#29 新たな予言
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大急ぎで部屋に戻った私たちは戸棚から竹簡を取り出す。
それはキシキシと鳴り、今まさに予言が更新されようとしていることを暗に仄めかしていた。
「やっぱり……ついに来た、予言が変わる。文姫、紐を解いて」
「わ、わかりました……っきゃ!」
文姫が麻紐を解くと同時、竹簡は勝手に開いた。その内側から赤い光が溢れ、新しい墨の匂いが鼻をつく。
それはまるで、“あの子”がここで今まさに、未来を書いているかのようだった。
やがて光が小さくなると、不気味に踊っていた文字は静かに位置を変え、最後にはあるべき場所に落ち着いた。
「予言が……出ました」
ごくりと文姫が喉を鳴らす。
私たち三人は頭を寄せ、じっくりとその中身に目を通した。
『第二巻・毒。
未来の小紅へ。これは最初の、そして最後になるかもしれない躓き』
最後になるかもしれない?
その瞬間、胸がずきりと痛む。なんだ? これ。
私の中の誰かが止めてと叫んでる。
やっぱり、予言は終わってなんかいない。
むしろ、いまやっと動き出したんだ。
『光和四年 初夏 梅の実が熟す頃──
王宮にて、四年ぶりの漢詩大会が催される。
この大会の勝者は名誉の他に、霊帝さまから褒美を賜ることができる。
参加者は、全国各地の諸侯、名士たち。その中には、もちろんお爺さまも。
出場者は、その中でも特に識者として名を馳せた者たち。
しかし霊帝さま直々の推薦により、なぜかお母さまもその出場者に選ばれた』
あの手紙のままだ──。
さっき読んだ手紙の通り、お母さまは正式に漢詩大会の出場者として呼ばれることになるらしい。
こうしていまも都に滞在している以上、この誘いを断ることは実質的に不可能だ。
私の周りだって、最近はしっかり護衛が張り付いている。前みたいな誘拐沙汰は、そうそう簡単に起こすことはできない。
『競技内容は──“対詠”。
霊帝さまの詠む詩に合わせて、その対となる詩を詠むのだ。
お母さまは学はあるけれど、芸術方面にはちょっと疎い。
だからって、その誘いを無碍にすることなどできなかった。
優勝者は、孔融。彼の詠む詩は諸侯の間で評判となり、“清流の星”として推挙が相次いだ。
一方でお母さまは大恥をかいたが、霊帝さまの狙いはむしろそこにあったのかもしれない』
お母さまが……芸術に疎い?
まさか、盲点だった。あの見た目と実務面の優秀さに騙された。つまり、あの手紙の“質”をお母さまが大会で再現することは難しい。
私の頬を嫌な汗が伝う。
『霊帝さまは、“董家の名を汚した娘”を後宮にどうかとお爺さまに尋ねた。
お爺さまは、お母さまがお父さまを愛していることを知っている。
それに、後宮がどのような場所かも。女たちは皇帝の寵愛を得るため、落としあい、妬みあう。
そんな場所に、お母さまは似合わない。
名誉を守るか、娘を守るか──お爺さまの答えは初めから決まっていた。
丁重にお断り差し上げる。お爺さまは、毅然としてその誘いを跳ね除けた』
お爺ちゃんらしい決断だと思った。
でも、漢の最高権力者である霊帝さまの言葉を拒絶することが何を意味するのか……。
それは幼い私にだって、なんとなくわかってしまった。
『この一件で、お爺さまは王室をはじめ、全国の諸侯、名士からまでも反感を買ってしまった。
そしてこの日を境にして、董一族は転がり落ちるように衰退の道を辿る。
董家はまもなく寡兵での羌族討伐に任ぜられ、お爺さま、華雄、そしてお父さまも、その任務中に戦死した。
残されたお母さまと私は悲しみにくれる日々を送り、やがて“毒”を飲んで──
──死ぬ』
そのニ文字が、はっきりと竹簡に浮かび上がっていた。
「これは……かなりまずいことになりましたな」
蔡邕が険しい顔で呟いた。
「ええ、こんなこと……起きていいはずないわ。お爺さまも、お母さまも、みんな悪くないのに……」
ここに書かれていることは、私の知っているどの歴史とも違う。正史でも、演義でもない。お爺ちゃんが暴君として世に知られることにさえならない。まさしく、歴史からの消滅──
これならむしろ、変わってしまう前の方がマシな内容だったとさえ思える。
「どうしたらいいんでしょう! 霊帝さま直々のお誘いなんて、断れるはずがありません!!」
文姫がそう言った。
確かに、前回の誘いはまだ角を立てずに断ることができる類のものだった。お母さまは数ある招待客の一人でしかなく、文面も他の客に出されたものと同じ。でも、今回は違う。霊帝さま直々の召集だ。
「文姫……誘われたのがもし、貴女だったなら……」
ありもしない『もし』を想像して、私は思わず口にしてしまった。
あの手紙を書いたのは文姫だ。
だからもし、霊帝さまの誘いがこの小さな才女に届いていたとしたら、こんな予言は簡単に避けられるのかもしれない。
でも、違う。誘われているのはお母さまだ。
「そう……ですね。もし……赤麗さまに代わって私が出られるんだったら……絶対こんなこと起こさせない。絶対……絶対に、優勝してみせるのに……」
悔しそうに俯いた文姫は、ポタポタと涙をこぼした。
子供の頃からあんなに好きだった詩の才能が、図らずも茶会の一件で霊帝さまの目に触れた。
でも、それがこの予言の引き金を引いてしまった。文姫の内心は、私以上に複雑だろう。
「お母さまに代わって……か」
文姫とお母さまじゃ、容姿が全然違う。年も、背丈も、髪色も。
いくら上手く変装したって、そんな風に全く別の人間に姿を変えることなんて……。
……待って。
姿を……変える?
────!!
私は思い出した。姿を変える秘術を使う、あの不思議な少年を。
「それ……彼なら、何とかしてくれるかもしれない」
また会おうと別れた、漢の若き皇子──劉辯を。
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