411.らしくない
テレビやネットなどいたるところ、もちろん隼人のクラスでも〝千尋〟の、正確にはそこに出演した春希の話題一色だ。
春希はアイドルとしての可憐な容姿をしているだけでなく、大女優である母にも負けない演技力と存在感を示した。
天涯孤独になってしまった悲劇のヒロインと祭り上げられつつ、母の死を乗り越え、これからアイドルだけじゃなく、女優としての活躍を期待する空気が醸成されている。
クラスでも「観に行ったよ、すごかった」「歌だけじゃなく、演技もすごいんだね」等と話しかけられているようだ。
それだけ多くの人が、春希が表舞台に戻ってくることを望んでいる。
だというのに春希は当たり障りのない返事をし、どこまでもいつも通りだった。
朝一緒に待ち合わせて登校し、休み時間は雑談に興じ、お昼は秘密基地で皆とお弁当を食べる。放課後は園芸部で野菜の世話をしたり、バイトに着いてきては目立たない場所を陣取り課題をしたり、霧島家に帰って夕飯を囲む。
嘘くさいまでに、これまで通りの日々。
そのことをわかっていながら、何かが噛み合っていない日常に流されている。
なんていう滑稽。
曖昧模糊としたある日の昼休み、秘密基地。
いつものようにまだまだ日中は暑い、新作スイーツと和菓子がどうこう、つくしの最近のやんちゃぶりといった他愛のないことを話す。
そんな中、隼人がお弁当を食べ終えたタイミングで一輝が話しかけてきた。
「隼人くん、ちょっといいかな? 2人で話したいことがあるんだ」
わざわざ皆が居るところで、個別に話したいことがあるという。
明らかに何かしら含むところがあるという物言いに、皆から好奇の視線を向けられた一輝は、意味ありげに微笑む。
一体何だろうか? とはいえ隼人に否やはなく、訝しみつつも了承する。
「別にいいけど……今からか?」
「うん、そうだと助かる。それほど時間を取らせないからさ」
そう言って一輝は立ち上がり、隼人も後に続く。
連れ立って廊下を歩き、案内されたのは旧校舎の階段に積み上げられた机を乗り越え、その先にある屋上。
そこは殺風景でどこか物寂しい場所だった。
隼人は意外そうな声で呟く。
「こんなとこ、あったんだ」
「聞かれたくない話をするのに、打ってつけだろう? 僕もみなもさんに教えてもらったんだ」
「みなもさんに?」
「あ、事前にみなもさんへ話は通してるよ」
思いもよらぬ名前を耳にして目を丸める隼人に、一輝は茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。
昼休みの残り時間は潤沢にあるわけじゃない。
気を取り直した隼人は、早速話を促した。
「で、わざわざこんなところまできて、一体何の話だ?」
一輝は少しの躊躇いを示した後、コホンと咳払いして、居住まいを正す。
そして気恥ずかしそうに言う。
「僕はね、隼人くんに救われた。いつだって真っすぐで、裏表がなくて、自分の気持ちに正直にぶつかってくれる、隼人くんに。そして隼人くんはいつだって誰かが困っていれば打算も下心もなく、その人のために駆けだして……だから僕もそうありたいと憧れた。僕はね、思った以上に隼人くんに感謝しているし、影響を受けている」
「お、おぅ……」
いきなりこっぱずかしくもストレートな言葉をぶつけられ、隼人もまた照れくさくなり頭を掻く。
しかしわざわざそのことを言うために、ここへ連れてきたわけではないだろう。
そして一輝はこれこそが本題だと、真剣な眼差しを向けてきた。
「けど、最近の隼人くんはなんていうか、らしくない」
ドキリと心臓が跳ねる。
――らしくない。
言い得て妙だ。
だけど認めたくない自分が、とぼけた調子で聞き返す。
「らしくないって、なんだよ。いたっていつも通りだと思うが」
しかし一輝は困った顔を左右に振りながら、言う。
「じゃあ聞き方を変えるよ。二階堂さんは芸能界に復帰すべき……そう思うかい?」
「それは――」
隼人は言葉を詰まらせてしまう。
これでは一輝が言ったことを認めているようなものだ。
だけど隼人は目を逸らし、苦し紛れに答えた。
「――春希が決めることだよ。俺がどうこう言うことじゃない」
「でも本当は心の中で、芸能界に戻るべきだと思ってる。違うかい?」
「っ!」
語気を強めて告げる一輝に、隼人はガチリと歯を噛みしめた。
隼人の睨みつけるような視線を、一輝は真正面から受け止め、なおも叱咤するように言葉を続ける。
「隼人くんだってわかってるはずだ。二階堂さんはあの輝く世界こそ、相応しい」
「……あぁ、そうかもな。散々見せつけられてきたよ」
「いつもの隼人くんだったら、二階堂さんが芸能界に戻るための、背中を押しているところだろうね」
「だから、らしくない(、、、、、)、か?」
自嘲気味に答える隼人へ、一輝は煽るように言う。
「あぁ、らしくない。完全に怖気付いている」
「俺が怖気付いている?」
「そうだよ。隼人くんは二階堂さんが復帰することを――遠い所へ行ってしまうことを臆病風に吹かれている、腰抜けだ」
「っ、一輝!」
罵倒ともいえる強い言葉で図星を指され、隼人の目の前がカッと赤くなる。
そして気付けば、一輝の胸倉に掴みかかっていた。





















