#31 真意
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「お久しぶりでございます、陛下」
私は手を組み、深く頭を下げて臣下の礼をとった。
しばらく返事を待ってみたが……あれ? なかなか返してこない。
チラリと劉辯を見るが、何だかご機嫌ななめのご様子。むすっと口を窄め、じっとこっちを見ている。
「ど、どうなされたんですか? どこか、具合でも悪いのでございましょうか?」
思わず問いかける。でも、頭は下げたまま。
ここで彼の怒りに触れるともう頼みを聞いてもらえないかもしれない。
「……んん? いや……どうもせぬ」
ついに言葉が返ってくるが、相変わらず厳しい口調。やはり何か違うようだ。
なんだ? この数日待ち待ちに待ってようやく会えたと言うのに、日が悪かった?
足元を見つめたまま私は固まった。次になんて話せばいいのかわからない。
しばらくそうしていると、やっと劉辯が口を開く。
「もうよい、顔をあげよ」
やはり不機嫌そうに、そう言った。
そんな彼を見ているうち、何だか段々腹が立ってくる。ついに、私は聞いてみることにした。
「何故そんな風に冷たいのですか?」
「つ、冷たい? 余がか!? それは其方の方であろう!」
返ってきた言葉は、私の想定外だった。……なんで!?
「この間、また会おうと言ったではないか。それなのに二月近くも顔を見せず、会ったら会ったで、何じゃその他人行儀な挨拶は? もう余のことなど忘れておったのだろう?」
捲し立てるように彼は言う。
こないだ会った時は何だか大人びて見えたのに、今はただの面倒臭いガキだ。いやいやいや、あんた皇子だよね!? 『ほほ』とか言って笑ってたじゃん!? あの余裕はどこ行った??
私は周りを見渡して、近くに他の者がいないことを確認してから、大きく息を吸う──
「こっちも色々あったんです! それに私だって、この一週間毎日陛下をお探ししてこちらに顔を出しておりましたのに……全然会えなかったじゃないですか! 居場所もわからないのに、どうやって会えばいいんですか? 陛下こそ、私の居場所はご存知なはずでしたよね?」
一息に言うと、劉辯は驚いた顔をして口をパクパクさせている。いや、まだだ。まだ言いたいことはある。
「それに本当に会いたいのなら、あの時みたいに変装して董家まで来て下さったらよかったではないですか! もしそれがダメなら、手紙も出せましたよね? 知ってます? 私、攫われたんですよ? 噂は皇家まで届いているとお聞きしましたけど!?」
「……う」
小さく呻いて何か言いたそうな顔をした劉辯だったが、私は口を閉じない。こうなったら言いたいこと、とことん言い切ってやる。
「それと……他人行儀と仰いましたが、“そのお姿”の時は、こんな風な話し方はできませんって言いませんでしたっけ?? 言いましたよね、私は!? じゃあ何ですか。陛下は私が不遜な態度を咎められて“お縄”についても良いと? ああ……わかりました。陛下は私のこと心配して下さらないんですね。誘拐から戻ったと知ってて会いにも来てくれないし、手紙もなし。じゃあ今度から陛下をお見かけしたら、ところ構わず無礼な態度で話かけさせていただくことにします、どうぞ仰せのままに!」
そこまで言い切って、私はぷいと顔を逸らせた。
そうしてしまってから気がついた──しまった! 何やってんだ私!?
血が上り切った頭が急速に冷えていく。
ちょっと待って、これ、やっちゃった? やっちゃったよね、私?
でもいまさら撤回なんてできないし……え、どうすればいい??
そんな風に、自分の失敗をどう挽回するかに頭を巡らせていると、ついに劉辯が口を開いた。
「す……すまない。其方、攫われたのだったな。……大事ないか?」
やはり誘拐事件の一報は、劉辯の耳にも入っていたらしい。
「は、はい。やっぱり……ご存知だったのですね。事実ですが、特に何かされたわけではありません。家中が必死になって探し回ってくれたおかげで……無事に助けてもらうことができました」
嘘だ。まあ、実際には自分で帰ってきたんだけどね。
とはいえ、宮中に届く噂には色々と尾鰭が付くもの。何とでも誤魔化せる。
「誠か? 余は其方が暴漢に襲われて、怪我をしたとも聞いたぞ!? それに、身を汚……ごほん。いや、“不名誉な噂”が立っている、とも」
劉辯は言いづらそうにしつつも言葉を探していた。
ちょ!? 何それ!? そんなの広まったら、わたしもうお嫁に行けないじゃん!!
いやいやいや、平気です!! 茶番だったんです!!
私は顔を真っ赤にして否定する。
「そんなの嘘です!! 誰ですか、そんな変な噂を広めたのは!?」
「あ、いや! 誰、とは分からないが……じ、実際そなたも顔を見せぬし……」
劉辯は口をもごもごとさせて言い淀む。そこにいつもの尊大さはなかった。
「まさか……信じたんですか? “汚れた女”だから、会いに来なかったんですか!?」
もしそうだったら、少し悲しい。
「ち、違う!!」
はっきりと、劉辯が口にする。今日一番の声だ。それが本心だとわかる。
「じゃあ……何でですか?」
自分でもびっくりするほど、小さな声だった。
何故だろう。この人にどう思われているかが、すごく気になって仕方がない。
「怖かったのだ」
言い終えて、劉辯は唇を噛んだ。
「結果を知る……のが」
顔を下げたまま言う。その声は、私のよりもっと小さかった。いま、怖かったって言った?
「お主の笑った顔はもう……見られないのかと。だから、余の覚えている最後の顔だけは……笑顔でいて欲しかったのだ」
その言葉に、彼の心を知った。
きっと幼いながら、見たくもないものを沢山目にしてきたのだろう。その都度、心を痛めてきたのだろう。
私の顔を見ないということが、皇子という逃れられない運命に縛られた、彼なりの抵抗だったのかもしれない。
「もう……」
小さな呟きに、劉辯は顔を上げる。
「本当に、会いたかったんですからね!」
そう言って、私は小さく笑って見せた。
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