#25 希望
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結局その日は、一日中塔の上で過ごした。
だって私の髪の色じゃ、動き回っても見つかる確率が高まるだけだから。でも退屈はしなかった。周倉が色々話してくれたおかげだ。
職業柄、遠いところまで人を運ぶこともあるから、暇を潰すのは得意らしい。
次に下を通る人の服の色を当てたり、連想ゲームなんかもやった。
時間はあっという間に過ぎていった。もうすぐ日が暮れる。
遠く西へと続く道の、そのまた向こうに沈みかけた太陽が赤い。
本当に私なんかを心配してお母さまがお茶会出なかったかが気になったけれど、いまの私にできることはこれで全部。あとは、結果を待つのみだ。
「……心配か?」
背中から、周倉が気遣うように声を落として尋ねる。
「うん。でも、大丈夫。蔡邕と文姫がうまくやってくれてる……と思う」
あの二人は今日、屋敷に置いてきた。
蔡邕には、お父さまが自分を責めたりしないように、側にいてあげてほしい。そう頼んできた。文姫は、もしそれでもお母さまが茶会に出るって言い出したら、服に香りの強いお料理でもこぼして邪魔するように言ってある。
「信頼してんだな……」
周倉がふっと笑う。
「そう。でもあなたもよ、周倉」
私がそう言うと、キョトンとした顔で彼は自分を指さした。
「え? 俺も?」
「そう。あなたのことも、もう信頼してる。私が不安にならないように、ずっと話し相手になってくれたでしょう?」
今日一日で、彼の人柄がずいぶんと分かった。
あちこち旅をしていること。泳ぎが苦手なこと。都では流民に荷車以外全てを寄付してすっからかんになってしまったこと。全部ぜんぶ、彼は笑って話してくれた。後悔はしてないみたい。でも、そのおかげで私たちは出会えた。
感謝しなきゃ、彼の優しさに。
「はは。バレたか。ずいぶんと教育してもらったからな。どうだ? 金貨一枚分の働きはしたか?」
誤魔化すように笑って、彼は頭を掻いた。
「ふふふ。うん」
私は頷いて立ち上がる。
「そろそろ、家に帰らなきゃ」
***
暗い道中を、人目を避けるように周倉は走る。
董家の屋敷は都の西側にある。いくつかある大通りは避けて、碁盤の目状になった細い道を抜けていく。
屋敷が近くなると、董家の印をつけた兵士も見かけた。ここから先は危ない。
「ありがとう周倉。ここまででいいわ」
肩を叩き、私は言った。周倉は頷いて、ゆっくりと私を背から下ろす。
「ああ。あとは、しっかりな。言い訳は、もう考えているのか?」
「……あ」
そういえば、あれから何が起きたのか全然言い訳を考えてなかった。どうしよう……
「だっはは。なんだよ、お前ほどしっかりした奴でも、ちゃんと子供っぽいところはあるんだな」
周倉は声を抑えながらも、腹を抱えてくっくと笑っている。いやいや、本当にやばいですって……
「でも大丈夫だ。親父もお袋も……あと、爺ちゃんか? お前を愛してくれてんだろ」
彼はポンと肩を叩いた。
「怖かった。ただそう言え。そうすりゃ、嘘なく全部解決だ」
そう言って、にっこり笑う。
「……うん、ありがとう。でも、あなたこれからどうするの?」
腰袋から金貨を用意して、周倉に手渡す。
「お、毎度あり。ん〜〜、そうだな。ちょっとした騒ぎになったろ? それに幟と荷車も置いてきたし、俺の仕業だってのはどっかから漏れちまうだろうな。そうなっちゃあ都ではもう『神速』の幟は上げられねえから、一度涼州の田舎に戻ることにするよ。路銀はほら、これがあれば十分だからな」
イシシと嬉しそうな顔を見せる彼には、本当に感謝しかない。
「そっか、帰るんだね……故郷に。気をつけてね」
「ああ、お前もな。小紅──いや、董白」
「──!?」
「だっはは。何でその名前を? ってか? お前こそ本当の有名人だぜ。金髪赤眼のお嬢さま」
彼は知っていた。その上で事情を聞かず、私をただの女の子として扱ってくれた。
「あばよ小紅、またいつか! どんなことになっても、『希望』を捨てんなよ!」
後ろを振り返らず手を振って、周倉は走って行った。いつの間にか、白のアネモネが私の髪に結えてある。
本当に──優しい人。
小さな花を優しく手に取って、私は前を向いた。
行こう。お母さまに会いに。
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