デスグラシア
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「イハラ刑事、あれを」
「あらあら、義理堅いんだね。危ないから離れてもいいって伝えておいたはずなのに」
アインが指し示す先に居る警官達を見て、イハラ刑事が苦笑しながら感想を漏らす。
ホテル【サン・モレティーノ】の前には、ここにあのデスグラジアの2人がいるのを突き止めたのであろう。制服組がアイン達の到着をわざわざ待っていたのである。
アインはそこに向けてゆっくりと車を寄せようとしつつ、口を開く。
「じゃ、どうしますか?帰ってもらう、トカ」
「なぜ?どうせだから皆で捕まえよー!」
(また、ノリでいってるよね。この人)
鼻に皺を寄せて、不安をあらわにするアインに。コピーキャットが静かに申し出る。
「ひとつ、考えがある。刑事の言うとおり、彼等にも協力して貰おう」
20分後、突如ホテル【サン・モレティーノ】の各階で警報機がいきなり作動し、けたたましいベル音が響かせ始めた。その音に驚き、部屋の中にいた客達がぞろぞろと廊下に出て、何事かと騒ぎ始める。
すると、ピンポンと音がして館内放送が流れだした。
『お客様、大変ご迷惑をおかけしております。当ホテル、サン・モレティーノの支配人。ブル・マカリスターでございます。
すでにお気付きとは思いますが、ホテル内にて現在緊急警報装置が作動しております。しかし、現状ではどこからか出火したとの報はなされておりません。しかし、もしもの場合に備え。お客様には一時、当ホテルより退出していただき。その間にスタッフが警報装置の誤作動の有無を確認したいと思います。
繰り返しますが、現在は出火したとの報告はされておりません。
お客さま方には、ご自分の貴重品だけを持参し。正面玄関から50メートルに位置する 公園にて待機をお願いします。スタッフによって、公園までのルートのご案内。また、そこで改めてお客様の無事をそこで再度ご確認させていただきたいと思います。
繰り返しますが、館内はこの後。スタッフによって緊急時の総点検が行われる予定となっております……』
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デスグラシアこと、EUイタリア出身の兄妹。マルコとベルナデッドはスィートルームで今回の仕事、もとい殺人ツアーの打ち上げで丁度”楽しいひと時”の休憩時間であった。
ベルナデッドは早速今回の仕事、それの映像編集をはじめており、マルコはテレビを流しながら新聞を広げていた。
2人は、今回の自分達の仕事ぶりに満足だった。
夫婦喧嘩で、ホテルから飛び降りで、職場のモラハラで、動物園の飼育係で、なによりも最高にウケタのは、まだニュースにもなっていないが、このアークシティのマイナーヒーローにやったことだろう。
【べっとり】なんの面白みのない、ベルナデッドがつけたこのやり方の名前だ。
トイレで小便やクソをした時、事故で跳ねとんできたそれを外に出て”赤の他人”にべっとりとこすりつけるという意味でつけたらしい。じっさい、これはとても彼らには愉快な話で、いちいち最低限の方向性を示してやる事でツアー中の”加害者の代わり”達は次々と警察に捕まりブチ込まれていく。
他にも色々方法は工夫してきたが、これはとにかく場の支配感が強烈でやみつきになっていた。
「編集はどうだい?」
「なによ、兄さん。はじめたばかりだし、本格的なものは家に戻ってからって話したじゃないの」
「そうか、そうだったな」
「今は映像の観賞みたいなものよ。なかなかいいの、撮れてるわ。ベストショットばかり」
楽しそうに、いたずらっぽく笑いつつ妹は長椅子に身体を横たえる兄の足に指を這わせてくる。
誘っているのだろう。無理もない、飛行機の時間にはまだ24時間以上あるし。それに、正直言うと今回の仕事で嵌めてやったヒーローがどのような扱いでテレビで扱われるか、この国を出る前にそれを知っておきたかったということもある。
だが、2人が再びベットへと身を投げ出すことはなかった。
廊下から、不快な警報装置が一斉に音を立てて鳴りだし。続いて支配人と名乗る男による館内放送が流れたからだ。
急げ、とはいわれたが。2人はそれでも”きちんと服を着てから”部屋から出た。
階段を使わなければならないのかとも思ったが、従業員がエレベーターの前に控えていて「今は使えます。どうぞ」といって2人を導く。
1階につくまでにエレベーターは各階の宿泊客を乗せたものだからギュウギュウになって不快ではあったが、2人は黙ってこの流れに従っていた。
だが、エレベーターを降りて入口へと向かおうとしたその時。兄のマルコが急に妹の腕をつかむとさっと物陰に身をひそめたのだ。
「なに?」
「見ろ、妹よ。受付だ、警官がいる」
確かにそうだった。4人の警官が、ホテルの受付に居て何事かを従業員達とはなしているのが見える。
「そうね。だからなに?」
「このまま、素直に移動に従うのは良くないかもしれない」
「なぜ?」
「放送で言っていただろう?客の安否を確かめる、と。そこに警官達がいると、顔で気づかれるかもしれない」
「慎重なのね、兄さん。大丈夫よ、だってその時はこの力で”違いますよ”って教えてやればいいだけじゃない」
「真面目な話だ、妹よ。ツアーは無事に終了したが、その後で自分達が勝手にリスクを弄んで間抜けになるのは、少しも楽しい事じゃない」
「心配のしすぎよ」
「もう忘れたのか?ロンドン空港でのことだ。大勢の人混みに紛れれば大丈夫だと思っていたが、実際はそばに接近されて2人仲良くショックガンを叩き込まれた」
「ああ……そんなこともあったわね」
「まぁ、お前はあんな大観衆の前で2人仲良く泡を吹いて失禁する姿をさらして刺激的だったかもしれないが」
「ちょっと!」
「悪いが、俺はそういうのは好きじゃないんだ」
「……わかった、聞き分けのない心配性の兄を満足させるのも、かわいい妹の役目っていいたいのね。なら、どうする?」
「裏口から出よう。ショッピングを楽しみ、食事をしてここの様子を見よう。どうだい?」
「んん、いいかもね」
「なら、さっそく開始だ」
2人は手を握ると、人々の流れから離れて従業員用の通路へと潜り込んでいった。
このホテルに移動した際、いつもの癖で出口の場所はあらかじめ把握している。誰かに呼び止められた時は、そこでテレパスの力を使えば問題はないだろう。
まだ忙しく仕事をしてる中、場違いな2人が入ってきてもチラと見ただけで興味を示そうともしない厨房を抜け、裏口から裏通りに出る。
昼間の裏通りは明るく、そして生ごみの匂いが強く感じられる。
妹はそれが嫌なのか、顔をしかめるも文句を言うことはなかった。
(可愛い奴だ)
マルコはそう思いながら妹に伺いを立てる。
「さて、表への道は2つ。少し狭いのと、広いがなんだか知りたくない蒸気が地面から立ち上るのがある。どっちがいい?」
「聞かないでよ!…………そうね、臭いから狭いのは嫌。生ごみの匂いは避けられなくても、そのものに触らないだけマシかもね」
「わかったよ、女王様」
そういって、握って妹の手に力を込めて歩きだそうとした、その時だった。
2人の視界の外を、放物線を描いて飛んでくる。それは2人の体の上を通ると、路地裏の壁へと勢いよく叩きつけられた。
ガチャン!という音とともにそれは粉々になって砕かれ、辺りにその破片の雨を降らせた。
「きゃっ、なに!?」
「空き瓶、ガラスだ。誰だ!?」
それは彼等が選ばなかった細い路地の先にいた。
季節を、時間を無視したロングコート。その手には木製のバットを握りしめ、顔にはまるでどこかのパルプマガジンに出てくるヒーローのつもりなのか、目もとだけを隠したアイガード。
ここにいるはずのないヒーロー、この2人がさっきまで嵌めてやったと結果を楽しみにしている愚か者であるはずのそいつが、口元にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。
それは、一見するとカーネル”サウザンド”パトリオットだった。
「えっ、嘘っ、嘘よね」
「ベル!落ちつけ、落ちつかなくては……」
強いテレパスの力があっても、犯罪者の位置にいる限りヒーローとの対戦は避けられない。
そして、それは常に勝利よりもはるかに多い苦い敗北を味あわされるのだ。ベルナデッドは、まさかの男の出現に泡を食って冷静さを一気に失ってしまい。足をもつれさせて兄の体に強くしがみついてきた。
それがあまりに強い力だったので、兄はよろけながらも妹をなだめようとしたが。ここではその妹のおかげで助かったと言えるだろう。
なにかがパチンパチンと音を発するのが聞こえ、何かが妹の体に、そしてマルコの体をそれでかすめたそれは壁に当たって地面に落ちる。
(なんだ?いや、マズイ!?)
次の瞬間、妹は声もなくビクビクと体を震えさせて白目をむき、テレパスの力のせいでその苦痛と恐怖が、妹の体を駆け巡る電撃と一緒になってマルコの体にも流れてきた。
超人無力化の武器、ハンドショックガンである。
針のようなショックボルトを対象に撃ち込み、続いて本体についたショックウェーブを発射することで、スタンガンを越える確実な麻痺の状態に相手を追い込むのである。とはいえ、携帯性を重視しているため。一度使うと、再充電には時間がかかるが。
2人は衝撃に震えながら、ずるずると地面に沈んでいこうとする。だが、妹とは違い兄の眼には、直撃できなかった事でまだ力強さが残っていた。
崩れていく相手の1人を仕留めそこなったことは、撃ったイハラ本人が痛いほど分かっていた。すぐさまマイクに
「くそっ、しくじった。1人はずした!」
と伝えると。即座に腰の後ろのホルスターから拳銃を抜く。
いまはかなりひどい個人的な事情を抱えているが、もともとイハラ刑事は優秀な捜査官である。そして、刑事とは頭を使うものであって、決して銃を振りまわしたり走って犯人を追ったりするものではないと考えていた。
だからこの時も自分の身を守るために取り合えず買ったグロック社の銃を取り出したが、これで撃ち合うことを想定したことはない。
一方、マルコも黙ってやられるつもりはない。
念のためにと持ち歩いていたマシンピストルを取り出すと、通路の上にある非常階段に身を隠し撃ってきたイハラに向けてトリガーを引く。
わずか3秒、イハラが3発撃つ間に、マルコは20発近くを発射していた。
「あっ」
とイハラの声がすると、もう撃ってこようとはしない。
さらに、マルコは残りを今も離れからデスグラジアの2人を見つめてニヤニヤ笑いをするカーネル・パトリオット。もといコピーキャットに撃ちまくる。
「ベルナデッド!しっかりしろ、逃げるぞ!」
弾切れのマガジンを換えながら、妹の体を抱きすくめるようにして乱暴に引っ張りながらも歩きだす。
ハンドショックガンの後遺症は思ったよりも軽かったが、それでも力が抜けて弛緩させようとするその身体は、湿った砂袋のように重い。そんな状態のマルコが、この上さらに妹を抱えて移動するのは容易なことではなかった。
(苦痛、当てたか。だが、死んではいない)
姿を見せないイハラの心を読むと、駄目押しにバババッと再び上に向けて発砲する。
当たったかどうかは分からないが、今度はカンカンと音を立ててイハラ刑事のもっていたグロック35が転がり落ちてきて、地面でバン!と一発暴発させた。
それは当たるようなものではなかったが、地面と壁を跳弾したことでマルコの怒りが刺激された。
「この虫けら共がァッ!!!」
怒りがマルコの体に力を蘇らせ、移動速度が上がり大通りへとぐんぐんと近づいてくる。時々、思い出したかのように通路の奥に向かって発砲を繰り返しながら、ついにデスグラジアの2人は大通りへと出ることに成功した。
すでに説明したが、デスグラジアはダラダラと次々とホテルをただ移動していたわけではない。何か不都合があった時は、すぐに身動きが取れるようにと、常に脱出路の確保に気をつかっているのだ。
ここから出た大通りにはよくタクシーが止まっているのを確認している。
安くてそこそこうまい、メキシコ人のタコス屋があるからだ。昼時なら何台でも止まって休憩がてらにタコスとコーヒーを手にしているはずだ。実際、この時は3台が止まっていて、デスグラジアの2人はその中で一番近い一台に向かう。
「ドアを開けろ!!」
マルコの声とテレパスによって洗脳されたドライバーがサッと助手席のドアを開け。そこに妹ごと滑り込む前に、いまのマガジンを空になるまで撃ちまくった。
「いけっ!出すんだよ!」
乗り込み、乱暴にドアを閉めながらマルコは叫ぶとドライバーが無表情のままブバッと鼻血を吹くが、その本人はまったく気にしていない……というよりも、気がついてないようだった。
どうやら興奮して少し強い調子で命令を下し過ぎたようだ。それでも、ドライバーは何事もなかったように、乱暴なスタートで車を走らせはじめる。
同時に、路地裏からパトリオットの顔をさせたコピーキャットが飛び出してきてタクシーの後を追いかけはじめる。
(早く、早く!15、20、25……30。どうだっ!?)
後ろを向くと、コピーキャットの姿はぐんぐんと離れてるのがわかる。
「ハッ、残念だったな!」
それは勝利宣言のつもりだったのかもしれないが、あまりにも早く、そして甘い考えであった。
その頃、ホテル【サン・モレティーノ】の入り口ではザワザワと人が騒いでいたのだが、そんな彼らの頭を飛び越えて飛び出してくる影があった。アインである。
この獣人はイハラ刑事負傷の報告を聞くなり、すぐさま行動を起こしていた。そしてタイミング良く、コピーキャットを突き離して入口の前を過ぎ去っていこうとするタクシーに追いすがってみせたのだった。
ガン!
それは左後部座席から突然にして襲った衝撃である。タクシーはこの衝撃によって後部が一瞬だけ地面を離れ、次にバランスを崩して車は回転を始める。
これはアインが逃がすまいと無茶をして体当たりしたからだが、その本人も無事では済まず。地面に激しく転がり続ける羽目になった。
「くっ、なんだ!?」
世界が回転を止め、なんとか頭を振って霧がかった頭の中をはっきりさせようとする。
あの追ってきた奴は置いてきた、妹と銃はこの腕の中、ドライバーはまだテレパスの影響下にある。よし大丈夫だ。
そう思って道を探そうとするマルコの前方に、ゆっくりと立ち上がる獣人の姿があった。
そう、アインもまた擦り傷と打ち身を我慢して再び戦闘態勢へと移ろうとしていた。
「くそっ、動かせ!車を出すんだ!」
そう言うと、車は正面のアインをよけて走りだす。
どうやら公園の中へと入っていくようだ。
(公園だ!?馬鹿が、こんなところに来て何を……いや、いい考えかも!)
確かホテルで言っていたじゃないか。すぐ近くの”公園に客は避難してくれ”って。
つまりここにはあのホテルの客達が大勢いて、従業員がいるわけだ。その中に入ったら、本当は兄妹でやりたいが1人でも無理をすればできないわけではないと思う。
そいつ等全員を操って、追ってくる警察にけしかけてやればいい。その間に自分達は次の車を見つけてここを立ち去ることに集中するのだ。
「よし!いいぞ、いけっ。進めっ」
デスグラジアは捕まることはない!
いや、むしろこんなエキサイティングな状況の映像が取れない事の方が残念だ。きっとそれは、2人にとっても”いい想い出”になるに違いないのだから!




