なら──間違いなく。

 私は別に、詩に対して何か特別な知識があるわけじゃない。でも、先に読んだ二人の詩にはない“良さ”が、確かにこの詩にはある。

 これを詠んで“お母さまが恥をかく”っていうのなら、きっとそもそも正解なんて、最初から“ない”。


(あ、あはは。えっと、“かなり好き”? ちょっと、困りますよ)


 そう言って、えへへと笑う文姫。調子がいいんだから。

 貴女に言ったんじゃない。私が褒めたのは詩。でも、間違ってはいない。


(もう、文姫ったら。詩のことよ? でも、すっごく“最高”。ありがとう。……ほんと頼りにしてる)


 そう言って、私は小さく文姫を抱きしめる。


 それから二人でお母さまに近づいて、袖の内側に静かに札を落とした。


 文姫が袖を“二回”引っぱる。するとお母さまは一瞬だけ目を大きく開いてから、こくんと一つ喉を鳴らした。

 袖から読み札をそっと抜き取り、静かに見つめるお母さま。


「これ……まさか、本当に……。“貴女たち”はすごい。私の誇りよ」


 やがてそう口にすると、お母さまの手がそっと私たち二人の頭を撫でる。

 “見えていない”はずなのに、お母さまは確かに私たちの存在を感じている。


「あとは……私に任せておきなさい」


 静かに、でも力強くお母さまはそう言った。

 その瞳に“赤”が灯る。董一族に流れる──“朱雀(すざく)の赤”が。


「待って。そこの大きな……盧植(ろしょく)さん? やっぱり、私に先を譲ってくれないかしら」


 不意に掛けられた声に、盧植が振り返る。


「いやいやご婦人……引っ掻き回してしまってすまない。どうやら少し……疲れが残っているようだ。それとも、歳をとったのかもしれないね。“勝手”がうまく飲み込めないみたいだ。大変申し訳ないが……先にお願いしても?」


 盧植は額に手を当ててそう言った。

 しかし言葉とは反対に、どこかその顔は嬉しそうにも見える。


「もちろん。御気分が優れないようでしたら、あちらで少しお休みになっていて」

「ああ。そうさせてもらうよ」


 そう言って、盧植は舞台袖に消えていった。

 その背を眉を顰めて伺ったあと、口を開いたのは霊帝さまだ。


「ほほ。何じゃ、“黒赤蝶”。ここに及んで、まさか“自分から(かご)に入りに来る”とはの」


 観衆には聞こえぬほどの小さな声で、柔和な顔をしたままそう言った。

 言葉に込められたゾッとするような“悪意”が、一瞬で私の背を凍らせる。

 でも次の瞬間、視界を遮るように舞ったのはお母さまの“黒髪”。


「何をおっしゃいますか陛下。私は“董璃”──“蝶に牙はございません”ことよ」


 掻き上げた黒髪が、艶を増して光る。

 その向こう。口元から一瞬だけ、“涼州の牙”が覗いたような気がした。


 ***

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まだまだお付き合いくださいね☆

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