397.動物園①意外な姿
週末が訪れた。
本日、春希と共に動物園へ行く日だ。
起きた時は少し肌寒かったが、空は清々しいまでの快晴、太陽も元気よく輝いている。まさに行楽日和。
朝食を摂り出掛ける準備を済ませた隼人が、余裕をもって家を出ようとしたところで、鼻息を荒くした姫子に「ちょっと待って!」と捕まった。そしてリビングのソファーに座らされ、念入りに髪を弄られることに。
都会に来たばかりのころと違い、隼人もそれなりに身だしなみに気を遣っている。
そこまで悪くはないはず。
とはいえ、オシャレに関しては、姫子に一日の長があるのも事実。
あと経験上、変に逆らわず機嫌を損ねない方が上手くいくので、されるがままになることに。
やがて待ち合わせの時間がぎりぎりにまで差し迫ったところで、姫子は自分の仕事に満足そうな声を上げ、こちらに鏡を向けてきた。
「うん、これでよし。どう?」
「おー……自分でもどう言っていいかわからんが、何かいいな?」
ふふんと誇らしげに鼻を鳴らす姫子に、隼人は感心したように息を吐く。
姫子に手を入れられた鏡の中の自分は、理屈はわからないものの、普段よりも数割増しに垢抜けていた。びっくりだ。姫子はまたオシャレに関する腕を上げたらしい。
姫子の今の高校はお嬢様も多い、伝統のある古い名門校だ。そこで感性が磨かれたのだろうか。
隼人は素直に姫子へ礼を述べた。
「やってもらってよかった。ありがと、姫子」
「どういたしまして。せっかくあのはるちゃんとのデートなんだから、隣に立って霞まないかどうか、妹として心配だからね」
「デートって。ただ単に遊びに行くだけなんだけどなぁ」
隼人はそんな軽口を叩く。いつもならここで姫子から「おにぃはそのつもりでも、傍から見たら!」なんてお説教が返ってくるところだ。
しかし今日に限っては、やけに寂しさを滲ませた困った顔を返された。
「でもはるちゃんにとって、おにぃって特別な相手だよね?」
「特別って、大げさな」
春希にとって隼人は初めての友達であり、相棒だ。かつてその擬態や生まれの秘密を隼人だけが知っており、確かに特別な相手といえるだろう。
だけど今はもう、そうじゃない。
隼人は自嘲の笑みを零す。
そんな兄を見て姫子は発破を掛けるように、隼人の背を叩く。
「ほら、特別な人が少しでもいい恰好をしてたら、はるちゃんも嬉しくなるでしょ」
「痛っ! そんなもんか、って、俺じゃなく春希のためかよ」
「まぁね」
◇
隼人は家を出て最寄り駅まで小走りで駆け、電車を乗り継ぎ動物園前の駅を目指す。
今日は普段と違って最寄り駅でなく、現地での待ち合わせだ。
すぐ近くに住んでいるのだし、地元から一緒に行けばいいのにと思うものの、姫子から今日のことはデートと称していた。皆からもまた、こうしてデートのようにお膳立てされていることにも、さすがに気付いている。
隼人の知るデートとは一緒に遊びに出掛け、相手のまだ知らない一面を知り、仲を深めていくことだ。そういう点で既に春希とは確固たる信頼関係を築けているし、既に何でも知っているし、ピンとこないのも事実。
――だけどもし、春希が自分でも知らないことがあるとしたら?
十分に考えられることだった。
今の春希はいつも通り過ぎるほどに、いつも通りだ――それこそ、母の死が無かったかのように。あまりに自然なところが、不自然と感じてしまう。
かつて母が倒れたことのショックで、心を閉ざした姫子を思い返す。
無理をしているのか、それとも考えないようにしているのか、それとも忘れようとしているのか、隼人にはわからない。
だけど、春希はあれだけずっと母に囚われていたのだ。
しかもやっと和解した矢先の離別、何かしら思うところがないわけがないだろう。
もしからしたら春希は、自分でもショックを受けていることに気付いていないのでは?
そんなことを考えているうちに、目的の駅へ着いた。
休日ということもあり、駅構内には既に多くの人で溢れている。動物園だけでなく公園、美術館、文化会館、博物館があるだけあって、非常に盛況だ。
今まで見てきたライブの中で最大の、アーリーサマーライブに比肩するかもしれない――なんて比較している自分に気付き、隼人は毒されているなと苦笑い。
さて、春希はどこだろうか? まずは合流しなければ。
今の春希の状況を考えると、目立つような恰好をしていないはず。
そんなことを思いつつ、スマホで『今着いた』とメッセージを送る。
すると改札口を出たところで、肩を叩かれた。
「よっ、隼人」
「春、き……?」
声のした方へ顔を向け、隼人はぴしゃりと固まってしまう。
そこに居たのは、身体の線が出ないゆったりとしたユニセックスデザインのTシャツにショートパンツ、まだまだ強い日差し除けにキャスケット帽を被った春希の姿。自分の荷物は左肩にかけた、ワンショルダーバッグの中に入れているようだ。
お世辞にもボーイッシュというのも憚られる、異性を感じさせない恰好は、どこか少年のよう――いや、それこそかつてのはるきと重なる。
そしてそれは、春希の計算通りだったのだろう。
言葉を無くして驚く隼人を見て、春希は悪戯が成功したようにニヤリと笑い、その場で自分を見せつけるようにくるりと回った。
「どうさ?」





















