#24 きゃ〜人攫いよ(棒読み)
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春の茶会、当日──
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってくるよ」
「ええ。二人とも、無理しないでね。今日はお昼から何皇后さまの主催するお茶会なんですから。早く帰ってきて」
まだ鶏が鳴いたばかりの外は寒く、少し薄暗い。
私とお父さまは、いつもの通り朝早くから訓練(と言ってもただのお散歩だが……)に向かう。
足が遅いから、この時間から出ないとお父さまたちの仕事に間に合わないんだよね。
董璃の言う通り、今日がその──春の茶会。予言曰く、お母さまが何皇后の恨みを買う日になる。
絶対に、阻止する。
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「お父さま、早く早く!」
「ちょっと……小紅!? そんなに急ぐことはないだろう。お茶会がそんなに楽しみなのかい?」
お父さまを追い越すようにして、私は前に出る。
違う。私が待っているのはもっと他のことだ。
「えへへ、そうなの。今日のために、いっぱい準備したんだから!」
「はは。そっか、僕は花や政治のことは良くわからないけれど、もし流行りのものなんかがあれば教えてくれ。何か董家の商売の足しになるかもしれないからね」
流行り物……か。確かに、茶会は貴族子女の情報交流の場だ。商人としては血が騒ぐのだろう。
お父さまは何も知らない。今日これから起きることを。
でも、知らなくていい。起きなくていい。
茶会なんて、無くなってしまえ。でもそれは、幼い私にできることじゃない。
だから──この作戦に賭けたんだ。
「あ! お父さま、いったいあれは何でしょう?」
私は、道端に停まる荷車を指す。白い幟を立てたその荷車には、同じく白のアネモネが積んである。その花言葉は──『希望』
「んん? あれは……」
お父さまが立ち止まり、その一点に注目したその時──
「へへ! いただきい!!」
暗がりからいきなり男が飛び出てきて、私を肩に抱きかかえるとすぐに走り出した。
「きゃあ〜〜!! 人攫いよ!!」
「なっ、小紅!?」
私は精一杯大きな声で叫んだ。振り向いたお父さまと目が合ったけど大丈夫。私の顔は不安でいっぱい──に、見えているはずだ。本当は、この作戦が成功するかどうかが心配なんだけどね。
「小紅、時間どおりだな!」
抱えて走る周倉が、私にだけ聞こえる大きさで言う。よしよし、しっかり躾が身を結んでいるな周倉よ。
一昨日周倉と話してみて、作戦は変わった。
だって、人力車なんて重たいものを引いてたら、彼の神速を活かせない。
「積荷が小さな女の子一人だけなら、抱えて走った方がずっと速えぞ」
そう言って笑う彼を、私は信じることにした。
まだ店も出ない早朝だと言うのに、大通りは人が多い。
周倉は人混みを綺麗に避けながら、しかも速度は落とさず進む。これがあの荷車を引いてだったら、おそらく作戦は失敗していただろう。
「いい腕よ周倉。あなた人攫いの素質があるんじゃない?」
「おいおい、物騒なこと言うな!?」
そんな冗談を言い合いながら、私たちは走る。肩に担がれるようにして見える後ろの景色はビュンビュン遠ざかり、お父さまは人混みで動けていない。
「あそこよ、このまま角を曲がって」
「あいよ!」
私が振り返って合図して、周倉が応じる。
洛陽は広い。端から端まで歩くとなると、大人の足でも2時間はかかる。だけど周倉は、それを15分とかからず走り切る。私たちは完全に、お父さまを巻いた。
「ここまでくれば、もう十分じゃない?」
何度か通りを変えながら、私たちは都の東壁にたどり着く。別に、行き先なんてどうでもよかった。ただ何となく、東の端っこを見てみたくなったのだ。
「ああ。おい、ここが都の端っこだぜ。ちょっと来いよ」
周倉は一回だけ大きく息を吸うと、ぶはっと吐いてから手招きする。
「それより平気? ずいぶん走ってもらったけど」
「ああ。ちょいとばかし緊張はしたけどな。こんなの全然大したことねえ」
ガハハと笑う周倉。言葉どおり、彼は息も切れてない。
「ほら、こっちだ」
周倉の後を追うと、彼は『危険・立ち入り禁止』と書かれた看板を押しのけてぐいぐい進む。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「ああ。何度も来てるけど、咎められたことはねえ。ここに人は来ねえよ」
そう言って奥へ奥へ。ちょっと暗い。
「っきゃ!」
何かに躓く。段差だ。
「よし、ここからは俺が連れて行ってやる」
「え。何?」
周倉は言うが速いか、私をお姫様抱っこした。そしてそのまま、その段差を登って行った。
「……じ、自分で歩けるわ。このくらい」
「いいっていいって。恥ずかしがんな」
コツコツと、足音が響く。
「……階段?」
石畳の階段はしっかりしているようで、私たちの体重が乗っても崩れる気配はない。
「そうさ、ここはな。拡張工事の前、城壁の一部だったんだ。せっかく東の端まで来たんだから、ちょうどいいと思ってよ」
そんな話をしていれば、少しずつ上から灯りが漏れてくる。
「もうすぐ着くぞ」
その言葉に上を見上げる。天井だ。やがて最上階に辿り着いた周倉は、おもむろに幕のようなものを潜った。
「……わぁ!」
視界に入ってきたのは眼下で左右に伸びる城壁と、その向こうに広がる大地──そして、山影から顔を覗かせた太陽だった。
「お、やっぱりちょうどいい時間だったな。ほら、綺麗だろ? お気に入りの場所の一つだ。これはおまけってことにしておくから、料金はいらねえぞ」
あまりの絶景に、私は言葉を失った。
楼閣はぐるりと四方が見えるようになっており、北には黄河の支流である渭水。南に連なる秦嶺山脈。
「東を守るように築かれた城壁は、虎牢関。万の軍勢も止めたってえ聞く、難攻不落の要塞だ。そんでもって、西に遠く伸びる街道は、絹の商人たちが使う道だ。何でも、遠く西国まで一本で繋がってるらしい」
そんなことを次々に周倉が教えてくれる。
「王宮はどれ?」
しばらく景色を眺めた後、私は周倉に尋ねる。
「え? ああ、王宮は多分あれだ。あの、一番おっきいの」
周倉が指差す方を見れば、確かに一際大きな建物がある。あれが王宮……
これから守るべき漢王朝と、油断ならない皇后の住まう場所。
私はそれをこの目で見て、もう一度心に誓う。
「絶対、この予言を回避してみせる」
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