417.どうしても行きたかった場所
隼人にとってあまり縁のないものということもあり、ドラッグストア内で少し手間取りながら目的のものを購入し、沙紀の下へと戻る。
その間、10分にも満たない僅かな一時。
しかしそこにはちょっとした人だかりができていた。
そば耳を立てずとも、「え、うそティンクルの舞姫!?」「本物ビジュ良すぎっ!」といった黄色い声が聞こえてくる。
沙紀へと目をやれば、必死に「違います」「そういうんじゃ」と否定するものの、彼女たちは「今度出るのいつですか!?」「楽しみにしてます!」と止まらない。
事務所のおかげもあって沙紀の姿は公式に出回っていないものの、それでも沙紀が春希の代打で出たアーリーサマーライブで、ティンクルが爆発的な人気を博したのも事実。
沙紀の顏もコアな支持層に広まっているらしいとは聞いている。
どうやら彼女たちは、そうした熱心なファンのようだった。これまで春希と違って沙紀が外を歩いていても、騒がれなかったこともあり迂闊だった。
このままでは騒ぎが大きくなるばかり。
隼人がどうすればいいかとこの場の打開策を考えていたその時、沙紀と目が合った。
「お兄さんっ!」
沙紀はこちらに向かって大きな声を上げ、手を伸ばす。
そして靴擦れのせいか、顔を痛みで歪ませる。
「沙紀さんっ!」
「きゃっ!?」
隼人はそれを見た瞬間、バネで弾かれたように沙紀の下へと駆け付けその手を掴み、勢いのまま沙紀を横薙ぎに抱え込む。いわゆるお姫様抱っこの格好だ。
突然乱入してきた隼人に驚き固まる彼女たち。
これ幸いと、隼人はこの隙を利用してこの場を離脱する。
当然のことながら、繁華街でこんなことをすれば注目を集めてしまうもの。
たちまち辺りが騒めく「アレ何っ!?」「何かのイベント!?」といった声が上がる。
さすがにこのまま悪目立ちするつもりのない隼人は、どこか身を隠す場所がないか探していると、いつぞや茉莉に出会った時に連れて来られた路地裏が近くにあることを思い出し、そこへと飛び込む。
しばらく誰もこちらを見ている人がいないことを確認してから、その場に沙紀を降ろす。
するとどちらからともなく、おかしくなって噴き出してしまった。
「ふふっ、お兄さんいきなりあんなことして、びっくりしましたよ、もぅ!」
「ははっ、靴擦れしてるのを思い出して、一緒に走るより抱えた方が早いなって思って」
「だからって、あんな人の往来が激しいところでお姫様抱っことか、ほんと、お兄さんらしいですね」
――お兄さんらしい。
先日、一輝にも似たようなことを思い返し、内心ドキリとするもおどけた調子で返す。
「ま、いい笑い話ができたと思ってくれ」
「はぁ、でも恥ずかしい思いをした甲斐があったというか。今日のお兄さん、ちゃんと笑えてますからね」
「…………え?」
しかし思いもよらぬ沙紀の言葉に、ピシャリと固まってしまう。
だが、どこか思い当たる節があることだった。
隼人がジッと沙紀をまじまじと見つめると、沙紀は困ったように指摘する。
「ここのところずっと思いつめたような顔をしてましたから、心配してたんですよ。お料理だって、細かいミスとかいっぱいしてましたし」
「あー、それは……色々フォローしてもらって、面目ない」
「いいですよ、誰だって不調な時ってありますから。そういう時、私って頼りになるでしょう?」
おどけた風に言う沙紀に、隼人は苦笑しつつ答える。
「そうだな、思えば色んなところで沙紀さんに助けてもらってばかりだ。アーリーサマーライブだって、沙紀さんがいなかったらどうなってたことか。それに比べて、自分が不甲斐なく思うことが多いよ」
「そんなことありませんよ。お兄さんは見返りもなく、誰かに手を差し伸べられる人じゃないですか。茉莉さんだって、そうだった」
「あれはたまたまだよ、偶然がいい感じに重なっただけ。俺がしたことなんて、誰でもできることだし」
「でも真っ先に動いてそのきっかけを作り、茉莉さんの笑顔を取り戻してあげたのは、お兄さんですよ。誰にでもできることじゃない、誇らしいことです。だから私は今日、お兄さんの笑顔を引き出せた自分を誇らしく思います」
「……そうか。そう言われると、敵わないな」
こちらを見据えまっすぐ言葉をぶつけてくる沙紀を、隼人は眩しそうに目を細める。
隼人がしてきたことは、誰にでもできることじゃない。
今までしてきたことを沙紀に肯定され、照れくさそうに頭を掻く。
そして隼人は憑き物が落ちたかのように、心が軽くなっていることに気付く。
それから沙紀が、自分の中でどれだけ大きな存在になっていることも。
またこうして、沙紀と一緒にいると心もやすらぐ。
春希がいなくなっていた時も、沙紀が傍にいてくれていたおかげで、随分救われていたに違いない。
きっと無意識のうちに頼りにして、甘えていたのだろう。
やがて沙紀は、少し言い辛そうに口を開いた。
「実は今日、どうしても行きたい場所がありまして」
「わかった」
◇
沙紀が靴擦れテープを使用した後、どこかやわらかい空気の中、電車に乗り沙紀の行きたい場所へ向かう。
自分たちの家がある最寄り駅で降り、見慣れた道を歩く。
まさかと思ってやってきたのは意外なところで、隼人は訝しむ声を上げた。
「学校?」





















