425.夏を重ねて/小さな出会い
それぞれが進むべき道を定めて走り出し、目まぐるしい日々が過ぎていく。
ティンクルのゲリラライブで見事に芸能界へ復帰を果たした春希は、〝千尋〟の公開も相まって、瞬く間に人気になっていった。
アイドルだけじゃなく女優、モデルの仕事もひっきりなしに舞い込み、忙しい日々を過ごす。
また、人気に火が付いたのは春希だけじゃない。
沙紀もあの圧倒的な表現力と存在感で、たちまち人気を獲得していった。
各所でダンスパフォーマーとして、全身を使った表現は他の追随を許さず、アーティストとしても評価されることに。
更にダンスの振り付けやアドバイザーとしても、才能を開花させていく。
アーリーサマーライブで歌唱力が評価された茉莉は、ティンクルとは別に歌手としてソロデビューし、本格的にその道も進む。
またティンクル非公式ファンクラブの〝#茉莉うっかり〟のおかげか、バラエティの場にも呼ばれることも多くなり、そこでも粗忽なところを見せて笑いを取る。
本人としては不服そうだが、それでも人気が高まっていく。
ちなみに百花もバラエティに進出しており、そのマイペースなキャラがウケている。
茉莉とは事務所の先輩後輩ということもあり、よく一緒に出演している姿を見ていた。
ちなみに一輝はゲリラライブの女装の件がかなり関係に好評だったようで、ちょくちょく女性向けのファッションモデルの仕事が来るようになったらしい。
一輝本人はかなり葛藤したものの、他の人にはない強みと思って引き受けることにしたらしい。なおそこには、姫子の後押しがあったと聞いている。春希としては、なんとも一輝らしいと思ったものだ。
ティンクルとして、また春希個人としても、忙しなく仕事をこなしていく。
時間はあっという間に過ぎていき、高校の皆とは大学への進学を機に、離れ離れになってしまった。
春希は内部進学した姫子と同じ大学に進学した。
驚くことに、なんと一輝も同じだ。
とはいえ一輝はモデル仕事を続け、成績が壊滅的だったこともあり、1年遅れである。
同級生になってしまった姫子は、必修で同じ教室で受けたりすることがあり、不思議な感覚だと言っていた。
春希とも一般教養でおんなじ大教室になることもあるが、それとは違うらしい。
一方、沙紀の進学先は茉莉の内部進学先と同じ女子大である。お嬢様校として有名なところだ。柚朱と愛梨も通っているとのこと。さらに百花も同じなのだが、一輝同様、1年遅れての入学なのだとか。
同じ年に入学することになった愛梨は、度々百花の世話をすることになって怒っているということを、沙紀から笑い話としてよく聞いている。
伊織と恵麻、それにみなもは、ちゃんと現役で志望校の学部に進学した。
将来やりいたいことのために勉強漬けで大変だけど、楽しいと言っている。
ただ大卒という肩書を欲しくて要領よく単位を取っている春希とは、大学生活自体が大違いだ。
こうして皆とは離れてしまったものの、スマホを通じて繋がっている。グルチャだって、連日活発だ。だから、寂しいと感じたことはない。
皆、目標に向かって進んでいるのだ。
大学に入り、それが顕著になっただけ。
春希も彼らに刺激を受け、自らの道を進む。
◇
更にいくつもの季節が流れ、今年もまた夏がやってきた。
大学4年、6月。
学生最後の夏だ。
太陽はこれから始まる夏に向けて、ウォーミングアップするかのように力強く燦々と輝いている。
春希にとって、夏は特別な季節だ。
毎年、何かが起こるんじゃないかと、つい期待してしまう。
春希は所属事務所が持っている、通い慣れた撮影スタジオの控室で、そわそわと落ち着かない様子で椅子に腰掛けていた。
何度も壁に掛けられた時計を確認し、スマホを開いては閉じてを繰り返す。
表情は強張り、顔には緊張がありありと表れている。
机の上に置かれた差し入れの錦玉羹を手まり咲きに加工し、紫陽花の形にした和菓子を摘まんで頬張り、大きなため息を吐く。
すると部屋の隅に居た清司が、つい堪らないといった様子で吹き出してしまった。
「くくっ」
「……何さ」
自分の不審な態度に自覚があった春希は、揶揄われたかと思って、抗議のジト目を清司へ向ける。
すると清司は悪かったとばかりに軽く両手を上げて、謝罪を口にした。
「いや失礼、今や誰もが知る大人気アイドルにして演技派女優の春希くんが、今日デビューする新人でも、ここまで緊張しないだろうと思ってね。やっぱり、初めての写真集を取るのは緊張するかい?」
今日、春希がここにやってきていたのは、ファースト写真集を出すことになり、その撮影をするためだった。
やっと、写真集を出すにあたっての春希の要望が通ったからだ。
現在メイクや衣装の準備は済んでおり、スタジオの準備が整うまでの待機中である。
これまで春希は、モデルとしての仕事も散々こなしてきた。
清司の言う通り、今さら緊張するようなものでもない。
しかし春希にとって、今日の撮影は特別なものなのだ。
とはいえ、こうも感情をコントロールできなくなっているのは、自分でも予想外。
春希はバツの悪い顔をしつつ、不貞腐れたように答える。
「そりゃ悪ぅございましたね」
清司は肩を竦めて言う。
「いや春希くんはもっとはしゃいだり、喜んだりすると思っていたから意外でね」
「ボクだって、自分でもこうなって不思議なくらいですぅ」
「ところでその和菓子、あの(、、)御菓子司しろの新作?」
急に話題を変えた清司に、春希は拗ねたように唇を尖らせる。
「はぁ、そうですよ。今度出す新作の試食をって」
「すごいよね、あそこのいつも行列作ってるみたいだし」
「って、あからさまな話題逸らしで誤魔化されないんだから」
すると清司は悪かったとばかりに、またも両手を上げて苦笑い。
とはいえ、そこに険悪な空気はない。気安いやり取りだ。
この腹違いの兄とも、ずいぶん打ち解けた。
続柄として兄だが、春希にとって清司は母以外での一番身近な大人であり、そして大人も案外子供っぽいところがあるということを教えてくれた人でもあった。
出会った頃、清司は偏執的な感情を向けてきていたことをよく覚えている。
いつだったか何かの作品の打ち上げで珍しく呑みすぎた清司が、その時のことを語ったのだ。
清司は元々、父のような役者に憧れていたらしい。
しかし才能はまるでなく、諦めざるを得なかった。
それでも未練があって、この業界に縋りついて。
だから春希の才能を目の当たりにした時、野に埋もれさせようとしているのがひどく気に入らなくて、子供じみた八つ当たりをしたと謝罪した。
春希としても返事に困ったものだ。
こんなの酔った上での、ただの愚痴。
しかも才能なんて言われても、春希にとってよくわからないもの。
だけど春希は才能がなくて表に行けないからこそ悩んだ人を、知っていた。
諦められず手を伸ばし続けるこの兄をその人に重ねて、苦し紛れに言った言葉は、果たして何だったか。
『まぁでも、プロデューサーとしての才能が合ったんでしょ?』
そんな感じのことを言って、清司に大笑いさせたのが印象的だった。それから清司の態度が軟化したことも。
きっとあの時、春希と清司はぎこちないながらも兄妹になったのだろう。
ややあって、互いにしょうがないなといった笑みを交わす。
そして清司はこの場を仕切り直すように咳払いをして、別の話題を振った。
「今日の衣装は全て〝プリンセスミスト〟なのかな?」
「そうだよ。ボクが今度ファースト写真集出すことを知ったら、絶対にデザインさせてくれって言われて」
「今、人気急上昇中の女子大生社長の新規ブランド……幼馴染の子だっけ?」
「うん、ていうかいまだにひめちゃんが起業したことにびっくりというか」
春希は、「はぁ」と大きなため息を吐く。
プリンセスミストは姫子が大学に入ってすぐに起業した、アパレルとコスメのブランドだ。
大学へ進学してすぐの姫子から起業したいと聞いた時は、将来的なこととか夢とかそういう類のものだと思っていたら、その年の内に会社を立ち上げ、度肝を抜かれたものである。そして姫子は春希だけじゃなく、瞬く間に友人たちも巻き込んで、どんどん突き進んで行った。
会社の経営に関しても、大学で経営学を学んでいる恵麻に手伝ってもらったり、同じく渉外は柚朱に頼っているらしい。
そんな風に皆の助けを借り、ピンチとかもあったけど、なんとか軌道に乗せている。
まったくもって姫子らしいというか、隼人の妹らしいと血筋を感じたものだ。
もちろん、春希だって出資以外にも力になりたいという思いがある。
今回の写真集の衣装に採用したのも、プリンセスミストの宣伝の助力になればいい。
そして清司がしみじみと呟いた。
「春希くんは本当、友達に恵まれたね」
「いきなりどうしたのさ?」
「いやその衣装のデザイン、本当によく似合っていてね。春希くんを知り尽くしているからこそ、十全に魅力を引き出しているというか」
「そりゃ、ひめちゃんがボクのために作ってくれたからね」
清司から改めてそう言われ、なんだかんだ照れくさくなった春希は、ぶっきらぼうに言い放つ。
その時、コンコンと控室のドアがノックされた。
ややあって見知ったスタッフが顔を出し、「準備できました」と告げる。
春希は立ち上がって答えた。
「はい」
身体を強張らせ、どこか重い足取りで廊下を歩く。
そんなカチコチになった春希に、清司は緊張を解そうと茶化すように言う。
「まるで果し合いに行くみたいだ」
「……そうだね、真剣勝負みたいなものだよ。なんせ相手は、色んなコンテストを片っ端から掻っ攫ってる超新星。その期待に沿う自分をどう演出すればいいか、ずっとシミュレートしてるし。……今もね」
「確か彼は、ふとした何気ない日常の、身近なものの良さを再発見させ楽しい気持ちにさせるものを撮るのが得意で、シンプルながらも王道な撮り手だっけ。あぁ、そういやずっと前からそうだった」
「そ、小手先の誤魔化しが利かない相手。だから緊張する」
「ずっと会ってなかったんだっけ?」
「うん。ひたすら自分の目標に向かって走っててさ、ボクの方なんて見向きもしなかった。そのくせ、色んな面白そうなものを撮って受賞してる」
「だから自分をないがしろにされたと思って、拗ねた」
「…………」
なんとも図星を指された春希は口籠り、またもジト目を向ける。
清司はそんな春希へ、微笑ましそうに言う。
「別に彼は、春希くんをないがしろにしたわけじゃないさ。ただ、わき目も振らずキミを目指しただけ。僕と同じく、舞台に立つ才能が無かったからね」
「それは……言いたいことはわかるけどさ」
だけど、疎外感を覚えてしまったのも事実。
やがてスタジオの入り口が見えてきた。
清司は春希の背中を、ポンッと小突く。
「ほら、気になるなら直接本人に聞いてみなよ」
「……ぁ」
そして春希はドアを潜り、中へ入る。
今日の〝夏の出会い〟というテーマに沿って設定されたスタジオの中、見慣れたスタッフたちに交じる懐かしい姿を見つけた。
およそ5年ぶりの再会。
記憶の中よりもちょっぴり背が伸びて逞しくなり、成長して精悍になった顔つきの、しかし幼い頃からの面影を残す、カメラを構えた幼馴染――隼人がいた。
心臓がドキリと大きく跳ねる。
たちまち頬と身体が熱くなり、全身に嬉しさが広がっていく。
見た目は随分と大人びた。
もう完全に子供とはいえないだろう。
だけど雰囲気は幼い頃から、全然変わっていない。
指先が震え、ゴクリと唾をのむ。
ずっと待っていた。
夢にまでみた本物だ。
一体、どれだけこの日を焦がれたことか。
約束通り必ず来るとは思っていたが、不安があったのも確か。
何か話さなきゃ。
だけど、咄嗟に言葉が出てこない。
隼人はといえばこちらに気付いた後、目を瞬かせる。
春希同様、驚きから何を言っていいかわからないようだ。
だけど隼人はどこまでも春希の脳裏に強く焼き付いている、どこか悪戯っぽい春希の大好きな笑みを見せ、片手を上げながらなんてことない風に言った。
「よ、春希。久しぶりだな」
5年ぶりに聞くセリフとしては、あまりに軽すぎる。
まるで最後に別れたのが、つい昨日のことのよう。
こちらはどれだけこの日を待ち望み、本当に実現するのかやきもきしていたかというのに。
春希は少し拗ねたように言う。
「待たせすぎ、遅いよ」
隼人はバツが悪い顔をした後、笑いながら答える。
「ははっ、すまん。てか春希が先を行きすぎてるというか、俺が思った以上に人気過ぎて遠くてさ、追い駆ける方の身にもなってくれよ」
「隼人だってこの2~3年、連日のように受賞して世間を騒がせてたでしょ」
「そうだっけ? 応募したのは覚えてるけど、結果とか気にしてなかったし」
「そうなんだよ、もう!」
「ははっ、とにかく撮るのが楽しくて」
そう言って隼人は、気恥ずかしそうに頭を掻く。
まるで子供の時、待ち合わせ場所に数分遅れた時の態度のよう。
そんなところが全然、変わっていない。
ちゃんと話せるか心配していたのが、バカらしくなるほど。
ほんともう、拍子抜けだ。
春希はしょうがないなと、これ見よがしに大きなため息を吐く。
再会したら、色々言いたいことがあるはずだった。
離れている間に、それこそ大変なことが色々あったのだから。
だけど口から自然と零れ落ちたのは、この言葉だった。
「おかえり(、、、、)、隼人」
その言葉を聞いた隼人は目をみるみる大きくして丸めた後、懐かしそうな顔をしてはにかみながら答えた。
「ただいま(、、、、)、春希」
そうしてしばし見つめ合った後、互いにおかしくなってくすくすと笑い合う。
あぁ、これだ。自分たちらしい空気。
やがて春希は感慨深そうに、確認するかのように訊ねる。
「本当に、これから隼人と一緒に仕事ができるんだね?」
「おぅ、ようやく実績積んでここまでこれた」
「何か変な感じ」
「俺もだ。それにちょっと、緊張してる」
「緊張?」
隼人の口から飛び出した思いもよらない言葉に、春希は意外そうな声を上げる。
先ほどからとても緊張しているとは思えない態度を春希が訝しんでいると、隼人は照れくさそうに答えた。
「いやほら、ここのところ撮っての風景とか動物だったからさ、人はちょっと自信が」
「あーそういや受賞作って、そうだったね。けど以前は〝#茉莉うっかり〟とかよく撮ってたし、大丈夫でしょ」
「ははっ、懐かしいな。ま、ブランクもあるし身が引き締まるよ。それに、春希が以前よりずっと美人になったってのもあるからな」
「み゛ゃっ!?」
春希はついといった感じで素っ頓狂な声を上げた。
美人になった?
いきなりなんてことを言うのだ、この幼馴染は。
あぁそういえば、昔から思ったことはそのまますぐに口にする奴だった。
てことは、本当に自分のことを美人と思っているってこと?
そんな思考が頭の中でぐるぐる空回る。
だけど、そう言われて嬉しいと感じる自分がチョロいと呆れていると、パシャリとシャッター音が響く。
そして隼人が嬉しそうな声を上げた。
「お、いいのが撮れた」
なんてことなげに喜ぶ隼人に、春希は目を吊り上げ吼える。
「ちょ、いきなり変なの撮らないでよっ!」
「シャッターチャンスだったんで、つい。メイキング特典な感じで使えないかな?」
「それも良さそうだとわかるだけに何にも言えない! まったくもーっ!」
春希がぷりぷりと怒ると、スタッフたちからくすくすと忍び笑いが起こる。
そして清司が、揶揄うように呟く。
「くくっ、茉莉くんと同じような反応しているね」
「うぐっ」
どこか子供っぽいと言われた気がしたので睨みつけると、清司は肩を竦めて受け流したので、春希は大きく諦観交じりのため息を吐く。
そして隼人が愉快げに、ニヤリと笑う。
「んじゃ、撮ろうぜ」
「はぁい」
春希はどこか気の抜けた様子で、所定の位置へと向かう。
とはいえこのやり取りのおかげで、ほどよく肩の力が抜けていた。
これも隼人のカメラマンとしても計算なのだろうか?
……いや絶対に素だな、と思い直す。
だが、いい形で撮影に望めそうだ。
そして目の前の隼人がカメラを構えた瞬間、その纏う空気を一変させた。
「――――っ」
春希は小さく息を呑み、気を引き締め直す。
張りつめた弓の弦、もしくは獲物を狙う肉食獣。
こちらの最高の瞬間を逃すまいと、一挙手一投足を注視するハンターそのもの。
嫌でも理解する。
この離れていた間に、隼人は一流のカメラマンになっていた。
なるほど、数々の受賞も納得だ。
春希の胸がこれ以上なく、高揚していく。
自然と口角が上がる。
春希もまた、纏う空気を一変させ――本気で撮影に臨む。
今日のテーマは〝夏の出会い〟、さてどんな物語を紡いでやろうか。
いや、相手は隼人なのだ。
となれば、これしかないだろう。
一拍の間を置き、小さく息を吐く。
春希は項垂れ俯き、何もかも気に入らないといった負のオーラを撒き散らす。
そのくせ縋るような目を周囲に向ける。
アイドルとして出す写真集として、あまりに不適切な表情だ。
清司を始め、スタッフたちも戸惑いの空気が広がっていく。
だけど隼人だけはシャッターを切りながら、にやりとほくそ笑んでいた。
これは春希が隼人と初めて会った時と、同じ状況だとすぐに気付いたのだろう。
――さぁ、どうする?
春希が挑発するような目を向けると、隼人から指示の言葉が飛び出した。
「あ、風。スカート捲れそう」
「――っ!?」
まるで本当に風が吹いたかのような、自然な声だった。
釣られてすぐさまスカートを押さえ込んだ春希は、恨みがましいジト目を向ける。
その姿を隼人が笑いながら写真に収めた。
周囲のスタッフたちや清司はしばし呆気にとられた後、微笑ましげにして空気が緩む。
――してやられた!
春希がそう思った時には、隼人は次の一手を繰り出していた。
「あ、風のせいで麦わら帽子が木の枝に――」
しれっとありもしない道具があることを前提に、話を振ってくる。
隼人はおかしそうに笑っていた。
そのまま従うのも癪だったので、目敏く見つけた小道具を利用して、麦わら帽子でなくその木に生っていたヤマモモの実を捥いで食べるという体に変更してやったら、隼人はポカンとした後、噴き出す。
そんな、アドリブだらけの撮影が始まった。
川辺で佇むはずが水鉄砲を撃ち合ったり、公園の散策では見つけた露店のソフトクリームを勢いよく食べて頭痛を引き起こしたり、もうめちゃくちゃだ。
まるで隼人との悪ふざけそのもの。
だけどそんな撮影が、ひどく楽しい。
そして写真はどれも、今までアイドルや女優として清楚可憐なイメージのものとは、かけ離れたものが撮れているだろう。
だが、春希の新たな魅力を伝えるものでもあるはず。
これらは隼人じゃないと、引き出せなかったものに違いない。
やがて何度か衣装を着替えて滞りなく予定の撮影が終わり、スタジオ内におつかれと労う声が響く。
春希はすぐさま隼人の下へ駆け寄り、文句を言う。
「もぅ、さっきから何さ!」
「いやつい、アレだよ、アレ」
「アレなら事前にアレって言ってくれないと!」
「はは、悪ぃ。けど楽しかったよな」
「それはもちろん!」
2人は顔を見合わせ、悪戯が成功したかのように笑いあう。
そして隼人が晴れやかで無邪気な――春希の好きな笑顔で言った。
「やっぱり春希と一緒になにかするのが一番だな。この撮影をして、つくづくと思った。俺、これからもっと色んな楽しいことを、春希と一緒にやっていきたい」
隼人の真っ直ぐな言葉が、春希の胸に染み渡る。
「うん、ボクもだよ。隼人が帰ってくるの、ずっと楽しみにしてたんだから」
「そっか。俺、春希が居ればなんだって出来る気がする」
「大げさな」
「そんなことないって。春希が待っててくれてるからこそ、俺はここまでやってこれたんだ。あー、だからなんていうかその……」
「隼人?」
急に言い淀む隼人に、春希は訝しむように首を捻る。
隼人はしばし唸り、何かを適切な言葉を探して告げた。
「俺の人生の相棒になってくれ」
「んん? 何さ、改まって。ボク的にはもう、とっくに相棒のつもりなんですけど」
春希が何をいまさらと少々不満げな目を向けると、隼人は参ったなと苦笑い。
「違う違う、そういう意味じゃない――」
隼人はそこで言葉を区切った後、深呼吸。
こちらを真っ直ぐに見据えいつもと同じノリのまま、だけど顔を赤くして、どこまで真剣な目と声色で告げた。
「――俺、春希と家族になりたい。結婚しよう」
いきなりの言葉を不意打ちされた春希は、真正面から受け止める。
最初あまりにも衝撃で頭が一瞬、真っ白になってしまった。
まさか再会したその日のうちに、そんなことを言われるだなんて誰が想像できようか。
あぁだけど、どこまでも隼人らしいではないか。
いつだって突飛もないことを言い出して、振り回して、最後に笑顔にする――それが好きになった隼人という相手なのだ。
そして春希の胸の奥底には、ずっと求めていた願いがあった。
――家族が欲しい。
自分でも心に蓋をして、忘れたフリをしていたもの。
かつて母に疎まれ、そして和解した母を亡くし、諦めていたささやかな望み。
だから隼人のその言葉は、春希にとってこれ以上ない殺し文句で。
春希は目から歓喜の涙を零し、幸せそのものを体現した満面の笑みを咲かせた。
「はいっ!」
パシャリと響くシャッター音と、周囲から巻き起こる大歓声。
隼人は胸に飛び込んでくる春希を、キスで持って受け止める。
この時、隼人が反射的に撮ったものが、この写真集の表紙になった。
◇◇◇
人より羊や鶏の方が多い片田舎。
かつてそこで、生まれて初めての大切な友達ができた。
だけどはるき(、、、)とは離れ離れになってしまって。
しかし奇跡的に再会したはるきは、清楚可憐な二階堂春希になっていた。
昔は男子と思って一緒に遊んだから、色々戸惑ってしまう。
更には当時は知らなかった事情とか知って、自分じゃどうにもできなくて。
でも、その笑顔は変わらずに好きだった。
だから、その笑顔を取り戻そうとわき目も振らず駆けて行って。
そして今、ようやく互いの道が夏と共に重なる。
あの夏の日に出会った友達と、これからも一緒に人生を歩んでいく。
こうして大切な相棒――二階堂春希は、霧島春希になった。
※※※※※※※※
ティンクルは今や国民的人気のアイドルグループだ。
メンバーはドラマに舞台、アート、バラエティなど各分野で活躍しており、その姿を見ない日なんてない。
その1人、二階堂春希がファースト写真集を出すと同時に結婚が発表された。
当然、世間は上を下への大騒ぎ。
アイドルに恋愛が発覚するなんて、通常だとスキャンダルそのもの。
だが、相手が子供の頃からの知り合いで初恋の幼馴染、母を亡くして気落ちしていた時に背を押されて復帰し、自身も同じ場所に行くと言って数々の賞を取った新進気鋭のカメラマンと判明して風向きが変わる。しかも再会してすぐ、交際0日婚。
もはや漫画やドラマじみた美談なだけに、ファンからも祝福された。
こうして11月22日の良い夫婦の日。
春希と隼人の結婚式が執り行われた。
場所は都内の結婚式場。
家族の他は友人たちを集めた、身内だけのささやかなものだろう。
挙式が厳かにつつがなく終わり、披露宴。
姫子は幸せそうにしている春希と兄を見て祝福する一方、やってらんないとばかりに愚痴を零した。
「そりゃさ、あたしもはるちゃんと一緒じゃなきゃ家に帰ってくるなって言ったよ! 言ったけどさ、まさか再会したその日のうちに婚姻届けと一緒に戻ってくるとか思わないじゃない!? っていうか付き合うより先に結婚とか、何なのよもう!」
すると同じテーブルの席にいた一輝が、苦笑しながら同意する。
「僕も後から隼人くんに聞いたけど、相手が二階堂さんなら籍入れるの早いか遅いかだから、なら善は急げってさ。びっくりだよ」
「おにぃとはるちゃんのことだからいつかは、と思っていたけど、あまりに早過ぎるというか」
「まぁそういう思い切りのいいところは、隼人くんらしいよね」
しょうがないなと、呆れたような顔をする一輝と姫子。
すると同じ席にいた茉莉が、どこかうっとりとした声を上げる。
「でもでも、すっごくロマンチックじゃない!? 同じ場所に行くって約束して、実際に叶えちゃう! あーもぅ、私もこれくらい強く思われるような恋愛したーい!」
しかし姫子はフッとニヒルな笑みを浮かべ、茉莉へ言う。
「いい? 身内にそれをやられたら、恋愛に対する基準がそれになっちゃうのよ。茉莉ちゃんもそうならない?」
「はっ、確かに! ……って、おばさんみたいな恋愛をするって、どうやって!?」
愕然とする茉莉に、姫子は憐憫にも似たような目を向ける。
すると隣に座っていた沙紀が、どこか悟ったような顔で呟く。
「私は完全に求める相手がお兄さんと比べてどうかになっちゃって……そうなると、ね」
「もしやおばさんと隼人のせいで、私たちの恋愛ハードルが爆上がりしちゃってる!?」
茉莉はその事実に気付き、戦慄する。
姫子はご愁傷様とばかりに苦笑い。
春希が兄と結ばれることは、素直に喜ばしい。
そもそも、自分の願いでもあったのだ。
だが、2人の恋愛があまりにも物語めいたものであるのも事実。
一番身近な人たちの恋愛事情がこれである。
どうしても恋愛っていうのは、そういうものだと思ってしまう。
もちろん、世の中の恋愛がこうしたものじゃないというのもわかっている。
だけどやはり、2人みたいな恋愛に憧れてしまうというもの。
姫子は諦め交じりのため息を吐き、愚痴を零した。
「もぅ、あたしたちが結婚できなかったら、おにぃとはるちゃんのせいなんだからね。まず5年以上も一途に想って、しかも相手のために努力をし続けられる人なんて、まずいないんだから」
「っ、そんなことないっ!」
どうしたわけか、すぐさま一輝から否定の言葉を被せられた。
一輝の顔は強張っており、冗談とか慰めとか、そういったものでなく、真剣そのもの。
「えっと、一輝さん……?」
この場違いともいえる豹変ぶりに、姫子は訝しむように名前を呼ぶ。
すると一輝は異様なまでに緊張した様子で、言葉を絞り出した。
「こっ、ここにいるよっ! その、5年、うぅん、正確には6年以上、姫子ちゃんのことが好きだったやつが……っ!」
「…………へ?」
自体がよく呑みこめない姫子は、間の抜けた声を漏らす。
そんないつも通りにも捉えられる姫子に、一輝はもう後はないと言いたげに必死な様子で、自らの想いを叫ぶ。
「僕はっ、ずっと、姫子ちゃんのことが好きだった! モデルを始めた切っ掛けだって、そう。姫子ちゃんに相応しくなれるよう、自分を変えたかったから。同じ大学に入ったのだって、少しでも一緒に居たかったからだよ! 会社を立ち上げる時とか、その後の女の子向けの服を男でも可愛くなれるからってモデルを引き受けたのだって、全て姫子ちゃんのためだよ! その、少しでも姫子ちゃんに、好きな子の力になりたかったから!」
「え、うそ……!?」
俄かに信じられないことだった。
姫子が目を丸くしていると、本日の主役であるはずの花嫁(春希)からも、証言が飛び出してくる。
「……ホントだよ。ひめちゃんは自覚がないかもだけど、海童はひめちゃんに救われた。全てはひめちゃんのために、って考えでやってきてるよ」
続いて一輝の姉である百花からも声が上がる。
「マジだよー。てかあいりんを完全に吹っ切らせるために、くっついて欲しいんだけど」
「ちょ、ももっち先輩!?」
どうやら本当のようだ。
肩を竦める柚朱も見えた。
姫子と同じように知らなかったのか、兄も驚いた顔をしているのがどこか滑稽だ。
そして一輝は懇願するように姫子へ告げる。
「僕の気持ちを受け入れてくれとは言わない。ただずっと、姫子ちゃんのことが好きで思い続け、努力してきたことを知って欲しい。その、隼人くんほど結果は出せてないかもだけど」
「いやいやいや、一輝さんがそれを言いますか! 今や男性向けも女性向けもこなす、トップモデルでしょ!? ていうか、あたしとじゃ釣り合いが取れないというか、揶揄ってません!?」
「そんなわけない、僕は本気だっ! モデルの仕事なんて水ものだって思ってるから、もしもの時に備えて、最低姫子ちゃんひとりくらい男として養えるよう、色んな資格取ってるし!」
「あ、インタビューとかで趣味が資格取りって言ってましたね! 大学や学部もそんな感じで選んだとか!」
「……まぁ姫子ちゃんにとって、僕は異性に見られないのかもしれないけど」
「え、これ以上なくカッコいい男の人って目で見てますよ? それだけじゃなく頼りになる、ってかこれまで散々助けてもらってますし。カノジョ作んないのは理想が高いからなのかなって。それと、カノジョになる人は幸せだろうなって思ってました」
「僕がっ! 僕がカノジョになってほしかったり、幸せにしたいのは、姫子ちゃんただ1人なんだっ!」
披露宴会場いっぱいに響く叫びが、この場の騒めきを奪う。
誰もが姫子たちを注目している。
わけがわからなかった。
一輝がこれまで面倒を見てくれたのは、自分が親友の妹だからと思っていたからだ。
まさか、こうまでも思われていたとは、どうして思おうか。
だが、本気なのだろう。
一輝がこの場で冗談でもこんなことを言う人でないことも、よく知っている。
姫子は胸に手を当て、自らの一輝への想いを、言葉にしていく。
「……えっと、あたしにとって一輝さんはおにぃの親友で、頼りになって、人としても尊敬している。気軽になんでも喋れて、一緒にいて楽しいし、無条件で信用できる相手だし、あたしにとってかなり大きな存在で……あれ、実はあたし、一輝さんことがもう既に大好きだった!?」
「え、姫子ちゃん、それじゃあ……っ」
そのことに今気付いたと驚き慄く姫子に、一輝は期待を籠めつつ縋るような目を向けてくる。
一輝の気持ちをしっかり受け止めた姫子は、神妙な自分なりの答えを返す。
「わかりました。一輝さんが本気なら、あたしたちも結婚しましょう」
「あぁ、よろし……え、結婚!?」
「はい、一輝さんが相手なら、早いか遅いかの違いでしょ?」
そして姫子が兄と同じような答えを告げてこの場を唖然とさせた後、大歓声が巻き起こる。
こうして噂の女子大生社長と大人気モデルの交際0日結婚もまた、世間を賑わせるのだった。
――――――――――――
時の流れと共に、様々なものが変わっていく。
この世の物事は、何かしら変化し続けている。
隼人と春希の関係も長い時間の中で、出会った頃とすっかり変わってしまった。
それでも月野瀬という場所は、交通の便が悪いというのはかわらない。
相変わらず帰省するのも一苦労だ。
だが以前と違って移動手段に自動車という選択肢が増えた今、重い荷物を運ぶという煩わしさからは解放された。
今年の夏も、月野瀬に里帰りする。
隼人が運転する車の窓越しからは見えるのは、四方を囲む見渡す限りの山。
高く透き通る青空を、白い雲が泳ぐ。
僅かな平地一面に広がる田畑、点在する家屋、農道には軽トラック。
相変わらず、自然だけは辟易するほど豊富な片田舎。
すっかり都会の利便さに慣れた身からすると、退屈しかないところ。
しかし幼い子供たちにとっては、宝の山のように見えたようだ。
「わ、すっげー! おばさんが言ってたとおり、なにもないや!」
「でも川とかあるよ! あ、ひつじ!」
「おれ、山でミヤマ採りたい! ミヤマクワガタ!」
「あたし、おばさんおすすめのくさもちづくり!」
きゃいきゃいと後部座席で騒ぐのは隼人と春希によく似た、双子の男女、真季と凛央。
ちょうど隼人と春希が出会ったころと、同じくらいの背丈だ。
助手席に座る春希は、月野瀬に期待を寄せる我が子たちを眺めながら、どこかおかしそうに呟く。
「まったく、田舎の遊びが楽しみだなんて、どっちに似たのかしらね」
「両方じゃないか? 俺たちの子だし。あとおばさん(、、、、)がすごく月野瀬お気に入りだからなぁ」
「あの子、ことあるごとに月野瀬はいいぞって言ってるし、その影響もありそう」
隼人と春希はくすくすと微笑ましそうに笑う。
ちなみにおばさん(、、、、)というのは茉莉のことである。
茉莉は双子が生まれて以来、ちょくちょくと家にやってくるようになった。
真季と凛央が赤ちゃんの頃から『おばちゃんだよ~』と言って、双子にメロメロだ。
そんな茉莉に、真季と凛央もよく懐いている。
茉莉本人も子供を欲しがっているものの、未だ相手がおらず、年齢=恋人いない歴を更新中だ。ちなみに最近、代わりというわけじゃないけど猫を飼い始めた。完全に婚期を逃すフラグである。
隼人は少し残念そうに春希へ言う。
「茉莉も一緒に来られたらよかったのにな。仕事が入ったんだっけ?」
「そそ、イベントに呼ばれたって。あ、でも祭りに合わせて、後からお義父さんとお義母さんと一緒に来るつもりだって言ってたよ」
「親父とお袋と? マジか、本当に月野瀬が好きだな」
「ひめちゃんたちは来られないんだよねぇ、2人目が生まれそうだから」
ちなみに隼人たちと同時期に一輝と結婚した姫子だったが、実は2人とも恋愛面ではお互いに初心もいいところで、結婚したはいいけれど子供ができるまでかなり時間がかかってしまった。結婚した翌年に双子を産んだこちらとは大違いだ。
とはいえ姫子と一輝の仲は良好で、会社も順調に成長している。
一輝も育児に積極的で、芸能界では若いイクメンパパの代名詞になりつつあった。
そしてこの子供の話の流れからあることを思い出した隼人は、呆れた口調で呟く。
「子供といえば伊織のとこ、今度5人目だってな」
「恵麻ちゃんから聞いた、びっくりしたよ」
「さすがにちゃんと計画してるのかって、ツッコミたい」
「しかも今、御菓子司しろ2号店で大変な時だっていうのにね」
「あぁ、確か繁盛し過ぎて仕事を減らすために高級路線に舵を切ったら、余計に人気に火が付いたんだっけ?」
「ま、なんだかんだおいしいからね、あそこ」
「違いない」
隼人と春希はくつくつとおかしそうに肩を揺らす。
すると後部座席から不思議そうな声が聞こえてきた。
「あれ、とおりすぎてるよ?」
「どこいくの?」
春希は子供へ寂寥感交じりの返事をする。
「えっとね、まずはおばあちゃん(、、、、、、)のところへ行くのよ」
「おばあちゃん?」
「ばぁばの家、ここちがうよ?」
よくわからないといった感じの双子に、春希は微笑む。
「ばぁばは、お父さんの方のお母さん。おばあちゃんはお母さんの方のお母さんだよ」
◇
月野瀬の外れにある墓地に訪れる。
人の手がここまで回っていないのか、周囲は草が伸び放題。
春希と隼人は、二階堂家と書かれた比較的新しい墓石の前で、手を合わせていた。
真季と凛央もよくわからないといった様子で両親に倣い、それを見て隼人はくすりと笑う。
ここで眠るのはかつての大女優・田倉真央、春希の実母。
春希の顔は真剣だった。
もし母が生きていたら、我が子を紹介しようとでも考えているのだろうか。
やがて顔を上げた春希は、すっきりとした様子で言う。
「じゃ、行こっか」
◇
再び車に乗り込み、霧島家へと走らせる。
すると途中で前方からやってきた軽トラに、クラクションを鳴らされた。
そして軽トラの窓から顔を出した源じいさんが手を振っているので、隼人は車を徐行して近くで停める。
「よぅ、霧島の坊」
「坊はやめてくださいよ、源じいさん」
「ははっ、悪い。坊と嬢はもう、そっちのチビ共になったんだっけな!」
がははと笑う源じいさんに、真季と凛央が快哉を叫ぶ。
「あっ、羊のじーちゃだ!」
「羊のじーちゃ、こんちには!」
「ははっ、こんにちはチビ共、大きくなったなーっ! って、そうそうおすそ分けがあったんだ」
源じいさんは双子に目尻を下げた後、軽トラを降りて荷台から夏野菜を取り出してきた。
隼人は窓越しでそれを受け取り春希に渡しながら、礼を言う。
「ありがとうございます、源じいさん」
「いいってことよ。それと今日は集会場で集まるからさ」
「じゃ後で、家族でお呼ばれしますね」
「おぅ!」
隼人たち4人は源じいさんに手を振り、この場を後にした。
源じいさんはもうかなりの歳のはずだが、相変わらず矍鑠としており、畑仕事や羊の世話をしているらしい。元気そうでなによりだ。
やがて霧島家が見えてきた。隼人が生まれ育った家だ。もうかなり年季が入っているものの、やはり目にすると懐かしさから目尻が下がるもの。
霧島家の隣には、築浅の平屋が建てられている。
霧島家の前に車を停めると隼人たちの到着に気付いた隣家から、見知った顔が現れた。
「おかえりなさい、予定より早かったですね」
彼女に気付いた春希は、車から降りて傍に駆け寄る。
「久しぶり、みなもちゃん! 動画配信、ちょくちょく観てるよ~」
「わ、面と向かってそう言われると照れますね」
「よく手伝いにきてる心太くんも、随分大きくなったよね。今、大学生だっけ?」
「えぇ、毎回律儀に手伝ってくれてますね」
ふにゃりとみなもが笑えば、春希も相好を崩す。
それを見て双子を連れた隼人も口元を緩ませる。
みなもは大学を卒業後、祖父と父と共に、月野瀬へ移住した。
現在は畑を借り作物を育てつつ、月野瀬内の物流に関しても色々改革を行っている。
ちなみに伊織に頼まれ、御菓子司しろ2号店で使うこだわり抜いた豆、芋類を育てて直接卸しているのだとか。
また畑仕事や羊の世話を動画で配信して、界隈ではそれなりに名が通っているらしい。
実際みなもが移住してきてから、月野瀬の収入と生活は向上したと聞く。
はたと気付いたみなもが、春希へあるものを渡した。
「あ、これ鍵です」
「ありがと。家の管理任せちゃって悪いね」
「ふふっ、その分お金もいただいてますから。それに心太くんも手伝ってくれますし」
「そっか」
みなもとは集会所でまたといって別れ、春希が鍵を開けて霧島家へ入る。
真季と凛央はわーきゃー言いながら中へ突撃し、探検を始めた。
隼人は双子に「転ぶなよー」と声を掛け、車から荷物を運ぶ。
そして家の中の様子を見て、眉を寄せた。
「この家もすっかり様変わりしたなー。生活臭がしない、ホテルみたいというか」
「普段、空き家にするのはもったいないっていって、短期で貸したりしてるからね」
「管理してくれてるみなもさんに感謝だな。他にもそういう家も多いんだっけ?」
「みたいだね、案外好評なんだとか。ところで集会所へは歩き?」
「かな。早めに行って、バーベキューの準備しながら呑むのもオツなもんだ」
すると耳聡くバーベキューという言葉を聞きつけた真季と凛央が、こちらにやってきて興奮した声を上げる。
「ばーべきゅー!? おれ、いっぱい食う!」
「あたし、おばさんが言ってた、いのしし食べたい!」
期待に満ちた顔をする双子につられて、隼人と春希もにこりと笑った。
◇
現在夕飯にはまだまだ早い、おやつの時間といった昼下がり。
隼人と春希は田舎のあぜ道で、珍しいものを見つけてはあちこち走り回る我が子を見守りながら、集会所を目指す。
春希が「用水路に落ちないようにねー」と注意を促すものの、真季と凛央からは「ザリガニ!」「さかな!」といった返事がくるのみ。
隼人は自分たちもかつてはあぁだったのかなと、苦笑い。
やがて神社の入り口近くに、見慣れた集会所が見えてきた。
隣には真新しい和風の建物ができている。入り口には沙紀のポスター。
最近建て替えた、村尾家の売店である。ここぞとばかりに、ティンクルや沙紀のグッズを売っているのだとか。
それを見た春希は、感心したように呟く。
「儲かってるみたいだねぇ。美人過ぎる巫女の神楽が見られる神社は」
「すっかり有名になっちゃったからなぁ」
国民的人気アイドルグループ、ティンクルでダンスアーティストとしての地位を確立しつつある沙紀は、この神社の巫女だ。
そして沙紀はなんだかんだ毎年ここで、神楽を舞っている。
そのことが世間に知れ渡った結果、聖地巡礼とばかりに神社を訪れる人が多くなった。
ちなみにそのきっかけになったのは、隼人が撮った写真である。
当時は幻想的で美しい巫女として、世間を騒がしたものだ。
月野瀬自体でも少し離れたところに温泉を拡張し、宿泊施設を設け、キャンプ場も整備し、またそこでお茶摘みや餅つき、こんにゃくや饅頭、味噌作りといった体験もできるようにして、外部からお客が訪れるようになった。この田舎も変わったものだ。
春希は目を細めながら言う。
「今年も沙紀ちゃんの神楽、楽しみ」
「当日、祭りで混雑しそう……ていうか、屋台の人員に駆り出されそう」
集会所では既に源じいさんを始め、何人かが既に酒盛りをしていた。
隼人と春希もやって来て早々、呑めと酒を進められ、つまみも作ってくれと頼まれる。
昔から変わらない、いつものパターンだ。
呑みながら隼人はささっとつまめる簡単なものを作り、その後は真季と凛央にねだられながらバーベキューの用意をしていく。
ちなみに子供に甘い月野瀬の住人たちが、双子のバーベキューコールを聞いたら、せっせと器具や具材を手分けして準備してくれたりも。
そのうち、沙紀もやってきた。月野瀬で見慣れた巫女服姿だ。
だが子供の頃に出会った頃とは、比べものにならないほど綺麗になっていた。
事実、歳を重ねるほど美貌を輝かせる沙紀は、世間でもよく取り沙汰されている。
隼人が「また一段と美人になったね」と素直な感想を言えば、沙紀は笑顔で「逃した魚が大きかったって思わせるように頑張ってるんです」と、なんとも返事に困ることを口にするので、隼人は曖昧に笑う。
やがて心太やみなももやってきて、どんちゃん騒ぎ。
心太はやたらみなもにべったりだった。
周囲からそのことで揶揄われるものの、心太はいたって真剣な様子。
一方みなもはさらりと受け流し、なんとも微笑ましいやら。
春希と沙紀も調子に乗って、カラオケで唄って踊る。
未だ人気絶頂の現役アイドル2人の余興に、周囲も大盛り上がり。
そんな中で、一番の人気は真季と凛央だった。
物怖じしない双子は、皆から美味しいからと勧められたものを食べ、お喋りして、可愛がられる。その様子を見た春希が「清司(兄さん)、会う度に真季と凛央を芸能界とかどう? って言うんだよね」と不穏なことを呟いたので、隼人は眉間に皺を寄せて「まだ早い」とだけ返す。その返事に春希は笑っていた。
集会所の宴会は夜遅くまで続く。
しかし真季と凛央の電池が切れかけ舟をこぎだしたので、一足先に帰ることに。
帰宅後、なんとか双子をお風呂に入れさせ、布団に寝かせる。
真季と凛央は一瞬で夢の中へ旅立っていった。
これで朝までぐっすりだろう。
ホッと一息を吐いた隼人は、縁側に出て空を眺めると、星が瞬き月が輝いていた。
月野瀬の夜空は都会と比べて、随分と賑やかだ。
隼人は先ほどの呑み直しとばかりに、集会所で貰ってきた焼酎をグラスに入れて傾けていると、春希も傍にやってきた。
「皆、変わってなかったね」
「そうだな、月野瀬自体は結構変わったけど」
「でもそれって目に見えてわかりにくいだけで、きっと人も変わってるんだろうね」
「……あぁ、俺たちの関係のようにな」
しみじみと隼人が言うと、春希も苦笑しつつ焼酎を自分のグラスに入れて傾ける。
「昔、子供の頃はひめちゃんになりたかったって言ってたの、覚えてる?」
「それ、一緒に家に帰る相手が居て、羨ましかったってやつ」
「うん。だけど今はひめちゃんじゃなくてよかったって、心底思ってる。だって妹だったら、今の関係には絶対なれなかったし」
「まぁな」
隼人が目を細めてフッと笑うと、春希は甘えるように頭を肩に乗せてきて呟く。
「今、月野瀬に居た子供の頃の自分が見たら、びっくりするくらい幸せだよ」
「俺もだよ」
「けど、この今も永遠じゃない。必ず変わっていく」
「あぁ、これからどうなっていくのか楽しみだな」
隼人がそう言うと、春希は目を瞬かせた後、おかしそうに笑いだす。
「ふふっ、即座にそう言い切るから隼人だから惹かれたんだって、つくづく思うよ」
「そりゃ俺のすぐ隣には春希が、相棒がいるからな。何があっても大丈夫だし、未来は楽しみしかない」
「そうだね、これからもずっと一緒だよ、隼人」
「おぅ」
そう言って春希はチュッと頬を啄んできて、えへへと笑う。
隼人も春希を抱き寄せ、頭を撫でる。
人は変わる。変わっていく。
時と共に、周囲を取り巻くものも変わっていく。
思えばこれまで、春希の色んな顔を見てきた。
友達、幼馴染、相棒、恋人、妻、母親……きっとこれからも、色んな別の顔を見せていくのだろう。
だけど隼人と春希の固く結ばれた絆は、決して変わらない。
2人でずっと、未来へ向かって歩いていく。
人生の相棒なのだ。それだけは確信をもって言えた。
そのことを再確認した翌朝。
わずかに東の空が染まる午前5時前。
隼人は春希にこっそりと起こされた。
「ミヤマ捕まえに行くよ、隼人! 実は昨日、罠仕掛けておいたんだ!」
「……は? ってか、いつの間に?」
「隼人がバーベキューの準備している間にちょっとね!」
「いやまて、チビ共は?」
「あの子たち、いつもこの時間は寝てるから大丈夫! ね、ミヤマ~っ! 母として子供たちよりも立派なの捕まえなきゃ」
「何が母としてだ。あー、わかった、わかったからっ」
早朝からはしゃぐ春希を見て、何言ってたんだと特大のため息を吐く。
外ではきりりとしたアイドルや女優、家では子供に手をかけて育てる母になり、また共に外出すれば妻として隼人を立ててくれる。
春希はそんな、立派な大人の女性になった。
しかし時々こうして、春希は思い付きから突拍子もない提案をすることがある。
だから隼人はこういう時、心の中で叫びたい言葉があった。
――俺の前でだけ昔のノリって、いや、ちょっと!
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そしてまた、
小さな出会いの夏がやってくる
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ぼく(、、)が母に連れられてやってきたのは、気の遠くなるような田舎だった。
周囲には山と畑しかなく、道ではたまに羊とすれ違う。
コンビニどころか買い物できるような店もろくになく、せいぜい稼働しているかどうか怪しい自販機がある程度。
本当にここは日本か! って思ったくらいだ。一応、泊まっている施設に売店があるものの、並んでいるものは土産物の特産品ばかり。
とてもじゃないが、ぼくのような子供が楽しめるようなところじゃない。
祭りと聞いて楽しみにしてやってきた自分が、バカみたいだ。こんな何もない田舎だと、付いてこなかった。
一方、母は最推しのアイドルが祭りにどうこうと言って、ここに着いた時から浮かれっぱなしだ。
しかも何日かここに滞在するらしい。
母としては観光気分で楽しみのようだが、ぼくにとっては拷問に等しい。
その母は聖地巡礼だとか言って、1人で外に出て行った。
周囲の人たちも似たようなことをしている。
子供はぼくひとりだけ。
どうやら祭りそのものでなく、アイドルを見るためにやってきたようだ。
あぁ、くだらない。
一体アイドルの何がいいというのだろうか。
まったく、バカバカしくて嫌になる。
きっと母は、ぼくに興味がないのだろう。
家でもほとんど干渉してこない。
いつも奔放で自分勝手。
そんなだからきっと、父に当たる人は家を出て行ったのだろう。
特殊な家庭のおかげで学校でも、針の筵。
母の放ったらかしにも慣れている。それから1人でいることも。
そもそもショート動画ではしゃぐ男子や、隙あらばマウントし合う女子となんて、関わるだけ無駄なのだ。
とはいえ、手持ち無沙汰だったので外に出る。
この村の中心部、郵便ポスト前へ向かう。それなりに目立つところだ。ぼくはそこで家から持ってきた、ゲーム機で遊ぶことにした。
子供が1人だと目立つだろう。
ぼくが噂になって、親は何をしているんだと思われ、母が恥をかけばいいのだ。
そう思ってしばらくゲームをしていると、ふいに声を掛けられた。
「なぁ、おまえひとりか?」
「それ、なんのゲームやってるの?」
「……ぇ?」
顔を上げるとぼくと同じくらいの歳の、やんちゃやおてんばといった言葉が似合う男の子と女の子。
ぼくの近くには居ないタイプの子たちだ。
顔立ちもかなり整っており、ぼさぼさな格好の自分とはまるで逆。
どう反応していいかぼくがまごついていると、男の子と女の子はにこにこしながら話しかけてくる。
「あ、そのゲームおれも持ってる! 楽しいよな!」
「あたし、強いよーっ!」
「こんど、たいせんしようぜ!」
「でも今は川!」
「えー、山にしようよ。とーちゃんが山にはヤマモモあるって言ってたぞ」
「なら山でいい!」
「てわけで、おまえも行こうぜ!」
「行こいこーっ!」
そう言って男の子と女の子は、手を取り引っ張ってきた。
いきなりのことで驚いたぼくは、ついといった形で反射的に手を払いのけてしまう。
「っるさい、だまれ、あっちいけっ」
これはない。
言ってから、驚きに目を丸める男の子と女の子を見て、後悔に襲われた。
別に本気で言ったわけじゃない。
だけど、言われた相手が傷付くことはわかる。
自分が暗くて口下手な自覚があった。
それから愛想がないことも。
こんなだから、友達がいないのだ。
クラスメイトが話しかけてくるも、すぐに離れて行く記憶が脳裏を過ぎる。
だというのに目の前の2人はさして気にした風もなく、ぼくの手を取ってきた。
「いいから遊びに行こうぜ、いいとこ知ってんだ!」
「ひみつきちだよ、ひみつきち!」
「ぇ……ぁ……っ」
戸惑うぼくなんてお構いなし。
再び2人に手を引かれて、今度はぼくも走り出す。
そして色んなところへ連れ回された。
川にあぜ道、森の中。
大きな木の洞、廃材置き場、山の中にある末社。
生まれて初めての大冒険。
訪れた色んなところは、どこもが輝いて見えた。
きっとこの男の子と女の子の笑顔が、キラキラとか輝いているからだろうか。
今までになく、たまらなく楽しかった。
何もないように見えて、この田舎が遊び場の宝庫だと気付く。
こんなこと、今まで全然知らなかった。
そして誰かと遊んで、楽しさを分け合う豊かさ初めて知った。
今まで知らなかったぼくは、本当にバカだ。
だからこの日の夕暮れ、別れ際。
ぼくは勇気を振り絞って、2人に訊ねた。
「あの、名前……」
すると男の子と女の子は顔を見合わせ、そういや名前も知らなかったっけといった表情をした後、にこりと笑った。
「おれはまさき!」
「あたしはりお!」
「ぼ、ぼくは――」
◇
これがぼくの、初めての友達との出会い。
気兼ねなく何でもを言い合える、無二の親友。
きっとこの日のことを、ぼくは大人になっても忘れないだろう。
お互い住んでいるところは遠かったけど、この夏以降もゲームを通じ、チャットなどで仲を深めていく。
そして転校先にいた真季と梨央がぼくが本当は女子だと気付き、真季と梨央があの大女優・二階堂春希の双子だと知って互いに驚くのは、もう少し先のお話。
(完)
てんびん、これにて完結です。
ここまでお付き合いください、ありがとうございました。





















