424.いつか会うための別れと約束
春希が入ってこそ、このステージは完成する。
それは誰の目にも明らか。
だから隼人はこのじれったくて曖昧な状況を終わらせるべく、春希に告げた。
「春希、本当はあそこに行きたいんだろ?」
「っ、いやボクは別に、そんなこと……」
「ウソだ。さっきだって、身体でリズム取って、うずうずしてたぞ」
「それは……アレだよ、アレ。ほら、見間違い」
しかし春希は認めようとしない。
頑なだった。
どうしてかだなんて、わかっている。
隼人は苦笑しつつ、窘めるように言う。
「素直になれよ。最初にどんな前口上で盛り上げようとか、一輝が出てきた時ステージでどう弄ろうとか、今だって茉莉や沙紀さんの間でどう歌やダンスで対抗しようか考えてるだろ?」
「それはっ…………」
押し黙り、俯く春希。図星なのは表情が雄弁に語っていた。
隼人は少し寂しそうな声で言葉を続ける。
「好きなんだろ? 何度か春希のステージ観たよ、いつも楽しそうにしてた。今だってそうだ。春希の本音は、あの世界に戻りたいと思ってる」
すると春希は自分の胸を押さえ、痛みを堪えるように言葉を吐き出した。
「だったら何? いくら戻りたいと願っても――あそこに隼人はいない」
「そうだ、あそこに俺は居ない。行けやしない」
隼人もその事実から胸を痛め、顔を苦々しく顰めて答える。
春希は嘆願するように、声を震わせた。
「そんなこと言わないでよ。お母さんがいなくなってさ、ボクもう1人なんだ。隼人だけなんだよ、小さい頃のボクを知ってて、気兼ねなく何でも話せて、素の自分を曝け出せる相手は」
「けど春希は今、ちゃんと笑えていない」
「っ」
「俺は嫌だよ。なんてことない日常に溶け込む自分を演じ続ける、仮面を被った春希を見るのは」
「…………」
春希は今にも泣きそうな顔を向けてきた。
何かを言いたいが、適切な言葉が出てこないようだ。
隼人もまた、涙を堪えるような顔をして先日のことを話す。
「この間さ、沙紀さんに告白されて気付いたことがあったんだ」
「……ぇ」
その瞬間、春希の顔が強張った。しかし隼人は続けて言葉を紡ぐ。
「俺さ、きっと生まれて初めて好きになった女の子って、沙紀さんだと思う。妹の友達で昔から知っていて、都会に来てからはどんどん変わって成長していって、人としても尊敬している。そんな子に懐かれて、ぐいぐいこられたら、そりゃ意識してしまうよ」
「そう、だよね……沙紀ちゃんはずっと、隼人のことを一途に想っていた。しかもあんな綺麗な子、惹かれて当然だよね」
「沙紀さんと付き合った時のことも考えたよ。話も合うし、可愛くて、一緒に居て気を遣わない。妹や両親とも気心知れている。きっとその後のことだって、何もかも上手くいく。だっけどその時、春希の顔が脳裏を過ぎったんだ。幼い頃に出会った、はるき(、、、)の顔が」
「隼、人……?」
そこで言葉を区切った隼人は、自分の両手を見ながら続きを話す。
「男とか女とかそんなこと関係なく、俺、とっくに春希の笑顔が好きだった。なら、それを取り戻さなきゃダメだ。だから、沙紀さんの告白は断った」
「けど、でも、あそこに戻ったところで、隼人が居なきゃちゃんと笑えないよ。ボクはもう、隼人が居るところに行くって決めたんだからっ」
瞳を潤ませる春希に、隼人は目を真っ直ぐ見据えて宣言する。
「だから俺、転校するよ。あそこへ、春希がいる場所へ行くために」
「え、どういう……」
「俺だって春希と一緒に、ああいう舞台で皆の期待通りを演じつつ、少し外して観る人たちを驚かせたり楽しませりするの、考えたいよ。でも、今は無理だ。できない。けどそうなれるよう、勉強する。だからちょっと、遠いところに行く。専門的なことを学んで、いつか追いつくよ。俺、春希の傍に行くよ」
「でも、ボクはっ」
いまだ渋る春希に、これこそは譲れないと告げる。
「春希にとって演じることは、お母さんを繋ぐものだろ? 春希が本当に笑える場所は、演じることで皆を笑顔にするところでもあるんだ。俺は、そこへ絶対に行く。約束だ」
そう言って隼人は春希の小指を取って、自分の小指を絡ませる。
相手の都合なんてお構いなしの宣言。
すると春希はポロポロと涙を零しながら、拗ねたように言う。
「ひどいよ、勝手に決めて。隼人のことだから、もうまっすぐにその道を進んじゃうのわかってるんだから」
「ごめん。けど、俺は春希を籠の中の鳥にしたくなかった。いや違うな……俺が春希と一緒に、この広い世界のまだ見ぬ景色を一緒に見たいんだ。だってその方が、絶対楽しいだろうしさ。それに俺たち、相棒だろう?」
隼人が少しおどけた風に言えば、春希は目を丸めた後、少し悔しそうに笑う。
「卑怯だよ、そんなこと言われたら反対できないじゃん」
「俺はさ、心の底から笑った春希が好きなんだ。そして、それを1番近くで見たい。だから今は、先に行って待っててくれ」
「わかった。隼人なら絶対くるって、信じてる。けどあまり待たせないでよね、ボク追いつけないような大スターになっちゃうんだから」
「全速力で走っていくよ」
「おばあさんになるまでかかったら、怒るからね」
「俺だって春希といっぱい遊び(、、)たいんだ、待たせるつもりはねぇよ」
「……そっか」
そんな軽口を叩き合い、不敵な笑みを交わし合う。
するとその時、ちょうどステージ上の音楽が止まった。
茉莉がタイミングよく、こちらに向けて周囲を煽りながら叫ぶ。
『早く来なさいよ、春希ーっ!』
隼人は小指を離し、一歩下がる。
春希は涙を拭って顔を上げ、ここに居るよと手を上げアピールしながら、こちらに振り返ることなくステージへと向かって走り出す。
周囲も歓声でもって春希の登場を迎え、ステージへの道ができていく。
隼人がその様子を眩しそうに見ていると、ふいに袖を引かれた。
振り返るとそこには、いつの間にかやってきていた姫子の姿。
姫子もまた、目を細めながら呟く。
「ステージ、遠いね」
「あぁ、まったくだ」
「けど、あたしも行くよ。だってあそこ、沙紀ちゃんがいるんだから」
「そっか、まぁ行きがいはあるよな」
そして霧島兄妹は、2人してステージで輝く友達を眺める。
ステージの熱気は、まるで今年の最後の夏を終わらそうと燃えているかのよう。
今はまだ、彼らに遠く及ばない。
だけど同じ場所を目指し、それぞれの道を行く。
幼い頃に交わした約束を、先ほど交わした再会の誓いに上書きをして。
どれだけかかるか、わからない。
だけど、必ず追いついてみせるから。
胸の灯った想いを道標に駆け抜けて行こう。
今一度ステージで輝き本物の光を放つ春希を、目に焼き付けながら写真を撮る。
夏の終わりを告げ、次の季節の到来を告げる少し冷たい風が吹く。
こうして隼人の、気の遠くなるような長い挑戦の旅が始まった。
続きはてんびん最終巻発売日の7月31日0時に一気に投稿します
およそ10話分くらい





















