緊急事態(2)
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その日の朝も、不死の探偵ダ―クハートはパンケーキをつついていた。
彼にとってそれはとても至福の瞬間なのだ
しかし、反面。これほど至高のパンケーキを出すくせして趣味の悪い、気にいらない店であった。その名前は【カサンドラ】という。
ここの店主とは知り合って長いが、店による老人を始めとした主に”男共”のためになどと称して、この時間帯は特に若づくりに励んでいる。それがまたなんとも似合っていると褒めることが出来てしまうのが、気に食わない。
嫌みのつもりで「皺はどこですかね?」などと聞いても、平然とした顔で「探してみる?」といって顔をつきだす可愛げの全くない女だ。(偏見と中傷が多分に含まれている)
それでも、この店でパンケーキを作る従業員の腕は確かだ。そこを差っ引けば、このドヤ顔で客に愛想良くしているメスゴリラのことは忘れてやってもいい気がする。
だが、そのメスゴリラがいつものようにこちらに気を使うことなく。今日はズカズカと近づいてくると、いきなり話しかけてきたのだ。
「ねぇ、話を聞いているかな?」
「聞いてるぜ。お前の話をな。その格好やめろ、10代のガキが熱をあげてるって噂になってるぞ?その年で、子供を惑わせて楽しむなんて褒められた話しじゃあない」
「なに、それ?」
「そのまんまだよ。何年の何月号のプレイメイツを参考にしているのかは知らんが。刺激というより毒物のそれに近い。
なんだよその短パンのエグイ股下のキレこみ。ケツが見えかけてる。風営法に引っかかってるとか、両刀使いの刑事が喜び勇んで飛び込んでくるぞ?
もちろん、件の少年の事もある。その詐欺的な色香でもって狂わせるのは、お前だって本意でもないだろう?
俺だって、長年の友人でもある(メスゴリラだけど)お前がTVのにやけた顔をはりつかせたキャスターに実年齢をばらされ、少年との淫行で逮捕されましたなんてのは聞きたくはない」
「はぁっ!?」
「ほどほどにな。そう、ほどほど」
まぁ、このくらいは軽いジャブみたいなものだ。ついでに、空気よめとの抗議の意思も入ってある。常日頃、関わりたいとはまったく思わない面倒事に悩まされる探偵は、とても繊細なのだ。店主も客にはもっと気をつかってもいい。
たっぷりの特別な蜂蜜とフルーツソースをかけたフォークを突き刺すと、漆黒の髑髏の歯の間にそれを押し込む。
おお、この感触!
なのに、この無粋な女はそれを許そうとしない。
「忠告ありがとう。”誰にもばれないよう”にその少年とやらは私のベットルームでたっぷりと仕込んでやることにするわ。それより!聞いた?トラブルよ」
ああ、トラブル!発音を変えてそこはトラベル(旅行)とか、To Love(略)とかにならないのだろうか?
心の繊細なトラブルをこの上なく嫌う探偵なのに、朝食を楽しむ間の静寂すら許されないとは。
「ん?」
「とぼけてる?それとも知らないの?」
「興味ないの、が正解だ」
ピチピチのTシャツでへそ出ししている偽プレイメイツは、こちらの返答が気にいらないらしく。小さな声で「ファック」から始まる罵倒の早口言葉をこちらの顔を見ないでやりはじめている。
もちろん、こっちに”向かって”いってるわけではない”だろう”から、その声は探偵の耳にはまったく届かない。
「愛国者のことよ」
「おお、我が愛する国よ!これでいいかな?毎朝を気持ちよく国歌斉唱で迎える習慣は自分にはないんでね」
「カーネル、サウザンド、パトリオットよ!」
「大佐殿が千回、愛国者と叫ぼうとも。この国では自由さ」
「その千回の愛国者の大佐さんが、その手で人をブチ殺したの!!」
直前まで湯気の立つコーヒーを片手に、余裕でからかっていた不死者は、その言葉に今度こそ驚き。同時にあまりのことにおもわず店主に(メスゴリラ)むかって口に含んだ苦いそれを吹きかけてしまった。
びっくりとして烈火のごとく怒りだす前に、代金を叩きつけて店を飛び出していく。それはダ―クハートが、まさに久しぶりに耳にした悪いニュースそのものであった。
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サンダーランド警部の額に皺が寄る。この数時間、この皺が解きほぐされることは無かった。
事態の最悪を予想して十分に用意した上での決断であったが、物事は全く期待通りになった試しがない。
30分単位で新情報を送るようにしているが、入ってくるのは悪いものばかり。その上状況は最悪では身動きのとりようもなかった。
「警部!」
おっかなびっくり呼ぶ声に反応すると、視線の先に不景気な黒い髑髏をむきだしにした探偵が訪問したことを知った。手で、こっちの部屋に来いとだけ合図を送ると、警部は身をひるがえして自室へ向かう。
思わずため息をそっと洩らす。どうやら、これでもう1人で悩むことはしなくてもいいようだ。
「聞いたよ」
「そうか、あの女に話しておいて正解だったな」
「……あの女ってのはエグザイルの事で。正解だったってのは、俺がこうして会いにくることを言っているのか?」
「そうだ。お前の事務所に人を送っても、どうせお前はぐずったろうしな。こっちも忙しい。いちいちご機嫌伺いの訪問など省略させてもらわないと、今は時間が足りん」
「……」
顔は常に髑髏だが、変わりに態度と声は驚くほど素直に表す奴なので、すぐに不機嫌になったことはわかった。が、こっちはその不機嫌を朝方からやっていたので、ここはあえて気がつかに振りをして無視する。
「何処まで聞いた?」
「噂だけだ。全部、ここで聞こうと思ってな」
わかった、と頷くと警部はざっくりと昨夜の殺人事件のあらまし伝えた。
「ふん、ぶん殴って放置。言われて来てみたら死亡、か」
「そうだ。なにせ被害者もすぐにその場を離れていて、犯人が既に息絶えていたのかどうかもわからん始末だ」
「死亡推定時刻は?といっても、たいしてあてにはできないか」
「まだだ。だが、その通りだろうな。出たとしても、あの馬鹿が立ち去ってうちの者が見つけるまでの間になにかあるとすれば、たいして役には立たん。せいぜい、相手が女性を襲っている最中は”生きていた”くらいの証明にしかならない」
ダ―クハートはうなづいてそれに同意を示した。
「それで、本人を捕えたんだって?」
「違う。事情聴取だ。協力するように説得することにした。現場の空気にのまれてすぐにブルっちまうような青二才ではなく。集められるだけの経験者達に集まってもらって急増のチームを2班作って対処した」
「よく、アレが話を聞いたな。というか説得できたな」
「アインだ。よくやったよ、あいつは。もし決裂したとしても、ついて言った連中が怪我をしないように。もしもの時は適当に組みついて海にでも放り込めと言って置いた」
「そりゃ、いい考えだ」
「ああ、最悪こちらに協力しないなら。好きに町の中を1人で解決するつもりで彷徨ってもらってもかまわなかったからな」
「でもそうはならなかった?」
「そうだ。気持ちよく投降してくれてな。その時までは、これが大事にならずに済んだと安堵していたんだが……」
「なにがあった?」
探偵の質問に、警部はすぐに答えられず。心の乱れを抑え込もうとした結果、顔の表情が微妙にまた歪みだす。
「急増で集めた人間だったから、経歴の全てをチェックできなかった。
2人だったんだ。数年前に別の州から来ていた奴らだった。うっかりしていたと自分でも思うが、あの時は気がつかなかった。あの馬鹿のことについては、一応対処の仕方は全署員に徹底させていたし。
だが、あいつらはそれは知っていても”なぜそれが必要なのか”までは知らなかった。あの馬鹿の事を、そこらのチンピラか馬鹿を扱うのと同じように考えていた。で、噂話を信じてそれをそのままいきなり実行したんだ」
「……」
「あいつは……あの馬鹿は、パトカーの後部座席におとなしく放り込まれていたそうだ。だが……そこに2人があいつのバットを持ってきて。これ見よがしに本人の目の前で真っ二つに折ってしまった」
「オオウ……いきなりか?」
「ああ、止める暇もなかったそうだ。
一応、投降の意思ありと証明するためにとりあげていたんだが。それが誰かが持ち出したのに気がついた時には、実行する直前だったそうだ。アインも気が緩んでいたと、しょげかえっている」
「……はぁ、それでどうなった?」
「どうなったって?なにも、なにも起こらなかった。お前もわかるだろ?
最初は狂ったみたいに暴れたそうだが、道具をへし折られるとすっかり別人になっちまった。今じゃぬけがらになって、留置場にいる。あいつのためにと、色々と用意してたが必要もなくなってしまった」
「マズイな、それは……」
「だが、悪い話はこれで全てじゃない」
「?」
「先程、一報を知らせてきた。検事局長殿だよ、大喜びしていたな。
今回の事件は重大な一件だ、とかなんとか言ってな。偉い”優秀”な検事殿を特別に今日中にここへ送り込んでくださるそうだ」
「おい、おい、おい」
「ああ、そうだ。あの馬鹿をこの件でムショにブチ込むチャンスだと考えているんだ。間違いないぞ。まだ来ていないが、ここについたらすぐに面会させろと言ってくるだろう。そうなると……」
「参ったな。とびきり最悪のニュースばかりじゃないか、サンダーランド警部」
「感想はまだ早い。聞いたことがあるか?送り込まれる検事の名前はルシール・マストロヤンニ。女性だそうだ」
室内には、重苦しい空気が流れていた。
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ルシール・マストロヤンニはその頃、なぜか広大な砂漠の中に1人。車を止めて立ち往生していた。
「もうっ!これ、どうなっているのよっ!」
癇癪をおこして見せるが、怒りをぶつけられた車の方が言いたい事が多かったはずだ。
車に搭載されているカーナビの指示を一切彼女は無視して、自分で勝手に選んだルートで車を走らせた結果がこれだ。
笑っちゃうほど広大な空間に出てしまい、人に聞こうにも人影一つない荒野。さらにそこでカーナビが突然の不調をきたして動かなくなってしまったのだ。これでは、これからむかうアークシティにいつ到着できるかわかったものではない。
「そうだ!あったあった。前にも一度……そうそう、こんなことがあって!」
周りに男性がいれば、そのはしたなさに目をむいたことだろう。
頭だけをお辞儀をするように車に突っ込み、はしたなくも尻を外に向けてドドンと突きだしているのだから。
「これ、違う。これも?違った。これ、これ、これは別で、これも……違うな」
どうやら、車の助手席の足元に地図を放りこんで(ばらまいて?)いるようだった。あれだ、これだといっているうちにようやく見つけることが出来たらしい。
「あった、あった!よかったー。これよ、これよ、コレなのよ。アークシティ、ね。フフフ、待ってなさいよ―」
そういうと熱いボンネットの上に地図を開く。すると女性とは思えない、怒りのこもったギャーという悲鳴があがった。
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「あれがそうだ」
「ああ」
「どうだ?気分が悪くなったか?」
「ああ、最悪だ」
警部に並んで探偵は留置場に入ると、すぐにわかった。いつもの格好をしてはいたが、それはいつものそいつではなかった。常にエネルギーに満ち溢れ、いつでも爆発、噴火するマグマのような男はそこにはいなかった。
その抜けがらが、穏やかにそこに座っているだけだった。
「こいつはこれからどうなる?」
「検事は間違いなく、こいつを犯人だと追い詰めようとするだろうな」
「時間は稼げないか?」
「無理だろう、できても今日一日だ。とても時間が足りない」
「そんなにか?!」
「弁護士の中に、元検察官だった奴等がいる。この馬鹿はその1人と前に揉めたことがあってな、私的なつながりってやつだが。それでこいつのことを良く思ってないという話だ。すでに、このことは噂になっている。俺達とは違って、ざまあみろと思っていることだろうよ」
「時間が無い上に、こいつはこの調子か。これじゃ、どうしようもないな」
「それではすまんぞ。この状況の責任はお前にも半分ある」
「俺が?」
「忘れたとは言わさん。こいつを上手く使えと俺を、警察をそそのかしたのはお前だ。あの時の事を、この俺が後悔しなかったことは無いんだぞ」
かなり恨みがましい顔をして髑髏の横顔を睨みつけるが、探偵の方はと言えばまったく気楽な様子で軽い調子で返事などをする。
「そりゃあ、すまなかったな」
「そんな謝罪はいらん。同情なんてしたらその身体。すぐにでもこんがり焼きあげてやる。
ダ―クハート、こっちはいい材料が全くない。手詰まりなんだよ。お前にアイデアが無いと、ここから先は指をくわえて騒ぎが起きるのをただ黙ってみているしかなくなる」
「……」
留置場の奥から、時々怒鳴り声や、女の叫び声がする中、2人は微動だに動かなかった。
しばしの沈黙がすぎると、ダ―クハートは顔をあげる。
「手はある。だが、期待はするなよ?そんな程度の事しかできない」
「それでもマシだ。こっちはなにも無いんだからな」
「なら、部屋へ戻って電話を貸してくれ。何本かかける必要がある。それと、捜査員を選んでくれ。とびきり優秀な奴を。これにつきっきりで対応できる奴が必要だ」




