#15 潜入
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「ちょっとこっちに寄れ」
そう言って、劉辯は私の腕を取って引き寄せる。
「え……きゃっ!」
ドキッとして思わず変な声が漏れたが、それを聞いた劉辯は嬉しそうに笑った。
「そんな声も出せるんだな」
「ちょ、陛下。……失礼ですよ」
「すまんすまん」
私の抗議にさほど悪びれる様子もなく手で何度か空を切る。……こいつ。陛下じゃなかったら殴ってるわ。
「じゃあ、行くぞ──『透過の術』」
劉辯が唱えると、私たちの身体が薄く、半透明に透けていく。
「わぁ。これは……陛下すごいです」
足先から手の指までしっかりと透けている。私がなんとなく手を伸ばすと、術の範囲から出たのか指先だけが薄く色づいて元の様子に戻る。
「あ、こら。“透過の術”じゃ。見ての通り、余から離れてしまうと術の効果が切れてしまう。だからしばらく、しっかりこうしているんだぞ」
そう言って、劉辯は肩に腕を回して私に覆い被さるみたいに抱き寄せた。ちょ、近いんですけど!?
(あと、この術は多少であれば音も消せるが、そんなに効果は高くない。ここからは小声で頼む)
(あ、はい。耳元でこしょこしょ話されるとくすぐったいので、ちょっと黙っててもらってもいいですか?)
(……ぐぬぬ。其方、それはちょっと不敬だぞ?)
そんなことを言い合いながら、私たちはお母さまたちのいる部屋の前まで移動する。
途中、部屋の前を横切る文官の列とすれちがったが、彼らはこちらに全く気づいていなかった。
(ほらな。しっかり認識が阻害されておるだろう)
(へぇ。すごいんですね仙術って)
(なにを言う。余の仙力がすごいのだ)
(ほらほら、部屋に入りますよ)
(ぐぬぬ。信じておらんな? ほら、足元に気をつけよ)
劉辯の口調が軽いのでついつい彼が陛下であることを忘れてしまう。これも認識阻害の効果かね?
私たち二人が部屋に滑り込むと、お母さまはお爺ちゃんに報告書のようなものを読み上げていた。側には竹簡がいくつも積み上げられている。二人して背伸びするようにして机の上を見れば、その他にいくつか紙の書状も置いてあった。
(で、どの書状だ? たくさんあってわからん)
(あ、きっと王家の印が押されていると思うのですけど……)
(王家?)
そう聞いて、劉辯は眉根を寄せた。しまった。でも、こう説明するより他にないじゃない。私はこっちの文字がまだそんなに読めないんだから。
(あ、あの……)
(よい。何度も言うが、事情を話すのはそなたが余を信用してからじゃ)
劉辯はそう言って、再び書状を睨む。
(あったぞ。あれだ)
彼は手元で小さく一つの書状を指し示した。見れば、龍の縁取りに『劉』の印。間違いなく、王家からの書状だ。
(なんと書いてあるか読めますか?)
(もちろん。なになに、茶会を──)
内容をよく見ようと劉辯が身を乗り出す。その時──
カタン。
その袖が積み上げた竹簡に触れ、いくつかが机上から転がり落ちた。
「なに? 誰です?」
(──!!)
そう言って董璃が振り向き、こちらを真っ直ぐに見つめる。私は一瞬声をあげそうになったが、間一髪で劉辯がその口を押さえた。肩に回されたその腕が、少しキツく私を抱きしめる。
(落ち着け董白……バレてない。大丈夫、見えてやしない)
真剣な顔で、私に言い聞かせるように、劉辯はチラリと一瞬だけこちらを見て言った。その眼差しは真っ直ぐに母のほうを向き、いつでも私を抱えて逃げだせるように力を込めているのがわかる。
バクバクと心臓が高鳴っているのは、恐怖のせい? それとも──
董璃はしばらく辺りを見回していたが、やがて風か何かだと結論したのか、竹簡を元の位置に戻してまた報告書を読み上げ始めた。
(あっぶねぇぇ〜〜。おい董白、言ったはずだ。認識阻害は完璧じゃない。声には気をつけろと!)
静かに息を吐いた後、小声で劉辯が叱責してくる。
(……ちょ、なんですかその言い方! 元はと言えば陛下がドジったからじゃないですか!)
さっきは少しだけかっこよく見えたような気がしたのに……。
自分の失敗を人のせいにするとはね。減点ですねこれは、大幅な減点。
(そんな風に言うのか? なら、これは渡せないな)
そう言った彼の手元には、いつの間に取ったのか先ほどの書状がある。それを見た私はギクリと固まった。
(そ、それは……)
(ふふ、冗談だ。さあ行こう。あまり長くここに留まっていたくはないだろう?)
劉辯は薄く笑って私の背を押す。なんだよこいつ……。なんか、こっちのテンポ狂うじゃん。
そんなことを思いながら、私たちは部屋を後にした。
去り際にお母さまがふと笑ったような気がしたのは、私の気のせいだったろうか。
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