406.映画、告知
春希の母、田倉真央の遺作となる映画〝千尋〟の公開が発表された。
ネット等にある記事を読むに上映に際して色々あったようだが、結局亡くなった主演である田倉真央の遺志を尊重する形で、公開に踏み切ったとある。
田倉真央はその死の間際まで、第一線で活躍し続けてきた大女優だ。
その最期の作品ということもあり、注目度は非常に高い。
SNSではすぐさまトレンド入りし、『絶対観に行く!』『娘のために、病気を押して撮ったとか』『ティザービジュアル、今までの田倉真央にはない雰囲気』といった話題で沸騰している。早朝、登校した隼人たちの教室でも似たような話題で持ちきりだった。
傍耳を立てると、『二階堂さんも出るんだよな』『お母さんと最後に競演とか』『どんな感じなのか気になる』といった声も聞こえてくる。どこか遠慮がちな空気があるものの、春希に対する期待も大きい。
隼人はといえば、クラスメイトが映画について話している中、そのオフィシャルサイトでポスターにも使われている写真を、ジッと眺めていた。
春希が母と、わき目も振らずに泣きながら抱き合っているものだ。
これはあの日、真央がいきなり脚本とは全然違うアドリブをしだして、春希と母娘喧嘩の末に2人が和解した瞬間に撮れた、偶然の産物のもの。
そして各所で『なんかめちゃくちゃ胸に来る』『この場面、なんか涙出そう』『心がやけに揺さぶられるよね』等と見る者に訴えかけるものがあり、〝千尋〟の関心をより高めている要因になっているものでもあった。
騒がれるのも無理はない。
これは春希が真央と演技を通じて、本音をぶつけ合ったシーンなのだ。
それこそ、映画のシナリオを変えてしまうほどの、感極まるものがあった。
そして隼人もごく自然に惹かれて、あの場の写真を撮っていた。
自分が撮ったものと、オフィシャルサイトのものを見比べてみる。
絵だけを見れば、我ながら悪くないと思う。
しかしオフィシャルサイトで使われているものは、撮られたものにどこにタイトルに演者やスタッフ、煽り文句などの文字を入れることによって画面が引き締まるか計算されており、また見る人の視線を誘導することも考えられている。
隼人が撮ったものだと、こうはいかないだろう。
こうして改めて見てみると、ポスターも一種の芸術だ。
今なら清司が隼人がポスターを撮ることに、難色を示した意味がよくわかる。
先日、沙紀は振り付けに際し、スタッフたちから意見を取り入れ、即座に改善案を出していたことを思い返す。どうして沙紀がそうできたのかというと、実力に裏打ちされた基礎が出来ているからだろう。だから、相手の要望や意見をかみ砕き、反映させられた。
翻って自分はどうか。
ただの感性に任せて撮っているだけに過ぎない。
自分じゃ、このポスターを超えられない。
(……何考えてんだか)
隼人はまるで未練じみたことを考える自分へ、自嘲めいて顔を顰めた。
◇
その日の昼休み、秘密基地。
いつものように恵麻と一通りいちゃついた伊織が、何の気なしに話を振ってきた。
「今日はどこもかしこも二階堂の映画の話題一色だよなー、うちのクラスもそうだし」
少しばかりドキリとして、春希を見やる。
その春希はさして気にした風もなく、どこか申し訳なさそうな顔をして言葉を返す。
「ネットとかそうみたいだけど、うちのクラスはボクに遠慮してか、小声なんだよね」
隼人は少し躊躇った後、変に気にし過ぎると逆に春希に気を遣わせると考え、もう少し踏み込んだことを口にする。
「そりゃ春希のお母さんのことを思うと、話題にし辛いだろうよ」
「まぁね、周囲に気を遣わせて悪いなと思うけど。けどわーきゃー騒がれるのも、それはそれで困るかな」
春希がやれやれとおどけた調子で肩を竦めると、皆も空気を緩ませる。
そしてみなもが感心したように言う。
「でも周囲が映画の話をするのわかります。あのポスター、一目見て引き込まれたと言いますか」
「うんうん、『かつての自分に向けて』というキャッチコピーがまた胸を騒めかせて、目が離せなくなっちゃうし」
続いて恵麻も同調するように、感嘆の息を吐く。
そして一輝が興味深そうな声で話す。
「僕は二階堂さんがどんな演技をしているのか気になるね。アイドルしてるところは見てきたけど、本格的に女優しているところ、見たことないから」
「うーん、あの時のボクはいっぱいいっぱいでさ、よく覚えてないや」
春希は歯切れ悪く、照れくさそうに頬を掻く。
映画での演技は、素の部分を曝け出したものでもある。そのことを思い返し、二重で恥ずかしくなっているのだろう。
沙紀はそんな春希を見てくすりと笑い、その撮影を見てきた隼人へ訊ねた。
「で、お兄さん、春希さんの演技ってどうでした?」
皆の視線がこちらに向かう。
隼人はしばし押し黙り、あの日の春希と真央の迫真の演技を今一度思い返す。
あの時の衝撃は、今も胸に強く焼き付いている。
そして今だけは余計なことを考えまいと、ただただ純粋な思いを告げた。
「――すごかったよ。それしか言えない。ほんと春希が田倉真央と作り出す世界に呑み込まれちゃって、是非観て欲しいとしか。……なぁ、皆で一緒に観にいかないか?」
隼人は真っ直ぐに皆を見据え、気付いたらそんな願望を口にしていた。
いきなりのことに皆も驚き、戸惑いを見せている。
やはり春希のことが気にかかっている様子。
そして春希が何かを言いかけた瞬間、一輝が被せるように賛成した。
「いいね、行こう。僕は意地でも時間作るよ」
「わ、私も行きます。せっかくの春希さんの晴れ舞台、見逃せません!」
続いてみなもも前のめりになって、胸の前で握りこぶしを作る。
皆で映画を観に行こうという空気が出来ていく。
伊織と恵麻も「ま、予備校とか1回休んでもいいだろ」「私も予定調整するよ」と行く気満々だ。
そして最後に沙紀が、この場を締めくくるように言う。
「決まりですね、姫ちゃんにも声掛けなきゃ」
こうして隼人たちは、皆で春希と真央の映画を観に行くことになった。





















