クエリー・マキシン を引退する時
よかったら読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。第3部は今回がラストになります
ピョートル精神病院を前にして2人の男が立っていた。
1人はいつものようにステッキを手に紳士繕としたポーカーフェイス。
そしてもう1人は、赤茶けたパーカーの付属のフードで頭をすっぽりと隠し。全体的な印象としては、どこかの裏通りに住むホームレスにしか見えない、20代の若者がその隣に立っていた。
「嫌な場所だ」
若者が憎々しげにそう口にしたのを耳にしてポーカーフェイスは、さも意外そうな顔で驚いてみせた。
「おやおや、モーガン。ここに用があるから”訪問”したいと言いませんでしたか?」
「……まるで自分は平気だ、って感じだな?ポーカーフェイス、そんなに余裕を感じる理由、聞かせろよ?」
「いやいや、そんなに大したことではないのですよ。私にとってはむしろ、ここはもっとも身近に感じ。離れていてもどこか心惹かれ、いつか戻ってくるそんな場所。それだけのことです」
「詩人かよ、まるで歌うようにって感じだ。ちなみに俺は皮肉を言ったんだがね」
「わかってますよ。さ、中に入りましょう」
ポーカーフェイスにうながされ、モーガンと呼ばれた男は膨れっ面をみせながら病院の中へと姿を消した。
あの 研究所襲撃事件から3カ月近い時間が過ぎようとしていた。
騒ぎをおこした連中の中に、やんごとなき輩(宇宙人)が混ざっていたため、裁判は手早くあっさりと判決が下された。
結果は、1人(?)をのぞいて全員がここピョートル精神病院へ”入院”が決定。即日、ダストシュートに放り込まれるゴミのように滞りなく流し込まれてしまった。
それ以来、クエリー・マキシンの話を聞いたものはいない。
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2人が通された病院の面会室は、どこかの大学のキャンパスにあるような光の差し込むテラスで(もっとも、その向こう側には鉄格子と厳重な警備網がしかれているわけだが)、この時は2人以外に人の姿はなかった。
というよりも、ここに”強制入院”している患者に面会人が来る方が不思議な話しなのだ。
ここに入るのは一般をのぞけば、重度の精神障害者であり犯罪者である。例え肉親であったとしても、もう2度と顔を見たくないと思うような連中しかいないのだから。
いくつも並べられた机と椅子のひとつにポーカフェイスは座るが、モーガンは他から椅子を持ってくるもやはり落ち着けないらしく、しょっちゅう座り方を変えたり立ち上がってみせたりしている。
今回はステッキを持つ怪人は黙っていたが、相手は黙っていられなかったのかそれともやはり気になったか。モーガンはいきなり椅子を寄せて傍にくると絡んできた。
「あんた、最近妙に熱をいれあげてるガキがいるんだってな?」
「……落ち着きないですね。”古巣”の匂いに心ここにあらず、というわけですか?」
「それはもう聞いた。俺の質問に答えなよ。あんた、トンデモナイ抜け作に異様に肩入れしているって聞いてるぜ?まるで恋人のように接して気持ち悪がられているってよ」
「…恋人、ね。まァ、表現としては間違ってないかもしれませんね」
「惚れたってか?そういう性癖だったとか?」
「どういう性癖だとおもっているのやら。しかし、惚れたはれたでいったらそう間違っていないかもしれませんよ」
ここまで話すと、モーガンはああ!?と声を張り上げて憤りを示しながら立ち上がり、ポーカーフェイスの顔を見ないで罵声を浴びせた。しばらくして、苛立ちが収まったのか戻ってくると
「誤魔化すなよ。あんたにどういうつもりなのかってこの俺は聞いているのさ。そいつのケツの形が好みだったのか?それともそれ以外いの……なんか理由があるのか?」
「ケツの形には興味ないですね。体もどうでもいい。これで答えになっていますよね」
「ああ!よかったぜ、おかげで次の質問に移れる。それで、あんたはなんで俺と一緒にここに来て、”その服の下に隠している危険なブツ”をここでこれからどうするのか。教えてくれるよな?」
モーガンのよくわからない言葉に、ポーカーフェイスは眼を細めてはいたが邪悪な笑顔を浮かべると
「おやおや、モーガン。あなたはやはり悪い子だ。人の隠すものを見抜いてしまうなんて、ね。私が恋焦がれると噂の彼がここに来るのもまだ時間がかかりそうだ。いいでしょう、少しお話ししましょうか」
どうやら、彼がここに来たのには理由があるらしい。
「ふむ……あのクエリー・マキシンという男はとにかく酷かった。そして、なによりもセンスがない」
「ああ、銀行強盗だったか?俺はその時は”この体”ではなかったが、TVでそいつの愉快な姿を楽しませてもらったぜ」
その時のことを思い出してたのか、モーガンは自分の体を見下ろしながらそう口にした。”この体ではない”とはどういう意味なのだろうか?
「そうでしょう、そうでしょう。
あれはさすがに私も呆れてしまいましてね。一度は愛想をつかそうと……ですけどね、私の勘はそれでも言っていたのです。ああいう”どうしようもない”奴にこそ相応しい立ち位置というものが”我々の側にはある”のではないか、とね。どうです?わかります?」
「いや、全然。何言っているのかわかんネ」
「でしょうね……ひとつひとつ、説明していきましょうか」
ポーカーフェイスはそう言うと、語りはじめた。
「最初に彼がその真価を見せたのは、テロリスト共の中に放り込んだ時です」
「……?」
「ああ、知っているわけがありませんね。ホラ、あれです。アークタワーにコールマン一派が突入したっていう……」
「っ!?あれか。そいつはあの場所に居たって言うのか?これは愉快な話だ。奴等はバリバリの超人至上主義者達だぞ。よく”ただの人間”が混ざることができたな」
さっそく明かされた嬉しい驚きを堪能しながらモーガンが感想を口にすると、ポーカーフェイスは解説を続ける。
「コールマンは仕事の対価を払うということがわからない上に、立ち場が近いと思うと全員が同士だと考える愚か者ですから。これまでも散々迷惑をかけられまして、その嫌がらせみたいなものでしたけどね。でも、おかげでいいモノが見れた」
「なんだい?」
「私の恋人はね、あのアークタワーの主に、アークシティの今の王とテロリストに向かって自らの信条を口にしてみせたのです。プライドが高く、愚か者でもある。しかし、その魂の黒い輝きは本物なのだとうっとりしましたよ」
「へぇ。馬鹿がイキがっただけのようにしか思えないがね」
「厳しいですね、モーガン」
「ま、間抜けに価値を見出すなんてことは俺はしないからな。それで、続けてくれよ」
「あの時のコールマンは、やっぱり見苦しいほど最低でしてね。アークナイトに潰される前に、私の恋人を粉々にしてくれようとしました」
「あんたはそれを許さなかった?」
「もちろんですとも!せっかく”育ってきた悪の芽”ですからね。私は彼をデモンズ・ゲートを操る連中に引き渡しました」
「それって……本物の悪魔じゃねーか」
「ええ」
デモンズ・ゲートとはこの世のものならぬ存在達が、”こちら側”と”かの世界”を行き来したりする時に使うまさしく【門】である。彼等はその門に、時には手を突っ込んで奇術師のように驚くモノを引っ張り出してきたり。時にその中に自分を入れて別の場所へと移動したり、その門を覗き見て別の場所を眺めたり(第1部のラスト参照)といったことが出来る。
「それで!悪魔共はその間抜けに何をさせようとしたんだ?あいつらマジで腹黒いからな、命を助けた代償があったはずだ」
最初は面白くもなさそうに聞いていたはずのモーガンだったが、なぜかこの辺りから勢いがついたように話の続きを聞きたがり始める。
「ええ、ありました。ところがね、これがどうもよくわからないのですが彼等はなぜか、いつもみせる途方もない要求をしなかったようなのですね。なぜか寂れた工場近くで騒ぎをおこせと指示したそうです」
「なんじゃ、そりゃ?」
「不思議ですね。で、彼はそれを律義に守ろうとするんですよ。で、これも失敗してしまうんですが」
「ははっ、また駄目だったっか」
「駄目でしたね。またも”運がない”のか始まる前から失敗しましてね。手ひどくボコボコにされて排水路に放り込まれてしまいました。そこから這いあがる時に工業廃水をたらふく飲んで涙目でゲーゲー吐いてましたよ」
「…本物だな、ソイツ!」
「ええ、そうですとも。ただね、悪魔はなぜかそれを確認すると満足して消えてしまいました。これは驚きましたねぇ」
「へっ、アンタのことだ。どうせ、なにか企んでいたんだろ?」
「当然ですよ。それでも、それにしたってあっさりとしすぎる。私は久しぶりに、彼に手を貸すことにしたんですよ」
「次はどうした?」
「短い間でしたが、クエリー・マキシンには色々とありましたからね。怪我と疲れからの熱でしばらく動けませんでした。しかし、その間に彼が希望したのは航空機に爆弾を仕掛けるというものでした。もちろんこの私、自らが手を貸してあげましたよ。彼は本当にあの時はつらそうで動けませんでしたからね」
「ああ、それがアレか。この町の宣伝マンのやつ」
「あれは私も驚きました。まさか、あの政治家が認可する鉄屑の塊のキャンペーンに大々的に利用されてしまうとはね。クエリー・マキシンは相手の勝利会見をTVで見て泣いてましたっけ。私は笑ってましたがね」
「そうだな、聞いていても最高に笑えるぜ。それで、例の宇宙人のよくわからん計画に送りだしたわけか」
「はい、いい感じで肉体はボロボロになってましたしね。いたずらに優しく休ませてしまうと、燃え尽きてコロッと逝ってしまいますから」
「それで今日、ここに来たのか。そいつがどんな顔をしているか知りたくて、俺をダシにわざわざついてきたってわけか」
「ええ。本当に楽しみですよ、あなたにはバレてしまいましたが。この持ってきた”モノ”を彼に使わせるか否か、今日はその判断をしたいと思ったからここへ来たんです。これで全部ですよ」
「なんだか話を聞いていてたら、その間抜け野郎に俺も興味が出て来たぜ。そいつがどんな顔をしてココにあらわれるか…こいつぁ!ちょっとドキドキしてくるなっ」
2人はそう言って顔を見合わせる。表情にあらわれた物騒な笑みの交換は、その直後に鳴り響いたブザー音でやめることになる。ついに、まちにまったクエリー・マキシンが面会室へとやってきたのだ。
後ろにはムキムキの体格をした看護人ついていたが、入室したのはまぎれもないあのクエリー・マキシンである。
だが、その顔は憔悴しきっており、身体は最後に目にした時よりもさらに、1回り以上縮んでしまったように見える。そんな柳のように細くなった体に負けず、目の周りの落ち込みも酷く、それとは反対に不気味にギラギラと光輝く双眸が、彼のまわりに異様な雰囲気を作り出していた。
「これはこれは……」
「へぇ……」
2人の怪人はそれぞれ別の種類の感想を抱いたようだが、それを結局口にすることはなかった。
「お久しぶりですね。元気にしていましたか?」
3人が席に着き、看護人が離れたのを確認すると待ちかねたとばかりにポーカーフェイスが言葉をかける。
「………」
だが、うつむき加減のクエリーはなにも答えない。いや、そもそもポーカーフェイスの顔すら見ようとしない。だが、相手はそんなことをいちいち気にはしなかった。
「お顔を見て安心しましたよ。”とても素晴らしい仕上がりです”」
「………」
「あなたを送りだした後、なにがあったのか聞きましたよ。おめでとう、サンダーランド警部に”勝った”そうですね?」
ポーカーフェイスのその言葉に、クエリーの頬がピクリと動き、モーガンの笑みはさらに口よ裂けよとばかり顔面に広がっていく。
「本当に良かった。わたしも”お世話した”甲斐があったというものです。実は今日来たのはあなたの言葉が聞きたくなったのです。聞かせてくれませんか?」
そう言うとポーカーフェイスとは手に握っていた杖で地面と2度トントンとついてから恐ろしく冷たい顔の上に笑みをはりつけて言った。”今、どんな気持ちですか?”と。
最初はピクピクと頬をひきつらせて両膝の上に握った拳が僅かに震えていた。次に顔の半分が醜く引きつるように歪むと、そこに溢れる憎悪を吐き出しつくせない苦悶の表情が浮かび上がる。
そして最後に、ゴフゴフと喉を鳴らしてそこから出てこない言葉を無理やり出そうとして、いつしか椅子を蹴飛ばして勢いよく立ち上がると、机にすっかり細くなった拳を思い切り叩きつけ
「僕はっ…ぼっ……ぼぼっ」
と意味の繋がらない感情だけが言葉より先に口からあふれように口篭っていた。
遠目に観察していて、突然患者が興奮したように立ち上がったのを見ると看護士が何事かと立ちあがりかける。
「ああっ、心配いりませんよ。すいません、お騒がせして」
患者の向こう側から紳士が顔をのぞかせこちらに声をかけると、”3人が一斉に看護士の方を振り向いて笑顔を見せた”。
(なんなんだよ?)
看護師はそれだけ思うと、なぜか何の疑問も抱かないまま元の場所へと戻っていく。だが、内心ではちょっと思っていたのだ。あの患者、面会人に来たことがそんなに嬉しかったのだろうか?ここに来てから毎日、あのふさぎこんで何を考えているのかわからない不気味な奴が、まるで”人が変わったように、客人達と一緒に満面の笑み”を浮かべて、今こちらを見ていた。
そんなあり得ない映像をポーカーフェイスの力で見せられたことに気がつかないまま、看護師はそれをあっさりと受け入れてしまった。
「よぉよぉ、兄弟。落ち着きなって、座れよ」
モーガンはニタニタ笑いを浮かべつつ、優しいことに弾き飛ばされたクエリーの椅子をもとにもどしてやると、やせ細ったクエリーの肩に手をやり力づくで座らせる。感情こそ激しく見せたものの、弱った身体では抵抗も出来ず、クエリーは再び席に着くしかなかった。だが、その顔の表情は歪んだままで、目は何を見ているのかわからないほどの病的な輝きに満ちている。
「ポーカーフェイス、いいな。いいな!こいつ。いい感じでブッ壊れてる」
「当然ですよ。短期間の間に超人達の手によって肉体も精神もボロボロにされ、悪魔につけ込まれて魂を汚し、ただの”人間”が用意がしてあったとはいえ、危険な災害のど真ん中に長時間いたのですよ?これで正気のままピンピンしていたら、それこそ驚きです」
「そうだな、まさに超人ってことになる」
そういいながら、モーガンはクエリーの薄くなった胸板につよめにトントンと拳で叩くが、クエリーはヶホと一度だけ軽く咳をしただけで、反応はどこか鈍い。
「でも、これにあんたのその”おもちゃ”を使わせるのか?”もたない”んじゃないか?」
「なにをいうのですか、モーガン。それだからいいのではないですか。”年若い”あなたにはわからないでしょうがね」
「へへへ。ポーカーフェイス、あんたも人が悪い。この”偽物の外見”を気にいっている俺に、その言葉は酷すぎやしないかね?」
モーガンという男はそう言って低く笑い、ポーカーフェイスも笑顔でそれに同意を見せたが、話を先に進める。
「人類は進化の果てに超人を生み出しはじめた。世界は一段と小さくなり、この星に住む数十億の民の誰もがひょいと手を伸ばすと、後ろから自分の肩を叩く存在に気がつく。そして、それがのばした自分の手だとわかるようになった。
それほどの進んだはずだというのに、人は変わりませんでした。むしろより馬鹿に、愚かになった。
増え続ける人口、終わりの無い憎しみに突き動かされて始める戦争。貧困からはじまるモラルの低下。
悲鳴が上がり、絶望が降り積もって死体が増えていっても。人は馬鹿だからそれを見て見ぬふりをし続ける。ご存知ですか?犬や猫は自分の住む場所では糞をしない綺麗好きなのです。汚れがあっては耐えられない。
ところが我々ときたら、小さくなった世界にはびこる汚職に強盗、強姦に殺人。それらが次々と起こっても、自分の近くの話じゃないと思いこむことでさらに鈍感になろうと努力している」
「いきなり壮大な話だな。でも、悪くはないと思うぜ」
「しかし、全員がそうではない。例えば、私はあなたがそうです。世の不実を目の前にした時、我々はそれを認め、よりエゴイスティックに振舞うことが正しいと本能的に理解している」
「そうかもな」
「そんな我々と同じ感覚を、今の彼。クエリー・マキシンであれば”正しく”理解できるのです。ようやく彼は、我々の差し伸べる手の意味を理解することが出来るところまできた」
「自分の寿命を削りに削ってだがな」
「苦行があってこその真理でしょう?」
「俺達は黙っていてもわかる単純なことだけどな」
ポーカフェイスは無言でうなづき同意を示すと、遠くで相変わらずこちらをちらちらと横目で確認していた看護士を手招きして呼んだ。面会終了を知らせるためである。
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病院の廊下はやけにきっちりと清掃がされている。清潔さを印象付ける白い壁は、廊下が延々と先へと続く終わりがないのではないかと思わせた。
そんな優しい冷たさに満たされた世界をゆく”4人”の男達。両手足に手錠をかけ、鎖につながれのそのそと歩くクエリー・マキシン。その後ろには看護士と、そこにいていいはずのない2人が付き添っていた。
彼等のゴールはすぐにやってきた。
看護士は列の前に出ると、窓が一つだけあるなにもないコンクリートに囲まれただけの部屋の鍵を開けると、扉を開けてうながす。
「よし、中に入れ」
そう、中に入るのだと自分の後ろからついてきた”3人”にむかって彼は言ったのだ。
「もう、よろしいでしょう」
ポーカーフェイスがそう言うと同時に看護士の表情が止まる。
「それではモーガン…いや、ブロブ・キング。お仕事の時間ですよ」
「ははっ」
モーガン、いやブロブ・キングと呼ばれたそいつは看護士に近づくと右手を軽く彼の肩に乗せた。
ビシャッと変な音がする。
なんと彼の手の先が緑の液状と化して看護士の顔や喉に飛び散っていたのだ。さらにそこからジュウジュウと嫌なにおいと共に音がする。
だが、モーガンことブロブ・キングは顔色一つ変えずに後ろを振り向くとクエリーに話しかけた。まるで、買い物の清算中にするような気軽さで。
「んー……なんだっけ、お前の名前?ミスター・なんとか」
「クエリー・マキシンでいい。僕は答え(アンサー)を知らないままだった。そんな愚かモノが名乗っていい名前ではなかった」
「そうか、それがいいと思うぜ。クエリー・マキシン。俺はブロブ・キング。見ての通り、お前ら弱い人間をこうして食って擬態する存在さ。実は、今日俺がここに来たのはここにいる顔なじみ達と話がしたくてね。お前に会ったのは、そのついでのついでだ。
で、お前にも話があるのよ。
あんた、そろそろ”普通の人間”って奴をやめないか?いい感じにぶっ壊れているようだが、一緒に楽しむと言うなら今のままでは困る。人間では俺が餌にしちまうからな。だが、あんたが人間を超え。一度外に出てリハビリを楽しくエンジョイした後でって条件なら、歓迎するぜ?」
そう言っている間も、看護人の姿はゆっくりと崩れていきただの緑の塊へと変わっていく。
「実際この目で見て確信したんだが、あんたにゃ確かに輝く何かがある。ポーカーフェイスが気にいるわけだぜ。覚えていてくれよ、このブロブ・キングをな。
俺は今、あのアークシティでどでかいパーティをしようと色々とある組織で仕事をしているんだよ。名前も教えといてやる。いつもは”C.S.I”を名乗っている。正式名称だが、クライム ソサエティ オブ ィンフィニット(Crime Society of Infinite)だ。なかなか、カッコいい名前だろ?」
とうとう、かつて看護士だったそれはひと固まりの緑のスライムになってしまった。
「お、終わったな。さて、コイツの持ち物…っていうか、名前はなんだ?」
「ちょっと!どうせ外に出たら新しい体を探すつもりなのでしょう?さっさと用を済ましてきてください」
「そういえばそうだな。それじゃ、ポーカーフェイス。それにクエリー・マキシンだったな。またな!」
そういうと、ブロブキングは床のスライムと服の間からはみ出るポケットの中身をかき集めて拾い上げると真っ白な廊下を鼻歌を歌いながら歩いていってしまった。その体を、今しがた溶かした看護人へと姿を変えながら……。
ポーカーフェイスはクエリーに近づくと、いつの間に手に入れたのか鍵を取り出してその手と足にかけられた手錠を外してやると、その手の上から覆うように握りしめた。
「よく成長してくれました。今のあなたは、なにをするでもなく世の中の全てをいとも簡単に憎むことができていますね。本当に素晴らしい」
「……」
クエリーの口元に不気味な笑みが浮かぶ。それを満足そうにうなずいてみせると
「しかし、あなたには絶対的に足りないものがある。それもわかったはずです。
人間のあなたが超人を望んでも、それは無理というもの。人間のままでは限界はすぐに来てしまいます。しかし……それならば人間にだけ許された、やり方というものがあるのです。過去から伝えられた知恵ともいいますがね」
ポーカーフェイスはそういうと、ポケットから正方形の木でできた箱を取り出す。
「これを、あなたにさしあげましょう。私の秘蔵の品の一つですよ。きっと、気にいると思います。
あなたの部屋の中に入って、私と別れた後、自分にその準備ができていると思ったらこの箱をお開けなさい。それだけでいい。
なにが起こるのか気になりますか?
簡単です。悪魔、そう悪魔とあなたは会うことになります。嘘、偽りなくね。
あなたはそこで超人にはできない、人間だからこそできることを”ただ”すればいいのです。彼等はすぐに取引をまとめてくれるはずです」
そういうと、ゆっくりと掌を差し出すクエリーの上にコロコロと転がして手渡す。
「まぁ、せっかくだしこの品の歴史もお教えしましょう。きっと迷いも立ち切れるはずです。
これはね、ある大魔法使いのつくったアイテムで、名前を”アンドラスの箱”といいます。
彼は大変に変わり者でしてね、魔法使いでも人間なのが耐えられない、そう考えていた。だから人の身でありながら、超人を超えようとこれを作ったのだそうですよ。
自分の血と肉と魂を引き換えに”別のモノ”を体の中に満たそうとした。どうなったかって?もちろん成功しましたよ、誤算はありましたけどね。まぁ、後は本人に”直接聞く”といいでしょう……」
ピョートル精神病院の一室に、クエリー・マキシンはいた。
彼の手の中を見下ろすと、渡された木箱がまだある。
すでにポーカーフェイスの姿はなく、扉も閉められていたが、それはこれまでのように鍵をかけられてはいなかった。つまり、出ようと思えばそこから外へ出ていくこともできた。
だが、彼はそれを選ばなかった。そのかわり、もう一度手の中の木箱を見やる。
(……………)
おもむろに彼はもういいだろう、そう思った。思ったら、すぐに行動していた。
なんの躊躇することなく箱のふたを開けた。
ガクン
頭と手を貫く激痛に視界が歪んで視覚の色もずれていく。
箱から飛び出した棘が、手をいとも簡単に貫くとそこから流れ落ちる血が地面に水溜りを作っていく。
ガクガクと痛みで震える体を必死になって立てなおしながら、思考であの怪人にだまされたなどとはまったく思わなかった。ただ、早くその瞬間が来ることだけを望んでいた。
数分後、世界からクエリー・マキシンの存在が消えた。
ただ、廊下のように磨きあげられていたなにもないぴかぴかに清掃された部屋の床の上には渇き始めた血の塊と、そこにさきほどまで本人の手を貫く刺を出していた箱が落ちているだけだった。
つまり彼は煙のように姿を消しということになる。
ポーカーフェイスがした不気味な予言の通り、クエリー・マキシンはきっとなにかを手に入れることになるのだろう。
だが、それを手にした時。かれは人ではありえない存在になるのだろう。
つまりは、この物語は世界に新たな悪鬼の誕生を告げると共に、クエリー・マキシンという名の愚かな男の死によってエンドマークとなるのがまさしく正しいと思うのである。
いつものように次回は第3部のキャラ紹介となります。




