#34 お願いハートショット
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そのまましばらく時が流れた。
私はじっと黙ったまま、劉辯の背で言葉を待った。
こういうとき、私なら顔を見られたくないから。
「……董白」
「うん」
「願い事があるんだったな」
そう尋ねる皇子の声に、もう震えはなかった。
私はそっと椅子を引き、彼の隣に座った。目だけで彼を見れば、もうそこに弱さの影は微塵もない。
彼は一つ咳払いをしてから続ける。
「さて、先ほどはみっともないところを見せてしまったが……其方の言うとおり、余は皇子だ。それに、打ち明け話を聞いてもらったという借りもできた。喜んで聞き届けようじゃないか。其方の願いとやらを」
促すように視線を送り、彼は言った。
そうだ。私はそのためにここに来たんだった。色々と深刻な話を聞いたせいか、すっかり忘れていた。
でも、何と切り出せば良いだろう?
初対面で惜しげもなく披露された『変化の術』だけど、劉辯はあれを『王家に伝わる秘術』と言っていた。
もしそれが本当なら、みだりに世間に知られて良いものじゃないはずだ。
それを曲げるなら、劉辯が納得するような理由が要る。或いは、さっきのスカウトを呑むか?
いや待て待て。劉辯は確かに良いやつだけど、それじゃ私が自由に動きづらくなる。
そんなことを考えていると、劉辯が急かすように声をかける。
「どうした? 何かあるんじゃないのか?」
「いや、あるにはあるんだけど……ちょっと頼みづらいかな〜って」
「なんだ、遠慮しているのか。余と其方の間柄だ、まずは話せ。どんな頼みかくらい聞かせてもらわないと余も判断しかねるぞ」
劉辯は腕を組んで頭をひねる。
「そ、そうかな?」
「ああ。それで、その頼みは余が何とかできることなのか?」
「う……うん」
劉辯の問いに私は頷く。
そうだよね、私が一人で悩んでても話が前に進まない。
じゃあここは……とりあえず出しとくか。
最近覚えた“あの技”を。
「実は……」
まずは軽くステップし、劉辯に背を向ける──重要なのは間合い。至近距離で射抜く。
両手を前に、軽く拳を握り口元へ。そして肘はきゅっと寄せて、羽を畳むみたいに。
振り向く瞬間、首を少し傾けながら……最初はあえて目線を合わせない。
声にはできるだけ甘さが乗るよう、やや小さめに。
「実はね、『変化の術』を……教えて欲しいの……」
そこまで言ってから、躊躇いがちに視線を合わせる。もちろん上目遣いで。
そして──解き放つ。必殺の口撃。
「……お願い」
「ぬぉおおっ!?」
名付けて、必殺──“お願いハートショット”。
お爺ちゃんとお父さまだったら、これで大抵のお願いを聞いてくれる。
「な、何だその顔は!? って、変化の術?」
効果は抜群だった。劉辯は顔を真っ赤にして少し混乱している。
「そう、お願い劉辯。私、あの術のこともっと知りたいの」
そう言って、私はお願いの出力を少し上げた。
「ぐっ!! お、おい! 何だかわからんが、やめろその仕草を!!」
劉辯の喉が、こくりと鳴った。
「え? なんで……私、可愛くない?」
さらに出力を上げる。
「ぐ……ぐあああ!! い、いや! 可愛い! すっごく可愛いです!!」
「じゃあ……董白のお願い、聞いてくれる?」
「分かった! 分かったからその感じやめろ!!」
劉辯は必死に目を逸らしたまま、もう降参だと両手を上げた。
ふう。何とかなるものね。
「二度とそれを宮中で使うな。……余の心臓がもたぬ」
ぜえぜえと肩で息しながら、額の汗を拭って彼は言った。
あ、はい。自重します。(……多分)
「よし。教えてやる。ただし──王家の術だ。守るべき約束がある」
何とか呼吸を落ち着かせてから、劉辯は続ける。
「絶対にバレるな。この術を使えるのは王家のごく限られた人間だけだ。もしバレたら……其方の命に関わる」
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