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BLACK&WHITE  作者: 鷹雪
TWO FACES
97/178

フォール・オブ・ドミニオン 中編

よかったら一読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。

 それは、もう16年前も昔の話になる。


 その少年を……マイケル・”ヘイズ”という将来を嘱望される19歳の若者と出会うのを私は楽しみにしていた。

 この感覚はなんといえばいいのだろう……父性?なのだろうか。とにかくあの瞬間、自身の荷を下ろしてもよいのだと思ったあの時に近い感覚を、その時も確かに感じていた。

 彼は、メディアで知られているように華のある人物で、会場で見つけた時も彼のキャラクターの持つ魅力、もしくはその後ろに存在する財力を目当てにした連中を、ドッグトレーナーのように楽しませることで興味を引きつけていた。


 その姿に、自身の若い頃の2重生活を思い出しなんとなく恥ずかしくなる。


「マイケル。マイケル・ヘイズ君だよね?」

「はい、そうですミスター・トロホウスキー。今夜のお招き、ありがとうございます」


 思った通り、彼はメディアがイメージする”ハリウッドで金を持つクソガキ”では持ちえない。紳士の顔をきちんと持っていた。

 私は早速犬どもの群れから彼を連れだすと、秘密の場所へと連れていくことにした。


「実は、君と会って話したいと思っていたんだよ」

「……ありがとうございます。何がそんなに僕に興味を持つことになったのか… TVですか?」

「まさか、そうじゃない。そんなことはどうでもいい。ああ、それと実はついでと言ってはなんだがね。キミに会わせたい人物がいるんだよ」

「?」

「そう身構えなくていい。きっと君となら話が合うはずだ。彼はマキシマという。マキシマ・ヨウジ。知らないかね?」

「……いえ、知っています。僕と同い年だ。アジアの天才、でしたか。生物学を中心に幅広い知識を有すると。その、会ったことはありません」

「知っているよ。だから、今日のこの席でキミに引き会わせたかった。というよりも、私が君達と同じ席に座りたかっただけなんだがね」


 以前よりも、こういった老人の面白くない話し方にも板についてきた。無理もない、自分はもう50をこえる年齢なのだ。


 会場を離れ、自分の邸宅の庭の一角に向かう。そこにはNipponの”サドウ”なるお茶の作法の場として使われる茶室を用意していた。この茶室は、”ワビサビ”とかいう概念に従って設計されており、今日のような特別な席にはぜひにと思って作らせておいたのである。


 その中ではもう1人の少年が既に待っている。

 先程、マイケル少年が口にした東洋人の若者が、そこで同じ19歳とは思えぬ泰然自若とした姿勢で正座をしていた。

 さすがはNippon人。自身の文化にたしなみがあるのだろう、見惚れるその振舞いに感心しながら「またせたね」と謝罪を入れて席に座る。


 50をこえた老人と、まだ19歳の若者2人。

 考えてみれば、おかしな話である。しかし、なんだろうか。ここでの会話から何かが生まれてくるかもしれないという確かな予感はこの時すでに持っていた。


 火の入った囲炉裏にヤカンを置き湯にするまでの間。私は彼らとの会話を楽しむのだろう。


「マイケル君、マキシマ君。今日はこの老人の招きに応じてくれてありがとう。若き天才と名高い君達だからこそ、私は君達と話したいと願っていた。是非、この老人とのおしゃべりにつきあってもらいたい。

 そして、私が話したい事というのは他でもない。

 あの天変地異、The Crashという災害が起きて後生まれた超人達。彼等の存在が広まった今、人間と超人のいるこの世界はどうあるべきだと考える?私たち人間はどうすべきか?若い君達の率直な意見を、この老人に聞かせてほしい」


 彼等は自分とは違う。老いぼれていく、力を失っていく自分と違う。

 まだまだ自分たち人間の未来は明るく、夢は輝きを失っていない。そして何よりも彼らには才能がある。彼等はこの不安におびえるしかないだけの老人の不安に、どう答えてくれるのだろうか?



▼▼▼▼▼



 そして、16年の時は戻ってくる。


 その時、マイケルは最後の家族を失った。

 父を失い、母など知らず。一族とは距離を置いていた。

 そんな彼の傍らでいつも助言し、共に悩み、考え、議論をぶつけあう。自分は確かに天才だったかもしれないが、彼はそんな自分に負けないようにと常に必死で追いつこうとしてくれていた。

 10年の放浪から再び戻ってきた後、彼の考えをすぐに受け入れ。以来2人で力を合わせてここまでやってくることができたのだ。


その大切な家族を、よりにもよって友人と思っていた男に殺されてしまった。


 その激しい動揺は全ての現実を拒否し、言葉を発することもなく、涙を流すことすら忘れた。

 ただただ、呆然として。混乱していた。

 彼はこの日、始めて無力な存在に落ちた。



 だが、そんな個人の感情などに構うことなく時間だけは無情にも流れる。

 静まり返った展望台に、再び喧騒が戻ってきたのだ。



 ロックされている展望台の扉の向こう側で、誰かの話声が下かと思うと。今度はハッキリと電子音の声が下かと思うと。激しく扉に火花が散って内側に倒れてきた。

 もうもうとあがる煙の中から、パタパタと足音を立てて出てきたのはマイケルの個人秘書を長年やっているキャサリン・ターナー女史であった。


 彼女は中に入ってきて一目で何が起こったのかを理解すると、なにもいわずに悲しい顔のままマイケルに近づき、友人の冷たくなった手を離さないその指をゆっくりと力を込めて解きほぐしていった。

 だが、その時もマイケルは現実の全てを受け入れようとは思わなかった。


 しかし、呆然としたまま表情の固く凍りついた彼の顔に始めて感情の波が走る。


 それは煙の中を、ドスドスと音を立ててゆっくりと歩きつつ姿をあらわす。

 マスク・ド・ドミニオン。

 デュポン社の広告塔。社会奉仕のために作られたヒーロー。そのフルアーマーのスーツが”勝手に”動いている。

 それはゆっくりとマイケル達の近くまで行くと、そこで直立のまま足を止める。



 ターナー女史によって手を解きほぐされたマイケルは、今度はフラフラと立ち上がると。頼りなげな足取りで歩きだす。

「ちょっと、マイケル!?」という、ターナー女史の心配の声など無視して、彼はそのままドミニオンの前へと立つ。

 デュポン社のCEOにして、科学者、発明家。その彼が自ら作り出した産物の前に立ち、お互いが見つめ合う形になった。もしや、大切な時に駈けつけなかったドミニオンに対し、怒りをぶつけるつもりなのだろうか?


 そんなことはなかった。


 その逆で、マイケルの目に浮かんでいたのは純粋な恐怖だった。


「お前、なぜここにいる」


 かすれた声が、思うように開かない口を小さく押しのけて出てくる。

 ドミニオンになんの反応もない。聞こえなかったのかもしれない。

 マイケルは頭を左右に振って意識をはっきりさせようとしてから、再び疑問を口にした。


「お前は、どうして。なんでここにいる?どうやってきたんだ?」


 彼にはこのドミニオンがこの場所に姿をあらわした事が信じられなかったのだ。いや、もっと正確にいえば。このドミニオンが動かない事を自分は分かっているのだ。なぜなら、誰も乗っていないとわかっているから。


 確かに、先週ロンドンで暴れた際の傷があり。それはすぐにも修理を終えた。

 だが今回の事件ではこのフルアーマーを持ちだす前に、研究所内を封鎖されてしまったのでマキシマと対峙する前にアーマーを自分達の手で回収できなかったのだ。

 つまり、こいつは正しく倉庫の中で横になって眠っていなくてはならないはずなのだ。それなのにどうして?


『質問の意味を理解しかねます、マイケル』


 アーマーに搭載されている人工知能”ギグス”が答える。


「お前は、”ただのアーマー”だ。それがなぜ、ここに来れた?どうやった?」

『……了解。約2時間ほど前、Dr.ジェームズより緊急プロトコルを受信。それに従い、アーマー・スーツを起動』


 マイケルは、思わず。もはや動かなくなってしまった友人の顔を驚きから見てしまう。


『現状況を分析、ミス・ターナーを封鎖域から救出後。こちらへ来ました』

「き、緊急プロトコルとはなんだ?」

『Dr.ジェームズにより定められた、いくつかのドミニオンに搭載するべくアップグレード予定の機能を前倒しでインストール。目的の遂行のため、もっともよい自己判断における行動とその目的を果たすための最良の努力をすることを目指します』

「わからない。ジェームズはなにをやったんだ?」

『アーマー・スーツの使用権利を”操縦者”から限定的にこの私に移行。さらにテスト予定だった自立稼働、遠隔操作、作戦思考バイナリを追加。これにより、人質達の解放、及び救援を求めることを決定。しかし、状況の異変を察知したため方針を転換してここを目標にしました』

「…………だが、間に合わなかった」

『現状況はレッドゾーンのままで変化なし。只今より、権利を再び”ドミニオン”へと返還します』

「ジェームズは……彼は、死んだ。死んでしまった」

『準備はできています。指示をどうぞ、”マスク・ド・ドミニオン”』

「……」


 マイケルの口が開く気配はなかった。


 ターナー女史はこの間も、黙ったままであった。決して、慰めの言葉などかけるつもりはなかったし、励ますこともしなかった。昔から賢い少年だった、こうやって追い詰められた時。他人の言葉で動かされることを何よりも憎悪する傾向があったからだ。

 だが、希望はある。

 彼は馬鹿ではない。何が必要なのかわかって、それでもなお絶望を前に震えているだけなのだ。

 しかし、今度はどうだろうか?友人であり、兄弟であり、家族とも呼べるものを失ってしまったのだ。その心の中で、どんな嵐が巻き起こっているのかなど他人に推し量れるものではない。


 自ら作り上げたヒーローを前に、肩を落とし、悲しみに音を立てずに慟哭する彼は見ていられないものがある。

(もしや、このまま潰れてしまうのではないか?)

 その不安はある。しかし、だからといってそれを責められるだろうか?


 彼は成功者だ、金はある。仕事もある。自身の開発した”兵器”に乗ってヒーローなどする必要など、どこにもない。

 穏やかな生活を満喫し、自分が出来るなりの社会奉仕活動をすれば、世間は十分に彼を評価するはずだ。それでもいいとおもう。


 しかし……ターナー女史には予感もあった。

 そんなことになれば、きっと彼は別人になってしまうだろうと言う予感だ。

 彼の死んだ父もそうだった。夢に破れ、平和な世界へと戻った途端に壊れてしまった。それは死人というより、もはやかつての人物の影のように、悲しい立ち振る舞いだった。

 その父と同じ場所で今、息子の彼は同じ苦悩のはざまで動けなくなっている。



▼▼▼▼▼



 展望台で一つの葛藤が続く中。パイラン島の沿岸では、今この瞬間もMAXIMAと突如あらわれた伝説のクライムヒーロー、ブルービーストが激しい戦いを繰り広げていた。

 お互いは砂に、海水に、岩場に足をとられることなく。片方は羽毛の上を飛び乗るように移動し、片方はお構いなしに踏み歩いて暴れている。


 岩場に突撃を果たしたMAXIMAは、続いて砕け散った岩の手ごろな一つをすぐさま拾い上げると。それをブルービーストに向けて力一杯ブン投げる。

 それはまさに砲弾のごとき速さではあったが、ブルービーストはそれをサッと身をひるがえしてよけてみせた。


「流石だと言いたいところだが、いまかすったよなぁ?」

「……」


 MAXIMAの超感覚となった目と耳は捕えていたのだ。ブルービーストが身をかがめた瞬間。そのヘルメットを僅かにして削り取る石の音を。


「伝説は健在というわけか。数10年を犯罪との闘いに捧げ、バラバラだった東海岸の自警団員どもを集めて政府に対抗するように【アウトキャスト】なる組織を作った偉大な先人。

 そのあんたが、なぜこんな地球の端にある小さな島に。この研究所くらいしかないこの場所にいるんだ?」

「……」

「そうだ。考えてみれば、その通りだ。

 おかしな話だよな?ここは俺の記者会見に呼ばれた記者と、その関係者と家族しかいないはず。俺の計画が外に漏れて形跡はなく、接近する船などもなかった。飛行機?それもない。気がつかないはずがない。

 とすると、お前は客の中に紛れていた事になる。どうだ、おかしいよな?」

「……おしゃべりな奴だ」


 へルメットの主はこの時漸く言葉を口に出した。それは若くもなく、年寄りでもないように聞こえるが。もしかすると、声を変えているのかもしれなかった。

 しかし、MAXIMAはその声を聞くとその凶悪な笑みを浮かべた。


「ようやく口を開いたな?そして、この究極の存在となったMAXIMAの耳では聞き分けることが出来たぞ?

 その姿からは信じられないが、お前は老人だ。それもかなりの高齢とみた。

 数十年を戦った老兵との話を信じよう、そして宣言してやる。今日、お前はここで俺の手で殺されるのだ」


 ブルービーストはその言葉が終わるや否や。ユラリと動くと僅かに揺れるマントの隙間から、ベルトについたポケットから取り出したと思しき”何か”をMAXIMAにむかって投げつけた。

 MAXIMAは顔の笑みをそのままに、その”何か”を腕を振りはらいのけようとするが。触れると同時にパキンという音がしてモクモクと白い煙が一面を覆い隠しはじめる。

(煙幕か?老人らしい手だ、トリックで何とかなると思っているのか)

 しかし、続いて体の数か所に痛みを感じて驚く。そこには、MAXIMAの硬くなった皮膚を容易に貫く棒手裏剣のようなものとが柄に明らかに爆発物と思しきものをぶら下げて突き立っていたのだ。


pipipipipipi


 何度かの警告音で慌てて手裏剣を体から叩き落とそうとするも手遅れだった。

 バン、バババンと続けて破裂音がして空気が衝撃をMAXIMAの体に伝えた。究極をうたったMAXIMAであったが、これにはさすがに膝をついてしまう。


 だが、蒼き獣の攻撃はこれが終わりではない。

 鋭くとがった爪をたたんで拳を作ると、2つの拳骨を付き合わせてみせる。バチッと火花が散り、拳に蒼いデン量が走るのがその瞬間見てとれた。

 次の準備が完了した。


 煙がゆっくりと晴れていく中、そこを飛び込んでくる蒼い影は握りかためた手甲に包まれた拳をMAXIMAの膝をついて丁度いい位置にあったMAXIMAの横顔に炸裂させる。


「う、うがっ!?」


 思わず、みっともなくも驚きの声をMAXIMAはあげてしまう。

 老人のパンチなど、恐れるほどの事かと高をくくっていたわけだが。その一撃には強力な電気が含まれていた事に驚きを隠せなかったのだ。

 その後も、返しの左が反対の頬を激しく吹き飛ばすと。今度はさすがに態勢を立て直してきて、その太く醜く膨れ上がった腕を叩きつけんと振りまわしてきた。


 だが、ブルービーストにそんな力任せの腕など当たるはずもない。


 はためくマントはMAXIMAの体の表面を滑るように移動したように見え。彼はMAXIMAの背後へと降り立つと、今度は拳を無防備な脇腹のレバーめがけて突きこんでいく。

 MAXIMAはたまらず苦悶の声をあげつつ、反対の腕を振り向きざま振りまわすも。再びマントが体の表面を滑るように移動して今度は正面に立ち。振り返ってしまったがために剥き出しにしてしまった後頭部を叩く。

 たまらず怒りの咆哮と共に、再度振り返るも。やはりそこに相手の姿はない。

 MAXIMAの攻撃に合わせ。いや、まるで予見しているかのようにブルービーストはひらりひらりと、時にはMAXIMAの頭の上を、脇の下をくぐって視界の外へ外へと移動し続ける。

 そしてその都度、電気をたっぷりと流した拳を叩きつけるのだ。


「調子に……のるな……よ!!」


 MAXIMAの口から、この時漸く苦しげに声が漏れる。

 しかし、相手はブルービースト。伝説のクライムハンターである。彼に負けた犯罪者たち ―― 超人も、人間もそのどちらもがいつも彼に吐き捨てていた言葉がこれだった。そして、彼は常に勝利してきたのだ。


 そう、今日この時までは。


 MAXIMAの悪夢のような攻撃の失敗数の更新の最中。彼はごくごく自然に見せかけて、右の足から左の足へと体重を移動させた。それはもちろん百戦錬磨のブルービーストにはわかっていたことだが、それが相手の作戦という事まではわからなかった。

 突如、左にうつった足が激しく立っていた岩の足場を踏み砕いて見せたのだ。

 その破片は、最初の致命傷になるほどの威力はなかったものの。MAXIMAの体に張り付いて離れようとしなかった今のブルービーストの態勢を崩すには十分の威力があった。

 伝説がそれに気がついた時には、強烈な究極の一撃が彼の体を激しく捕えた時であった。


「調子に乗るな。この警告が無意味だとおもったんだな。この究極の存在となったMAXIMAが、お前がこれまで相手していた過去の負け犬と同列だと思ったか」


 たった一撃で、砂場の上を転げ回り。押しては返す波打ち際で、今も必死に起き上がろうともがいている相手をみて舌なめずりをしながらMAXIMAはどんどんと距離を縮めていく。


「行ける伝説の最期が、こんな地球の果てにある小島の砂浜で。しかも夕暮れの中で命を落とすとは、最高とはいかないが。なかなかの演出とは思ってもらえないかな?」


 そういうと、MAXIMAは両の手をのばし。左の手が相手の右肩を、右の手が相手の左わき腹を掴むと一気に持ち上げて目の前に持ってくる。


「グッ……っ……ガハッ!!?」


 たったそれだけの動作なのに。ブルービーストの左腕の付け根と脇場から続けて骨が砕かれる音がはっきりと聞かれた。ブルービーストにしても、なんとかしなければならなかったが。胸の上におかれた右手の親指が既に凄い力がかかっていて、これに残った左腕だけで抵抗するのがやっとの状態であった。


「お前は聞いていなかったな。このMAXIMA。人をこえ、超人をこえ、究極の存在へと”進化”してみせたのだ。

 生まれたかわったばかりとはいえ、それでも十分。これでも十分。おまえのようなただの”凄い人間”など相手にできる。そうだろう、伝説の”ただの人間”の男よ?」


 なんと、ブルービーストが超人ではないとMAXIMAは言っているのである。それは、つまり……。


「さて、お前を殺す前に。勝者には敗者をどう扱うか決める権利がある。俺はお前の素顔を見せてもらおうか」


 そう口にすると。左腕を動かし。ブルービーストの肩口からあるヘルメットを一気に剥いでしまった!!



▼▼▼▼▼



 マイケルとドミニオンは、今だに無言でお互いが向き合っていた。

 ターナー女史は、冷たくなったジェームズの傍らで彼がどう決断を下すのか。息をのんで見守っていた。

 静寂が、重苦しかった……。


『緊急プロトコル、補則条項の必要を判断。プロトコル、再スタート』


 突如、その静寂をドミニオンの電子音のアナウンスが破ると。再びドミニオンは自立で動き始めようとして……まるで、なかにもう1人のマイケルが入っているかのように。クソ偉そうに胸を張り、顔をあげるような姿勢となる。


『メッセージを再生……マイケル、君は本当にしょうもない奴だ。自分は天才だとわかってると言う癖に、臆病だから勇気がいつだって足りない。それが僕をいつも失望させるんだ』


 ドミニオンのしぐさと違い、電子音の響きはそのままであったが。その話し方は死んでしまった友の話し方にそっくりであった。きっと、このメッセージの為にわざわざ彼が用意したのだろうか。


『君の夢は、君の見る未来にはマスク・ド・ドミニオンが必要だ。そしてそれは僕と君と2人で作った。

 さぁ、駄々をこねないでくれ。キミが言いだした事なんだ、僕が支えよう。そして一緒に仕事にかかって、一緒に仕事を終わらせよう。もちろん、その時は君のおごりで飲みに行くからね』


 マイケルの死んだ表情の中にこの時漸く変化が起きた。頬を一筋の涙が流れていったのだ。そして、口元には僅かに笑みが浮かんでいる。


『さぁ、ヒーローの時間だ。まったく、自分の人の良さに嫌気がさしてしまうよ。でも……』

「『君には僕の助けが必要なんだろう?』」


 マイケルの声は、ドミニオンのメッセージとかぶった。

 そうだった。彼の友人はいつもそう言うと困った顔を止めて無茶を可能にしようと一緒に頭を捻ってくれたんだった。そしてメッセージは告げていた。ヒーローの必要なときが今であると。


「ジェームズ。まったくお前って奴は、いつもそうだ……本当に……女みたいな男だよ。まったく、本当に……」


 しばし、床に目をやる。冷たい合金の床には、共の体から流れ出た地が広がっている。


「行って終わらせてくるよ。婆さん、ジェームズを見ていてくれ。すぐに戻る」

「いってらっしゃい、坊や」


 彼はもう、老婆も友人の亡骸も見ることはなかった。

 力強く、自分達が想像したヒーローの前に立つ。


「ドミニオン、緊急プロトコルを終了。背面部を開け」

『了解、プロトコル終了には一度電源をカット。背面を緊急開閉』


 そうアナウンスが流れると、ドミニオンのスーツの背面部に人が1人入れる程度の空間が開いた。そこに回り込んでマイケルは入っていこうとする。


「さぁ、ギグス。10秒で再チェックして開始するぞ。背面を閉じたらすぐだ」

『了解、電源オン。背面の開閉を終了。カウント開始と同時に、チェックを行います』


 ポーズを止め、再び直立の姿勢になって静かになったと思ったドミニオンであったが。中にマイケルをとりこむと同時に、アーマーの開閉部を閉じる。

 続いて、カウントが開始される。


10……9……8……


『電源確認、エネルギーサーキットのチェックを開始』

「インターフェイスと装備のチェックを始めろ」

『了解、チェック』


 真っ暗だったマイケルの世界に光が戻ってきて、外の光景が見えてくる。


7……6……5……


『ディスプレイ、チェック。装備、チェック。先週の出撃より変更なし、タイプBマイナスです』

「わかった。画面の色どりを豊かにしてくれ」

『了解』


4……3……2……


 次々と視界に何かのパラメーター達が追加されては画面の端へと消えていく。

『ネットワークとの接続を開始』

「操作パネルをだせ。あと、こちらの状況をリアルタイムで見れるように」

『了解、チェック。シークエンス終了まで残り2秒』


1……0……


『マスク・ド・ドミニオン。レディー』

「ミッションスタートだ、いくぞ」


 鋼の戦士はそう短く答えると、そのまま外へ。展望台から見える夕焼けの中へと飛び出していった。



▼▼▼▼▼



 MAXIMAの顔には驚きがあった。

 伝説の正体をこの夕焼けの砂浜で暴くと、そこに信じられないものを見たからであった。


 ミハエル・トロホウスキー


 ロスの大金持ち、ヒーロー達の後援者で、アウトキャストの設立にも尽力を尽くした名士。

 70歳にもなろうと言う彼が。つい今朝方まで、自分達の前では背中を丸め、杖をついて歩いていた老人の顔がそこにあったのだった。


 MAXIMAは狂ったように笑い声をあげた。

 その声は、どこか物悲しくもあり、哀れな姿にも見える。


「信じられない、信じられない!!

 ミハエル・トロホウスキーが伝説のクライムハンターだと!?

 笑えるな、傑作じゃないか!冷戦の最中、国に捨てられた男が大金だけを頼りに済みついたこの国で。あんたはわざわざ体を痛めてヒーローになっていたというわけか!?

 あははははは、まったく哀れな話だ。間抜けで、ひどくて、最悪の……哀れだな、あんた」


 ブルービーストは。いや、ミハエル老人は自分を嘲笑う化物に何も言い返そうとはしなかった。


「道化だよ。哀れな道化だ。

 なんだ?顔を隠して、別に住んでいるだけの。あんたのことなんてただの金を持っているだけの老人としか見ていない連中の町で。人々の為に犯罪と戦っていただと?

 悪い冗談だ。最低のジョークだよ。

 祖国の裏切り者で、怪しいだけの亡命者のあんたが。何をどう考えたらそんな事を始めたんだ?この国の共産主義者狩りを逃れるためにしたのか?

 それとも自分が奉仕をすれば、それで皆があんたをあがめて、本当に愛してくれるとでも?」


 MAXIMAは老人に顔を近づけると、死刑宣告を告げようとする。


「哀れな老人、哀れな道化よ。あんたはたった今、この究極となった俺の過去の汚点となり果てた。

 この俺が、このマキシマ・ヨウジが。まだハタチにも満たない餓鬼だったとはいえ、あんたなんかに影響されたなどと言われてはたまらない。あんたはヒーローなんかではない。ただの道化として、今から無様に虫のように握りつぶしてやる」



そこまでだ!マキシマ・ヨウジ。いますぐミハエル氏を降ろすんだ!



 浜辺に、鋭い警告の声が響く。

 MAXIMAがこの時、空中にうかぶマスク・ド・ドミニオンを見た。そして喜びの声をあげる。


「おおー!これはこれは。デュポン社の製品。作られたヒーロー。

 マスク・ド・ドミニオン警備員じゃないかな?どうした、社長に怒られたのかね?大事な家族が殺された時、お前はなぜ自分達を守っていなかったのだと横暴な理屈で責められてしまったか?

 わかるよ、あいつ等はクソだ。金持ちはみんなそうだ!金という紙切れを振りまわし、容易に人を意のままにできると思っていやがる。小銭を貧乏に落とせば、それでいい。そんな…………」

「ギグス。マスクをはずせ」

『……了解』


 多分、こんなことは普段ならば決してしないだろう。

 自らが、この正体不明と宣伝するヒーローの操縦者であると宣言することなど、しないだろう。

 だが、今日だけは、今だけはそれをしないではいられなかった。

 マスク・ド・ドミニオンは誕生より始めて。この時、その仮面の下の素顔を自らはずす。


 静寂が襲った。

 美しいパイラン島の砂浜で、夕日を背に3人の男達がいた。

 彼等はかつて、互いに意見を闘わせ、その時の年齢をこえて夢を語り合った3人であった。


 それが今日、この時を迎え。

 彼等のあのパーティ会場の外で静かないおりで話した温かな夢を粉微塵にするような、そんあ悲劇的終着点へと彼等を案内してしまったのだった。

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