402.#中の人の自我
茉莉に図星を指された隼人は動揺を取り繕い、なんてことない風に言い訳を紡ぐ。
「っ、いやこれは別にそんなんじゃ。あーほら、メイキングの一環みたいな?」
「でも沙紀は載せない約束でしょ? これまでだって、顔は出さないようにしてるし」
「まぁ、そうだけど、一応というか」
「けど、気持ちはわかる。沙紀ってビジュいいからね。私やおばさんともベクトル違うし、ティンクルに入ったら絶対映えると思うんだけどなぁ。アンタもそう思わない?」
「それは……」
隼人はそこで言葉に詰まる。
確かに茉莉の言う通り、沙紀はティンクルに加入して2人と並んでも、決して見劣りすることもないだろう。
それどころか相乗効果で、ティンクルをより華やかに演出するはずだ。
さらには抜きんでたダンスという、個性もある。
事実、SNSやネットなどでも、沙紀の加入を切望する声も多い。
だけど隼人は素直に頷くことができなかった。
代わりにいつも沙紀自身が言っていることに、自らの願望も乗せて言葉を返す。
「そうかもしれんが沙紀さんにその気がない、っていうか学業優先って言ってるだろ」
「えー、勿体ない」
「俺に言われても。それに将来のことを考えると、勉強は疎かにできんだろ」
茉莉は「そうかもだけどさ」と不貞腐れたように唇を尖らせるので、隼人は諭すようにフォローを入れた。
このやり取りの間も、沙紀たちの話し合いは続いている。
その様子を眺めつつ、茉莉はこちらに話を振ってきた。
「で、あんたはどうすんのさ?」
「どう、とは?」
「カメラの話よ。こないだ動物園で撮ったやつとか、非公式ファンクラブに上げたじゃない?」
「あぁ、なんか〝#中の人の自我〟とか言われたやつか」
先日、春希と動物園で撮った写真を茉莉に相談したところ、これ面白いから載せようよ! と軽いノリで試し《いつもと違うものですが》と注意書きと共に一枚投稿した。
最初こそ脈絡もない動物の写真に既存のフォロワーは困惑したものの、それでもいいものが撮れていたのでバズったのだ。
追加で何枚か他の動物の写真を投稿したものも評判になり、しかしティンクルとも関係ない写真の投稿に、にわかにフォロワーたちから『中の人の自我が出てきた!?』などと囁かれ、いつの間にか〝#中の人の自我〟というハッシュタグが作られた。
茉莉はどこか感心した風に言う。
「そうそう、なんだかんだ評判良くて、そこから既存ファン以外に広がったんだよね。んで〝#茉莉うっかり〟に流れて、新たなファンを獲得した」
「思わぬ誤算だったな」
「それだけいい絵を切り取る腕があるのに、その道を進むとか考えたことないの?」
「ないな。自分でも内輪向けのノリで撮ってる自覚もあるし、カメラで食っていく、ましてやプロの世界にいる自分なんて想像できない」
「えー、勿体ない」
「俺に、そう言われてもな」
そもそも写真を撮り始めたのだなんて、スマホを持ってからなのだ。春希に付き合ってもらってスマホを持ったのは、1年と少し前。あまりに日が浅い。
幼い頃から神楽舞で研鑽を積んできた沙紀の技術を、勿体ないというのはわかる。
それに比べて今の隼人の評価はといえば、たまたま被写体に恵まれたに過ぎない。
動物園の写真だって、数十万という非公式ファンクラブのフォロワーがいたからこそ、色んな人の目に留まってバズったのだろう。もし真新しいアカウントで写真を投稿したとして、あれほどまでの反響を得られたかと問うと、隼人は間違いなく否と答えられる。
下駄を履かされているようなものなのだ。隼人はそこまで、自分に自惚れていない。
しかし茉莉は拗ねたような顔をして、駄々をこねるように自らの願望を口にした。
「あーあ、叔母さんが復帰して沙紀も加わって、アンタが正式にカメラマンになって、皆で仕事できるときっと楽しいと思ったのになー」
「――え」
――皆と一緒に芸能界で仕事をする。
その茉莉の言葉で、まるで頭をガツンと殴られたかのような衝撃が走った。
自分には生まれ持った才能や、研鑽してきた技術なんてない。そんな自覚のある隼人にとって考えたこともなかったことだ。
だがその時、ふいに友人(一輝)の顏が脳裏を過る。
一輝は自分が芸能界に飛び込んだことを、負け戦だと言っていた。
他の人と比べ、生まれ持った容姿や姉のMOMOといったコネなど、恵まれてた環境にあったのは確かだ。
しかし芸能界という土俵に立って生き残っていくと考えた時、周囲と比べて才能や技術が優れているわけじゃない。
それゆえの負け戦。
だというのに、それでもなお一輝が足掻き続け、それなりの結果を出している。
どうしてそこまで頑張っているのかというと、以前に一輝は譲れないものができたと言っていた。
たとえ才能がないと自覚していても、強固な意志で険しい道を突き進んでいるのだ。
隼人があ然としていると、入り口のドアがコンコンとノックされた。
誰からともなく発せられた「どうぞー」という言葉と共に、申し訳なさそうな顔をした壮年の男性――清司が入ってきた。
「遅れてすまない」
どこか緩んでいた空気が、ピリッと引き締まる。
清司は茉莉や春希のマネージャーでもあり、プロデューサーだ。その清司が何のためにここにやって来たかというと、沙紀の振り付けの確認をしにきたからだった。
いくら沙紀が茉莉から頼まれたとはいえ、茉莉は今や売れっ子のアイドルである。
その茉莉がアイドルとして活動するための振り付けとなれば、清司はプロデューサーとしてどういう仕上がりになるのか、確認する必要があるのは当然。
アーリーサマーライブでの成功もあり、茉莉からも太鼓判を押されているとはいえ、さすがに沙紀も緊張しているようだった。
そんな沙紀に、清司はにこりと微笑んだ。
「早速、振り付けを見せてもらっていいかな?」





















