#22 やればできる
***
「し、周倉!?」
口を開いたまま固まった私を、文姫がチョンチョンとつついて尋ねる。
「え? 小紅さま、まさかお知り合いですか?」
その言葉を聞いた蔡邕も、慌てて頭を下げる。
「……これは! とんだご無礼を。先ほどの言葉、訂正いたします。大変失礼致しました」
「おおっと!? いやいや、俺はお嬢ちゃんみてえなかわい子ちゃんに知り合いはいねえぞ!?」
満更でもない顔をしながらも首を振った周倉は、目を白黒させている。当然、私もいま会ったばかりだ。
「あ、待って。違うの、ちょっと噂に聞いたことがあるくらいで……面識はないわ」
「だよな! 俺ってば一度でも乗せたお客の顔は覚えている質だから、びっくりしちまったよ。だけど、噂になんてなってんのかい? 何だか照れるなあ!」
私の反応に気をよくした周倉はこちらを見て笑う。
「もちろん知ってるわ。とっても有名人だもの!」
にっこりと微笑みを返し、私は頷いた。彼は有名だ。そう、“未来”では……。
『周倉』──彼は蜀の英雄・関羽の側近としてよく知られる人物だ。嘘か真か、その二本の脚であの“赤兎馬”と並んで走ったとか。ただ、彼は演義に書かれた創作上の人物であり、実在しないとも言われている。まさか……本当にいるなんて。
二つの意味で驚いたが、もし彼の言うように本当に『神速』の持ち主なら、これほどの適任者はいない。
「ねえ周倉、あなたに協力してほしいことがあるの。私の頼みを聞いてくれないかしら?」
「おおっと! いいけどよう。いくら褒めたって、貰うもんは貰うぜ?」
周倉は指で円を作ってこちらを確かめるような顔をする。
「声が大きいわ。わかった。依頼料は先払いで金貨一枚。どう? 悪い話じゃないと思うんだけれど……」
正直、いまの私の自由にできるお金で金貨一枚は痛い。でもお母さまの命に比べたら安いものよ。
「ええ!? 金貨を一枚だって? しかも先払いで!?」
破格の条件に、周倉は今までで一番大きな声を出した。
「ちょっと!! 声が大きいわ!!」
その会話に被せるように、蔡邕がゴホゴホと咽せて何とかうまく誤魔化してくれた。でも、そんな蔡邕の気遣いにも気が付かない周倉は、相変わらず声が大きい。
「すまんすまん。けど、わはは、気前のいい嬢ちゃんだな! 気に入ったぜ! どんなに小せえ女の子でも、払う金があるなら立派な“お客様”だ! で、どこまで乗せて欲しいんだ? そんなに払うってんなら、東の海くらいまでか? きっと、荷物も多いんだろ?」
はあ……こいつは馬鹿か? いや、きっと馬鹿なんだろう。ダメだ。一回お仕置きしなければ。
私は眉根を摘んで一度深呼吸する。
「あまり大きな声で話せる内容じゃないわ……ちょっと耳を貸して」
小さな声で手招きすると、周倉は片眉を上げて顔を寄せる。
「おうおうおう、いったい何でい?」
不思議な顔をする彼に、私はもう一度念を押す。
「次に大きな声を出したら、この話は無しよ」
「わ、わかった……もう出さねえよ。俺だって馬鹿じゃねえ」
少しばかり圧を乗せて言うと、周倉の声は気持ち小さくなったような気がする。でも、まだ信じられない。
「……変ね? 噂じゃとんでもない馬鹿だって話だったけれど……」
「な!! なんだとう!?」
その大声に、街を歩いていた何人かが驚いた顔でこちらに目をやる。
「ほらみなさい。周倉、あなたダメよ。噂通りの馬鹿みたいね。信が置けない人に依頼はできない。やっぱりこの話はなし」
そう言ってから、私はそっぽを向いて歩き出した。文姫と蔡邕も、ため息を吐いてから私に続く。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ。もう一度……もう一度だけ、チャンスをくれ!」
後ろから、今度は相当声を抑えて、しかし必死の色を乗せて周倉が声を掛けてくる。だけど、まだだめだ。
私はそう簡単には振り向かない。
「た……頼むよ。都の人間は人力車なんて“雅”じゃないってんで、滅多に乗らねえんだ。これじゃ涼州までの路銀が足りねえ。故郷に帰りてえんだよ」
周倉は、追いすがりながらも必死に現状の悲惨さを訴えてくる。もちろん小声で。
大通りから少し離れたところまで彼を引き連れてきた。
……うん。まあ、ここまで来れば十分か。
蔡邕に目配せするが、どうやら後ろをついて来ているのは周倉だけだ。うまく人目を避けられた。
私はくるりと振り返り、周倉を見た。彼は怯えたような目つきで小さくなりながらこちらを見ている。
ん、何だかちょっとやりすぎたかしら? でも、これは躾けだ。上に立つものは時に心を鬼にしなければ。
「いい? わかった?」
冷えた声で、できる限り低く私は尋ねた。
「あ、ああ。もちろん!」
「で、何が? ちゃんと声に出して言わなきゃわかんないわ」
「も、もうでかい声は出さねえ」
もうすっかり、周倉の声はひそひそ声だ。表情にも反省の色が伺える。
よし、完璧だ。
「そうよ周倉。あなたはやればできる。もう馬鹿なんかじゃないわ」
もう一度最初のように微笑んで、私は言った。その言葉に、周倉は感極まった顔──あ、ちょっと泣いてる。
「何でもするよお嬢さま。それにあんた……そんじゅそこらの侍女じゃねえだろ。後ろの連中も、常にあんたを守るように動いていたし……」
ふぅ〜ん。何だかんだ勘は鈍くない、使い方次第では化けるかも……そんなことを考えながら私は周倉は見つめていた。しかし彼はその沈黙をどう受け止めたのか、慌てて手を前にして言葉を続ける。
「あ、詮索はしねえよ! ただ、恩を売りてえ……いや、買わせてもらう。今回の依頼は無料でもいい。俺に、手伝わせてくれないか?」
たったこれだけのやり取りなのに、随分とまあ忠義心の厚い男だろうか。これも何というか、伝説の通りか。
「いいわ、でも金貨は渡す。その代わり、きっちり働きなさい。じゃあ、依頼を話すわ」
ごほんと一度咳払い。周倉はこくこくと頷いて、私の言葉を待つ。うん。もう立派な飼い犬ね。
「一日だけ──私を攫ってくれないかしら?」
そう言い放った私の目に映ったのは、口をあんぐり開けたまま沈黙する周倉だった。
そう、その反応! やればできるじゃない!
***
面白かったらブクマ&★評価をもらえると
明日の更新の励みになります( ๑❛ᴗ❛๑ )♪
まだまだお付き合いくださいね☆




