変わった世界
水を得た魚。
勝樹は今まさにその言葉通りだった。
実験、結果。
パソコンに打ち込まれていくデータ。
魔法を現象として捉え、発動条件と反応の規則性を分解していく。
術式が成立する条件を、一つずつ洗い出し、記録し、比べ、再現できる形へ落とし込む。
一つの鬼門を越えた途端、出来ることが一気に広がった。
溢れ出たアイデアをまとめたノートを見ながら、探り当てた法則を使い、新たなスクロールが出来上がる。
満足には程遠い出来ではあるが、成果でもある。
古城の錬金区の一室には紙に書かれた文字や図形が天井から壁、床に敷き詰められていた。
効率は悪いが魔力が流れ始め、使えなかった錬金術の道具の一部が使えるようになった。
錬金区にある小さな部屋の机の上には、ビーカーが数本と、簡素な加熱器、薬草を潰すための乳鉢が並んでいた。
見た目こそ、科学実験室に置かれているものばかりだが、全て魔力により動く代物。
錬金術により育てた薬草から抽出された液体が集められ、回復ポーションへ。
試作品ができた。
書物通りなら傷が塞がるはずだ。
勝樹は小型ナイフで指先を浅く裂き赤い血が滲む。
そこへ試作した回復薬を一滴垂らす。
痛み、熱、痺れ、どんな症状が出るのか。
傷口の収縮速度。
勝樹は視線を逸らさず、自分の心音を頼りに秒数を測り続けノートに記録する。
この場所ではスマホやストップウォッチも動かず、砂時計も落ちない。
勝樹から安堵のため息が出た。
これは成功したようだ。
骨のヒビくらいなら数分で回復。
傷も縫う程度の怪我なら同じく数分で治るようだ。
笑みを浮かべながら記録する。
勢いよく立ち上がり、現世へと帰るために謁見の間へと急ぐ。
謁見の間に着くと、勝樹は目を見開く。
帰還用の扉が消えていた。
恐る恐る古城の主ヤマを見た。
相変わらず気だるそうにしていたが半目で勝樹を見下ろしている。
「随分と機嫌がいいのね?夢中になって成果が出て何より。私も嬉しいわ。そんなあなたにご褒美をあげないと。」
嫌な予感。
いや、予感ではない。
確実に悪いことが起きる。
地面には赤い魔法陣が出現する。
「特別ステージよ?」
身体が勝手に動き出し魔法陣の上に立つ。
抵抗などできなかった。
転送された場所は、暗闇。
遥か先に、前と後ろだけがぼんやりと光っていた。
闇の中に細い出口が二つ、浮かんでいるように見える。
トンネルの中にいるようだ。
警戒してまわりを見渡しながら光の方へ歩き出す。
「アア…アア…ア」
耳元で、湿ったようなうめき声がした。
勝樹は息を呑み、反射的に振り向く。
顔が、至近距離にあった。
両目は空洞になり、あごは外れ、口だけが不自然なほど大きく開いている。
身体の輪郭は曖昧で、半透明の身体が闇に溶けかけていた。
目が合った、そう思った瞬間、そこには目すらなかった。
死臭が鼻を突く。
「うわぁ!」
勝樹は悲鳴を上げて後ずさる。
だが、逃げた先で首筋に冷たいものが触れた。
次の瞬間には、見えない手が喉を締め上げていた。
息が、できない。
咄嗟に両手で引き剥がそうとする。
しかし、指先は空を掴むだけだった。
触れたはずの手はすり抜ける。
なのに、喉を締める力はどんどん強くなる。
次第に勝樹の意識は遠のく。
大きく息を吸い、上半身を起こす。
謁見の間に戻ってきた。
窒息死。
奴の手首を掴もうとしたのに指先が空を切った。
「霊体…だと?」
ヤマはほんの少しだが、笑みを浮かべているように見えた。




