385.逃げると後悔するよ
梅雨が明け、本格的な夏が訪れた。
天気予報が言うには、今年の夏は特別暑いらしい。
各メディアでは熱中症にならないよう、色んな対策を呼び掛けている。
今年の正月、春希は華々しくアイドルデビューを果たした。
母である大女優田倉真央と向き合い、話をするためだ。
春希は一気にスター街道を駆け上り、そのせいで皆と溝が出来たりしたものの、その皆をはじめ色んな人の助けを借り、映画の撮影で母と相対する。
そしてアクシデントはあったものの、春希は演技を通じて母と本音をぶつけ合う。
おかげでそれまであった、母娘間のわだかまりもなくなったらしい。
とはいえ、それまでの過程で色んな人を巻き込み、様々なことが変化し、周囲を取り巻く状況は大変になっている。
新人アイドルの登竜門的なイベント、アーリーサマーライブで春希の代打で出た沙紀なんて、一度出ただけにもかかわらず、あの娘は誰だとずっと各所で騒がれているままだ。
茉莉や一輝から話を聞くに、特に芸能関係者の方からの問い合わせがひっきりなしなのだとか。
どうやらプロの目から見ても、あのダンス相当なものだったようだ。
昔から沙紀をよく知る身としては、少しだけ鼻が高かったりする。
とはいえ、人の噂も七十五日。
それに春希も、目的を果たしたのだ。
徐々にこれから日常へ戻っていけばいい。
そんな風に思っていた矢先のこと。
田倉真央の引退作になる映画〝千尋〟と入院したことが同時に発表され、世間を騒然とさせる。
その真央の入院が発表される少し前、学校にやってきた来た春希本人から、秘密基地で皆に打ち明けられた。
「お母さん、難しい病気なんだって」
隼人たちにとっても、寝耳に水の出来事だった。
余裕がなく生気の抜けた春希の表情から察するに、洒落にならない病状のようだ。
まさか真央が大病を患っているとは思わず、誰もが何を言っていいかわからない。
当然だ。
あまりにデリケート過ぎる出来事なのだから。
隼人もまた、母が突然倒れて入院するということを、二度経験している。
あの時の目の前が真っ暗になってしまった衝撃、何をしていいかわからないという焦燥と悲観、かといって病気にできることが何もないという無力感は、忘れられそうにない。
だというのに春希に掛けるべき言葉が何もわからなくて、もどかしい気持ちに襲われる。
それは同じ経験をしているみなもも同じのようで、結局は何かあったら相談してくれとしか言えなくて。
しかし姫子だけは違った。
その日の夜、隼人から真央(春希の母)のことを聞くなり、姫子は着の身着のまま霧島家を飛び出した。
隼人も慌てて後を追いかけるも、「おにぃは来ないで、あたしに任せて!」とやけに真剣な声で制止される。
あまりに切実かつ意志の籠められた声色に、隼人は何も言えなくなってしまって、姫子に任せることにするしかなくて。
その後、姫子が春希と何を話したのかわからない。
しかしその翌日、姫子の言葉と想いが届いたのか、春希は目に光を取り戻していた。
そして春希は、皆に向かってお願いをしてきた。
「ボク、これからできるだけお母さんのお見舞いに行こうと思うんだ。そのことで学校とかティンクルとか、助けて欲しい」
もちろん、その申し出に誰も否やもない。
公私にわたって、春希を支援するつもりだ。
とはいっても、出来ることなんてたかが知れている。
それよりもこうして、春希が自分たちを頼ってくれることが嬉しかった。
もちろん春希から何か要請があれば、すぐさま駆けつけるつもりだ。
きっと隼人だけでなく、皆も同じ気持ちのはず。そんな、確信がある。
いつの間にかそんな絆で結ばれた友人たちが、たくさん出来ていた。
ちなみに姫子に一体春希に何を言ったのか、訊ねたことがある。
すると姫子はムッと眉を顰め、これ見よがしに大きなため息を吐いた後、「まぁ、はるちゃんに関することだし」と前置きをして、渋々といった感じで答えてくれた。
「逃げると後悔するよ、って言ったの。逃げちゃったらずっと、そのことが傷痕になって引っ掛かり続けるよ。……あたしは後悔した、って」
やけに実感の籠もった物言いだった。
姫子も姫子なりに母が倒れた時、思うことがあったのだろう。
その時、姫子の胸に秘めた想いと言葉が、春希に響いたようだ。
こうして春希はティンクルの活動を縮小させ、入院した真央のところへ足繁く通うようになった。
隼人たちは学校でこれまでと変わらない日常であり続けるよう意識し、春希を見守る。
そんな日々が続く中、夏休みが訪れた。




















