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思い出の椅子

本編後の未来の話


この歳になると、ふと自分の小さかった頃のことを思い返す瞬間がある。今この時もそうだった。父親の気に入りの椅子の上に、子供の落書きが置いてあったのだ。それを見て、また幼少期の記憶が蘇ってきた。

その落書きを見つけたのは偶然で、たまたま父親の部屋の前を通らなければ、俺はこの落書きを見ることもなかっただろう。

懐かしさが胸にこみ上げてきて、なんだか物悲しいような、それでいてじんわりとあたたかい気持ちになった。


俺の二度の幼少期はどちらも比較的幸福なものであったと思う。

一度目は祖父母の家も近いとあって、夏休みはよく昔ながらの小学生の、典型的な夏を過ごしていた。俺の中で強く印象に残っているのはその時期だ。

庭の小さな家庭菜園に咲いたひまわり、つやつやのなすとトマト、きゅうり、そしてたらいの氷水で冷やされたスイカ。どれも美味しくて、この光景が一番好きだった。

仕事の終わった両親が俺を迎えに来て、そのまま祖父母の家で夕飯を食べて、手持ち花火をして帰るのが夏の恒例だった。

二度目の幼少期は生憎父親は不在だった。だが、両親はずっと俺の隣に居てくれた。矛盾してるように聞こえるが、矛盾はしていない。父さんはずっとベッドの上で、母さんはその付き添い、二人とも俺のそばに居てくれた。ほら矛盾はしていないだろ。

父さんは数年昏睡状態のままだったが、ギリギリ俺の幼少期が終わる前には目覚めてくれた。精神年齢が噛み合っているオコサマだったら耐えられなかったかもしれないが、俺は普通とは違っていた。

母さんを困らせないように早めに自立した行動をとっていたし、父さんの世話が出来る年齢になると積極的に手伝っていた。自分で褒めたくなるくらいには賢い子供だったと思う。まぁ、身体と精神年齢が釣り合ってないんだから、中身の年齢を考えると当たり前の行動なんだけどさ。

目を覚ましてからの父親は、父さんはちゃんと ''父'' になってくれた。だから俺は、本当に恵まれていると思えたんだ。


そして、今になって思う。

俺の父さんは目覚めてからのあの一瞬で、現状整理のための説明を聞いた時に、父親になる覚悟を決めてくれたのだと思っていた。実際そうあってくれたから、俺は今までその考えを疑ったことは無かった。

でも自分も、初めて父さんに会った時の自分と同じ歳の我が子を持ってわかった。あの時の父さんと同じ年齢になってみて、しみじみ思うのだ。今の俺と同じように、父さんも一瞬で覚悟なんてできたはずがなかったのだということを。

実際に父さんもゆっくりと父親に、俺も同じようなペースで父親になった。今もまだまだ未熟な父親だが、父さんと同じように、情けない姿は子供に見せたくはなかった。

本当にこういう所は親子でそっくりだと思う。俺たちは前世も全く違うのに、どうしてこんな所だけは似てしまったのだろうか。

俺の父親は本当に尊敬すべき父親であると胸を張って言いたい。だから俺の子供にも、そうやって自分の背中を見て育ってほしいと思ってしまう。


ああ、幼い呼び声が聞こえる。この時間なら昼寝が終わって目覚めた時間なのだろう。起きて辺りを見渡して、誰も近くにいないのが急に寂しくなって、思わず俺を呼んだのだろう。

じゃあ、起き抜けの挨拶ついでにこの落書きを褒めに行ってやらないとな。


部屋にこもった空気を押し出すように、爽やかな風がカーテンを揺らして吹き抜けていった。俺は飛ばされないように落書きの書かれた紙を掴んで部屋を出る。

いつか、このアンティークの重厚な椅子が似合う父親になりたいものだと思いながら、今日も父親に相応しい男であるために行動するのだった。



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