386.月野瀬①
都会から新幹線を走らせ、そこからさらに私鉄の電車に乗り換え2時間弱、1日数本のバスで揺られること小一時間。
およそ半日かけて、隼人たちは今年の夏も月野瀬に帰省する。
目的のバス停を降りたところで、感嘆交じりの興奮した少女の声が響く。
「うわすっご、本当に何もない!」
声を上げたのは、この田舎には不釣り合いなオシャレで華やかな容貌をした女の子――茉莉が手で庇を作りながら、キョロキョロと周囲を眺めている。
バス停から見えるのは、青々と育っている一面の水田や畑、あと野焼きの煙。
後は山を背景に点在する民家がいくつかある程度。
良くいえば、牧歌的な風景だ。
まったくもって何もないド田舎を前に、どこかはしゃいだ様子の茉莉へ、隼人は呆れたように声を掛ける。
「言っとくけど、本当に他に何もないからな」
「それがいいんじゃない!」
「買い物も不便だし、遊ぶところなんてないのに?」
隼人が怪訝そうな声を返すと、茉莉はやれやれといった様子で肩を竦める。
「わかってないね。都会の喧騒を忘れて、そういう不便さや自然の豊かさを味わうのが、最高の贅沢なのよ!」
「はぁ、そんなもんかねぇ」
隼人が首を傾げれば、すぐ後ろにいた姫子と沙紀も困ったように眉を顰める。
そんな中、みなもだけが茉莉に同調するような弾んだ声を上げた。
「私も茉莉さんの気持ち、わかります! 日本の原風景って感じで、どこか懐かしく感じるといいますか……っ」
すると茉莉はパッと顔を輝かせて、みなもの手を掴む。
「わかる、もうある種のテーマパークみたいなもんよねっ」
「はい! しかも今回、畑仕事の見学やお手伝いもさせてもらえる予定ですし」
「他にも川とか山での遊びとか、ここならではのアクティビティもあるし! 古民家とかリフォームして泊まれるようにしたら、絶対流行るっしょー!」
きゃいきゃいと騒ぐ茉莉とみなもを眺めながら、隼人は沙紀と姫子と顔を見合わせ、よくわからないなと苦笑い。
今年の夏の帰省は隼人、姫子、沙紀に加え、茉莉とみなもも同行していた。
茉莉は沙紀が毎年神社の祭りで神楽を舞っていることを聞き、是非それを見てみたいと言い出して付いてきた形だ。
また茉莉はアーリーサマーライブの成功で歌唱力が評価され、歌に関する単独の仕事も増えており、かなりハードな日々を送っているらしい。
この月野瀬行きは、その息抜きのためのバカンスも兼ねているとのこと。
隼人と沙紀は本当に何もないし、それでいいのかと何度も念押ししたものの、しかし茉莉はそれがいいと言って着いてきた。何がいいのか未だピンと来ていないが、本人はこうして喜んでいるのだから、いいのだろう。
そういう点でみなもがついてきた理由は、わかりやすく明確だ。
園芸部での野菜作りを通じて農業に興味を持ったみなもは、進学先に農学部を考えているらしい。だが農家のことは何も知らないので、一度どういう仕事なのか現場を見てみたいと、相談を持ち掛けられた。
しかし隼人とて、近所の畑を手伝ったことがある程度。
そのことをみなもへ言ったら、自分もお手伝いに参加できないかと打診された。
思いもよらぬ申し出に隼人はびっくりしつつも、月野瀬の源じいさんたちに連絡を取って見たところ快諾してくれ、こうしてみなもも月野瀬に同行することになった。
なおこの件でみなもの祖父とひと悶着あったが、それはまた別の話。
ちなみに茉莉とみなもだが、沙紀の家に泊まることになっている。
別に隼人たち霧島家でもよかったのだが、今回両親は仕事があって来られない。
全員が未成年ということもあって、何かあったときの責任などを考えたところ、村尾家での宿泊になった。
沙紀は去年春希を泊めたこともあり、あと無駄に大きくて部屋もあまっているからと、歓迎してくれている。
隼人は茉莉とみなもの会話が途切れたところを見計らって、皆へ声を掛けた。
「んじゃ、まずは荷物を運びに村尾家(神社)の方へ行こうか」
それぞれ「あーい」「はい」「んー」「行きましょうか」という声が返ってきて、月野瀬の神社へと向かう。
隼人はやけに荷物の多い茉莉の鞄の1つを取る。
「あんがと」
「荷物持ってきすぎだろ、何入ってんだ?」
「服に決まってんでしょ」
「虫や動物くらいしか見せる相手いないし、油断するとすぐ汚れるのに」
「うっさい!」
隼人と茉莉がそんな軽口を叩いていると、1人で先に霧島家に帰るのもアレだと思って付いてきていた姫子が、大きなため息を吐いた。
「おにぃってば、話に聞いてたけどいつの間にか茉莉と仲良くなってて、ホントにもぅ」




















