#27 それでも未来は
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あの騒がしかった夜から一月ほど過ぎた。
竹簡は、今日も広げて中身を確認してみたが、相変わらず予言が読めなくなったままだ。
ただ、『春』の文字は消えてなくなった。ひとまず、当面の危機は去ったということだろう。
誘拐の主謀者や原因については闇の中だ。
というのも、何を聞かれても私が『怖かった』としか答えなかったから。犯人の顔や連れて行かれた場所についても、私は徹底して『覚えていない』を貫いた。
だって、何か少しでも話せば周倉に迷惑がかかるかもしれないもの。
あの人は、うまく都を離れただろうか。またどこかで誰かのために、路銀を使い果たしていないだろうか?
アネモネをくれた優しい若者の笑みを思い出しながら、私はそんなことを考える。
「ほら阿樂、何をへばっておる! 儂から董璃を奪った時の、あの気迫はどうした! それ、もう一回じゃ!」
「は……はい 義父うえ!」
「貴方〜〜、頑張って〜! 華雄〜〜、手を緩めないで〜!」
「心得た! いくぞ阿樂!!」
お父さまとの朝の日課は、あれ以来中止になった。とは言っても、お父さまはお爺ちゃんと華雄の下で本格的な方の訓練に参加させられている。しばらく体を動かしてなかったのは本当のようで、毎日アザを作って帰ってきては、お母さまの手当を受けている。なんだかんだ、あの一件で家族の中が一層深まったような気がする。そういえば、昨日の晩は少し良い雰囲気だったなあ。こりゃ、私に弟か妹ができるのもそう遠くないのかしら??
「洛陽での日々も、もうすぐ終わりですね〜」
文姫が麻紐に洗濯物を通しながら呟く。
そう。元々、私たちは春の茶会での挨拶が終われば長安に出立する予定だった。都で片付けるべき仕事は終わり、お爺ちゃんの領地は長安の近くにあるから、もう洛陽に滞在している必要は無くなったのである。
こうして一月も滞在を延ばしていたのは、私の誘拐に関わった犯人探しなどの事後処置のためだ。もっとも、それは私たちの芝居だったので見つかるはずもないのだが。
「そうね。そう思うと何だか寂しいわ」
この屋敷は、小紅が物心ついた時から住んでいた場所だ。身体が覚えている。
文姫と初めて会ったのも、この庭だった。庭一面に小枝で詩を書いていた薄い髪色の少女と、まさかこんな距離感になるなんてね。
そうそう、私は文字が読めるようになった。記憶が定着したことと、文姫が手伝ってくれたおかげだ。これで竹簡の予言も一人でだって理解できる。竹簡の予言はまだ“読めないまま”だから安心できないが、それでも長安にさえ行ってしまえば、参内を断る理由はいくらでもつけられる。
「そんなこと言って〜〜。本当は安心してるくせに、取り調べが終わったから〜」
イシシと笑って文姫が言うが、そんな風に見えていたとは心外だ。
「何を言ってるの。余裕よ、余裕。ちょっと震えて見せるだけだもの。なんてことないわ」
あれから、華雄やお爺ちゃんに何回か『もう一度よく思い出してほしい』なんて頼まれたりもしたが、両肩を自分で抱きしめるようにして震えてみせただけで、平謝りしながら退散してくれた。そりゃ犯人見つからないよ。
……甘やかされ過ぎて、自分が怖いわ。
「ほ〜んと、小紅さまは演技がお上手で」
そんな軽口を叩いた文姫がすまし顔で麻紐を引っ張れば、通された洗濯物がパンと宙にひらめく。ふうと一息。
「あら、文姫だって。私に飛び込んできた時のあの顔、涙でぐしょぐしょだったじゃない。私の無事を知ってた割には、上手く泣けてたと思うわよ? あれは迫真だったわね」
私はあの夜見た文姫の顔を思い出して言う。
「あ! あれは、作戦がちゃんと最後まで成功してほっとしたんです! 嬉し涙ですよ!」
「へえ、そうなの」
くっくと笑いながら文姫を揶揄う。ああ、こんな日々が、これからいつまでも続きますように──
「……小紅さま」
声に振り向けば、そこに立っていたのは苦い顔をした蔡邕だった。
「なあに蔡邕? そんな顔をして……」
直後、私の頭を嫌な予感が過ぎる。まさか……
「宮廷から──董璃さま宛てに召集がかかりました。なんでも、『漢詩大会』が催されるそうです。主催者は霊帝さま、そして、採点官には何皇后様のお名前も」
低い声で蔡邕が告げる。
「か、漢詩大会!?」
なぜ詩の大会などに母が呼ばれたのか。理由はおそらく、あの手紙だ。
血の気がさっと引いていくのがわかる。私たちは、“やり過ぎた”。
予言は終わってなんかいなかった。
文姫が返事を書いたあの時から、未来は全く違う筋書きに向かって動き出していたのだ。
『毒』が──まだ生きている。
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