#39 身分違い
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「お帰りなさい。また行政宮?」
行政宮から帰った後、屋敷についた私にお母さまが話しかける。
「はい。行政宮は面白いです。建物の作りも、そこで働いている方達のお仕事も」
行政宮は見ていて飽きない。
この数日、私は行政宮の色んな場所に顔を出していた。もちろん、その目的は劉辯に会うためだったが、私の容姿は目立つ。だから、そこで働く色んな人達に声をかけられるハメになった。
そんな時、『董卓の孫娘』だと言えば、その人達は嫌な顔一つせず仕事場を見せてくれた。そこで耳にしたお爺ちゃんの評判は、概ね好印象という感じだ。
行政宮の役人達からは、叩き上げの武人。或いは、時に苛烈だが、どこか憎めない熱血漢という風に認識されている。領地運営の報告書が素晴らしい、なんて、褒めてくれる人もいた。私まだ5歳だよ? そんなこと言われたって、よくわかんないってば。
でも少なくとも誰も、歴史書に謳われているような大悪党だなんて言う人はいなかった。
そのことが、ただ少しだけ嬉しかった。
「あらあら、ふふふ。小紅ったら、もうお役所仕事なんかに興味があるの? それとも、ただの照れ隠しかしら?」
照れ隠し? なんのことだ?
キョトンとした私に、お母さまが笑って言う。
「文姫から少しだけ聞いているわよ。新しいお友達ができたんですって? 女の子? それとも男の子……だったりしてね」
な!? ぶ、文姫!!
陛下とはそんな関係じゃないって言ったのに!!
「お、お母さま? 誤解です。確かに男の子……ですけれど、彼とはお友達じゃありません!」
そう。友達だなんて呼ぶのは『不敬』すぎる。
劉辯は漢王朝の次期皇帝であり、私は一介の臣下……の、孫娘。友達だなんて……そんな『対等な関係』じゃない。ましてや、お母さまが想像しているような甘い感情も、そこには存在しない。……たぶん。
必死に弁解する私に、ニマニマと笑みを崩さないお母さま。
「あら、ダメよ小紅。そんなことを言っちゃ。その子が可哀想だわ」
「……だ、だって!」
食い下がる私に、お母さまは少し語気を強めた。
「こら、聞きなさい」
「は、はい……」
「いい? 小紅、男の子はね。自分の好きな女の子を守るためだったら、何だってできるの。例えそれが……どんなに身分違いの恋でもね」
胸がドキリとする。
“身分違い”……。
お母さまは……陛下のことを知っている?
だけど、いやいや! 恋なんかじゃないってば!
なおも口を開こうとした私だったが、お母さまは続けた。
「だから、友達じゃないなんて……絶対に言ったらだめ。信頼を向けられたなら、特にね。その子の目を見て、そんなことが言える?」
お母さまの言葉に、私は劉辯の目を思い出す。
自身の背負わされた責任を果たそうと、懸命に頭を悩ませる目を。孤独を背負い、震えながらも秘密を打ち明けてくれた目を。
あの、銀の瞳を。
「いえ……そんなこと、できません」
私は静かに答えた。
「ふふふ。そうでしょう?」
お母さまはまた笑う。
「それなら……貴女たちはもう友達になってると、私は思うわ。だから、大切にするのよ」
「大切に……」
「そう……。人と人の出会いは『偶然』じゃない。離れ離れになっても、いつか必ず、またどこかで巡り会う。そしてそれは小紅……貴女がもしそう願えば、いつか貴女自身の『運命』にだってなる。だから、お友達は大切にしなきゃ」
出会いは偶然じゃない……か。
『破滅の運命』を変えようと足掻く私の前に、突如現れた劉辯。
思い返してみると、もし彼に出会わなければお母さまは春の茶会に出ていた。
そうしたら私は何も出来ないまま、ただ予言が現実になるのを見ていることしか出来なかっただろう。
今だってそうだ。劉辯のお陰で未来が変えられるかもしれない。
でもそれを『運命』にできるかどうかは……私次第。
「そんな話をしていたら……ほら、私の『運命』が来たわ」
お母さまは、嬉しそうな顔でそう言った。
振り返れば、お父さまが這々の体で歩いてくる。手には木剣。今日も訓練でボロボロだ。
「二人とも、いったいなんの話だい?」
お父さまはくたびれた髪をかき上げながら尋ねる。
「ねえ阿樂。いつか私のことを死んでも守るって、そう約束してくれたものね?」
そう言って、お母さまは少し悪い笑みを浮かべた。
「ええ、赤麗さま。私の命の限りと、そうお伝え致しました」
少し畏まった様子で、お父さまが答える。
えっ!? なに?
「あの、さっきの身分違いの……って……」
「ああ、あれ? もちろん。私と阿樂のことよ?」
お母さまが笑って言った。
そうだ。いつかお父さまも言っていた。お父さまはかつて、お爺ちゃんに雇われただけの流れ者。
お母さまとは、身分違いの恋だったのだ。
「あの……私の友達のことは……」
「全然、わからないわ。でもいつか、紹介してちょうだいね?」
「おお。小紅に新しいお友達かい? 是非僕も会ってみたいな」
両親は顔を見合わせて微笑んでいる。
何だ、ただの惚気話だったのか……深刻に受け止める必要なんてなかったじゃないか。
「あの……はい。いつか機会があればご紹介させていただきます」
とりあえず、当たり障りのない返事をしておく。
「あ、そうそう」
最後に、思い出したようにお母さまが呟いた。
「私たちは応援するけれど、お父さまはきっと拗ねちゃうから教えちゃダメよ。小紅はワシのじゃっていつもうるさいから」
「そうそう。もし泣かせでもして、向こうの親御さんに謝りにいくなんて私も嫌だよ」
父が笑って付け足す。
うん。劉辯とはそんな関係じゃないけど。
霊帝さまに平謝りするうちの家族を想像したら、誘拐騒動のあと劉辯が私に会いに来なかったのはナイス判断だったのかもしれない。
董家の破滅フラグって、ほんと色んなところに転がってるんだな……劉辯には当分、うちには絶対顔を出すなって釘を刺しておこう。
そう固く心に決めた私だった。
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