死者の目
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太陽が昇る明るい街角にコピーキャットは立っていた。
いうまでもない、ここは今回の事件現場である。わずか数百メートルほどの裏道だったが、夜とは違い昼間はここはやけに明るいせいか印象が全く違う。黄色いテープが張られて閉鎖されているここに辿り着く前、まだ年若い少年達がこの道を通れなかったと愚痴りながら道を戻っていくところに怪人は遭遇していた。
(この町にはよくある。犯罪が多発するエリア、ということか)
昼間のこのイメージを持ったままだから、夜の捕食者たちにとって絶好の狩り場の1つとなっているのだろう。
周りを見回すが、警官の姿は1人もいない。
見たところ辺りの様子からすでに捜査はやりつくしたという事で、放置しているのだろう。これはチャンスといえた。
コピーキャットは、エグザイルの顔を真似たせいでのびてしまった髪を無理矢理に帽子の中にまとめていたのだが。どうにもやはりかぶり心地がよろしくない。
溜息をついて帽子をとると、別れ際にエグザイルに貰った髪止めで適当に後ろでまとめてポニーテールにしておく。
「これでよし、捜査を始めよう」
誰に言うのでも無かったが、コピーキャットはそう宣言する。
とはいっても、この現場にはすでに事件当時の証拠物はほとんど残されていない。
警察が来てからあちこちをひっかきまわしていったわけだからそれも当然だ。昔の探偵小説なら、神がかった推理とやらでこんな現場からでも、”優秀な探偵”とやらは証拠をポロポロと掘り出して見せるだろうし。ハードボイルドなら、怪しいと思った奴の所へ行って左フックを叩き込むだけであとは全部向こうからやって来てくれる。
だが、このコピーキャットはそのどちらにも属さない探偵であった。
白いチョークで書かれた遺体の位置にくる。
その傍らには同じく色違いのチョークのバツ印があり、それが落ちていた凶器の場所だと理解する。
話では、カーネル・パトリオットなる男はノックダウンさせた相手をそのまま放置してここから立ち去ったという話だ。
その、おざなりな位置関係だけを見ると確かにそれは本当のように思える。そうなると、当然のことだが犯人はそのパトリオットであるということになるわけなのだが…………。
ぐるぐると円を描くように思考がまわりはじめるのを感じ、それを止める。
ここからは自分のやり方で捜査していくしかない。
怪人の目が怪しくピンクの輝きを発し、その輝きで自分の視界がつぶれていくのを感じる。
そして、意識はこの場にある肉体から解放されていく。
気がつくと、深夜の路地裏。そこでコピーキャットは手にナイフを握って暗い影に潜んでいる相手に向かって凄んでいた。
『……おれの”息子”にてめーの粗末なモノを切り落とされたくはねぇだろうが!』
わずかだが心の中に恐怖がつのりはじめるのを感じる。捕えた獲物を、このわからぬ相手にとりあげられるわけにはいかないと言う独占欲、支配欲が続いてそれを飲み込もうと荒々しい波となって心をかき乱す。
続いて、目の前にバットを持ったおかしな奇人が姿をあらわした。
(これが噂の人物か、なるほどな)
コピーキャットは、今見ている自分の光景に、自分の思考のせいで”雑音”がまざることのないように。それだけ考えると、すぐにまた全てを”無”として事の推移を見守ることにした。
しばらくすると、お定まりの戦闘となる。
どうやらこの死んだ男は、ナイフで傷つけることにはなれているようだが。ナイフでの戦闘術にはあまりたけているようには思えなかった。反対に、ヒーローと呼ばれるだけあってパトリオットの動きは機敏で、常にこちらの動きを読もうとする余裕と、一気に喉笛を噛みちぎろうとする獣の鋭い牙を思わせる殺意を手に持つ武器に込めて振りまわしていた。
そして、勝負の終わりの瞬間が来た。
イライラと不安からか、こちらが不用意な態勢となる攻めを見せると、それを完璧に読み取っていたパトリオットは見事な立ち回りをみせ。素早い構えからの鋭い一撃をお見舞いする。
まるでカートゥーンのギャグシーンにも似た愉快な倒れ方のあとに、生々しい衝撃の地面が肉を打つ音が一面に鳴り響くのが聞こえた。この時、もちろんコピーキャットが乗り移っている被害者の男は意識が無いが、”再現映像を見ている”だけのコピーキャットはそのまま外の様子を確認し続けた。
ヒーローが被害者を連れて、本当に立ち去ってしまうと。この場所には静寂だけが残ってしまう。
(死んでいる?いや、違う。この時はちゃんと生きているな)
自分が見ている相手に息があり、意識を失っているだけの状態であることを確認する。これで一つはっきりした。
パトリオットなる男の一撃で、この男は死んだわけではないということだ。
しかし、そうなると。この後で何かが起こったことになる。まだしばらくは観察が必要になるだろう。
それからの数十分間をコピーキャットは黙って過ごしたが、静寂に包まれたこの場所には特にこの事件現場へと近づく者の影も、被害者自身の体調に変化も全く起きる気配が無かった。
だが…………。
『おい、ここか?』
『ああ、そのようだ。連絡があったのはここに間違いないようだぜ』
暗い夜道の先からそんな男達の会話が聞こえてきた。どうやら、とうとう警官が来てしまったらしい。
(どういうことだ?なぜ、この男は死んだ?警官が来たというのに、まだ生きているぞ?)
わからない、この後。この男を見つけた警官達が逮捕しようとい近づくと、この男が死んでいて騒ぎになったということだった。
こうした疑問は困惑となって”雑音”となってしまう。
必死に自分の心を自制し。冷静に、心を無にしてこの事件をそのまま確認して見なくてはならない。真実はこの先にきっとある。それができなければ…………。
『どうした?その先は忘れたか?』
『ああ、クソッ。どうなっているんだ?!』
コピーキャットが再現を続けている前で、突然警官達が我を忘れたかのようにとりみだしはじめる。
『聞いているだろう。聞こえていないのかっ?』
『ああ…………死んでる』
『はっ?』
『だから、こいつは死んでいるんだよ。息をしていない。見たところ出血もしていないが、やっぱり死んでいる』
あの夜交わされた言葉がここでも繰り返される。
だが、それを聞いてコピーキャットはポカーンと、驚きのあまり口を開けるしかなかった。その衝撃のせいで”雑音”がたかまってしまい、世界を一変させるほどの再現映像が瞬時に消えてしまう。
そして、もとの事件現場跡に。全てが終わった太陽の下に戻ってきてしまっていた。
「どういうことだ?」
それは、この怪人にしてはめずらしいことに。心の奥底から驚いた風に口にしていた。
「どういうことだ?なにがおこったんだ?」
もう一度、驚きの言葉を繰り返すコピーキャット。彼には自分が見た映像の意味がまるで分らなかったのだ。
確かに、彼の目の前で、倒れ伏した男を拘束しようとした警官達は取り乱していた。そしてさかんに「この男は死んでいる」といっていた。
だが、おかしな話なのだが。コピーキャットが乗り移っていた被害者の男は”この時はまだ死んでいなかった”のである。
意識こそないが、心臓は動いている。心拍に変化もない。
それなのに、警官達は死んだ死んだと繰り返し。脈まで取ってみせていたのだ。
「これは……思った以上に面倒なことになりそうだ」
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アークシティ警察の駐車場に車を入れ終えると、ルシール・マストロヤンニはようやくエンジンを切ってため息を吐く。
やっとだ、到着した。一時は遭難したかと思って救助要請しようかと本気で考えもした。
アークシティには前にも数回来たことはある。ただ、その時はクソ高い高速鉄道にのってのことで油断してい待ったのだ。これくらいなら自分の車で大丈夫ではないかと考え、行動した結果がこれだ。
太陽が”まだ”出ていた頃、気がおかしくなりそうな中で怒鳴られたくなかったものだから携帯の電源を切っておいたことを思い出す。
(降りる前にちゃんと一度連絡しないとね……ちょっとだけ、遅くなっちゃったし)
そう思って、恐る恐る電源を入れると。ズラズラっと上司からの”怒りのメール”がざっと見ても20通以上送られてきているのがわかって背筋が寒くなる。
覚悟を決めてに後部座席のバッグをとると車外に出てから、上司へ連絡を入れることにした。短縮ダイアルなる機能があることを感謝する、数少ない場面だ。
「あ、ジョージ?ええ、そうです。無事に着きました。
あはははは、え?はい、まぁ、ちょっとGPSがご機嫌斜めになっちゃって……えーっと、その……は?いやー、どうなんんだろー。あっはっはっははは。
いえいえ、その。まぁおっしゃる通り。ちょっと、本当にちょーっと遅くなってしまいました。その……正午には到着予定だったのに、今は……もう、夕方になっちゃってるし」
そう言い訳をするが、苦しいのは分かっている。駐車場から見える外の景色はもうすっかり夜のそれであって。PM6:28分で夕方と評するのは……いや、”まだ”大丈夫な気がする。ここではちょっと、もう日が暮れてしまったけど。
太陽とかずっとでている場所もあるくらいだし、時間的には問題ない!はず。
「え、ええ。そうそう、夕方ですから。まだ、夕方!あはははは。んっんっ、わかってます。ちゃーんと仕事します。遅れた分は取り戻しますから……大丈夫です。ご心配なく!」
給料泥棒を連呼される前に、こちらの覚悟のほどを相手に伝える。
といっても、この辺はいつも向こうが「いや、もう仕事辞めて帰れ」というくらいに”偏執的”に思われているから、それを上手く利用して……あれ?まぁ、とにかく大丈夫で心配無いのだ。
なんとか怒鳴り声を回避(?)して携帯電話の電源を切ると、胸を張って背筋をのばしてからズンズンと大股に歩きだした。さぁ、お仕事だ。
今回の相手はヒーローなんだそうだけど。
ルシール・マストロヤンニが彼のオフィスで自分の名刺を差し出すと、受け取った方は顔をしかめてそれを受け取る。
「どうも、そういうことなら連絡をいただければむかえによこしましたのに……」
そこからはどうしようもなく”呆れた”という態度が見え見えだったのが気にいらないが、ルシールは笑顔を顔に張り付けたままそれに気がつかないふりをした。
「ああ、ええっと。それはそうだったんだけど。まぁ、こういうこともあるんだなって。あははは、ちょっと情けない話だけどね」
「はぁ」
「えっと、その、えっと……それじゃ、さっそくだけど。重要参考人と面談、いいかしら?」
できるだけサラッと言ってみたつもりであったが、彼。このオフィスの主であるサンダーランド警部は露骨に不快感をあらわしてきた。
「ルシール検事、ご自分が言っている意味。わかってますか?」
「え、おかしかった?」
「違う、おかしいんですよ。今、何時だと思っているんですか。午後の7時前ですよ」
「ええ、そうね。何か問題が?」
「うちはどこかの秘密警察や、軍警察じゃないんですよ。この件に関わっている捜査員はもう家に帰しました。就業時間は、とっくに終わっていますからね。まさか、あなた1人で勝手に尋問をするつもりだと言うんじゃないでしょうね?」
「え?ええっ?」
「とぼけてもだめですよ。やるなら明日、彼等が来てからにしてください」
「なら……話を聞くだけでも!」
「そこで”うっかり”でも言質をとったとか騒がれるのは御免ですよ、検事。とにかく、残っている部下に言ってホテルに送りますから」
「そ、それじゃ、その。資料!そう、資料は持っていってもいいかしら?ダメ?」
「はぁ……まぁ、あなたの話は聞いていますから。コピーは用意しておきました。それを持っていってください。そのかわり……」
「わかってる!わかってます、なくさないし。ちゃんと明日の朝には持ってきます。ありがとおつかれさま、本当に。あはははは、これで今日の遅れの分は”今夜”にでも取り戻せるわ。ホント、助かった。
それじゃ、警部。明日から”お願いしますね”」
ファイルの束を抱えて笑顔で誤魔化しながら出ていった検事の後ろ姿が視界から消えると、そこでサンダーランド警部は大きなため息をついた。
(助かったな。まさかのボーナスタイム発生だ)
噂に聞いていたかなりえげつない性格とは違い、少し可愛いところのある検事のようで、おかげで一日だけ時間をえることができた。
だが、それでも時間が足りるかどうか……。
ダ―クハートは宣言通り、すでにこの町を出ている。部下もさきほど町を出たと知らせてきた。エグザイルからは探偵は捜査を開始したとの報告は受けている。そして留置場では、あの馬鹿がまだ抜け殻になったままだ。
とりあえず出来る準備は全部して、あとは勝負がつくのをただ見守るしかない。
(まったく、なんて迷惑な奴なんだ)
溜息をもう一度つく。
これではまるでチキンレースだ。商品はあの嬉しくもない馬鹿で、こっちの車には顔も知らない探偵。向こうはさっきの検事がのっているのだ。
エンジンスタートの時間はすぐそこまで来ている。この勝負の結果はどうなるだろうか?
アークシティのその日の夜は妙に静かだった。まるで、騒ぎがもうすぐそこまで迫ってきていて。その時を待っているかのように、沈黙している。




