緊急事態
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異常事態はすぐさま本部へと連絡が入り、サンダーランド警部は素早く反応を示した。
”鼻たれ坊主”ではないベテランの”落ちつける”警官達を中心に選別し、相手が過剰に反応を示さないようにするためにアインをつけて彼との交渉を全てアインに任せるようにと厳命した。
それでもやはり不安はあったので、もう1つの班を念のために用意しておいたが、やはり遠くに配置することにした。この辺、彼自身の苦悩が見え隠れしているといえよう。
そしてヘリを飛ばすとただひたすら、カーネル”サウザンド”パトリオットの捜索を一番に置き、専用の捕縛チームは待機させていた。
それから3時間ほど、その間も彼の活躍による通報が何件か入ってきたが、警部はチームを動かそうとはしなかった。しかし、その我慢が功を奏した。
夜明けまであと1時間を切る頃、海辺の公園を歩く本人をようやくヘリが確認することができた。この瞬間、サンダーランド警部は待ちかまえていたアイン達のチームにようやくのことゴーサインを出す。
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「チース、カーネル、チィーッス」
それは夜空の闇に薄い乳白色が混ざる頃だった。
突然、パトリオットは気の抜けた警官の挨拶に足を止める。
振り向くと、オッサンの警官を2人ひきつれた犬のような姿をしている獣人のアインを確認してこちらも挨拶を返す。
「なんだ。夜のパトロールだというのに暇そうだな。今夜も俺は大忙しだったというのによ」
「うへっ、会うなるいきなり嫌味ッスか」
「おうとも、公務員たる者。しっかりと仕事しなくちゃ市民に申し訳もたたねぇと思うだろうからな」
「もちろんッスよ。市民に愛される警察を目指して、こっちは日々精進してるッスよ」
「そうかい、ところで……こんな時間にめずらしいな?」
「え?そうッスね。いきなりの”呼び出し”で、こきつかわれてるッスよ」
「あの偉そうな雷人か、ふんっ」
「自分、正直太陽が出てないとやる気が出ないんスけど、上司の命令じゃねぇってことで」
「大変だなぁ、それで……俺に用か?」
「え、どうしてです?」
「そりゃお前、この俺を取り囲むようにして8人か?なんで隠れてるのか知らんがな」
(チッ、やっぱりわかったッスか。凄い勘だ)
アインは内心では舌打ちするも、表情は変えずに軽く手をあげる。すると、確かに周囲の物陰に隠れていたと思しき警官達が姿をあらわすとゆっくりとその包囲を縮めようとしてきた。
「どういうことだ?説明は無しかい?」
そうは口にするも、カーネル・パトリオットの目に恐怖は微塵もない。それどころか、戦意はますます高まりを見せ、唇は舌なめずりまでしそうな勢いを見せている。
しかし、それに挑発されるそぶりを見せずに茫洋としたままアインは軽く返事をする。
「ああ、そんなことはないッスよ。説明はします。市民に愛される警官ッスから」
「それなら聞くぜ、どういうつもりだ?」
「それはこっちの台詞っすよ、パトリオット。”なにをするつもり”なんです?」
「お前等に抵抗してやるのさ。どうせ、あの雷人がこの俺を邪魔しようとして逮捕してこいと言ったんだろう?」
「ああ、それ正解ッス」
「ほらな?お断りだ、俺の正義を前に立ち塞がるのは悪だ」
「ああ、それは間違いッスね」
「はぁ?!」
「だから、半分正解で、半分間違いだって言ったんデス。聞いてくださいよ、説明。それでも納得できないなら、相手になりますから」
「聞くぜ?言ってみな」
「今夜の最初の暴行犯、覚えてます?」
「ああ、かるーく相手してやったぜ」
「実はそいつ、死にました。正確には、警察が逮捕しようとしたら息をしていなかったんス」
「…………」
「保護した女性は、あんたに助けられたというし。あんたはその後も大活躍して捕まらないし、困ってるんスよ」
「俺じゃないぞ。俺は、ヤッていない。ちゃんと捜査をしろ」
「だからその捜査をやらせてほしいんスよ。目撃者はあんたの名前を出してるッス。サンダーランド警部はあんたの話を聞きたいと言ってマス」
「……なら、時間をくれ。俺が捜査して、犯人を見つけてきてやる」
「だから、話を聞けと言ってるでショ?捜査もなにも、あんたが一番の容疑者になってるッス。どうしてもっていうなら、止めませんけど。その場合はバンバン報道であなたに注意とか出しますよ?」
「俺の邪魔をするって言うのか?」
「逆でショ。愛国者を自称するなら、そろそろ巷の風評にも気を使う時期だろってこと。ぶっちゃけますけど、あんたの風評は最悪ですよ?ここで警察を振り払って、カッコよく犯人を見つけたとしましょう。どうなります?」
「俺の無実がわかり、正義がなされた」
「そのかわり、捕まえた相手は容疑者に暴行されてスケープゴートにされると裁判で主張しますよ?そういうこと、これまでも何度かあったッショ?」
「……」
「それに、今回はまだ捜査の最初の段階ッス。こっちも任意なんで逮捕じゃないですよ。それに、まだ慌てる時間じゃないでしょう?少しはこっちにも協力して貰えないッスかね?」
「……信用できんな」
「して貰うッスよ。今回は任意ですけど、次は逮捕します。その時は、うちも全力ですよ。サンダーランド警部はもちろん、ブラックサンやアレックス・アークナイト、マスク・ト・ドミニオンにも協力を要請しますよ?」
「相手にとって不足はねぇぜ」
「別に、全員であなたを取り押さえるとは言ってませんよ?彼等にこの事件の捜査を協力して貰うんです。あの人達がいきなりあなたを逮捕しに動くと思っているんですか?面倒くさいとか言って、きっと誰一人としてやりませんよ。
あんたは自分で解決するつもりでしょうけど、過去の経験から考えると。これだけ面子をそろえたら、確実に誰かが先に事件を解決しちゃいますよ?」
「……いや、そんな、まさか」
「いやいや、当たり前じゃないッスか。あんたが自分で捜査するといって、彼らより先に解決したことあったッスか?」
正直、無かった。なぜか彼の捜査はいつも斜め上の方向へと飛んでいき、ようやくゴールが見え始めた頃には誰かが先に常に事態を終わらせていた。
「きっとカッコ悪いッスよ?警察に協力しないと言って逃げ回って、でも解決はあとから来たのが勝手にやってしまう。そうなったら、あんたはただ騒ぎを起こしただけですよ。だれも見向きもしやしません。それでいいんデスか?」
「…………」
「こっちも暇じゃないんスよ。あんたが事件の容疑者とか、本当に面倒なんで。さっさと片をつけたいんスよ。もうすぐ日の出でショ?それまでにあんたがどうするのか決めてもらって、後はこっちで何とかしますよ。それで、協力してくれます?勝手に捜査、やります?」
アインはことさら面倒くさそうに聞いて見せている。それに真実味があるように、徐々に包囲を狭めているとはいえベテラン勢達のゆっくりした動きは、彼等にこの後暴れる意思がまったく見えないものにしていた。実際に、サンダーランド警部は警官達に相手が投降しなければ決して手を出すなと厳命を出していた。
そして、今夜はアークシティ警察に運が向いていたようだ。
珍しいことに、本当に奇跡的な話。この日のカーネル”サウザンド”パトリオットは、アインの言葉に説得され、自ら素直に投降の意思を見せたのである。
それはまさに、警察の大勝利と言えただろう。そう、この時はまだ。
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「あー、こちらアイン。現場ッス。
カーネル・パトリオットが投降しました。繰り返す、”奇跡的に”投降してくれました。どうぞ。これより、彼を連れて署に戻ります」
アインは無線で連絡を入れながら、近づいてきた警官の囁きに小さく同意を示す。
パトリオットはというと、パトカーの1つの後部座席にすでに収まっていたが、その扉はまだ開かれたままであった。それは、まるで出ていきたきゃ勝手にするといいですよ、と言わんばかりの態度でそれが今は効果的であった。
そこに先程のアインに何事かを聞いていた警官が近づいてきた。
「すいません、カーネル・パトリオット。そのバットなんですが……こっちで預からせてください」
「ああっ?!」
「いや、不満なのはわかります。しかし、やはりいくらなんでも武器や凶器の類いを手にしたままでは、こっちも困るので」
「……」
「きちんと、心をこめて。きちんと管理しますから」
「俺の”相棒”だ。”アデレード”を、いう通りきちんと、大事に扱ってくれ。湿気が嫌いで、3時間ごとにスプレーを……」
「わかってます。失礼します」
不満顔で、どうにも未練たらたらのパトリオットからバットを受け取ると。警官も調子を合わせてうやうやしくバットを抱えてさっさとその場から離れていってしまう。
事態は驚くほどスムーズに進んでいた。
恐怖とは時に厄介なものである。
それは必要が無い時であっても、警戒心を解かないままさらに強くこちらが出た方がいいと勝手に思わせてしまう。
サンダーランド警部が腐心して選び抜かれたアークシティのベテランといえども、そうなる時がある。
それは最初、何気ない会話から始まった。
「なぁ、大丈夫なのか?」
「んだよ?見たろ、終わったさ」
「し、しかし」
「これ以上どうしろって言うんだよ。まさか、この状態でもビビって耐えられない。撃ち殺そうとか言い出してくれるなよ」
「そこまでは……」
「…………………クソッ」
彼等にしても、これが果たして正しい事なのかどうかということに自信があるわけではなかった。
独善的な善悪の価値観で暴れ、それは時に無謀と凶暴でもってなお法律によって引かれる線の上を平然と踏みしだいて歩く存在に対し。自分達が今は無理に強く出る必要が無い、とわかっていても、それ必要なのではないだろうかと考えてしまう。
それが恐怖。
いつそれが自分のそばではじけ飛び、猛然と牙をむいて襲ってくるのではないかと思うと心が休まらないのだ。
そして、この時の彼等がまさにそれだった。
「なぁ、これでさ。大丈夫なのか?」
「何だよ!?さっきからうるさいな、どうしろっていうんだよ」
「いや、だからさ……」
「……」
「俺さ。聞いたことがあるんだよ。あの変人を大人しくする方法があるって」
「……えっ?」
「ああ、本当さ。なんでそれをしないのか、警部やアインは何を考えて……」
「おい、いいから。それで、どうするんだよ?」
「……あいつのバットだ」
「ああ、あの普通に売っているっていう奴だろ」
「そうだ、これは噂なんだが、あいつが超人として振舞うのはバットと一緒のときだけなんだって話だ」
「は!?」
「だから、あのカーネルさんはあのバットを持っている時だけ、超人なんだよ」
「何だ、それ?……持ってないときは普通の人間ってか?そんな馬鹿な!」
「いやいや、それは俺も見たことがあるぜ」
そこに余計な第三者が入ってくる。
彼はそこで、かつてカーネル・パトリオットを止めようと。サンダーランドが、ブラックサンが、ダ―クハートが、アレックス・アークナイトが、不遜な変人の前に立つと彼の手から”相棒”をとりあげ、へし折った。
すると、それまでやかましい盛りのついた猫のようだった男が、うつむいて一気に静かになってしまったのだという。
「……ならよ、なぜアインはそれをしないんだ?」
「さぁな、なにかあるんだろうよ。超人の扱いには超人にまかせたほうがいいしな」
「でも……」
事情を話してくれた奴はそこで名前を呼ばれ、2人から離れていく。
「なぁ、どういうことなんだ?」
「……はぁ、俺に聞くなよ!さっきの奴も言ったろ?任せておきゃいいし、事態は決して悪くない。気にしすぎだ!」
「でもよ?」
「うるさいな!あれでも一応はヒーローってことになってる。確かに、正気を疑う奴だし。危険とは思うが、俺達にとって不都合は少ない奴さ。進んで敵対したいわけでもないしな」
「……ここに来る前に聞いたんだよ。事件の関係者に訴えられると、ストーカー行為を働く事で自分への訴えを全部取り下げる危険人物だって」
「……」
「こっちに来てすぐにわかったよ。あいつだろ?なんであんな危険なのを警部達は放っておくんだよ。俺達は市民を守る警察じゃないのか?」
「チッ」
「あいつのバットでぶったたかれた奴を見たことがあるか?スマートボールの釘みたく、全身を硬直させてよ。面白いように平然とあいつはクズ共の頭を跳ね上げていくんだ」
「ああ、そうだなそれで!?それがなんだ!!?」
「だから、バットだよ。あいつの持っていたバット…………あれをさ。破壊すればいいんじゃね?あいつを止めるのがそれなら、それが一番じゃねーか」
「…………そうかもしれん」
「俺……つきあっている女がいるんだよ。いい女だ、でも俺の仕事を不安に思っている。ヒーローがいるから大丈夫さ、って答えているが。慰めにもならない」
「そうか……良くある話さ」
「兄貴も警官なんだ。フロリダに住んでる、いいところさ。でも、あの超人のヴィラン達の活発のあのエリアにいるせいで、離婚したんだ。勤続十年で一度も撃たれたこともないのに、だ。最悪だよな?」
「……ああ」
「近いうちに、彼女にも結婚を申し込もうと思ってる。でも、自信が無いんだ。頭から離れない。警官をやっていると、ある日こんがりと焼かれて真っ黒な墨になるかもしれない。彼女はそれを悲しむのだろうかって」
「……やめろ」
「銃はもうどこまで役に立つかわからない。使える奴もいるけど、まったく意味の無い奴もいる。”光の騎士”を見るといつも思うんだ。あんなのが自分の敵になったらどうするって」
「……おいっ、やめろ!」
「お前は違うのか?お前は結婚していたよな?家族には、女房にはなんて?……」
「もういい!」
必死に抑え込んでいたが、男の声から我慢は限界を越えていたことがわかる。相手はただ、泣き言を言う事で不安を紛らわそうとしただけなのかもしれない。しかし、それは簡単に相手に伝播し、その心をさらに冷たい恐怖の波によって理性を押し流していってしまった。
「ようするに、ビビってちゃ仕事にならねぇ。俺達はやるべきことをするべきだ、そうだよな?」
「え?あ、ああ」
「ならやろうぜ。なんてことはねぇよ。バットを一本、捕えた男の前でへし折るだけだ」
「あ、うん」
「いくぞ!!」
現場には応援が到着し、20人近くがいた。
もしもの時を考えて用意されていた連中は、なにごともなく終わり。そのほとんどは、ほっと胸をなでおろしていた所だったのだ。そこに2人だけ背中に不安という名の恐怖の陽炎を見せる仲間が、妙に緊張した様子で歩き回っても対して彼等の注意を引くことは無かった。
そして、皮肉にもそれは超人でもあるアインにも言えた。
2人はまず、パトカーの後部座席に乗り込んだパトリオットの扉が、今はきっちりと閉められていることを確認した。
アインは本部からの指示を待っている。受け入れる態勢が整うまで、まだ少しかかりそうな感じだった。
2人は次に、別のパトカーの助手席に仰々しく置かれていた彼の”相棒”を誰もが自分達の動きに気がつかないように細心の注意を払ってから取り出した。
アインは警部に注進する。
「独房でいいんじゃないッスか?留置場だと、面倒になりそうで」それに、どうせ本人はどっちでも気にしないだろうな、とも内心で思った。
2人は、片方が胸にそれをしっかりと抱きこんで隠すように持ち。もう片方が体を移動させて見られないように、隠すようにしてきた道を戻っていく。
アインは通信の向こうから「馬鹿、そうはいくか!」との罵声を貰うが、肝心の警部からして自分と同じようなことを考えていることは、声の調子からすぐにだってわかった。
パトリオットはフンと鼻を鳴らす。窓の外では警官達がいったりきたりして暇そうに見える。自分の正義が一時中断されるこの事態は、とても遺憾なことではあるが。
自分が殺人犯と疑われ、さらにそれを別のふざけた連中に”勝手に解決される”のだけは御免こうむりたかった。今は、こうすることが仕方ないだろう。
そして、ついに事は起きてしまう。
「おい、お前等!何をやっている!!?」
パトカーの無線を手に、屋根にもたれかけて自分が上手く事を運べたという満足感に浸っていたアインの耳にもそれは聞こえた。
そして振り返ると、目に飛び込んできた光景に一気に自分の熱い獣の血が凍りつくのを感じる。
1人の仲間が「やめろ!!」と声をあげ、それに反応して数人が動きを見せる。その視線の先には、更に衝撃の光景があった。
パトカーの後部座席で先ほどまでふんぞり返っていた変人が、今は気も狂わんばかりの形相をして何事かを叫んで扉にしがみついている。
そのパトカーを前にして、これ見よがしに立つ2人の自分達と同じ仲間は手に持っていたバットを掲げていたが。それを何を考えたのだろうか。
いきなり問答無用で、その証拠物件にもなる、パトリオットが”相棒”と呼ぶそのバットを、本人の目の前で真っ二つにへし折ってみせたのだ!!
騒然とした現場は、またすぐに静けさを取り戻す。
だが、それは決して直前まであった穏やかなものとは決して違う。やってしまった、という後味の悪い。綺麗におさまっていたはずの事に、余計なひと手間を加えてしまったというバツの悪さの残るものであった。
そして、情けない話だがアインはこの事態を前にまったくなにもできなかった。
いつもなら人の何倍も早く動くことのできる獣人の特性も、この突然にしておこってしまった意外なイベントにはまったく役にたつことはなかったのだ。
だが、彼はこの現場の責任者である。
彼は自分に課された義務を果たすべく、カラカラになった喉に唾をごくりと飲み込むと。僅かな動きだけで自分の凍りついた体の節々がギギギと悲鳴をあげるのを聞きながら、声を絞り出した。
「警部、スイマセン。問題が発生しました」




