420.あたしたち――これからもずっと、友達なんだから!
姫子はすぐさま沙紀の下へと駆け付けた。
夕闇に染まる中、沙紀は幼子のように泣きじゃくっていた。
一目でどれだけ沙紀が傷付き、嘆き、身を引き裂かれるような思いに襲われているのかが伝わってくる。
姫子もまた、涙が止まらない。
失恋の痛みは知っている。
けれど姫子の場合、幼い頃の仄かな憧れが初恋だったと、後から気付いたもの。
しかも相手を男の子と勘違いしていた。
だから想いに気付いたと同時に、どうしたって結ばれることがなく、諦めるしかないとわかってしまって。
そんな理由があったから、姫子は自分を納得させ、失恋を受け入れることができた。
しかし、沙紀は違う。
小さい頃からずっと、何年にも渡って好きという気持ちを育んできた。
今思い返すと、沙紀がどれだけ努力してきたのかよくわかる。
こちらにやってきたのは、月野瀬の田舎で1人残されて寂しくなっただなんて、無邪気に思っていた。
オシャレとか今まで以上に気を遣うようになったのは都会に刺激されたのだとか、料理を初め家事に積極的になったのは1人暮らしを始めて影響だとも。
本当はそうじゃなかった。
全ては隼人と仲良くなるためだ。
一体どれだけ一途に想い、行動に移してきたのだろう。
そんな親友の気持ちが、もう報われることがないという事実に、ひどく胸が軋む。
姫子は、兄が春希とくっつくことを望んだ。
そうすれば春希が義姉になって、間接的に結ばれると思ったから。
またアイドルになった春希を見て、少しでも近いところに行こうと進学先も変えた。
それに昔から、春希は兄と仲がよくて、こうして再会してかつてと変わらず一緒にいるところを見ていると、お似合いと思ったのだ。
自分が入る隙がないと、思ってしまうほどに。
それに兄が春希と結ばれるなら、諦めるしかないと納得できる。
だから春希の笑顔を取り戻してあげてと、兄に発破を掛けた。
兄を利用したともいえるだろう。
姫子にはそういう逃げ場があった。
なんて自分勝手。
だけど、沙紀にはそんなものはない。
真正面からこの傷の痛みと、向き合わなければならない。
もし姫子が親友の気持ちを知っていれば、絶対に沙紀のことを応援していた。
だって、幼い頃からの親友なのだ。
少なくとも、ことある毎に何かしらのフォローをしただろう。
もしかしたら、今日の結果も変わっていたかもしれない。
しかし姫子は自分のことが手一杯で余裕がなくて、沙紀の抱えた気持ちに気付かなかった。知ろうともしなかった。
姫子はせめて親友の痛みを少しでも受け持とうと、沙紀を強く抱きしめ嗚咽を漏らす。
沙紀も縋るように抱きしめ返してくる。
姫子と沙紀は抱き合いながら、頬を流れるものが枯れ果てるまで、声を張り上げた。
◇
すっかり暗くなった住宅街を、沙紀と手を繋いで歩く。
街灯の明かりが薄ぼんやりと2人を照らす。
姫子と沙紀の目は真っ赤だった。
目指す先は沙紀のマンション。
家族にはメッセージで、今日は沙紀の部屋に泊まると連絡を入れている。
やがて沙紀は気恥ずかしそうに、ポツリと呟いた。
「なんか姫ちゃんと初めて話した時も、一緒に泣いて帰ったよね」
「そうだったね。あの時あたしさ、お母さんが倒れたことが認められなくて、何も考えたくなくて、心を閉ざしちゃってて。でも沙紀ちゃんが一緒に泣いてくれたから、あたしも泣けた。自分を取り戻せた」
「今回は逆だね。私も姫ちゃんが泣いてくれたから、ちゃんと悲しいって泣けた」
「……そっか」
「……うん」
2人とも繋いだ手に、ぎゅっと力を籠める。
そしてぐちゃぐちゃになった顔を見合わせ、くすくすと笑う。
ひとしきり笑った後、姫子は明るい声で愚痴るように呟いた。
「それにしてもおにぃ、バカだよね。せっかく可愛いカノジョができるチャンスだったのに。これほどまで想ってくれる相手なんて、もう二度とないよ」
「自分で言うのもなんだけど、私ってお兄さんにとってかなりの優良物件だと思うのになぁ。料理とか家事もできて、好みも把握してるし、家族との仲も良好だし」
「そうだよ。おにぃがどこに行くのかわかんないけどさ、沙紀ちゃんを振ったからには、ちゃんと笑顔のはるちゃんを連れて来なきゃ、家の敷居は跨がせないんだから!」
姫子がそれくらいのことは最低限してくれないと許さないよね、と拗ねたように唇を尖らせれば、さっきはふいに立ち止まる。
どうしたことかと姫子が隣に目をやると、沙紀はやけに決意に満ちた眼差しで宣言した。
「決めた。私ね、アイドルになる。アイドルになって、春希さんを倒す!」
「……え?」
「そしてもっといい女になって、私を振ったお兄さんを見返してやるの!」
そのことを聞いた姫子はしばらく目をぱちくりさせた後、おかしくてたまらないといった感じで噴き出した。
「あはっ、いいねそれ! 復讐だ!」
「姫ちゃんも手伝ってよ、相談とかいっぱい乗って!」
「もちろん! なんでも言ってね、一緒に考えよ?」
新たな目標ができ、気炎を上げる沙紀と姫子。
まだまだ空元気というのも、わかっている。
それからバカみたいなことを、しようとしていると思う。
けれど塞ぎ込むより、断然マシだ。
沙紀は不敵な笑みを、無理やり浮かべて言う。
「これからもよろしくね、姫ちゃん」
姫子は同じく歯を見せて、満面の笑みで答えた。
「当たり前じゃない。あたしたち――これからもずっと、友達なんだから!」





















