ROUND 3
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アークシティの東は川で別れており、そこをつなぐ複数の橋が交通の手段となっている。
そのひとつ、ローブリング橋はその大きさと見事さも相まって、ひとつの名所といっていいだろう。実際、この近くに観光名所などなかったが、この橋を行って帰るだけでいいから渡ってみたいという観光客の数は馬鹿に出来る数字ではなかった。
愛用の車、プジョーの207(中古)を駆って研修から帰ってきたリンダ・カッチーナ警部補は、この時町に戻る側にいた。
できれば風を切ってこの橋の上を走り抜けて行きたかったのだが、残念ながら大渋滞である。太陽がいい感じで沈もうとしていて最高の雰囲気だが、それがかえって精神をクサクサさせる原因となっていた。
(チッ、女1人じゃ盛り上がらないよね。男が、いい男が緊急で必要とされてるのに。はぁ………っていうか、さっきからちっとも進まないじゃない。どうなってんの?)
改めて橋を観察する。
こっち側の端とむこう側の端にパトカーが止まっているのはわかっていた。だが、なぜか動きがさっぱりない。
空を見上げると、警察のヘリの他にいくつか増えてきているのがわかるが、だからといって特に動きはないのが気になった。
(…しょうがないか、こんな時だものね)
しまっていた無線機を取り出して、本部へと連絡を試みた。
「…警部補、ご苦労様です。なにかありましたか?」
「うん。今、ローブリング橋のとこにいるんだけど、なにか騒ぎになってるよね?でも、ラジオもTVもなーんにもいってないんだけど、どういうことかわかる?」
「ああ、それですか。こっちもそれで困ってるんですよ」
どうやら連絡して正解だったらしい、むこうもこの事態に何か戸惑っているようであった。自然、顔に緊張が走ると固くなった声で再び質問する。
「なに?説明して頂戴。警部はどうしたの?」
「…ああ……いや…そういう意味じゃなくて…その…参ったな」
どうにも埒が明かない。
「?」
「いえ、警部補。大事件と言うわけではないんです。おかしなことになってまして……橋の上に爆弾を持っていると騒いでいる奴がいるんですが…」
なんだろう?まさか携帯型原爆だったとか?宇宙人が持ち込んだ超兵器とか?
「いえいえ、それはたいしたことではないんですが……そいつが大騒ぎしてまして、TVとうち(警察)にした要求が、ヒーローと対決させろ、その一部始終をメディアに流せというものでして」
「はぁ!?なにそれ…」
「ええ、そうなんです。こんな馬鹿な話……」
「ちょっと待ちなさい!警部はなんと言っているの?そんなのさっさと叩きつぶして捕まえたらいいじゃないの」
「それがそうはいかんのですよ。そいつの近くにどうも上院議員の家族がいるらしくて、その人が犯罪の発生と同時にあちこちに手を回して邪魔しているんです。こっちにも、なんか騒いでるのがいてなかなか……」
思わずため息が漏れそうになる。なにをやっているんだか……。
「それで、どうするつもりなの?」
「要望をかなえてやれということなんですが、警部とかは力づくで何かするかもしれないからダメと言う事で……色々名前が挙がってますが、断られてて」
「当然よ、そんなのに付き合うほどの暇人、この町だってなかなかいないわ」
「ええ。ブラックサンの連中も数日はこの町にいないということもあって、紛糾しているんデス……」
まったく、なんて町だ。もう少し静かに一日を終わらせようと考える奴はいないのであろうか?
「わかった。それじゃ、聞くけど。こっちにうち(警察)の課の奴きてないかな?足になってもらいたいんだけど」
「え!?」
「急いでね、信号送るから」
「警部補、本気ですか?不味いんじゃ……」
「いいから!さっさとやってよね」
▼▼▼▼▼
クエリー・マキシンは死んだ。繰り返そう、クエリー・マキシンは死んだのだ!
ここにいるのはただの人間ではない。異能の力とやらで超人を名乗るミュータントでもない。
この時を待っていた、夢見ていたのだ。
足の下でおびえた連中の声がするが、それすらも気分が良かった。
口元と目、鼻をのぞいて全身を覆う黒タイツ。胸元には黄色に来る抜いた形でハテナマークがシンボルとなっている。一見して出る言葉は間違いなく【不審者】のそれである。
だがしかし、偉大なヴィランとしてデビューを飾る自分は、今日。この橋を中心にしておこるカオスの原因であり、このあとに待つのはスーパーな奴等をクールにみじめな存在へとおとしめる仕事が待っているのだ。
あの公園で知り合ったおかしな爺さんの言葉を信じたわけではないが、あの日に貰った名刺に書かれた連絡先には真っ先にかけてみた。
どうやらこちらの気持ちがわかると言ったのは本当のようで、色々と世話になった気もする。
たとえば、衣装はどうやって用意してどういうのがいいか、とか。
武器はこのなかから選びなさいと、かつて発禁本をゆずってくれた。でもこれ、書いてあることの半分は、なぜかゲリラ戦術のススメだったけど。
あとはロケーションの選び方、はじめ方、終わり方といった考え方を聞いた。
まぁ、これから超人をメディアの前でギャフン(?)といわせる自分にはそれほど重要な情報ではなかったが、あのナントカいう老人がこの私の誕生に少なからず力を貸したという事実は認めなくてはいけないだろう。
そう、3%くらいかな。
やたら遠目からでもわかるほどのハッキリと大きめに作った文字盤では、すでにダミーのカウントダウンが始まっていた。
警察の奴等と上で飛び回っているマスコミの連中が無能でなければ、あと30分ほどで到着するはずのヒーローと私の戦いが、夕食の団欒を楽しむ一般家庭のもとへ一斉に配信されるだろう。
おおお、そう考えると震えが走る。もちろん武者震いというやつだ。
(ここらでもうひとつ、盛り上げておくかな)
「やいやいやいっ!この………」
▼▼▼▼▼
再び橋の真ん中で騒ぎ出した不審者を横目に、パトカーには2人の警官がうんざりしていた。
「やれやれ、また騒ぎ出したよ」
「あー。何が楽しいんでしょーねー」
中年の言葉に若い方も同意を示す。
その時、コンコンと音がすると窓の外から覗きこむ女性を見て慌てて2人は外に出る。
「これはっ!…警部補じゃないですか」
そういって思わず敬礼をしてしまう2人にいいよと頷く事で返すカッチーナ警部補だった。
「なぁに?アレがそうなの?」
「ええ、本当に困った奴でして」
「なんかマスコミが妙に統制がとれているみたいだけど?」
「ああ、そうなんですよー。なんか議員さんとか巻き込んでやりたいほーだいでして」
「そう……で、むこうの要求通り誰か来ることになってるの?」
「さぁ、どうでしょうかね。警部はさっさと自分が出てきて終わらせたいみたいですけど、まだ動けないようですから…」
どうやら、それまではこのまま渋滞で待たなくてはいけないらしい。
(バッカじゃないの?)
「ちょっと前に出て、見せてもらうね」
「わかりました。あんまりでないでくださいね」
わかったというように手を上げると、スタスタとカッチーナは前へと出ていく。
「こんなこといっちゃなんだけど警部補。スタイルいいよなー」
スーツにパンツ姿のカッチーナのその後ろ姿を見て、おもわず若い方はそんな感想を漏らしてしまう。だが、それをきいた中年の方はその言葉にギョッとしてみせた。
「……おい」
「美人だしさー、身長があってモデルみたいな顔してるし」
「おいっ」
「ん?」
「お前、まさか警部補に手を出そうとか思っているんじゃないだおるな?」
「え?なになに。嫉妬?その年で?」
「馬鹿……そうか、お前は移ってきたばかりだからな知らないのか」
「?」
「いいか?あそこにいるリンダ・カッチーナ警部補殿はな。あの年にしてその武勇伝が凄いんだよ」
「ああ、まぁそうでしょうね」
「そうじゃない、お前の想像程度の話じゃないんだよ。あの人はな、お前の言うとおり。モデルみたいな美人なのに、凄い武勇伝をいくつもありすぎて両手からこぼれ落ちるほど持っている女性なんだよ。ミュータントテロを単独で4度叩きつぶし、銃があれば超人でも宇宙人でも普通になんとかしちゃうんだぞ?」
「え?そこまで凄いの」
「そうだよ、恐ろしい無知だな。お前、今度あの人がトレーニングルーム使う時ついていってみるといいぞ。すごい筋肉してるし、なによりあの人と普通の人間はスパーリング禁止になっているからな。いつも超人相手にやりあっているんだぞ」
「…ホント?」
「事実しか言ってないよ。あんなにおっかないとは最初みんな分からなくてな。署内の”人間”で腕に自信のある奴が次々と挑戦したんだ。みんなボコボコされちまったよ」
「うわァ」
「なかでもやたら執念深い馬鹿がいてな。あろうことか試合前に色々と小細工したんだけど、試合中によりにも寄ってそれを警部補の耳元で言ったらしいんだよ。どうなったと思う?」
「病院送り?」
「もっと悪い。殺しかけてブッ壊しちまったんだよ。今じゃうちをやめて、裏通りで金物屋やってる。一応は事故ってことで処理されたけどな、ありゃ伝説だよ。実際は止めに入った何人かも病院送りにしちまったしさ。本人なんて『手加減するの思わず忘れてしまった』って言ったんだぞ」
「……脅かしてない?」
「馬鹿、冗談じゃないんだよ。最近は落ち着いてきたってことになってるけど。あの人、超人相手にスパーリングしても一歩も引こうとしないからな。アレ見たら、グリズリーとだって素手でやりあえるんじゃないかとみんな思ってるよ」
驚く情報を耳にして、若い警官は自分の数メートル先に立つ警部補の後ろ姿を見やる。
「あんなにスパッといいスタイルなのに」
「ああ、初めて見た時はだれもがブリジット・ニールセンみたいといったものさ」
「あんなに美人なのに」
「キム・ベイシンガーも顔負けって言われてたな」
「………なんすか、そのさっきから出てくる名前は?」
「っ!?女優の名前だよ。映画も見たこと無いのか、お前」
自分の後ろで2人の警官がそんな風に自分の話題で盛り上がっていることなど、カッチーナは知るよしもなかった。彼女はただ一心に数百メートル先で騒いでいる馬鹿を見つめている。
と、おもむろにポケットから取り出したのは照準器 ―― 銃にくっつけてある奴を取り外したもの ――を取り出すと覗きこんで調整を始めた。
1分ほどそれを続けると、クルリと身をひるがえす。その目はやたらと不敵な光を放って輝いている。
▼▼▼▼▼
川面が夕焼けで朱に染まり、約束の時間は15分を切ろうとしていた。
さすがにこうなると、自分を遠巻きにしている警官達とヘリに大きな変化が無いことに 不安を覚えてきた。もしかして、あいつらはこっちの要求を聞かないつもりではあるまいか?ショーの開始までもうあとわずかなのだが。
(こりゃ、本気であることを見せつけないといけないかもな)
左右をキョロキョロしながらそんなことを考えていた、その時であった。
バチン!
凄い音と衝撃がきて、体のバランスを崩し膝をついてしまった。
(なんだ?)
ミスター・アンサーは思わず手元を覗き込むが、手の平がジンジンと痛むだけで”なにもなかった”。もう一度覗きこんで確認する。
やはり”なにもない”。ついさっきまで握っていたはずの爆弾がどこかに消えてしまっていた。
カチャッと音をさせながら弾を排出させると、銃に次弾を装填する。
「ふーー」
カッチーナが息を深く吐くのに合わせ、並んでたっていた警官も泣きそうな顔で声を上げる。
「無茶だって言ったじゃないですか、警部補ー」
「あら?ちゃんと弾き飛ばしておいたわよ。ほら、貴方も行って。ちゃっちゃと逮捕しちゃいなさい」
「爆発したら、どうするつもりだったんですかァ?」
「…ゲームや映画じゃないんだから、銃で穴を開けたくらいでいちいち爆発しないわよ」
すでに若い方は、というより両端にいた警官達は何が起きたのかを察して一斉に犯人に向かって駆けだしている。
「警部達にはなんと報告します?」
「ん?警部補殿がたまたま通りがかって、いつものように現場が一丸となって終わらせたといえばいいの。私のショットが今日も最高にキレていたって好きなだけほめてくれていいわよ?」
「まだ武器を持っているかもしれないじゃないですか」
「あんな薄着で?ま、持ってたら次は頭をフッ飛ばして終わらすわよ。半端にはしないから、そんな顔。しない」
そう言いながら、再びスコープを覗き込むのを見てもう一度ため息をついた。
(警部補、そんな調子だからすぐに男にフられるし。署内からも『ハゲてないブルース・ウィリス』とか言われるんですよ)
クエリー・マキシンは… いや、ミスター・アンサーはようやく理解した。
なにもしないまま、またも始まる前に全てが終わってしまったという事実を。
橋の両端から怒号と共にこちらに殺到してくる警官達の姿が、スローに感じられ、それぞれの歪んで波打つ贅肉が確認できた気がした。
(またなのか?また、やってしまったのか?)
知らず知らず、涙が頬を伝って流れおちていく。
それを自覚すると同時に身体が小刻みに震えだした。
完全敗北である。
3戦目にしてまたも試合開始前に負けてしまった。このままで終わらせてはならなかった、終わらせるなんて冗談ではない。その強い思いに弾かれるように、彼は川に向かって走り出した。
必死に押し殺そうとして嗚咽が漏れる中、ベルトのボタンを押して仕掛けを作動させる。
おのれ、おのれっアークシティ!この屈辱、必ず次で晴らしてくれようぞ!!




