410.姫子の相談
田倉真央の遺作〝千尋〟の封切りがされ、たちまちヒットして各所で話題になった。
特にラストの母娘共演シーンは真央だけでなく、春希の演技力や存在感に対する賞賛の声も大きい。
姫子のクラスでもその話題で持ち切りだ。
高校の友人たちからも「田倉真央の娘やばい!」「顔がいいだけのアイドルだと思ってたけど、全然違う!」「でもお母さん亡くして可哀そう」などと話しかけられ、返答に詰まらせる。ここには姫子が春希と幼馴染だと知る人はいない。
春希はこの映画を通じてアイドルとしてだけでなく、女優としても評価され、その才能を世間に期待されていた。
姫子だって完成披露試写会を観た時、真央を食わんばかりの春希の演技に、脳天を直撃するような衝撃を受けたものだ。
そして春希は母を亡くしたこともあり、悲劇のヒロインのように祭り上げられている。
(はるちゃん……)
またも風向きが変わりそうだ。
春希はどうするつもりなのだろうか。
正直なところ、姫子だってあの才能をこのままにしておくのは惜しいと思っている。
それに実際アイドル活動をしている春希は、活き活きとしていた。
女優だって、そうだろう。
春希は誰かを驚かせたり、楽しませることが天職なのだ。
だから姫子は少しでも春希がいる世界に近付こうと、進路を定めた。
しかし春希本人はというと、世間の声なんてまるで自分には関係ない、他人事のような態度をしている。
まるでそれが正しいと言わんばかりで、不自然に感じてしまう。
そして春希以上に不自然な態度になっている人物がいた。
この日も皆とは学校が違う姫子が、遅れて帰宅した時のこと。
リビングに顔を出すと同時に、沙紀の焦った声が響く。
「お兄さん、その玉ねぎ焦がしちゃってません!?」
「っ、うわホントだ! あーでもこれなら、水を加えればなんとか」
「ならいっそ、スープにしちゃいます? 余っていたトマトを加えて、鶏ガラ出汁で中華風にとか」
「そうだな、そうしよう」
どうやら隼人がボーッとしていたらしく、料理を焦がしてしまったようだ。
ここのところ、隼人はどこか上の空になることが多い。
他にも食材の買い忘れや、ごみ出しの日を間違えるなど、今みたいなミスも頻発している。
いつからそうなったというのも、はっきりしていた。
完成披露試写会から帰ってきてからだ。
あの日も煮物のジャガイモを、ぐずぐずに溶かしていた。
そんな隼人に、リビングのソファーに居た春希が困ったような顔をして、手伝いを申し出る。
「炒めるくらい、言ってくれればボクがやるのに」
「いや、うん、まぁ……」
しかし隼人は曖昧な返事をして、有耶無耶に誤魔化す。
ここのところキッチンが狭いからといって、料理も沙紀に手伝ってもらうだけにしており、春希に対してやけに遠慮するような態度をしているところがあった。
食事中だって、隼人は春希と目を合わせようとしない。
今の春希の状況をなんとかできるのは、隼人だけだろう。
だがその隼人が、この体たらく。
先日、思い切って春希と何があったのか訊ねてみた。
だけど隼人から返ってきたのは『何でもない、何もないよ』の言葉だけ。
しかしあの映画を期に春希へ思うことがあるのは、一目瞭然。
今のところ、春希もなんてことない風に装っているものの、このままだとギクシャクしていってしまうだろう。
そうなると、堪ったもんじゃない。
とはいえなんとかしたいものの、どうすればいいのかわからない。
相談しようにも、あまりにも特殊ケース過ぎる。
春希と沙紀の帰宅後、姫子は自分の部屋のベッドに腰掛け、スマホである連絡先を睨んでいた。
「…………」
1人だけ、相談の適任者がいる。
芸能界の実情に明るく、隼人や春希のことをよく知っており、姫子も個人的に話を聞いてもらったこともある親しい人物、一輝だ。
しかし一輝はティーン女子のカリスマであるMOMOの弟であり、今や着実に知名度を上げている売り出し中のモデル。
姫子のクラスにも、ファンだと公言している人もいる。
それに仕事もかなり忙しいと聞く。
姫子との仲は良好だと思う。
そして頼りになることも知っている。
しかし色々と遠い人になってしまったのも事実。
だから以前のような感覚で、連絡することに躊躇いがあった。
それに履歴を見るに、一輝とは半年以上直接メッセージのやり取りをしていない。
これだと都合のいい時だけ、一輝を利用していると思われないだろうか。
また有名になったからと、近付いてくる女子もいるだろう。
かつて姉のデビューに際して、似たようなことがあったのも知っている。
それなのに自分が、一輝が忌避するような女子たちみたいなことをすれば、失望されないだろうか。
そんな考えが、姫子の決意を鈍らせていた。
「…………はぁ、なにやってんだか。よし!」
やがて姫子は通話をタップした。
何か色々考えてる自分が嫌になったのと、変に一輝を遠慮して特別視する自分に、違和感を覚えたからだ。
そしてわずか1コールで一輝は応えた。
『もしもし、姫子ちゃん?』
「っ!」
あまりにもの早さに、姫子はとっさに言葉がでてこない。
衝動的に通話を掛けたこともあり、何を最初に訊ねればいいのか思考があやふやだ。
若干混乱する頭で、姫子はなんとか言葉を絞り出す。
「えっと一輝さん、久しぶりです。その、相談があって……」
『もしかして、二階堂さんのこと?』
「あ、はい。それ絡みというか……」
すると一輝は少しの沈黙の後、自分の知っていることを話してくれる。
『ふむ……二階堂さんだけど、映画を観た業界の人からたくさんオファーが来ているね。あれだけの演技が出来る人、中々いないだろうし。田倉真央の娘というのも大きい』
「ですよね」
『でも大丈夫、桜島さん……うちの事務所のお偉いさんね。二階堂さんの意にそぐわないことはしないと思うから』
「そうですか」
かつてと違い、春希の意思を無視したことにはならない。
姫子はそのことに安堵の息を吐く。
『…………』
「…………」
そしてまたもしばしの沈黙が流れ、空気が緩んだのも束の間のこと。
一輝はこれこそが本題と確認するかのように訊ねてきた。
『それで、やはり隼人くんのことかな?』
「……はい」





















