ROUND 10
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生温かい風が吹く荒野をマイクを持った男と、カメラを持った男が走っている。
「…だぞ、時間がない!カメラ構えろ、俺はここでいいか?どうだ?……よし、合図をくれ」
マイクを持った男はそう言いながら、素早くジャケットの下に着たスーツのネクタイを直し髪の毛を寝かしつける。
カメラの男が指をくるくる回すとそれが合図なのだろう。途端に台本を綺麗に読み上げる名優のように、緊張した表情を【作る】と、こわばった声でなめらかに口を動かしはじめた。
自己紹介を終え、御覧下さいと彼が後ろを指し示すとカメラがそれをアップで撮る。
そこには大きな研究施設と、そこから流れ出す黄色の膨大なエネルギー流があった。
エネルギーの流れは、それ自体がまるで意思があるかのように、たゆたい、うねり、かさなるような動きを見せている。その不気味な動きを見て不安や恐怖を抱かない者はいないはずである。なぜなら、顔を隠した巨大な蛇がとぐろを巻いているようにも見える動きを見せているからだ。
「ここ、サンタディア加速研究所はとんでもないことになっております。あれを見てください!施設から溢れだしたエネルギーは止まることなく、今現在も危険な状態が続いています。
まさに悪夢のような状況ですが、さらに酷いことに研究所の職員達は、事件の発生直後から避難を開始したため、この惨状を止める術がないと口にしているという情報もあります。
市議会では、さっそく先日も活躍したヒーローのマスク・ド・ドミニオンの出動を要請するべきだ、との声が上がっておりますが。一方で今回の事態の収束には軍を頼るべきだという声も多く……」
この事件が発覚して早1時間ほど。多くのメディアは彼等と同じように、いや、むしろもっとはっきりとこの事態の危険について声高に叫んでいた。
彼等の言葉が視聴者達の脳に刻み込まれていく。そうだ、町からわずか数十キロしかはなれてないこの研究所の異変は、アークシティの最後の前触れにほかならないのだ、と、
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今回はすべてが後手後手に回ってしまった。
町での不審な動きからここにたどり着いた時には、もう手遅れだった。
メディアが騒ぎ出す前に確実な手を打とうと決めたサンダーランド警部は、いくつかの班に優秀な部下を分けて動かした。残念ながら、その途中で事件を知ったメディアがさっそく大騒ぎをはじめてしまったが、それでもまだこちらには時間と余力が残っていると思っている。
1時間前にだした州兵への援軍要請だが、多分このTVをみて、今頃はものの役には立たない集団となっているだろう。彼等に期待して待っていたら、明日の夕暮れになってもまだ点呼もすんでいないので動けないといっているはずだ。
現在、この事態にただ一つ、正面から対処に走っているのはアークシティの警察だけだが、ここの警官達の戦力を舐めてもらっては困る。
それに、この事態を収束させるべくサンダーランド警部自らも現場に出向いていた。
彼が今いるのは、研究所の秘密とされた地下道路。ここへ何人かを引き連れて侵入し、そこにある一か所の壁面を破壊して研究所内へと入ろうと試みている。
連れてきた業者達が壁に穴をあけている間、警部は自ら持ってきた耐環境スーツに着替えようとしていた。研究所内は予想だが、あふれ出てきているエネルギー流に満たされているので、なにも着ないまま中に入ることはできないといわれて用意したのである。
ふと、ぴりぴりと肌をなでる感覚から「そこで待て」と業者達に声をかける。
「警部?」
「多分その先だ。なんか感じるぞ。あんたたちはそこでやめたほうがいい。怪我をする」
怪我をすると聞いて、業者達は慌ててドリルのついた機械をその場におろすと逃げてくる。
「えっと…この先はどうしましょう?」
「ああ、あんたたちには世話になったな。ここからは俺が面倒を見た方がよさそうだ。このまま上へ戻ってくれ」
警部がそう言うと、業者達はわかりましたと一言答えるとさっさとその場から離れていく。
かわりにスーツについたヘルメットを片手に持つと、サンダーランド警部はドリルの作動ボタンを押して壁に穴をあけるのを再開した。
何分もたたないうちに、ガラガラと壁がくすれ落ちていくと、ぽっかりと穴が開いた。
(思った以上だ。ひどいな)
手に持っていたヘルメットをかぶりながら、顔を歪めてそう感想を述べる。
耐環境スーツから覗く壁の向こう側に続く通路には、雷のエネルギーが光の矢となって、黄色のエネルギーの中を飛び跳ねて回っているのが見えた。
『あー、えっと、こっちは本部。あのー、警部。どんな感じッスか?』
(馬鹿が、もっといつもみたいに話さないか)
苦笑いしてしまう。作業中に緊張しないようにとの配慮のつもりなのだろう、軽い調子で話すアインをわざわざ選んだというのに、肝心の本人がガチガチに緊張してしまってこれでは意味が無い。
「周囲を確認。人はちゃんと退避しているようだ。持ち込んだスーツも装着済み。
わるくないぞ、アイン。これから進む通路はまるで雷のシャワールームみたいだ。うちの署にも一つ欲しくなってきた」
『うへぇ、そんなモノ、警部以外つかいまセンッて』
「当然だ。俺専用に決まっているさ………おい、このカメラ。動いているのか?」
『あー、えーっと。その”シャワールーム”に入ったとこでブラックアウトしたッス』
「…なるほど、カメラの癖にモラルが高いらしい。シャワーの”覗き”はしたくない、というわけか」
そんな軽口を叩きながら、動きにくいスーツの中で荒く息を吐くサンダーランド警部は、【雷のシャワールーム】となづけた廊下を抜け目的地を目指して突き進んでいく。
「アイン……外の様子は?」
ハァハァと荒く息を吐く。ヘルメットから覗く光の世界を見ていると、なぜか頭がボーっとしてきた。。
『大丈夫ッス。心配ないデス』
あっさりとそう答えるアインの口調は嘘臭かったが、ここでぐだぐだ文句を言っても仕方ないだろう。実際、ここに自分が来るまでやれることはすべてやったはずだ。あとは信じるしかない……おや?
「アイン……アイン!おかしいぞ。息が……息が苦しい」
どうやらこの身につけたスーツの動きにくさのせいで荒くなっていると思われた呼吸や頭の中のもやだったが、それが原因が別にあるのではとようやくここで気がついた。
『ああ…えっと……えっとですネ。学者先生によると強烈なエネルギーが研究施設内に回っていて、それが警部の吸う酸素の中に混ざっているからではないかと……らしいデスよ?』
「なんだ、それは!?」
『いえ、あのっ…心配は…ない…ソウデス。頭がボーっとしたり』
「なっているぞ」
『……するかもしれませんが、そこを抜ければ大丈夫だと。思う?……あの、ヤバそうなんで早く抜けちゃってクダサイ』
(気軽に言ってくれる!)
いつもの癖で思わずカッとなってアインを怒鳴りつけたい衝動にかられたが、そうはしなかった。つまり、これだけ冷静な分、自分はまだ大丈夫と言うことだろう。荒い息を吐きながら、足を交互に踏み出していく。
サンダーランドが目指す先は 研究所の中にある緊急用の発電施設である。
ここがなぜかやたらしっかりとしたものだったらしく。このナンたらいうエネルギーを生成するシステムに直結されてこの事態を引き起こしているらしいことがわかった。
とりあえず、この発電を止めることでエネルギーの流出をとめなくてはならない。止まりさえすれば、あとはなにかもっといいほうほうがあるはずだと、逃げてきた研究所の職員も言っていた。
だが、その目的地の道半ばでサンダーランド警部は愚直に歩き続けてはいたが、頭の中にはすっかり霞がかかり、ボーっとなりかけていた。そして、それは次第に自分の過去が走馬灯のように次々と思い起こされていく。
どこにでもいるスポーツ少年は、どこにでもいるクソガキだった。
検査結果に出た『超人の恐れあり』の結果は見事に自分の夢を木っ端みじんに打ち砕いてしまった。
そのうっ屈した思いから軍に入った。大人にはなったが、超人への複雑な思いは解決しなかった。
家族のもとへ帰還。一度は穏やかに田舎町の警官としてやっていこうと思った。
だが、あいつが現れた。
ヴァルキリー。美しい黄金の髪の女。戦士の魂を集めているという死神。
男達の怒鳴り声、向けられる憎悪。力の解放は喜びの後にただただ悲しいだけだった。
ヴァルキリー。鎧を身にまとう美しい戦士の姿をした彼女は、冷たい目をこちらに向けて言う。
「この罪は、お前の力を示すものであった。おめでとう、神としての道をたどるがいい」
俺は答えた。
「この罪はただ罪と言うことだけだ。なにも証明していない。俺は神ではない、人なのだから」
その日、超人となった俺、ジェームズ・サンダーランドは。名前の半分を捨てた。半分を残したのには理由がある。
雷人、サンダーランド。『雷の大地』ってわけだ。
そこはきっと雨が降り、風が吹き、雷鳴がとどろく、荒野にちがいない。だからこの名を残した。
こんな時に思い出しても愉快なことなど多くはない人生だったが、その間も踏み出して進んでいた足のおかげで目的地の発電室前に到着していた。
「アイン………これから…コードを…使って……中に入るぞ」
それだけつぶやくと、部屋に入る扉の前で緊急用の手順にしたがい、手動で扉を開くとよろよろしながらも扉の間に身体を滑らせて中に入ると、サッと扉を閉めた。
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「…ああ、クソッ!…こりゃ凄い……」
最初は忌々しい声だったが、後半にはうっとりとした響きへと変わっていた。
サンダーランド警部の眼前には、部屋中に溢れる光の世界があった。もしかしたら、自身の特性もあってその光景に彼は強く惹かれるものがあったのかもしれない。
入ってきて閉じた扉に寄りかかって、しばし休憩をしたが不思議とそれまであった息苦しさも、頭の中に広がっていた霞も見る見るうちに自分から取りはらわれていくのがわかった。
(アインも…言ってたな。あのエネルギーが原因とか…助かる。これでつまらないことを思い出さずに集中できる)
「こちらサンダーランド。アイン?…本部、聞こえるか?」
マイクに向かって連絡を取ろうとしたが、ザーザーという不快な音以外に聞き取れるものはなかった。どうやら通信はダメになったようだ、1人で何とかするしかない。
立ち上がって部屋の中を確認する。
コンクリートの壁に囲まれた正方形のような部屋にはこちら側と向こう側にコンソールルームがあり、部屋の中央には5列に並ぶトランス(変圧器)とデンとおかれてモーター音を響かせる動力部があるだけだった。
そこを、先程までとは違う。黄色の霧の中で発生していた髪なりの矢と違い、ここのは白光のかたまりが、動力部やトランスから漏れ出ると部屋の中を駆け回っているのである。その白刃を思わせる波を見ると、サンダーランド警部の中で何かうずくモノがあるのを感じる。
いつまでもウキウキとこの場所を眺めているわけにはいかない。とりあえず、こちら側のコンソールは駄目になっているのを確認したので、部屋を横切った向こう側の様子を確かめに行かなくてはならない。
着ている環境スーツの様子をチェックすると、ゆっくりと進んで立ち並ぶトランスの横を通ろうと試みようとした。
「おやおや、ようやく来たな。サンダーランド警部、殿。待ちくたびれてしまったよ」
突然、クリアな【声】が通信機から流れてきて、サンダーランド警部は足を止めた。止めずにはいられなかった。
これほどはっきりと聞こえるということは、外からとは考えにくい。そうなると研究施設内、それもこの部屋からということになる。さらに、この事件にかかわる犯人は複数いることが確認されている。
こうしてその計画を阻止しようと動けば、それを妨害する可能性があることは想定していた。だからこそ、この危険な雷の雨が降る環境に最も適任と思われた自分から志願してきたのだ。
「誰だ?」
「ようこそ、ようこそ!ミスター・サンダ~ラ~ンド」
「?」
「こっちだよこっち…ああ、見えないのか。ならしょうがない」
声が終わると、向こう側のコンソールになにやら動きが見えた。次に、白と赤の入った自分と同じ耐環境スーツを身につけた人の姿を確認した。そいつは、梯子を伝って降りてくるとトランスと動力部を横にしてサンダーランド警部の前に立ち塞がり、対峙してきた。
「ふゥ、やっとついた。スーツを着ていると大変だよね。でもコレのおかげで誰にも邪魔されないし、あんたもすきかってできない。そう考えるなら、悪いことばかりじゃないってことだよ」
「お前は誰だ!?}
「ぼ、僕かい?ははっ、はははっ、僕のことかい!?いいだろう、教えてあげるよ。いや、教えてやるよッ!お前達ヒーローを知り、お前達をクールに打ち負かす男さっ。この【私】はお前達暴力の権化に、何度も、何度も殴り倒されようと、決してくじけない不屈の男だ!その偉大な男の名はっ………」
(……ん?聞いたことがあるな、これ)
「ミスタァ~~~~~~ン、アーンサー!!」
「……なるほど、確かクエリーという名前だったな」
大仰なTVショウのように自己紹介をする相手に、サンダーランド警部は冷めた態度で接した。
「クエリー・マキシンは死んだ。クエリー・マキシンはもういない!」
「…馬鹿なことを言うな。そもそも、お前は超人ではない。ただの人間だ。、メディアが煽った犯罪者達を勝手にアウトローに見立てて、それを夢見る反社会主義者でしかない。馬鹿な妄想はやめて、現実を見ろ」
「妄想?現実を見ろ?それを僕に、この僕に!いうのかい?」
「そうだ!お前はただの変態だ。最近は犯罪の現場に姿を見せてはいるが、お前が1人でやったことはないだろ?今回のこれだって誰かに吹き込まれて一緒にやっているつもりになっているだけだ。誰が後ろについている?」
「僕さ!」
「違うな、お前は小物だクエリー・マキシン。武器を手にして振りまわすことで注目されたいだけのな。
お前には金も、恨みも、なにもない。お前にあるのはただ、自分への不満だけだ…今だってそうだ。お前をここに送り込んだ奴は、この状況をどこからか眺めて楽しんでいる。お前がまだこうして俺の前に出るのもそんな『自分』をそいつに見てもらうためにやっているだけだ」
「そうさ、その状況を作ったのは僕だ。僕は”人でありながら、超人になってみせる”、いや、それだって超えてやる!」
「…妄想だ、そんなもの。ミュータント問題だと騒ぐテロリストの声明だってそれよりもマシに思える寝言だ。結局、お前はなにもわかってない哀れな奴だ」
「……うるさい、奴だな。あんたはっ」
「図星だったか?だがな、悪ふざけはもうやめろ。最近のお前は”タガ”がはずれてきている。戻れなくなるぞ?」
「僕が?へぇ、この僕が!?ミスター・サンダーランド警部、殿!!もう一度聞くよ、僕がわかってないだって?」
光の嵐の中で交わされた言葉は、一方は紳士に訴えたがもう一方はかたくなにそれを受け入れることはなかった。
「それで……どうするんだ?ここでお前のTVショーを始めるつもりか?」
「そうだよ、警部殿。あんたの言う、哀れなミスター・アンサーはちゃんと学んでいるのさ。たしかにTVカメラも、観客も、ショウを盛り上げる司会もいない。だけどそのおかげで、こうして卑怯を平然と行い、あとでTVカメラの前で平然と『あれは必要なことだった』と言い訳なんかさせない。ヒーロー共にきちんと”正しいルール”を守らせることを学んだ」
「………」
「それでは警部殿、早速質問だよ。きちんと答えて欲しい。もし、間違えたら……残念だけどね、この研究所は、ドカン!外にたまっているエネルギーも、ドカン!意味、わかるよね?」
返事の代わりに、大きく体を揺するようにうなづいて見せる。この時、ミスター・アンサーことクエリー・マキシンの心の中で猛烈に今のサンダーランド警部の顔を見たいという欲求が湧いてくるのを感じた。むろん、それを叶えるために不用意に相手に近づくなんてことはしなかったが。
「クイズ!ミスター・サンダーランド。この研究所に仕掛けた39個の爆弾には、その起爆を止める解除装置がある!……これはマルか、バツか。さァ、どっちか答えてもらおうか!?」
ミスター・アンサーの口にしたことは驚くべきものだった。確かに、彼はこれまでも爆弾を手にしてそれを武器にしていたし。この場所にもそれを仕掛けてないとは断言できない。それどころかもし、本当にそれが事実であったとするならば。この研究所はおろか、町から離れてるとはいえその傷跡は深いものになることが予想される。
だが、なによりも問題なのは、この問題の答えがNoの解除装置がない場合である。もしそうであったなら……一体どうすればいいというのだろうか?
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その頃、アインは通信機の前で別動隊の様子を聞いていた。
「そんじゃ。逮捕、出来たんスネ?」
「ああ、1人は石頭のストーンバンズ。もう1人はサナージだった」
「…宇宙人ッスか?」
「ああ、だが彼等は手伝いでやったとか抜かしている。一味はこれにあと2人いるとあっさりと吐きやがったよ」
「アリャリャ」
「で、その言いだしっぺについてなんだがな……」
その後、彼の口から出た名前を聞いてアインは大いに焦ることになる。研究所内に入っていったサンダーランド警部との通信は一向につながらない。と、いうことは。中でその2人が彼を待ち構えている可能性があるということになる!
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「………」
「さぁ、どうかな?どうかなぁ?」
「………」
「申し訳ないんだけどね、警部殿。このままずっと黙られても困るわけさ。よし、時間をこっちが決めよう。残り30秒ね」
「1つ質問がある」
「なにかな?」
「答えを当てた場合、お前の爆弾を全て無力化してもらえるのかな?」
「ははァ、サンダーランド警部。悪い人だな、それを答えたら正解を教えることになる。あと20秒ね」
「なら、俺がクイズに付き合う理由もないと思うが?」
「好きにしたらいいさ。でもルールはこっちが決めた通りだ。あと15秒」
「……」
「あと10秒」
サンダーランド警部は黙ったまま、手元の自身のスーツのコンソールになにやら入力を始める。
「さぁ、警部殿。時間はゼロだ。答えてもらおう。ここに仕掛けられた爆弾の、それらを止める解除装置はあるのか?それともないのか!?」
「わかった。答えよう」
一瞬の間があって、遂に答えが提出された。
「答えはYESだ」
「残念でした!NOですよー!」
ゲラゲラゲラ、とミスター・アンサーは笑っていた。なんということだ、ついに!ついに彼は勝利をこの手にしたのである!
最高に愉快であった。どうしようもなく痛快であった。
残念ながら、今こうして互いに正面から向き合っていたけれども、その顔がよく見れないことだけが本当に残念で仕方がなかった。この警部殿は、このヒーローはどんな顔をして悔しがっているのだろうか?もしかして泣いてたりするか?
とにもかくにも、クエリー・マキシンの野望はついに、この時に完成を迎えようとしていた。
「……爆弾の解除ができないだと?ならばお前もここで死ぬというのか?」
「ひひひひひ。さ、さぁねぇ?でも、大丈夫だと思うよ?」
「負けるとは思わなかったのか?」
「なんで?負けるはずがないと”最初からわかっていた”さ。だって自分は……」
「そうか、よくわかった」
次の瞬間、サンダーランド警部は右側のコンクリートの壁へと手をのばすと”何か”をつかんだ。そして驚いたことに、なんと片手で分厚いはずのコンクリートの壁をはがし、それを地面へと叩きつけてから膝でのしかかる。
「やはり隠れていたな、ヒートヘイズ。これほど見事な耐環境スーツをいくつも用意できるのはお前くらいだからな」
サンダーランド警部の言葉に合わせたように、コンクリートの塊はいつしかスーツ姿の人の形へと変わっていった。
ヒートヘイズと呼ばれたそいつは、擬態機能を持つ環境スーツを身につけてこの場所に隠れていたのである。だが、サンダーランド警部は外とは連絡が取れないでいた。
にもかかわらず、この場所に2人が待ち伏せていた事にどうして気がつくことができたのであろうか?
「な、なっ!?」
あまりの意外な展開に、声が出せなくなってしまったクエリーをチラト警部は見る。
「なに、難しいことはないぞ。雷の属性を持つこの俺にとって、雷に満たされるこの部屋の中は言ってみれば全てが俺の腹の中と言っていい。だから壁沿いに移動する奇妙なコブがあることもわかっていた。
だがずっと疑問はあった。なぜ、自分はこの部屋に複数の存在を感じるのか、とな。ここに来るまでひどい目にあわされたから、自分の弱っている気のせいかと思ったが、クエリー・マキシン。お前が現れたことで確信した」
「ば、馬鹿なっ!?」
「驚くのはこれからでいいぞ。俺の言葉が本当であるという証拠を見せてやる。ついでに、時間がもったいないしな。この部屋で電気を生み出すのを止め、お前達も片づけて終わらせてやる」
プシューっと音がすると、サンダーランドはあろうことかスーツのヘルメットをはずそうとしはじめた。
すぐ隣には、今も音を立てて電力を次々と生み出しては、そこから漏れ出た電気が部屋の中を嵐のように暴れているのである。そんな場所でスーツを脱ぐということは、まさに自殺行為に等しく……。
音を立てて、ヘルメットが床を滑っていく。
そして、彼は超人であった。
「さぁ、見せてやろう。神に近しいこの一撃を」
クエリー・マキシンは、ヒートヘイズはその姿を見て震えることになる。
白光の雷の嵐の中、その男は青白い雷となっていた。どう表現すれば正しいのかわからないが、彼の頭部はそのままで青白い光を放っていたのだ。
そこに何度も白い雷の嵐が叩きつけられるが、彼はびくとも表情を変えない。いや、むしろ自然と部屋の中の白い輝きが青白い色にゆっくりと、確実に変化していく。
これらの変化を、2人のヴィランは見ているしか出来なかった。
確かに、動きの自由がきかないスーツを着ていた。 だが、もしそうでなかったとしても彼等は身動き一つできなかったことだろう。(まぁ、1人は確実に組伏せられていたわけだが)
荘厳と言う言葉しかなかった。畏怖という感情しかなかった。理解など到底できることではなかった。
大神ゼウスのように、雷を顔色一つ変えることなく操るその姿に抵抗など無意味だと悟ってしまった。
そして拳が高々と振りあげられ、一撃が天罰のように足元でうごくことのできぬ罪人へと叩きつけられると。たったそれだけで、全ては終わってしまったのであった。
それはいきなりの事だった。
ヲンヲンと研究所が自身の腹の中から不気味な唸り声のような音を立ててはきだし続けていたエネルギー流が、ぴたりと音が鳴りやむのと同時に流出するのを止めたのである。
それは、この危機を脱したことを。正義が勝利を得たということを知らせていた。
警察が立てた本部と、その周辺にいた野次馬やマスコミの間から人々の歓声があがる。
コンクリートに囲まれた部屋は、大きな灯りを失い闇に沈もうとしていた。
それでも、焼き落ちたトランスや大きな発電装置から燃え上がる火が、うっすらと部屋の中にいる人間達の横顔を照らす。
たった一撃で、足元でうごかなくなったヒートヘイズと、発電施設を破壊したサンダーランド警部だが、その顔は先ほどまでとは違い、今はただの人のそれにしか見えなかった。
彼は素早く、ポケットから簡易式のテープ型の手錠でヒートヘイズを拘束すると、次にそれを手にクエリーの元へとやってきた。
「…卑怯だぞ」
それはぼそっとした言葉だが、サンダーランド警部へ向けられた言葉だった。彼はそれに構わず、クエリーの後ろに回ると、両の手首を輪っかに通す。
「そうだ、そうだっ!あんなのは卑怯だ!卑劣だ!詐欺じゃないかっ!」
熱に浮かされたように、徐々に調子を取り戻したのか。クエリーはそう言って非難の声を上げる。
「どういうことだ?」
「あんたのやり方だ!あんた、あんたはこんな。こんなっ!」
「クイズにはつきあってやったろう」
「そうだっ!勝ったのは僕だ!それなのに、あんたはヤケをおこしてこんな暴力で無理矢理終わらせた。それがあんた達の流儀だって言うのか!?」
フゥ、とサンダーランド警部は呆れた表情でため息をつくと
「お前、まだそんなことを言っているのか。お前はこの状況に納得してないというがな、そもそもこうなったのはお前がミスをしたからだぞ?」
「ど、どういうことだ?」
まさか自分にミスがあったといわれて動揺したのか、クエリーは聞き返してしまった。
「確かに、こういう環境スーツを着ている状態では、普通ならば身動きもとりにくいし、超人としての異能の力も封じることができるだろう。だが、それは今回俺には関係の無い話だ」
「うぐっ」
「それでも、お前が爆弾を口にした時は焦ったさ。だがな、おかげでわかったよ。お前が今回の計画の”主犯”ではないということがな。
なに、どうせだから説明してやる。
まずお前の着ていたスーツだ。あれを着ていたということは、この研究所の異変をおこした段階からお前はいた可能性が高い。あの時、完全密封のこの部屋の外は酷いことになっていた。スーツを着ていたのにもかかわらず、だ。
そうなると、完全に電気の影響を受けないスーツを着てお前達はここでずっと待っていた事になる。ご苦労なことだな。そして、それほどの性能のいいスーツを用意できる奴なんて、そうそういるわけがないんだよ。このヒートへイズだとわかって納得だ。こいつは自分の超人としての力のせいで、極めて高い”密閉されたスーツ”を身につけないといけない奴だからな」
「だ、だからって…」
「言ったろ。お前はただの人間だ、超人じゃない。
そんなお前に不思議なことが起こるとすれば、それは誰かが手を貸していたという事でしかない。難しいことでもなんでもない。
それにな、自分で言ったろ。『爆弾を止める手はない』って。
死ぬつもりだった?それとも止める必要がないから?俺は後者だと思った。お前は自分のルールを押し付けることが重要で、死ぬことなんてこれっぽっちも考えていなかった」
「う、うぅ」
「ミスター・アンサーだったか?答えを知る者、とかいってたな。
悪いが、名前負けもいいところだ。せいぜい”答えを理解できない愚か者”という意味で使うのが正解だな」
クエリー・マキシンはついに言葉もなくうなだれるしかなくなった。
10戦して、最後の最後でついに勝利をつかんだはずであった。だが、この体にのしかかってくる敗北感はこれまでと変わらぬ重さであった。
せめてもの慰めは、涙を落とす前に僅かに燃えていた火が消え、部屋の中に真の闇が訪れたことである。
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移送されていく犯人達を見送ると、サンダーランド警部はようやく椅子に腰をおろした。
大変な思いをしたが、なんとかひどいことにはならずに済んだ。ほんとうによかった。
まだ、エネルギー流の問題が残っているが、そちらのほうは先程からテントの中央で研究者達が集まってああでもないこうでもないと意見をぶつけている。きっと、何かいい方法を考えてくれるだろう。
「あの、警部。大丈夫ですか?病院に行きます?」
うつむいていたこちらに気を使ったのだろう。若い女性警官がそう声をかけてきた。
「ありがとう…大丈夫だ。まだ片付けが残っているからな」
「警部補もこちらにむかっているというし、大事を取った方が……」
「いや、大丈夫だ。心配いらない」
そう答えながら、胸を張る。すこしあの中で見た過去の事や久々に全力を出したことでちょっと落ち込んでしまったかもしれない。自分にはそんな暇などないというのに。
だが、相手はそんなサンダーランド警部を見て笑った。
「ホント、警部って本当に名前の通りの人なんですね?」
「ん、どういうことだ?」
「言われたこと、ないんですか?」
「ああ、そういうことか…」
どうやら今日はとことんついてないらしい。
「サンダーランド。意味は壊れていて、離れる。だったか。EUの連中からそう陰口をたたかれたことがあったな」
「あれ?」
彼女はそれを不機嫌そうにつぶやく警部に不思議そうな顔をする。
「違ったか?」
「はい、私のおじいちゃんはこう言ってました。サンダーランドの名前の中には、太陽(Sun)と大地(Land)があるんだって。これって恵みの大地ってことですよね?」
2人は顔を見合せて笑った。そんな話、警部は初めて聞いたからだ。




