400.動物園④気付いたこと
改札を抜けると、西の空が仄かに色付き始めていた。
いつもなら夕飯の支度をする頃だ。
皆で遊びに出掛けた時も、帰りにスーパーに寄ることが多い。
そのことを気にした春希が訪ねてくる。
「今日は買い物して帰るの?」
「いや、今日は姫子が沙紀さんと一緒に用意するって言ってた」
「ひめちゃんが? そりゃ珍しい」
「カレーって言ってたな。沙紀さんと一緒なら失敗のしようもないってさ」
隼人が茶化すように言えば、春希も「そうだね」と笑う。
都会にやって来てすっかり見慣れた住宅街を、引き伸ばされた影法師を引き連れ歩く。
動物園の余韻が残っている。
疲労感を感じ、足取りも少し重いが、決して悪いものじゃない。
春希とこうして並んで帰宅しながら、ひどく郷愁を誘う夕陽を眺める。
あの日、夏の終わり。
幼いはるきと別れの言葉を交わした時も、こんな感じだった。
ふいにそのことを思い起こされ、胸が締め付けられる。
何故そんなことが脳裏を過ってしまったのか。
隼人は自分でも、なんとなくわかっていた。
だけど、それを認めたくもなくて。
その時、春希がにこりと笑った。
「なんだかんだ、今日は楽しかったね」
隼人は今日一日を振り返り、自らの胸に問いかける。
間近で見た迫力のある肉食獣たちや、巨体を誇る逞しい草食獣、他にも様々な愛らしい動物たちに興奮、感動して、そんな彼らが見せるギャップのある姿を見て、春希と一緒になってはしゃいだ。それこそ、つい無意識のうちに写真に撮ってしまっていたほどに。
だから春希のその問いかけには、満面の笑みで答えることができた。
「あぁ、すっごく楽しかったな」
「また行きたいね、今度は皆も一緒にさ」
「そうだな、動物たちだけじゃなく、他の人のリアクションとかも気になるし。それこそ、〝#茉莉うっかり〟でもいい絵が撮れそうだ」
「隼人だって今日、子供の時みたいに目をキラキラさせてたもんね」
春希が意地悪そうな顔をして揶揄ってくると、隼人はムッと眉間に皺を寄せて答える。
「え、俺ってそんなだったか?」
「そんなだったよ。初めてボクにミヤマクワガタを誇らしげに見せてきた時とか、山の中へ宝探しに入って古ぼけた祠を発見した時とか、河原でピカピカで真ん丸の石を見つけた時と一緒! 隼人ソムリエの第一人者のボクが、太鼓判を押そう」
「あのなぁ」
じゃれるような、昔から続けてきた心地よいやり取り。
今日は久しぶりに春希と2人ということもあって、昔のことを強く意識してしまう。
そんな中、春希はしみじみと、どこか自分に言い聞かせるように呟く。
「やっぱりこういう日常っていいね。帰ってきてよかったよ」
隼人はその零れた本音に、極力気付かないフリをして答える。
「そっか」
「あと、帰ったらごはんがあるってのもいいね」
「そうだな、準備しなくていいってのは楽だ」
「もう、そういうんじゃなくて、待っててくれる人がいるってことだよ」
「あー、そっちか。うちの母さん、帰り遅いからなぁ」
「パートだっけ?」
「そうそう、同じく帰りの遅い親父に合わせてるから。食べ盛りには待てないっての」
「今だってお腹ぺこぺこだもんね」
そう言って機嫌良さそうに鼻を鳴らす春希を見て、隼人も「あぁ」と首肯する。
だけど、どこか空滑りしているやり取り。
そして足取り軽く前を行く春希を眺めながらスマホを取り出し、動物園で撮った写真を呼び出して眺める。
今日の夕食時にでも、早速ネタにできそうなものばかり。
隼人としても、会心のできのものがたくさん撮れたと思っている。
姫子や沙紀の反応を想像するだけで口元が緩む。
だけど、今日撮った写真の中に、春希を収めたものは1枚もなかった。
髪を切ったことを慮ってというわけじゃない。
これまでがそうだったように、春希がふいに見せた魅力的な姿があれば、自然と撮っていただろう。
だけど、1枚も撮ることはなかった。
撮りたいと思わせる顔を、見せていなかった。
今だって春希は笑みを浮かべているものの、どこか偽物めいていて。
「…………」
隼人は静かに息を吐き、胸の中でそのことを認める。
――春希は、うまく笑えていない。





















