383.ボクにはあの日、友達になってくれた人がいてくれたから
真央の部屋は、玄関からして広かった。
入ってすぐ左手には大容量のシューズクロークが見えている。しかしそこは数足の靴が固まってちょこんと置かれている他は、帽子が2つ申し訳程度に置かれているだけ。どこか寂し気な印象だ。
正面に伸びている廊下は長く、左右に2つずつ扉があり、かなりの居住面積がありそうだ。しかし良く言えばシンプル、飾りっ気がなく寒々とした印象を受ける。
春希は物珍しそうにキョロキョロと周囲を眺めつつ、真央の背中を追いかける形でリビングへ。
「ゎ」
リビングは正面と右手が一面ガラス張りになっていた。一気に視界が開け、街を遠くまで見通せる絶景が広がり、春希も思わず感嘆の声を零す。
すると真央はクスリと笑って訊ねてくる。
「紅茶でいい? それから好きなところに座って」
「あ、うん」
春希は真央に視線で促され、キッチンの前にある対面式のカウンターへと向かう。
そこには丸い氷を浮かべる琥珀色の液体が入ったグラスがあった。母の飲みさしと思った春希は、その席の隣に座る。
目の前で真央が慣れた手つきで茶葉を取り出し、紅茶を淹れる母の様子を見て、まるで喫茶店に来たかのように錯覚する。いや、キッチンの棚にはずらりとお酒の瓶が数多く並んでいるところを見ると、バーと表現したほうが適切かもしれない。
春希は紅茶ができるまでの間、ぐるりとリビングを改めて見渡す。
今住んでいる自分の家や、霧島家のマンションの倍以上の広さがありそうだ。
そのくせ大型テレビと2人掛けソファーだけしか置かれておらず、生活感がまるでなく、殺風景なイメージに拍車をかけている。
一体ここでどんな生活を送っているのだろうかと思いつつも、今住んでいる自宅のリビングも似たようなものだったことを思い返し、何とも言えない顔で苦笑い。
やがて真央が、紅茶を淹れたカップを春希の前に置いた。
「はい、これ」
「ど、ども……」
「私はもう、先にやらせてもらってるわ」
そして真央は酒瓶を目の前に置いてから春希の隣に座り、目の前にあったグラスを持ち上げカラリと氷のぶつかる音を鳴らし、舐めるように口を付けた。
春希は我が母親ながらドキリとするような妖艶な仕草に、「ほぅ」と息を吐きながら紅茶を一口含む。
「おいしい……」
すっきりとした飲み口に、鼻を突き抜けていく華やかな香り。普段呑んでいるペットボトルやティーバックのものとは、明らかにクオリティが違う。
春希が驚きに目を丸くしていると、真央が機嫌良さそうに鼻を鳴らす。
「それ、私の好きな銘柄なのよ。娘の好みさえ知らないのは、そういう母娘を演じてきた弊害ね」
「演じてきた……?」
敢えて冷淡な態度をとってきた言う真央に、春希は訝しむ目を向ける。
春希の視線を受けた真央はグラスを一気に呷って空にした後、ウィスキーのボトルを注ぎながら悩まし気に息を吐く。
「さて、何から話しましょうか。まずは答え合わせかしら……映画の台本は読んだ?」
「それはまぁ、はい」
「概ねあの通りよ。両親……あなたにとっては祖父母が大きな借金作ってそれで。どんな思いをしたかは……ふふっ、撮影の時つい熱くなって口走ったわね」
「えっと、騙された人に復讐ってのは?」
「そこはフィクションよ。そうね、強いて言えば押し付けられた借金そのものかしら? もっとも、まだかなりの額が残ってるから、復讐は果たせていないけど」
「…………」
もしかしたら家に極端に物が少ないのは、借金のせいなのかもしれないと思い、押し黙る。
そして真央はグラスを傾け唇を湿らせ、重々しく口を開く。
「次に撮影でどうしていきなりアドリブを仕掛けたかは……あれは衝動的なものだったのよ。そうね、一言でいえば……嫉妬かしら」
「嫉妬?」
意外な言葉が飛び出し、春希はわけがわからない顔になる。
一体真央は春希の何に嫉妬したというのか。
母の女優としての実力は本物だ。自分ともかなりの開きがある。それこそ先日、実際に相対して見てよくわかった。
真央は窓の方へ視線を映し、どこか遠くを見つめながら呟く。
「最初に気付いたのはいつだったかしら。あなたがとても小さな頃だったのは覚えてる。周囲の求める自分を咄嗟に割り出し計算し、完璧に演じ切る才能……女優として焦ったくらいだったわ。そして事実として、僅か半年で私の前にやってくるほどの人気を博した」
「でもどちらも、まだだまだお母さんにはっ」
「そうね、今は私の方が人気も実力も上だし、負けるつもりもない。だから嫉妬したのはそこじゃない。あなたと一緒にやってきた、和菓子屋の店員の服にスタッフジャンパーを着た男の子、あれ和にぃの子じゃない?」
「和にぃ……?」
聞きなれない名前を聞いて訝しむ春希に、真央は「あー」と低い唸り声を上げる。
「霧島和義。月野瀬の」
「あ、隼人のお父さん」
「隼人っていうのね。ふふっ、雰囲気が和にぃの若い頃にそっくり。顔立ちは真由ねぇかしら? あの子を見た瞬間、どうしてあなたが撮影に来られたのかすぐにわかったわ。どうせ窮地を知って、無理やりにでも押しかけてきて、色んな人を巻き込んで手を伸ばしてくれたんでしょ?」
「だ、大体あってる、かも」
真央はまるで見てきたかのように話し、くすくすと愉快気に笑う。
春希が戸惑いを隠せないでいると、真央はグラスを手で弄びながら懐かしそうに言う。
「私の時もそうだった」
「……え?」
「まだ私が中学に上がる前くらいの頃ね。落ちぶれて皆に腫物を触るように扱われていた私に、大学で月野瀬を出るから一緒に行こうって言ってくれたの。真由ねぇや先に村を出て大学に行った人とか、色んな人を巻き込んで。和にぃ、昔から変に行動力あったのよ」
真央は当時のことを思い返し、おかしそうに肩を揺らす。
春希もまた、あの強引で空気が読めないところは血筋だなと釣られて笑う。
「それで、どうしたの?」
春希が続きを促すと、真央は一転、悲しそうに睫毛を伏せる。
「拒絶した。手を掴めなかったの。年も6つ離れてて普段から交流もなく、そんなに仲がいいってわけじゃなかったし。それに和にぃは当時から、真由ねぇにべったりだったから、どうせ私なんて優先度2番目以降。何かあったら切り捨てられる側だと思って、信じきれなくてね」
「それは……」
「けど、あなたは手を取ったのね。だから撮影の時、ちゃんと寂しいって本音を言えた。きっと、私もずっと寂しかった。だけど私は言えなかった。今でもたまに思うことがあるの。あの時、ちゃんと周囲に助けてって言えてたら、どうなってたかって」
「……ぁ」
「そこへあなたがハーフアニバーサリーイベントと被ってるのに、和にぃの子となんとかして目の前に現れるじゃない。しかも代理の子、月野瀬の神社の村尾の子でしょ? あぁ、私の周囲には誰もいないのに、春希には頼れる人がいっぱいいるって見せつけられた気がして。そりゃ嫉妬もするでしょ」
そこで春希ははたと気付く。
(お母さんは、隼人と友達にならなかったボクなんだ……)




















