409.未練
完成披露試写会の会場はグランシネマスピリッツ、春希と初めて行った映画館だった。
あの時、舞台挨拶に来ていた田倉真央と遭遇したことを思い返す。
そこへ春希が出演する映画を観に来ることになるとは、なんとも奇妙な縁だ。
祝日ということもあり、映画館には多くの人が訪れており混雑していた。
しかしスタッフが人員整理していることもあって、スムーズに当該シアターにまで案内してくれる。
道中、〝千尋〟の様々なポスターがあり、ついついそれらを注意深く眺めてしまう。
中にはもちろん、春希がメインのポスターもある。
長い髪の清楚可憐然とした、隼人が再会してずっと傍で見てきた姿だ。
だというのに、なんだか全然知らない春希のような気がして、そのことを否定するように小さく頭を振る。
各々、指定された席へ向かう。
シアター内では、あちこちから〝千尋〟への期待や、田倉真央という大女優の亡失を嘆き惜しむ声が聞こえてくる。
誰もが映画に意識が向いており、こちらの芸能人組はあまり気にしていない様子。
やがて開演の時間になり、照明が消され、アナウンスが流れてくる。
そしてスクリーン前のステージにスポットライトが当てられ、司会の女性と見覚えのある男性――映画監督が舞台に表れ、会場からはどこか控えめな拍手が起こる。
主演女優が居ないので華が欠けている感じがするが、それも仕方ないだろう。
完成披露試写会は田倉真央への黙祷から始まった。
そして監督から、この作品についての思いが語られる。
「この作品は主演である田倉真央本人から、女優人生をかけてやりたいと持ち掛けられました。まずは色々と話をする前に、この作品を観てください」
複雑な空気の中、銀幕が上がっていく。
〝千尋〟の内容は春希を撮影現場に送り届けた際、監督から脚本を見せてもらったので知っている。
大雑把に言えば、大手総合商社に勤めるバリキャリの千尋が、とある地方の資源開発プロジェクトで関わった、両親を破滅させた相手への敵討ちをする話だ。
大女優・田倉真央の演技は圧巻だった。
映画が始まるや否や、観る者をたちまち物語へと引き込んでいく。
内容を知っている隼人だって、例外じゃない。
真央演じる千尋は冷徹なまでに目標のため、同僚の仲間を騙したり、各所にグレーな取引を持ち掛けたり、時にはハニートラップを仕掛けたり、そんな手段を選ばない姿に息を呑み、手に汗を握らせる。それだけ、復讐相手への執念を感じさせるものだ。
やがてついには証拠を揃え仇を追いつめ、詐欺と横領で失脚させつつプロジェクトも大成功に収めたところで、観客のカタルシスは最高潮に達し、誰もが感嘆の息を零す。
だが千尋は強引な手段を取ったこともあり、窘めてくれた友人も離れてしまい、それでも信じて慕ってくれた同僚も危険な目に遭わすまいと遠ざけ、1人になってしまった。
本懐を遂げ栄光を手にしたとしても、残ったのは虚しさだけ。
一体何のために復讐したのだろうか。
孤独や虚無、失意や悲観といったものを抱えて戻ってきた故郷、ここに住んでいた時の自分を思い返しながら、かつての自分の幸せの象徴だった向日葵畑を訪れる。
そこでふいに過去の自分――春希現れた瞬間、がらりと空気が変わった。
『あなた、どうしてあらわれたの!?』
これまで鋭利に研ぎ澄まされた冷たい刃といった印象の千尋が、たちまち烈火のごとき感情を顕わにする。いきなりの豹変ぶりに、観客も混乱を覚えてしまうほど。
だが、真央が作り出す迫力に呑み込まれんばかり勢いがあった。
まるで自分の命を燃やし作るかのような熱演。
事実、そうだったのだろう。
そしてこれまでの研ぎ澄まされた冷たい演技も、計算に入れていたに違いない。
真央には卓越した存在感があった。
並の役者なら、このまま真央に食われてしまうだろう。
『それはあなたが一番よくわかってると思うわ』
しかし春希は真っ向から真央を受け止め、バチバチと互いの激情をぶつけ合い、切り結ぶ。
それぞれの想いが伝わってくる。
千尋がかつて味わった周囲から向けられた憐みの視線、お金がないことによるひもじさ、貧乏による明日への不安、それらを知らないあなたが語るなと吼える。
そんな屈辱を忘れなかったからこそ、この復讐を誓ったのだと。
だけど、過去の千尋――春希も叫ぶ。
裕福な暮らしをしている、周りの評価も高い、一見何一つ不自由はない。
だけどいつも誰かの目を気にして、友人もいなく、ずっと家で1人ぼっち。
本当は普通に憧れた。
普通が良かった。
ただ家に帰った時、『ただいま』と言ったら、『おかえり』と迎えて欲しかった。
『ボクはずっと、寂しかった……あ……あぁ……うわぁ……ああぁああぁぁああああっ』
春希はそんな千尋の心を代弁し、幼子のように泣きじゃくる。
本当はずっと1人で嫌だった。
復讐なんて、そんな心の隙間を埋めるためにやったようなもの。
そのことに気付かされた千尋は、慟哭するかつての自分を認めて受け入れ、むせび泣く。
春希のそれは、千尋を的確に捉えた迫真のシーンだ。
そして観ている人にも、千尋の境遇が世間で噂されている境遇と告知されていることもあり、これが真央の半生を描き、ないがしろにしてきた娘とのことと重ねるだろう。
劇場内のあちこちから、すすり泣く声や嗚咽も響く。
隼人だって視界を涙で滲ませていた。
姫子や伊織といった近しい人たちだって似たり寄ったりだ。
茉莉なんて嘔吐くように泣き、百花もずびずびと鼻をすすっている。
このシーンは演技を通じて、剥き出しになった本音を母へとぶつけたものだ。
盛大な母娘喧嘩をして仲直りの瞬間を切り取られたもの。
その現場を間近で見た隼人は、そのことをよく知っている。
本来春希にとって他人に見られたくない、恥ずかしいもののはず。
だというのに春希は、ジッと焦がれるようにスクリーンを眺めていた。
隼人はふいに、春希に言ったことを思い出す。
――演技は春希たち母娘にとってその間を紡ぎ直した、掛け替えのないものにならないか。
今目の前で繰り広げられているシーンは、春希と真央の母娘を結び付けた瞬間のもの。
春希は芸能界なんて、どうでもいいような態度を取っている。
だけど、これまで散々舞台で輝く春希を見てきた。
今だってそうだ。
誰もが母である大女優に負けない春希の演技に、見入られているではないか。
昔から春希がごっこ遊びや、こうして人を悦ばせることを知っている。
アイドルや女優なんて、その延長にあるものではないか。
何より、今スクリーンを眺める春希は――
「(――春希は、舞台に未練がある)」
春希が何も語らずとも、隼人にはそのことがはっきりとわかった。





















