死者の体
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モルグ ―― 死体安置所に深夜、訪れる客人がいた。
怪人、コピーキャットである。
外を出歩く時は、エグザイルから”借りた”顔で歩きまわっていたが、さすがに警察署内にまでアレでは目立つことこの上なかったはず。と、いうことはこの怪人はエグザイル以外の顔を借りることで、ここまで来れたのだと推察できる。
外とは違い、冷たい空気が流れるこの場所はどこか荘厳で、清廉な空気にすら感じる一方。
鼻につくホルマリンを始めとした薬物の独特の臭気が、不快感を与えようと心に働きかけてくる。
そんな淀んだ空気を無視するかのように、コピーキャットは部屋の奥へと向かい、机に置かれた分厚い本を覗きこみ、ぱらぱらとめくる。
「誰だ!ここにどうやって入ってきた!」
突然声がモルグに響き、男が部屋に入ってきた。
しかし、コピーキャットはその声を聞いても全く動じることはなく。むしろ、その声の主を目を細めて確認すると
「これはこれは、ジャッキーじゃないか。まだ、お勤めとは知らなかった」
などと軽口をたたいてみせた。
相手は侵入者に警告を与えていただけに、それがいきなり自分の名前を呼ばれたことに驚き。困惑した顔を見せていたが、この怪しげな侵入者の正体に気がつき、相好を崩しながら親しげに手を差し出した。
「驚いた。あんた、なんて顔で歩きまわっているんだ。コピーキャット」
「夜分に失礼した、ジャッキー。この町でも名高い美人の顔だ。おかげで皆が優しくしてくれる」
「なに言っているんだ。この町で最高の美人の顔さ。それを見て、喜ばない男はいないよ。しかし、あんたがそれをやるのはいただけないなぁ」
がっしりと握手を交わす2人は、どうやら知り合いのようであった。
「風の噂で、あんたがここにもちょくちょく顔を出しているのは聞いてる。あと、それらしい幽霊騒動ならさらに多くの噂話を聞かせてもらってるよ」
「この顔だからね。大抵はこっそりと覗かせてもらって、すぐに帰るようにしている」
「”やり方も”変わったということなのか。まぁ、今はTVや新聞をにぎわせている連中が多いからね」
「時代の移り変わりというやつだ。顔を見て指をさされながら化物よばわりされるのも飽きた。今は本当の化物を演じるのも悪くない、そういうやり方も許されるようになったのさ」
「”レジェンド”と呼ばれたヒーロー達の末路を思えば、そういうのが許される中で活動するあんたは幸せ者だよ」
「ああ……そうだな…………それで、ジャッキー。せっかく会ってしまったんだ」
「なんだい、そりゃ。俺みたいな年寄りでも、時にはちゃんと夜勤もするさ」
「そうだな、知ってるよ。実は問題があってね。力を貸して欲しいんだ」
「あんたならお安い御用だよ」
コピーキャットは再度礼を言うと、モルグの古株であるジャッキーにカーネル・パトリオットの被害者を見せてほしいと告げる。その言葉に検視官は眉を跳ね上げ、黙って驚いていたが。その一言で全てを理解したのだろうか。
「わかったよ」とだけ口にすると、素直に死体の元へと案内してくれた。
「こいつがそうだよ」
零下の状態で保存された遺体を引き出すと、袋のジッパーを下げて青白い顔を出させる。
「現場からはものすごい催促をされていたからね。大急ぎでやったさ。報告書は夕方に提出しておいたよ。説明がいるかな?こいつの名前は……」
「名前は必要ない」
ジャッキーの言葉を強い調子でコピーキャットは遮る。それに一瞬黙ったジャッキーだが
「そうだったな。あんたに死者の名は興味が無いんだった」
「そう、とくに愚かな罪人であるならなおさらだ。魂は地獄の亡者どものオモチャとなったが、この肉体にも生前の罪の匂いが腐る肉体に絡みつくように残っている。これをこそ解きほぐし読み取ることが、私の役目」
「一度聞きたかったんだが、それは被害者の場合もそうなのかい?」
「そうだ、変わらない。罪なきものとはいえ、その人生の最後に感じる恐怖が肉体にこびりついて離れることはない。その時も私はただ、同じようにするだけだ」
「美学ってやつかい?」
「さぁ、どうだかな。それほどのものではないし、これのせいで随分と嫌われたものさ」
感心した風のジャッキーに、この怪人は皮肉めいた笑みを浮かべて返す。
「言われたものさ。『お前は自分の捜査している者の名前すら知らないのか』と何度もね。犯人を告げれば警官が、真実を告げれば遺族達が。そう言って私を呆れ、罵り。次に侮蔑する」
「そりゃ……キツイな」
「気持ちは理解できる。だが、実際にはまったく意味の無いことだし。余計な情報は”雑音”となって私の捜査の邪魔になる。自分でわかっていることだからな、仕方ないさ」
そういうと、コピーキャットは台の周りをいったり来たりしながら、時にかがんで冷たい死体を見ていた。
「解剖所見は必要かい?」
「いや、簡単な質問だけでいい。彼は撲殺された?」
「イエスだ」
「繰り返すが、彼は”カーネル・パトリオットの持っていたバット”で撲殺された?」
「んー、それについてはなんともいえん」
「確証はない、と?」
「そうだな、聞いているかな?今回の証拠は、よりにもよって警官が損壊したってこと」
「知っている」
「そのせいで、検証はやはり似たような形状のものでやっている。誤差を考えると、そうそう大きな違いがあるとは言わないが。100%と言い切るのは、ちょっと抵抗があるね」
「そうか……ナイフを持っていたと聞いた」
「保管庫にあるだろう。行ってみるといいが、見せてもらえるかな」
「心配はいらない。この後で覗いてくる……他に傷は?」
「内出血が何か所か、あとは切り傷とか擦り傷か?どれもたいしたことはない。持ち運ぶ際にできたものもあるだろうし」
「………………そうか。おっと、そういえばこのままではまずいだろ?」
「ああ、そうだ。出来るだけ保存をよくしないと」
「今回はこれでいい。まずはしまおう」
そう言うと2人で手早く袋を閉じると、また元の場所へと収める。
「ジャッキー、すまないが。この後何度か”彼”との面会を許してもらいたいのだが」
「彼?ああ、死体の事か。かまわないよ。あんたなら扱い方は分かっているだろうしね」
「ありがとう。あと、もうひとつあるんだ。私がここにいる用がなくなったと思うまで、ここにいてもいいだろうか?」
「ここって……モルグにかい?」
「そうだ。ここにいる必要があるんだが」
「そりゃ……構わないよ。ただ、一つ問題がある。検事さんが今日来るはずだったんだが、来なくてね。警部から明日の朝にでも見に来るという話があったんだ」
「すまないが、その時は変装する。あんたも、こっちをわからないようにかくまってほしいんだ」
「あんたが”変装”だって?そりゃ、是非見たいね。かまわないよ、好きなだけいてくれ。明日の昼まではここにいることになっているんだ」
「助かるよ」
ジャッキーはそう言いながら、奥の事務机のところへと導くと、コピーキャットを座らせる。そして、自分はコップを取り出すとコーヒーを入れるためにお湯を新しくわかす準備をする。
「こんなチャンスだからね。色々聞いてもいいかな?」
「ん?」
「あんたの奇妙な捜査の仕方は噂で聞いていたんだ。なんで、一度ちゃんと聞きたくてね。なんで、そんなやり方で事件を解決できるんだって」
「それが取引の条件?」
「そう、そう考えてくれ。実際の所、ラジオを聞きながらダラダラと時間を潰すくらいなら、あんたと肩を並べてこの一晩じゅうを喋り倒したいんでね」
「それは光栄だな」
「ああ、もちろんあんたの邪魔はしたくないんだが。大丈夫かい?」
「構わないよ。これは、私がここに居なくてはならない理由を説明するのにも役に立つ。その方がやり方を理解してくれるだろうしね」
そういうと、エグザイルが時々見せる極上の笑みを。このコピーキャットは見せていた。
「じゃ、さっそう怪人コピーキャットの捜査法をレクチャーして貰おうかな」
「そうだな……まず、事件に触れる際。最初のアプローチは普通の刑事とそう変わらない。勘、というよりもっと悪質な。見こみ捜査に近い考え方から入る」
「そりゃ……本当かい?」
「ああ。そのために最低限の事件の概要だけを聞いて、まずは事件現場へ向かう。だが、大抵はそういう時は警察の監識が根こそぎさらっていった後だ。何も残っていない」
「そうだ、埃ものこしゃしないよ」
「この町の警官は優秀だからね……とにかく、そこへいってまず。それまでで得た勘と、情報から事件当時の状況を再現を図るんだ」
「それは……どういうものなんだ?今みたいな、CGでどうこうってのとは違うのかい?」
「どうだろうな。感覚としては、被害者の”目を盗む”というのが正しいか。とにかくそこで、この事件の結果に至る過程を再現させるんだ」
「そりゃ……凄いが、当たっているものなのかい?」
「数字では何とも言えないが、体感では約60%を越える割合で、この時点で正しく事件のその時を理解できる」
「本当に?!」
「ああ……事件現場にも、死体と同じように思念が残っているものだ。その場所で同じような事象の再現を求めると、それはよりはっきりと存在を主張してくる。それを選別して、新たな情報として加えていくんだ」
「へェー」
検視官として今、自分がとてつもなくおかしなホラ話を聞いているような。そんな気分だった。
「次はどうするんだい?」
「死者の持ち物と、死体を確認する。丁度さっきのようにね。これで、さらにいくつかの情報を追加させることができ。これでだいたい80%ほどの割合で真実に辿り着くことができる」
「そりゃ凄いな」
「どうかな。あくまでも体感だからな。ここからはしっかりと説得が出来る事実を洗い出していく作業が始まる。これが一番時間がかかるかな」
「はぁ……やはり聞いてもよくわからないなぁ」
首を捻りながら感想を漏らすジャッキーに、コピーキャットは笑いながら答える。
「そうでもないさ。表現を変えればすぐにわかる。そうだな……このやり方は、言ってみれば証明式と考えればいいんだ」
「証明?数学の?」
「そう、図式の証明だ。『問題、この図に書かれたものが正三角形だと証明せよ』これと同じ」
「???」
「いいかい?事件の概要は問いの一部だ。答えは被害者。そんなことになった因果関係や事象が図であり、それを証明することが、このコピーキャットのやり方というわけだ」
かみ砕いて説明することで、ようやくジャッキーも理解しはじめてきたようだ。
「なるほど。つまり、問題の一部と回答を頼りに残り全部を明らかにする。これでいいかい?」
「そうだ。問題が違うと証明に支障が出るし。問題が正しく出ても、証明が違えば答えが合わない」
「なるほど、なるほど」
「つまり、こうした話をしている最中も。この頭の中では文字式を必死に組み合わせて答えが合わないと困っているだけなんだ」
「いやいや、それでも凄いもんだな」
「そうでもない」
「いやいや、感心するよ」
「……」
「……」
「……何かな?」
「いや、そうなるとね。なぜ今回は、ここで立ち止まっているのかって思ってしまって。ああ、悪い。捜査中の情報だもの。聞いても教えられないよな?でも、ちょっと興味が出ちゃって」
ジャッキーのその人懐っこい態度に、コピーキャットは呆れつつ溜息をつくと。入れてくれたコーヒーに口をつけた。それは、とても苦い味のする泥のような液体だった。
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「仕方ないな」
「教えてくれるのかい?!いや、悪いなぁ」
「教えるわけがない。調子に乗るんじゃない……だが、君の好奇心はいいところをついているから、それについての説明くらいはいいだろうと思った」
「おお!」
身を乗り出してくる相手は、掌をごしごしとこすりつけて気合いを入れている。
「”雑音”という言葉をつかっただろ?私の捜査に置いてそれは一番のトラブルであり、障害になるんだ」
「どういうものなんだ?」
「そのままさ。ある時は音で、光で、衝撃で。様々な形でこちらの感覚に攻撃してくるんだ」
「それがあると、どうなる?」
「実はそれをこそ重要だ。雑音にかかると、目を盗んで再現したり、再構築することが困難になる。それまで調子よく回る歯車が、突然音を立てて動かなくなる感じだ」
「ふむ?」
「そうだな……数式に戻って考えると今回も簡単だろう。ようするに、証明するのに制限がかかるんだ」
「制限?」
「そうだ。たとえば、正三角形の証明には単純に『内角が60度ずつの180度だから』でいいだろう?ところが、これに制限がつく。そうだな……内角の角度以外でそれを証明しろ。こんな感じになるのだ」
「ほうほう、なるほど。わかってきたぞ」
頷いて理解を示すジャッキーを横目に楽しげに語るコピーキャットは、そこでカップを机の上に置いた。
「つまりだ。今回の事件もそれで困っている。
問題はまだまだ穴がある。証明するやり方にも制限がつき。だが、それでも解答は男の死体となって出ている。更に付け加えると、別人がこの問いに対する回答として、証明に当てはまる人物はカーネル・パトリオットというヒーローだとあげていることだ。
これだけでも状況は良くない。むこうが問題の穴を塞いで、証明式を完成させると。こちらには遅い分だけ勝ち目がなくなってしまう」
「勝ち目がないってのは?」
「言ったろ、証明のやり方にも制限がある、と。今回はそのカーネル・パトリオットという存在が、間違った指摘に対してまったく否定しないことから捜査を混乱させると思われている。どうせもう、噂も広がっているだろうし気がついているんだろ?
そうだ、依頼人達は間違った回答を正しいとされることを何とかしたいと考えている。だから、私はここにいるのだ」
ジャッキーはなるほどやはりそうかと頷きながら、誰にも言わないと約束すると。そこでさらに追い打ちをかけるようにして、疑問を口にした。
「だがね、コピーキャット。それならそもそもの問題があるんじゃないかと俺なんかは考えるんだ。”なぜ、あんたはこの事件の犯人があの変人だとは考えていないんだ”ってことだよ」
だが、コピーキャットはその問いには答えず。ジャッキーに泥のようなコーヒーのお代わりを黙って要求した。




