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イルエンスの甘味巡り旅

いつもの堅苦しく、悪趣味なほど飾られた衣装を脱ぎ、薄汚れた、それでいてしっかりと丈夫に仕立て上げられた服に袖を通す。

革のブーツ、護身用の剣を腰に下げ、皇子としてあるまじき姿で城を抜け出した。

目指すは隣国の空想的国家コリネウス王国だ。


最近、コリネウスの王都である甘味が流行りだという噂を聞きつけ、甘いもの好きの俺としてはどうしても食べてみたい!ということでわざわざ城を抜け出してきたのだ。

さーて、この怠惰な俺をここまで動かしたんだ、それ相応のものを期待しているぞ!


馬を走らせること1日、ここを国境として両国を分断している広大な森を何度か休憩を挟みつつ通り抜け、やっとのことで王国へとたどり着いた。早速近くの店に行き、目当ても物を頼む。



「な、何なんだこれは……これが甘いはずないだろう!」



今流行りの物をくれと注文し、そわそわしながら待っていると運ばれてきたのは何やら黒い物体だった。揺らすとプルプルとふるえ、ツヤを放っている。

俺の好きな菓子類とは似ても似つかないこの甘味は一体なんなのだろうか。

なんか、苦そう……。苦味は苦手なのだ。



「こちらはコーヒーゼリーです。このミルクをかけてお召し上がりください。」


「あ、あぁわかった。」



この給仕はこーひーと言ったか?聞いたことがない名前だ。



「すみません、相席よろしいでしょうか?」



俺がこーひーぜりーなるものを前に食べるのを躊躇しているとそんな申し入れをしてくる奴が、



「ん?あぁ、どうぞ。」


「ありがとうございます。」



断る理由もない為俺の向かい側に座ってもらう。どうやら店内は満席だったらしく、相席なら座れそうだということで、テーブル席を唯一1人で占領していた俺のところに来たらしい。

よくよく見るとコイツ、ただの平民じゃなさそうだ。髪がそこまで傷んでいない。

逆にサラサラとしていて髪同士が絡んでいることもない。肌も手も荒れてはおらず目立つのは誰にでもあるタコくらいなものだ。

なにより、黒髪に赤眼とは珍しい。俺と同じ色だ。



「あの……。」



……ッ!

まさか、俺がチラチラと観察していたのがバレて……。



「それコーヒーゼリーですよね、この都の名物の。」



なかったみたいだ。



「あぁ、これが目当てでこの都まで来たんだが……な。」


「見た目、ですか?」


「まぁな……」



やはりどれだけ美味しいと言われていても、黒に白という今までにまたことのない組み合わせは手を出しにくく口に入れるのを躊躇ってしまう。



「黒の部分はほろ苦く、ぷるりとふるえる食感は今までになく新鮮で、喉にするりと流れ込む。ミルクをかければ甘くなり、1つで2つの楽しみが……。このゼリーの売り文句らしいですよ?」


「ほぅ。」



流れるように語られた文句は食べる者の意欲をそそるだろう。かくいう俺も食べてみたくなった。



「どうです、ひと口。」


「……いただこう。」



小ぶりなデザートスプーンですくい上げ一口。

その後はもう覚えていない。気が付いたらゼリーもミルクも跡形もなく平らげた後だった。



「冷たいし、今までになかった食感。悔しいが、うまい。ここまで気に入ったものは久々だな。」



しばらく放心した後に口から出た感想はそんな簡素な、しかし本音がしっかりと現れたものだった。

その後も何度かお代わりをしつつ、相席相手との会話を楽しんだ。相手は博識らしく質問をすれば全て詳しく説明してくれた。

情報収集出来るほどの裏情報は聞く前にはぐらかされてしまったが……。

ここで1つ疑問が浮かんだ。暇つぶしくらいにはなるとはいえ、どこの誰ともつかぬ相手にここまで親切にしてくれるだろうか?

それに、さっきから感じるこの視線。


やはりコイツは……。少なくとも王や政治に携わる者だろう。そうでなければここまで情報を持っているのはおかしい。

人1人を見極めるには十分な時間が経った頃、どちらともなく会計を済まし解散する流れとなった。

もうこの国を立ち去ると言った俺に相手がよこした言葉、



「次にお会いする時は相応の身分で」



小声ではあったがしっかりと俺の耳に届いた。あぁ、やはり気付かれていたか腹心殿に。またお会いしましょう、との声に背を向けて軽く応える。

ただの甘味巡り旅と思って飛び出してきたのはいいが、めんどくさい事に巻き込まれそうだ。


まだもう少しだけ、自堕落な生活を送っていたかったのにな……。


月日は巡る、歴史も動く、来る日の出来事に向けてーー。




あの方が帝国の落ちぶれ皇子。噂に聞いていたよりも侮れない人物のようですね。

天井裏にいたテオにも気付いていたようですし。



アイツが彼の王国の腹心か。確かに物腰は穏やかそうなのに隙がなかった。腹心と言うからにはもっとごつくて厳つい奴だと思ってたのに……。

それに、天井裏にも1つ気配があったしな。



『噂はしょせん噂、(だな/ですね)』



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