#30 再会
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外では小粒の雨が降っている。
屋根から垂れた雫が、水溜まりで跳ねてぽちゃりと鳴った。
まだ昼間だというのに、厚くかかった雲のせいで辺りは薄暗い。ジメジメとした空気が身にまとわりついて、なんだかこっちの気分まで重くさせる。
旧暦の五月は、現在の暦でいうところの梅雨だ。
春と夏の境目は、錆や黴が発生しやすい時期でもある。私はまだ新しい蝶番にできたシミを指で撫でながら、一つため息をついた。
「見て……新しくつけてもらった扉。蝶番にもう錆ができてる」
「あ、本当ですね」
文姫が覗き込んで頷く。
当初予定されていたものより、都での滞在期間は大幅に伸びてしまった。
『扉をあのままにして、また誰かに小紅が攫われたらどうするの!』というお母さまの強い主張を受け、お爺ちゃんが壊した例の扉は新しく付け替えられた。そこには大きく、蔡邕手書きの注意書きが貼られている。
『入る時は奥、出る時は手前! 正しい方向に動かせ』
まあ、何事にも“正しい向き”があるということだ。
間違った方向に力を加えても扉は開かない。無理やりこじ開ければ、それは何処かに必ず“痛み”を残すことになる。
歴史の改変も、そういうものなのかもしれない。
その言葉に、私は自ら開けてしまった扉が招いた“破滅”を重ねた。
「今日はいるのかしら……」
憂鬱な気分を隠しきれないでそう呟く。
「大丈夫、今日こそきっと会えますよ」
後ろから、文姫が私の両肩に優しく手を乗せる。
その手に自分の手を重ね、私は「ありがとう」と呟いた。
「どういたしまして。ほら、準備ができました。とっても可愛いですよ。これでさっさと皇子さまを落として来ちゃってください」
えへへと笑った文姫が、少しイタズラ好きのする顔で続ける。
「こら、馬鹿なこと言わないの。彼とはそんなのじゃないわ」
皇子──劉辯のことは、既に彼女と蔡邕には話してある。
『変化の術』──皇室に伝わる仙術の力を借りることができれば、お母さまに代わって文姫が漢詩大会に出場することが叶うかもしれない。でも、そんなに簡単に協力してくれるだろうか。あれがどんな術なのかも、私にはわからない。まずは──劉辯に話を聞く必要がある。
文姫には一応、お母さまに詩を教えてもらっている。
劉辯がどうにもできない場合には、やはり漢詩大会にはお母さまに出てもらう必要があるからだ。
蔡邕には、大会のことを調べてもらっている。採点官の好みなど、事前に情報を得ていれば少しでもこちらが有利になる。都の噂は早い。ただ、そこには見栄と嘘が混ざる。慎重で分別のある蔡邕にしか頼めない仕事だ。
まだ一月以上、時間は残されている。それまでに、各々できることをやる。
私にできることは、劉辯を説得し、協力を得ること。
***
行政宮は雨の音に包まれていた。
「本当に、こんなところでまた会えるのかしら……」
行政宮は、行政の計画・実行そして監督を司る場所。つまり役所だ。
確かに大きい建物ではあるが、あくまでもそこで働くのは文官たち。その建築様式は質素で実用的──言い換えれば、庶民的と言ってもいい。
一国の皇子が、そう足繁く通う場所だとは思えない。
ここ数日、お爺ちゃんの手伝いにかこつけて、私は毎日のようにここに足を運んでいる。無論、入口までは馬車を使い、護衛を連れてと言うのが条件だ。私は門衛に挨拶してから入口を潜った。
私だって、ここに来れば陛下に会えるなんて確信があるわけじゃない。本来なら、何か余程特別な事情がない限り、幼い私が単独で皇子に会うなんてこと自体が不可能なのだ。
一番簡単な方法は、後宮に入ることだろう。でもそれは単純な“立ち入り”を意味するのではなく──『皇家に嫁ぐ』という事。しかし、それはあまり現実的じゃない。時間が足りないし、何よりそれでは董家の破滅を防ぐことはできない。
ただ、「また会おう」と劉辯は言ってくれた。
いつ、どこでなんて約束はしなかった。だけど、私たちが本当に会いたいとお互いに思っているのなら、会える場所はここしかない。
そんなことを考えていた時だった──
「其方、ここで何をしている」
嬉しそうな声。聞き覚えのある優しい音。
振り返れば、確かに“彼”はそこにいた。
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