#16 文才
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「ここまで来れば、もういいだろう」
劉辯はそう言って印を結び、透過の術を解く。
「ありがとうございます陛下。おかげで助かったわ」
私は素直に礼を述べた。
「いいんだ。臣下の願いに応えるのも、君主としての務めだからな」
機嫌よく笑うその顔には、なんの裏もなさそうに見えた。
「本当に、感謝します。では、私は人を待たせているので……これで」
「なんだ。もう行ってしまうのか? もう書状は手に入れたのだからそう急ぐこともあるまい」
劉辯は名残惜しそうにしている。
少々気の毒な気もするが仕方ない。危機はまだ去っていないのだから。
それに、ここから先への協力は、例え彼といえどまだそう簡単に明かしていいとは結論できない。
「いえ。むしろ、ここからです。それに、ここから先は……」
私は言い淀んだが、また劉辯に救われた。
「わかった……。言いにくいことは言わなくていい。だが一つ、約束してくれないか」
「は、はい。なんでしょう?」
劉辯は真っ直ぐにこちらを見つめて言った。
「また会おう、董白。そなたの遠慮のない物言い──あれは、なぜか癖になる」
その顔は、屈託のない笑顔だった。本当に、どこか掴めない。だけど憎めない。
「ええ、もちろん。でも、こんな話し方をするのは、二人の時だけですよ?」
私はすぐにそう答える。
「ほほ、そうじゃの。余もあまりこちらに慣れすぎると困るでな」
劉辯も、その姿のまま帝の口調で返す。それがなんだかおかしくて、二人して笑った。
「じゃあ、これで」
「うん」
さっき会ったばかりなのに、なんだか私まで名残惜しくなった。本当に──不思議な人。
胸に温かいものを残して、私たちは別れた。
***
「お待たせ文姫、お返事はかけた?」
元の部屋に戻れば、もう華雄と文姫は揃っていた。
薄い桐の小箱も用意されている。うん、準備は順調みたいだ。
「ああ! 小紅さま遅いですよ〜。もう、待ちくたびれました」
「そうだぜお嬢、いったい何してたんだ?」
おっと、華雄に本当のことを話すのはまずい。私はお役目を手伝っていることになっているからね。
「ええ〜と……」
私が誤魔化そうと目線を彷徨わせていると、代わりに文姫が答えてくれる。
「ちょっと華雄さま! 女の子にそういうのを聞くなんて失礼ですよ!」
「ええっ!?」
華雄はなぜという顔で文姫を見るが、彼女はささっと近づいて、小声でもごもごと華雄に話しかける。
(お忘れですか? 小紅さまは、昔からお腹が弱いんです。ほら、前にも馬乳を飲んで……)
(あ、ああ! そういうことか)
「ご、ごほん! す、すまないお嬢。もしまた調子が悪くなったら言ってくれ。俺が使っている薬でよければ渡せるから」
「……? あ、ありがとう」
何やらまた文姫がうまくやってくれたようだが、ちょっと何か、私の尊厳みたいなのが崩れ始めてないか? おい文姫、お腹をさすりながらサムズアップするのやめろ! そしてその顔なんか腹たつ!
「で、文章はうまく書けたのか?」
「ええ! 力作ですよ! ちょっとだけ読んでみましょうか?」
「ちょ、ちょっと文姫!?」
私は大丈夫かという風に文姫を見るが、彼女はまあまあと手をゆらゆら振るだけだ。
文姫は一つ咳払いをすると、すまし顔で書面を読み上げる。
『梅花の折、霊帝陛下のご清祥と弥栄を謹んでお慶び申し上げます。
また、このたびは何皇后さまより春の茶会へお招き賜りましたこと、身に余る光栄に存じます。
今年も梅の花が、厳しい冬を越えて春の訪れを告げました。
陛下にお目にかかれぬ時日が続くことは、臣下にとって冬のように長く、心細きものにございます。
けれど凍える夜も、雪に埋もれて隠れていても、蕾は確かにそこにあり──
いまほら、こうして小さく咲いております。
春となり、陛下と再びお言葉を交わせることを思えば、胸は喜びに満ちております。』
「おお、なんかよく分からねぇけど、お貴族さまって感じだな!」
とても五歳かそこらの少女が書いたとは思えない言葉使いに、華雄は舌を巻いて驚く。
「でしょう? さ、あとはこれを包むので、華雄さまはもう一度馬を引いて外で待機していてください」
「わかった。早くこいよ!」
そう言って、華雄は先に行った。彼の背を見送ったあと、私は文姫に問いかける。
「で、続きは何て書いてあるの?」
「もちろん。丁重に、しかし風流にお断りしていますとも」
文姫は続きを読み上げる。
『しかしながら私は梅の花──
政務の都合により根を離れがたく、今春の茶会には伺い難き儀、どうかお許しくださいませ。
せめてこの香りだけでも、陛下の御許へ届かんことを願っております。
末筆ながら、何皇后さまにもよろしくお伝えくださいますようお願い申し上げます。
光和四年 春 董璃』
「さっすが文姫! 惚れ惚れする言葉使いよ! 普段の貴女からは考えられないわ!」
「でしょでしょ〜〜! って、何でさらっと酷いこと言うんですか!?」
少しふざけ気味に褒めてはみたが、これは本心だ。この文章なら、霊帝さまや何皇后の気持ちを損なうことなく茶会を断ることができるだろう。
「そうだ。それより、お誘いの手紙は見つかったんですか?」
「ええ。ここに」
私は胸元から、先ほど手に入れた招待状を取り出して文姫に見せる。
「ふむふむ。予言に書かれていた通り、霊帝さまのお誕生日会のようですね。ええ〜と日時は……五日後ですか」
「……そう、あと五日あるのね。じゃあ、何とかその間にお母さまを茶会に出さないための策を練らなきゃ」
文姫と二人、頷きあう。
ひとまず茶会に参加しなくても責められない準備は済んだ。
あとは、お母さまを止めるだけだ。
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