朝は、まだ
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「それで、どなたさまにお会いしたいって?黒んぼう」
ダークハートは返ってきた言葉に頭痛を感じ、つい指を額に持っていってこめかみを押さえなくてはならなかった。
(最悪だ、最悪な町の最悪な場所だ)
唸り声となって口から洩れないよう気を使いつつ、心の中でそっと繰り返しつぶやくと、不快なものが和らいだ気がする。
アークシティの法の番人達の最前線がそこ、西側警察署であった。
24時間営業のここも、どうやら今日は違ったらしい。午前3時を過ぎて、気持ちのいいくらい人の姿がなかった。
「イハラ。あんたの脳味噌は知らないが、顔に皺ひとつないあんたに繰り返し俺が要求していることを言ってやるからちゃんと理解してくれ。
俺は、警部殿や警部補に会いたい。そういったんだ、あんたみたいな色々とツルツルお肌の下っ端刑事じゃなくてね」
自分ではひきつっているのがわかったが、相手に不愉快な気持ちを与えないようわざわざ”不気味な”にっこりスマイル付きでいうと、イハラはとなりの受付嬢と不思議そうに顔を見合わせた。
なんだ?どうした?
その仕草に少し疑問がこちらにわいたが、それについては答えず。イハラは肩をすくめると
「そっか。でも残念だね。あんたが会いたがっている人達は出払っている」
「なにかあったのか?」
「あるさ、毎日。それが自分等の仕事だからね。で、皆いない。見回してみろよ、今ここにマッチョの変態野郎が両手にPKM抱えて突撃してきたら誰が止めるんだって誰でも考える」
「ちょっと待て、なんでよりによってPKMなんだ?」
再び襲ってくる頭痛に耐えながら、ダークハートは質問を口にする。
PKMというのは銃の名前だ。
ロシア製、全長約700ミリ、重量約900グラムのでかくてクソ重いやつ。一般には分隊支援火器に属するこいつの火力制圧力はたいしたもので、その威力について知りたかったらハリウッドのランボーシリーズを見るとよくわかるだろう。
クソっ、何がハリウッド。ランボーだ!俺はあの映画が大っ嫌いだっ。
「そりゃあんただからさ。7.62ミリにハチの巣にされたあんたが、ぶっ殺してやるとかぷりぷり怒って立ちあがってきた姿はうちの署じゃ伝説になってる」
「そうかい、ありがとよ」
ついに我慢ができなくて頭痛を抑えるべく懐からコーヒーキャンディーを取り出すとサッと包装紙を剥いて中身を口の中へと放り込む。ハードボイルドなら、タバコか葉巻を吸うべきなんだろうが。現在は禁煙中ということでエグザイルにライターを取り上げられてしまっている。
「それじゃ、俺は話をするなら。目の前のあんたしかいないってことか」
「皆の帰りを待つって選択肢もあるぞ。昼間はそんな客でこのフロアも一杯だしね」
たしかにその通りなのだが、話を聞く限りでは賢いやり方とは思えなかった。すくなくとも、今は一時間以上待たされる選択肢を選ぶわけにはいかなかった。
「妥協する。イハラ刑事、あんたと話がしたい」
「そうこなくっちゃね」
なぜかむこうは嬉しそうに手の平を一度音を立てて合わせると、すりすりしている。
(どうもこいつはよくわからん)
だが、俺は早速質問をぶつけた。
「ギヴ・ファインズが死んだと聞いた」
「その通り、死んだよ。4時間くらい前だ」
「捜査はどうなってる?教えてもらえるか?」
「あんたならいいかもね。最初は警部補が、今は警部もやってる」
「今?」
「言ったろ、黒んぼう。今夜は大忙しなのさ。さきほど新しい事件がおこった。ビッグ・ヒット・ボブと裏通りのホームレスが殺されたんだ」
「なっ!?」
「あんたはクソが一つできたと聞いたからそんなに顔色を変えてここに来たんだろうけど。ここがガラガラなのはクソが2つに増えたからだと聞けば納得してもらえると思う」
「3つの間違いだろ?」
「ホームレスは馬鹿かもしれんがクソじゃない。死体になったからって全部クソをつけるのはハードボイルドな探偵小説の中だけにしろよ。リアルはちゃんと敬意ってやつをわけてやるものさ」
どうやらこの数時間で事態はいっそう悪くなっていたらしい。
「これからどうなる?」
「騒ぎになると思うね、間違いない。悪と金の匂いを嗅ぎつけて、1時間前に太陽銀行の執事の方から電話で問い合わせがあった。あんたと同じ、警部達と話したいって。その直後にクソが増えたと連絡があったんだ」
(ブッカーマンか、ブラックサンも動くつもりか)
考え込む俺を横目でみながら刑事は勝手に話を続ける。
「続いて南側の飲み屋にカーネル”サウザンド”パトリオットがさっそうとあらわれたと悲鳴と共に通報があった。どこで話を聞いたのやら、さっそく彼は客の4人とそいつの車を。いつものアレックス・ロドリゲスばりの迫力のスイングでミートパテにしようとした」
「カーネル(大佐)かよ……」
カーネル”サウザンド”パトリオット。
自称、元軍特殊部隊所属で世界を千回救ったと語る愛国者様だ。そいつが言っていることが本当かどうかはこの際どうでもいい、問題は奴がこの町では一級の動く災厄のひとつに指定されていることだ。
「後は……そうだ、めずらしくこの時間。この町に住む神が飛んでるって情報が入ってたな。多分、彼も興味をひかれたんだろうね」
「アレックス・アークナイト。光の騎士か」
「そしてあんたがここにいる。だが、自分が思うに最後ではないと思うね。騎士がうごいたから、多分デュポン社の警備員が対抗しようとして出てくるだろう。これは確実だな。
日が昇れば、野次馬根性で事件にプリティドッグやウィンドのような連中がわいてくる……はぁ、シティのテレビとか新聞とか。まとめてふっ飛ばしたくなるよ」
確かに、その面々が押し掛けてくると思うと俺も気が滅入るだろう。
「なら、あんたら自慢の保管庫にいって。先日押収したミサイルや爆薬をつかえばいいじゃないか」
「ダークハート、あんたはわかってない。市民に愛される警察としては、だ。自分でそれはできない。どうしてもそれをやるというなら、一度犯罪者共の手に渡して、使ってもらった後で回収する。これがベストなんだ」
「なぜそうしない?」
すると再びため息をひとつ付き、イハラは疲れた声で言った。
「信じられないだろうけどね。犯罪者とマスコミってのはとっても仲がいいんだよ。変態趣味のイカレ頭が、自分の凄さを必死に使いこなせないカメラに映して送ると。そいつを大喜びでゴールデンタイムに流すのが奴らなりの固い友情の表れって奴なのさ。
そして俺達警察にむかっては税金泥棒と怒鳴り散らす。いちいちあたらしいアラを見つけだすことにやっきだ」
いいたい放題に悪口をたれる刑事をたしなめようと、俺は茶々を入れた。
「だからといって、売春婦を取り調べるのにわざわざ上に乗っかってすることはないし。銀行強盗を毎日磨き上げた自分の銃で思う存分粉々にした後。そいつらの儲けをいただいちまうのはどうかと思うがね」
だが、そんな俺の皮肉はこの刑事には効かなかったらしい。イハラは俺を見るとにやりと笑い、ぴょんと腰かけていた受付から飛び降りると
「だが刑事にだって娯楽は必要さ。娯楽!いい響きだ。自分も今日はこれで上がり。これからBARで今夜のベットのお相手を探して回らなきゃ」
その言葉につい、反射的に時計に目が行ってしまう。午前4時を過ぎている、か。ふむ。
「なんだよ、探偵?なんなら名探偵の勘ってやつで教えてくれよ。今夜の自分の相手は、どっちだと思う?」
手広い趣味と変幻自在の性別で知られるこの刑事の質問に、俺はどう返事してやろうかとちょっとばかり考えたが。そんなくだらない事はすぐにどうでもよくなってしまい、実際に口にしたのは別の言葉だった。
「おやすみ、いい夢を」
そんな俺の背中に、刑事が「なんなら警部の所まで乗せてってやろうか」と声をかけてきたが、俺は手をひらひらさせることで辞退の意を示した。
今はまだ夜だ。闇が覆っているうちに、夜の町を俺は一人で歩く必要がある。
▼▼▼▼▼
サンダーランド警部は苦々しい顔で現場にいた。
見回すと、あちこちに忙しく動きまわる部下達がいる。
今夜起きた2つの予知能力者殺害の報を受け。警部はそれこそ文字通り、現場へと空を飛んできた。
間抜けな姿のビック・ヒット・ボブの周りには、いつも奴の金めがけてまとわりついていた馬鹿共ではなく。自分の部下達がいつものスペシャルコースでもてなしている。それで突つかれ、頭を持ち上げたり、元の位置に戻されたりとやられることに奴が文句を言うことはない。
ゆっくりと警部は地上に降りていきながらそんなことを考えていると、ふと見つけてしまったのだ。
少し離れた場所、警官達のすぐそば、ただの建物の間からただよう焼ける匂いと壁にアートのようにぶちまけられた何かを。彼は慌てることなく地上に降りてから、近くの人間を呼び新たな指示を出した。
(悪いということに際限はないのだな)
新しく見つけた痕跡によって死体が3つに増えた事実に、それがたった一晩のうちに起きたことに暗い気持ちになる。
壁にぶちまけられていたシミから、新しい犠牲者の名前がスリムとよばれるホームレスだとわかった。
(連続予知能力者殺害事件、か)
殺された順番、状況から見てこの哀れなホームレスはたまたまこの場所で、見てはいけないものを見たために襲われたのだろうということは容易に想像ができた。例えば、犯人の顔とか。
若い警官が近寄ってきて、署からの新しい連絡を告げると再び警部の眉間にしわがよる。
とはいえ、正直言うとサンダーランド警部はこの事件の見通しについて全く心配というものを感じてはいなかった。むしろ、犯人には「酷いことになる前に、出てきてお縄についた方がいいぞ」と本気で忠告してやりたいくらいだ。
揉め事に割って入ると「交渉しよう」とあこぎな商売を押し付ける奴、偉そうに時代錯誤の”光の騎士”と呼ばれて騒がれるヒーロー。愛国者を名乗るイカレタ狂人に、死なない探偵。今だけでもすでにこれだけの”厄介な連中”が興味を持っているのだ、何を犯人が考え、こんな馬鹿な事をしでかしてしまったのかは知らないが。
この町でこれだけの追跡者に目をつけられては逃げることなど絶対に不可能であった。
警官達は、突然青白い光に包まれたサンダーランド警部を見て顔をひきつらせた。
この冷たい目をして、感情をめったにあらわすことのない男の中では嵐が吹き荒れているらしい。その証拠に、彼の拳が、腕が、髪が、足に。光の束がバチバチと嫌な音を立てて這いずりまわっている。
こういう時の彼は本当に恐ろしい。怒りが自分達に向かわないよう、テキパキと仕事をこなしていく。
だが、彼等の努力は次の瞬間には無駄となる。
突然、ゴウと噴射音と共に飛んできたそいつは、彼らの仕事をしている現場に強制的に着陸してきたからだ。
「おはよう、諸君。おはよう、警部」
空気を読まないばかりか、よりにもよって事件現場に着陸した馬鹿に、殺意にも似た怒りの目が一斉に向けられた。当然、誰ひとり彼の挨拶に答えるものはなく、自分達の仕事にあわてて戻っていく。もしかしたらまだ、残骸の残骸として残っているかもしれないと思って。
「仕事中のようだ、邪魔したかな警部」
つい先ほどまで放電していた警部であったが、この望まれない登場をはたした相手が来てからはぴたりとそれは収まった。しかし逆にその綺麗な青い目には、誰が見てもわかる怒りの炎が燃え上がっている。
「呼んでもいないし、企業の”営業時間”にはまだはやい。サービス残業の帰りかね、ドミニオン」
それでも声だけは零下の冷たさでもって投げかける。
「これもすべて市との契約だ。私も力になろう」
(資本主義者に飼われた犬ッコロが。お前が来たせいで全部吹っ飛んじまったよ)
警部は心の中でそっと悪態をつく。
マスク・ド・ドミニオン。
デュポン社とよばれる会社の警備員。それが彼の”公式設定”である。
その実態は、ドミニオンと呼ばれるヒーローシステムをつけた”誰かが”中に入っていて、市はこいつを公式に認めるヒーローとして”契約”なるものをしていた。つまり、ヒーローであることで金を稼ぐ、由緒正しきヒーロー様なのだ。
それだけでも胸糞悪いものがあると言うのに、こいつの場合はさらに腹が立つことがある。
なんと中身が”彼ら”の都合で変わっていることが多いのだ。噂だが、デュポン社の社員で、希望さえすればいつでもヒーロードミニオンとなって出動できる権利がある、と噂されている。
「それはありがたいな。ところで今日は中には誰が入っているんだ。またトイレ掃除のおばちゃんか?窓ふきの兄ちゃんか?それとも、社長のガキか?まさか隠し子だとかいわないでくれよ」
「わたしはわたしだ。警部。」
その言葉にフンと鼻で笑って返すと、サンダーランド警部は、はなれにいる中年の刑事を見る。相手は警部に見られるとわかると、顔をしかめて首を左右にふった。
思った通り、全部この馬鹿が着陸と同時に吹っ飛ばしてしまったらしい。最低だ。
「そうか、ヒーロー。なら君の力を借りようか。その、なんとかいうクソ高い機能を使って。是非この場所で起こった事件の証拠を探して我々に教えてくれ」
「わかった、任せてほしい。サンダーランド警部」
嫌みたっぷりにそういってやったのに、肝心の相手は皮肉に気が付かないようで前に進み出ると警官達に向かって
「さぁ、どいてくれ。あとは私が代わりにやろう」などと言っている。
その後ろから警部が「帰るぞ」と口を動かし、首をひねって合図したことで部下全員が動き出す。ドミニオンの脇を通り過ぎる時には、わざわざ不快感をあらわすために地面にペッと唾まで吐き捨てる奴もいたが、残念ながら今度もそれを相手が認識することはなかった。
「では、このドミニオンが誇る捜査システムの力をお見せしよう」
自信に満ちたその言葉を聞いて、思わず警部は拳を握ってしまう。もし、もしできることならこのマスクをかぶったマヌケ野郎の頭を、力一杯ぶん殴ってしまいたかった。
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ダークハートは裏路地を一人で歩いていた。
空を見上げる、まだ闇が広がる夜の世界だ。しかし、手元の時計が示すのは午前5時。
あと少しすれば、太陽が姿をみせてしまう。間に合うだろうか?
あせりがないわけではない。しかし、だからといってこれが上手くいくかどうかわからなかった。
だが、試してみるのは悪いことではない。
すでにブラック・サンをはじめとして追っている奴がいる。ならば、自分も彼らと一緒になって”普通”の捜査をしなくても今回はいいだろう。
昨夜の事件を興味を持つのは朝が来ればさらに増えることになる、そんな奴等をかき分けながら捜査するのは私立探偵ダークハート様のやり方ではない。
今、彼が必要としているのは。誰も知らない真実をなんとか一つだけでも手に入れることであった。
それがあれば。彼の武器となって、邪魔者達の手が届かないところで一気に事件の真相へと導いてくれるはずだ。
午前5時3分。
日の出まであと11分を切ってしまった。
ダメだったか?
いや、そうではなかった。
彼はその時ようやく自分が、ひと際深い闇の中に立っていることに気が付いた。
そして、いつの間にか”自分の背後に立つ気配”があることにも。
「そこにいるんだろ?」
骸骨の口から、すこしかすれた声が出る。だが、返事はない。
そのかわりなにかがこすれる音が、誰かが首をひねっていることが伝わってきた。
(やった、勝ったぞ)
どうやら運が回ってきたらしい。だが、急がなくては。そのままの前を向いた体勢で、ダークハートは後ろに立つ存在に向かって語り続ける。
「あんたを探していたんだ。昨夜の事件について知りたい、教えてくれないか?」
声はない、音もしない。
少し不安を感じる。自分が勘違いではないことを確認するために、ついにダークハートは相手の名を口にした。
「ハイド・ユゥ。あんただろ?闇の監視者、ただ見つめるもの、傍観者」
次々とその名の2つ名を口にすると、そいつがはげしく頭を振りかぶっているのを感じた。
(ビンゴ!!)
ダークハートは運よく目的の相手にあうことができた。
だが、相手は闇に潜む監視者。もたもたして太陽が昇ればさっさと姿を消してしまう。
彼はあと数分のうちに、なにをするつもりであろうか?