ヒート
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ウダルー民間刑務所のスケジュールは完璧に組まれていて、遅れを許すことなく進行する。
午後6時からの夕食もいつも通りに始まったが、今日はいつもと違う重い空気が漂っていた。
何か良くないことが起こる。
ボス達の集会の結果を皆が知っているわけではない。だが、ここで生きていくことに長けた者達から、今日の空気のわずかな違いを皆が敏感に察知していた。
チープなアルミとプラスチックの食器が乱暴に扱われる音がそこから聞こえる中、食堂にはそれぞれの勢力のボス達が自分の手下達を周囲に座らせゆっくりと食事を始めていた。
今夜のこの食堂にも看守は8人からいるが、そのほとんど全てが金で買収を持ちかけられ、騒ぎが起こることに了承していた。だから、目的の2人がここに到着するのも時間をコントロールされ、ほぼ同時にあらわれることになっている。
さて、話は変わるが民間の刑務所とはいっても、脇が甘くて武器を簡単に所内に持ち込むなどということはできない。
利益をあげるため、それこそ血のにじむようなコストカットと、同時に合理性を追求するがために外の者を通じて何かを塀の中に入れる事はほぼ不可能といっても過言ではない。
なので、ここで武器を手に入れるなら”昔ながらのやり方”が一番手っ取り早いと言える。
彼等が用意したのは、ハブラシの柄を削って尖らせたものや、ベットのスプリングを加工したもの。つまり、即席のナイフを用意した。
ちなみにはっきりと断言するが、このどちらもたいした殺傷力はない。刺した個所と、刺されたあとの手当てがまずいってことにもならないと、まぁまぁ死ぬことはない。だが、このようなムショの病院では優しく完璧な処置は期待できない。アルバイトの学生か、なんらかの脛に傷をもつような経歴を持つ医者が手当をするのである。
刺された個所は、時間がたてば傷跡は残らないだろうが。その鈍い痛みは死ぬまで残ると言われている。もう見た目では分からない、その時の傷がうずくと、記憶がその時の痛みと恐怖を順に呼び起こすのだ。それは、無限と思われる苦痛を心にもたらすだろう。
入口に立つ看守が、なにやら意味ありげに視線を泳がせるのを見て、ボス達の目がらんらんと輝き出した。
(これでいきなりヤラレターとかなってくれるなよ?苦しめるのも、長くできなくなっちまう)
今日はいってきた新人が来る。1人は一般人。1人は舐めた奴だと言っていた。
それが、列の最初と最後にまぎれて配膳に並ぶ。
予定では、並んでいる彼等を挟む2人組で襲う手はずになっていた。
それからしばらく間があく。
しかし人混みの中にいる誰かから、指示が出されると。まったく別々の場所にいる2人を挟んだ男達が、突然隠した武器を手に襲いかかる。
「うわああああ」
騒ぎが起こった瞬間におこる列の乱れと共に、悲鳴があがる。
普通の男は挟まれて襲われても何も出来ず。その背中につきたてられたハブラシを必死に引き抜こうとして、泣き顔で這いながら騒いでいた。
だが、もう1人の良くわからない男は…………妙な状況になっていた。
その瞬間におきることはとてもシンプルで、だからこそ確実な方法だった。
前にいる方が武器を手に取り出すと後ろを向き、後ろの奴が前に立つ目標の手を拘束する。それで、終わりだ。
だが、この時起こったことはまるで別のことだった。
後ろから手を拘束しようと、持っていたお盆と料理を投げ出したが。その手が肘に触れるかどうかの瞬間、ぴくん肘のほうがはね上がってその手を払いのける。
そして、それに驚く間に跳ねあげた腕の方からさらにその斜め後ろ側へと素早く体を移動させてしまった。しかもそのうえ最後に後ろに回ると、ドンとかなり強い力で前に突き飛ばすように押し出したのだ。
思わずバランスを崩し、ふらふらと前に数歩出たその時には、自分の腹にはあるべきはずの無い痛みが走る。
当然だが、その前には自分と同じく「なんでお前が?」という顔をした男がいた。
「……!?いてっ、痛ぇ。ああ、クソ!!この馬鹿っ、痛ぇよぉ!」
「っ!?す、すま……ンンッ」
2人がかりでの襲撃のはずが、同士討ちで終わってしまった。刺した方もとっさに謝罪を口にしてしまいそうになり、言葉を飲みこむ。
襲っておいて謝れば、自分達が本当は誰を狙っていたのか教えるようなものだ。間抜けすぎる、それだけはできない。
かなり意外な結果であったが、片方は倒れ。片方は見事に”それ”が起こることを分かっていたような振舞いを見せた。しかし、そいつが”正解”なのかどうかは”まだ”わからない。
だからボス達は念のためにと用意していた【第2弾】を使うことに決めた。
再び、指示が飛ぶと今度は油を扱っていた男が、網に手をやると。熱した油につけていたフライドポテトを乱暴に持ち上げていきなり走り出す。
飛び散る油の熱に、列に並ぶ男達は悲鳴をあげるが。それにはお構いなしにまだ熱いそれを網ごと「えいやっ」と何もなかったかのように平然と立つ男の背にぶちまけようとした。
そして、その瞬間をここにいる全員が見ることになる。
熱い油がまだしたたるポテトが宙を飛び、網も一緒に飛んでいくが。その全ては”まるで何かの手によって邪魔された”かのような動きをみせて方々へと飛び散っていく。
半狂乱となって騒ぎが辺りを包む中、立ち尽くした男は首をかしげていた。
なぜだろうか。今、なにか声が。本人にとって、とても重要なことを告げるなにかが聞こえた気がしたのだ。
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閉じこもってから一向に出てくる気配の無いサンダーランド警部の私室に入ってくる者がいた。
その視線を向けた相手を怯えさせるに十分な迫力を込めてむけると、入ってきたのはコピーキャットと名乗る探偵であった。
「警部、少しいいかな?」
無言のまま、顎を目の前の椅子へ指し示す。
コピーキャットはありがとう、と口にすると静かに座った。怪人はまた、エグザイルの顔に戻っていた。
「この時間でもまだ人は多い。どうやら警官の大部分は今日は泊りのようだね。誰かの指示を待っているかのようだ」
その言葉の意味するところを理解し、サンダーランド警部は頭に血が上り、思わず相手の顔を睨みつけた。
部下の態度に嬉しくもあり、また腹だたしくもある。自分がふがいなく、また自重するのだと止める声がある。
「……話せることはない。話すこともない。それで、何か用か?」
「邪険にしなくてもいいじゃないか」
「そんな口をきくような間柄じゃない」
「だが警部、あんたが生まれる前からこのコピーキャットはいた。年功者には少しぐらいリスペクトしてくれてもいいのでは?」
「……そそのかすのでなければ」
「それは、君が決めるといい。この怪人が言う言葉の意味を」
「…………ふぅ、まったく探偵ってのはこれだから」
そうは言うものの、めずらしく警部は白旗をあげた。
「とても悩んでいる、ようだ」
「ああ、そうだ。あんたの見てのとおりさ」
「そうか。で、なにが”問題”なのかな?」
「…………」
「わかってる、聞かせてもらったよ。真犯人は捕えたが、すでに手をまわされて裁判は終わり。無実の者が刑務所でやってもいないことの罪を償っている。そうだな?」
「ああ」
「ならば、”問題”は、なんだ?」
わずかに静寂が訪れる。
「問題……問題、か……問題は山ほどある。まずは……そうだ。U.S.エージェントが今回の黒幕だったことだ」
「なるほど」
「簡単に返事をしてくれるな?本当に分かっているのか!?あいつ等が動いているということは、あいつ等が自分達で宣伝しているように、多くの力があそこに集まっている。つまり、あの馬鹿についてなにもかも知っているかもしれない!」
「完全に消せる過去などないさ」
「フン!それは俺に対する皮肉か?確かに、あの馬鹿をこの町で”使ってやろう”と決めたのは俺とあのムカつく髑髏野郎が決めたことだ。でもな!あの馬鹿の誕生には”あんた”だって関係しているんだぞ!?」
「関係、とは言いすぎだ。だが、たしかに誕生の場にはいた。それに、君は少し冷静になった方がいい。確かに、君とダ―クハートが下した決断は、突拍子もないが面白いアイデアだとは思うが、”使ってやる”などと卑下するようなことではない。その愚か者の活躍だって、聞く限りはそう悪いものでもない」
「どうだかなっ!あの口車に乗らなきゃ、余計な苦労を背負うことも無かった!こんな騒ぎも無かったんだ!」
その時、初めてコピーキャットの顔に ―― エグザイルから借りたその美貌に凄惨な笑みと嘲笑のそれが半分ずつ混じったものが警部へと向けられると、挑発が口から飛び出した。
「そうなると、カーネル・パトリオットという男をこの地上から抹殺することになる。一秒とて長く存在を許せない存在だからな。忘れたわけではないだろう。雷人よ?
彼は誕生の瞬間に、あらゆる”剣”が彼に向けられ。不条理に、そして不幸にも”そうなり果てた”のだ。彼を滅しようと一度はそう決断が下される時もあった。
その時、集められたのは”類い稀なる力を持つ者”と認められた者達だ。そこにお前もいた」
「……」
「雷人よ、なにを迷う?なにから目をそむけている?お前は類い稀なる力をもつものなんだぞ?
先程までお前の部下達と話していた。皆お前を理解し、お前の言葉を待っている。お前が声をかければ、皆が戦士となってお前の後ろについていくだろう。
それはお前自身にも分かっていることだ」
「……」
「何だ?言ってみろ」
「特別戦略班、だ」
今度は問いに間髪いれずにサンダーランド警部は答えた。
「特別戦略班……ふむ、なるほどな。アークシティ警察の隠し玉。特別な事件にぶつけるために集めた、捜査官達。規格外の超人達をそろえている、とか?」
「なぜ、それをスラスラと!?……そうだったな、あんたのような奴は皆、そういう奴だった。
そうだ。正確には規格外の人間と超人を所属させているうちの秘密兵器だ。力だけで言うなら、あんたのような探偵や、アレックスや髑髏野郎のような自警団など必要無い。そのための連中だ」
「まぁ、そういうことにしておこうか。それが問題か?」
「そうだ、問題だ。
今はカッチーナに命じて、班の連中はほとんど全員が留守にしている。今、この大陸を北上しながら騒ぎを起こしている奴等がいてな。そいつらがここの近くを通った際に、この町のグレイスン・ファミリーと接触があったと言われた。
まぁ、州またぎの騒動とあって協力を要請されたんだ。むこうも止められなくて困っていると言うし。といっても、どうやらうちの班をあてにしているのは明らかで。その時は特に大きな事件も無かったから奮発して送り出してしまった」
「後悔している?」
「ああ、その通りだ。わかるだろ?
あのエージェントのタオが、わざわざこっちの前に姿を現したのは『もうゲームは終了ですよ。足掻くのはやめとけ』ということだ。そしてこっちの状況をつかんでもいる。俺にヤケを起こさせないために、出てきてわざわざ言ったんだ。
同時にこっちは向こうの考えは読めた。あの馬鹿で早速実験をするつもりだ。それもできるだけ早く結果をだせるように」
コピーキャットはここで場違いにもクスクスと笑いだすと、笑ったまま
「あの男を犯罪者ひしめく刑務所に放り込む。なるほど、確かに実験、というのはいい表現だな。そして……なるほどな。理解した。そいつらの目的が、”あの男にかけられた嫌疑を実現させる”ということなら、納得できる」
「笑い事じゃないぞ。ちっとも笑えない話だ。あいつはやるぞ、始まれば止めるにはその前に立ち塞がるしかない。そうなると、あの馬鹿を抑えるのに力が必要だ。いまのうちでは…………難しい」
「ほう、不可能だと?」
「……」
「やはりまだ若いな。サンダーランド警部、まず”自分をこそ覚悟する”必要があることを学ぶべきだ。力で対抗、などと考えているうちは、同じく力を理由に好き勝手している連中と変わらんと忠告しておこう」
「フン」
「その反応は正直だな。だが、そう馬鹿にしたものでもない。ここにいてTVが騒ぎを伝えたらそれこそ終了だ。
諦めるつもりが無いなら、決断は1つだ。この中で険しい顔で悩むぐらいなら、とりあえずは寝ておくといい。酷い顔をしている。すっきりした頭になれば、煩わしいこと全てを放り出してもかまわない。そう考えられるかもしれん」
そう言いたい事だけを口にすると、コピーキャットはさっさと席を立って部屋から出ていく。
サンダーランド警部はその後ろ姿を恨めしそうに見つめていた。
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この日の夜は、 刑務所にとって眠れぬ興奮を伴う夜だった、と言った方がいいだろう。
あの瞬間、大きな食堂の中にいた連中全てが一様に目にしたのである。2人の暗殺者の手をいともたやすく逃れ、さらにそのあと熱した油滴るポテトの山が、空中で不自然な軌道変更をして四方に飛び散っていく様を。
超人だ、奴は本物だった!
それぞれが自分がこんな獣の集まる社会の肥えだめともいうべき刑務所にぶち込まれた経緯を思い出し。それを自分勝手に逆恨みしていたあの時を全員が思いだしていた。
それは直接は本人には返せはしないが、その果てしなく遠いお友達には、たっぷりとここで復讐を楽しむことが出来るのだ。超人によって叩きのめされ、人間だけの刑務所で敗者のままで生かされるのは苦痛の日々を今は味わっている。
だが、それも今日までだ。
あの野郎に、自分達が受けた敗北感を、怒りと屈辱をたっぷりと味あわせてやったあとで、盛大にブチ殺してやる。だが、その前にあいつがどんな能力を持っているかを確かめないといけないかもしれない。
(急ぐ必要はない。あいつもここに繋がれた犬なんだ。俺達と同じ、罪人の名札をぶらさげた、な)
誰にとっても寝苦しい夜だった。
そして、ここにいる多くの”人間”達にとって待望の夜だった。願いはひとつ、あの超人を、あの元ヒーローに自分達の怒りって奴を教えやてやること。そこにはささいな肌の色も、言葉の違いも無かった。
ただ、まっさらな憎悪の炎だけがゆっくりとその勢いを大きくしている。
一方で、男は静寂の中にいた。
ここしばらく、ずっと静寂の中にいる。騒がしい雑音はあるが、彼の耳には届かない。けたたましい罵声が浴びせられても、彼には聞こえない。不条理な殺意が向けられても、意に返さない。
彼は、ただの男だからだ。
だが、そのときが来れば違う。
その時は変わることになる。あるべき姿に、やるべき目的のために。
でも、まだ違う。まだ少し時間があるのだ。眠らなければならない。
いつもと違って小さな部屋、いつもと違って小さな寝床。そして面白みのないコンクリートの壁、壁、壁。
体を横にすると、周りの世界から声が自然と聞こえてくる。黒い、憎悪、呪いの声だ。わずらわしい、ほんのちょっぴりそう思うが、やっぱり男は気に留めようとはしない。
眠ろう、そう思って体を横にする。
目を閉じると、その時初めて声が聞こえた。はっきりと、渇いた鈴の音のような軽やかな声。
『迎えに来て、ハニー』
閉じたばかりの目をカッと見開く。すでに血が沸き立っているのを感じる。
それまで色あせてなにも興味無かった世界に、”全て”が戻ってきたのがわかる。
彼女が、”相棒”が帰ってきたのだ!
誰を呼んでいるのかはわかっている。それは【この男】ではない。
カーネル”サウザンド”パトリオット
そうだ、彼だ。正義の男、決してくじけない男。
それまでになかった、熱く激しい衝動が激しく心の中で何度も突き上げるように『彼女を見つけに行け!』と叫んでいる。だが、”冷静”な【この男】は考える。今は耐える時だ、と。
そうだ、朝は来る。夜の終わらない世界はないのだ。朝が来て、太陽が昇り、光が余すところなく大地を焼く尽くすように、正義はそうやってこの罪に穢れた敗北者達の巣を蹂躙するのだ!!
そして、本当の朝が来る。




