Samurai Girl & BLACK MEN
よかったら読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。第2部ラストになります。
3日後 カサンドラ PM5:02
「ん、これかねぇ」
エグザイルはそう言うと、今夜の服を改めてチェックする。
彼女はお色直しの時間ということで私室に戻っていたが、いつもに比べるとその時間は少し早い。
今夜の店の主役は自分ではなく”あの娘”なのだから、と当初は地味な淡い藍色のアオザイ風で髪を三つ編みに決めればアイン君あたりは大喜びするしそれでいいかもと思っていた。
だが、どうやらそうもいかなくなってしまった。
思った以上に、エグザイルが意識してしまう剛の者たちが店を訪れると耳にし、少し自分も本気を出さなくては、と思ったのだ。
彼女が選んだのは、ラメの入った竜の刺繍がされた真っ赤なチャイナドレスである。ド派手なそれを選んだということは、先程いった「今夜の主役は自分ではない」という部分は、もう忘れてしまったようだ。
(むふふふ、これで勝てる。男共の視線はこれでいただきねっ)
しかし、この服で三つ編みは無しかもしれん。どうするか?
とりあえず汗を流しにシャワーを浴びるのが先だ、と浴室へ向かいながら。おもむろにTVのスイッチその細い指でふれてオンにしてから入っていく。
「こんばんは、ACCラインニュースのお時間です。
まず、最初のニュース。17日の夜半より起きた一連の騒動事件は、事件から数日。意外な展開を見せ。関係者の間にとまどいと困惑が広がっております。
事件は17日、町の各所で起こった暴力事件は最終的に50名以上にも及ぶ死者を出したのではないかと言われ、それら全ての関連性が捜査されるはずでした。
しかし翌18日になると、回収された遺体が安置所から次々と”盗難”にあったことが判明。当初より、警察の対応の不備が囁かれておりましたが、その後も事態は2転3転し、現場の混乱は困惑へとかわっている模様です。
ACニュースではオフレコで困惑する現場の捜査官の話を聞くことができました。
それによると、事件収束後。複数の捜査機関から立ち入りを要求され、捜査系統が混乱をきたしたところを鮮やかにつかれてしまった。そのせいで遺体が盗まれていた事に、誰も気がつかなかった、とコメント。
このACC独占入手したコメントの映像は、この後、30分より放映いたします………」
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【カサンドラ】ではいつもの騒がしい夜を迎えようとしているが、今日はいつもと少し違う感じがする。
アインは店内の匂いが違うのかな、と鼻をクンクンさせてみが違いはそんな感じない。あえて言うならば、今は私室に戻ってしまったせいで薄まってしまったあの………いや、いけない。この先は不味い、今日は自分も遊びに来ただけではないのだから。
フゥ、と隣から悩ましげなため息が聞こえてくる。
「あの、警部補殿?大丈夫ッスか?」
「え?ああ、うん。ここっていつもにぎわってるよね。職場以上に自分が場違いに感じる」
そういうと相手は少しひきつった笑顔を見せる。
彼女の名前はリンダ・カッチーナ警部補、アインの上司で、超人としての力を持たない正真正銘普通の人間だ。
スーパーモデルを思わせる身長と、そのダイナマイトなボディは誰もが彼女を思いだすと真っ先に口にするいい部分である。その反対にあげられる欠点の多くは彼女の内面を表しているとも言える。
まぁ、そんな”普通の人”である彼女にとって(いや、この言葉自体。本音では使いたくない女性だが)、超人達が”普通”を気取って楽しく飲んでいる様に居心地の悪いものがあるようだ。
「だから言ったじゃないッスカァ。もうちょっとギリギリにしましょって。飲めるから1時間前な、とかいうからァ」
「んん~~、だってしょうがないじゃん?男と飲みに行くってなかなかないことだしさ」
「あー、そっスか」
今、上司の口から不穏な言葉が飛び出した気がしたが、アインは気がつかないふりをした。むしろ、この先の自分の身の安全の為にどこかにメモを残さなくては。文面はこうだ「本日、警部補と時間外任務でカサンドラへ行く。任務後は家へ直帰す」これでいい。
署内恋愛は自由にあっていいと思う、だがそれは両者の理解あった上での話だ。背中を走る冷気を吹き飛ばしたくて、アインもビールを一杯注文した。
エグザイルが再び店内に戻ったのは、”あいつら”が【カサンドラ】に到着を予告した時間の数分前のことであった。
その圧倒的な存在感に、店の中にいた男共は大喜びである。
笑顔でそれに答えながら、エグザイルは久しぶりに見る客の元へと向かう。
そこには黒ネコをその豊満な胸で窒息させるつもりかと聞きたくなるほどにしっかりと抱えて離そうとしないイロナ= ブビャーキンとその弟子のコーラ = ビーティーがいる。
「レディ・ブビャ―キン。こんばんは」
挨拶をするが、むこうはチラとエグザイルの顔を見て軽くうなづいただけである。
今夜の彼女はどこの女優だよ、といわんばかりに背中をガバッとひらいたイヴニングドレスをつけ、髪には蝶の金細工と宝石がみてとれる。
それがまたちょっと憂鬱そうに眉など曇らせ無口にしているから一層外見の美しさと相まって存在が際立ってしまっている。そんな彼女に一定の距離をとって囲むように年頃の男達が様子をうかがっているのだ。
(ああ、かわらんねぇ)
エグザイルは心の中で苦笑いをする。
”昔”はこの彼女の態度がどうにも腹正しかったが、理解できた今ならなんとか許せるようになった。
イロナ= ブビャーキンは大の人間嫌いなのである。珍しいのは、男女老若関係なく、彼女はただただ自分と夫以外の存在がうとましいと本気で思っているのだ。そう、それこそ世界を滅ぼしたいと思う程度には、と言う意味で。
なのにこの外見にだまされた男達が自然にむこうから近寄ってきてしまう。そういう意味では、可哀そうな女性ではある。
「女主人、こんばんは」
「あら、ビーティー。いらっしゃい、今日も可愛いわね」
そんな師の可愛くないゴスロリの弟子に話しかけられてしまった。
「ありがとうございます」
「あなたのお師匠さん。なんか大変そうね」
「ああ、わかりますか。先程から5人ほど言いよる男達をかわりに撃退したのです。もうかなり一杯一杯らしく、あの姿勢のまま一ミリたりとも動こうとしません」
「あはは、やっぱりそうなんだ」
店を失い、夫の為にと脱ぎ捨てた老婆の着ぐるみ(といっても、あれは実際の人の皮と脂肪を使っているが)のせいで落ち込んでいる師匠達を、ひさしぶりに外界を満喫したいこの弟子がこの店まで引っ張り出してきたのだろう。
「大変ね、あなたのお師匠さん達」
「まったく、私のことよりも偉大なるブビャ―キンの心労の方が大変です。狭量なただのブビャ―キンに胸の肉にはさんで絞殺されそうになるのをああして我慢しなくてはならないのですから。あの憎らしい胸!さっさと腐れ落ちてくれたらと何度見ても思います」
その意見にはエグザイルも少なからず同意できるものがある。
だが、そんな気が合うと思われた次の質問は最悪であった。
「あの、女主人。”あの人”はいつ来られるのでしょう?」
ビーティーはそう恥ずかしそうに言うと、エグザイルは少しイラッとした。”昔”の自分なら、その胸倉をつかんであの人ってどの人のことですかね、と凄んでみせたことだろう。
近づくエグザイルの姿に感動して、よだれを垂れ流さんばかりのアインは。思いつく限りの褒め言葉をまくしたててくるのは困った。その隣で大ジョッキのビールを片手にした寂しげな警部補にとりあえず話をしてみる。
「こんばんは、警部補。楽しんでる?」
「……チャイナかァ…いいよね」
「え?」
「日頃さ、メスゴリラとか陰口叩く奴等に見せてやるってさ。いつだったか新年会に気合い入れてチャイナドレス着てったんだよねぇ」
「ええっと、そうなんだ」
「うん、そうなの。でもさ、通販だったから失敗しちゃってさ。体のラインは問題なかったけど、この肩!肩がしっかりしてるし、剥き出しの二の腕なんかもしまっちゃっててさ。どうにもしまらないの」
…なんだろう、今ちょっぴりイラッときたな。
「それでもさ、圧倒的な女子力はあるはずって。なのに男共はなーンも言わないのよ。引きつけ起こして病院に運ばれた失礼な奴だっていた」
「…それは、ひどいわね」
「違う!ひどいのはこの後。警部や皆にさ、どういうことなんだ。お洒落した女性になにもないとはお前等がっかりすぎだっていってやったの。そしたら『そうか、なら言うが。お前、暗殺者みたいだぞ。殺されるんじゃないかと皆怯えているんだ』って言いやがったの。どういうこと?」
「あー」
「みんなそれに同意しているし。部下なのに、女子どもときたらザマ―ミロって顔に書いたまま慰めに来るし。自分はチャイナはダメなんだって思い知らされたわ。あの日」
「警部補?大丈夫?この後、話し合いがあるのわかってる?しっかりしないと」
「ん、りょーかい」
アインの顔を見るが、肩をすくめただけである。この人、大丈夫なのだろうか。
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リムジンの中で、不機嫌な男達が顔を見合わせて座っていた。
「おい、なんで俺がお前と向き合わなきゃならんのだ?」
ダ―クハートはそう言って文句を口にするが、ブラックサンは黙して返事をしない。
仲良く悪口を垂れる彼達をわらう少女の笑い声がすると、運転席からブッカーマンの声が飛び込んできた。
「もうすぐですよ。一分ありません。我慢してください」
そうしてブラックサン、ダ―クハート、ブッカーマンは少女を連れて【カサンドラ】の入り口に立つ。
「ほらほら、皆。静かに、静かにして!」
明るい顔のエグザイルが声をあげると、少しだけ店内は静かになる。
「今夜の主役の登場さ。ここの新しい仲間だよ、仲良くしてあげてね」
その声にワッと客が沸いて騒ぎ出す。
ブラックサンと探偵の間に立つサチコは、今日はなぜか白と黒のゴスロリを着ていたが、肩に担いでいる不穏な筒を無視すれば、それはなかなかにして似会っていた。
そしてブッカ―マンに導かれるようにサチコは人々の話の中へと入っていく。
逆に、ブラックサン達は2人から離れると奥まった席へと移動する。そこにはアイン達が約束どおり待っていた。
「…そうか、警部はやはり来なかったか」
アインと警部補の姿を見て、ダ―クハートがそう第一声をあげるとカッチーナ警部補は笑いながら
「カンカンですよ。そりゃ当然です。ところで、あの子の服。すごいですね、どちらの趣味ですか?」
その言いがかりに、ダ―クハートは不機嫌そうに返しながら席に着くと、つづいて先程からまったく口を開かないブラックサンもそれに続いた。
「どちらでもないさ。魔法使いの弟子が外に行きたいと言うんでね。ついでに買い物に付き合ってもらったんだが、あんなのばっかりしか置いてない店しかなかった」
「あの金髪でボインな美人ッスか?」
「そりゃ師匠の方だ、弟子は小さいのだよ。あ、お前。いっとくがあんまりあの見た目美人に近寄るなよ。前にお前みたいな奴が俺の忠告を無視したせいで、数カ月をヒキガエルとして生活する羽目になったからな」
「うえっ、肝にメ―じます」
「それじゃ、さっさと話。つけちゃいましょう」
挨拶はこの辺でいいだろう、そういう空気が流れていた。
「お2人が勝手に事件をまとめてくれた後、我々に話してくれた事で署内でも一応は”これで終わり”って雰囲気はあるにはありますよ。
でも、ダークハート。あなたの口にしたあのシナリオ。アレが本当なら、と警部達は怒っているんです。
アレを話してくれていれば、この件で外国のニンジャ部隊どころか、グレイスン・ファミリーにまで腕を伸ばせた。全てをなんとかはできなくとも、兄弟の何人かは引っ張れたはずだってね」
カッチーナ警部補はゆっくりと思わせぶりにそう言うと、ダ―クハートは素早く切り返す。
「そうだな、警部の願うとおり。俺の”妄想”が事実ならそうだったろうよ。だが、そうはならなかったこともわかっているはずだ。ファミリーは甘くない、実際に動けば彼等にたどり着く前につながりは切れちまってただろうさ。
そもそも、あれはニンジャにとって最悪で、グレイスンにとっては願望で、そしてこの俺が”推測”した全体像のシナリオの一つでしかない。”事実かも”、でしかないし真実は終わってみないとわからないものさ。
出来なかった事で責められても、こっちだって困るね」
その言葉に今度はアインが噛みつくようにして
「でもでも、あれッス。市民のギムってやつで、情報は出してもらわないと…」
「おいおい、だからさ。それができないと言ってるだろうに」
「………」
納得しない警官達に、やれやれという風に探偵は語りだした。
「俺やこいつ、ブラックサンは仲間ってわけじゃない。
時に自分の目的に必要だと思えば、これまでだって敵対することだってあった。それはあんたらも知っているだろう?
今回の俺達の目的は同じで、それは警察とは違ったというだけの話さ。
あの少女を助けたい、だがそれには警察は邪魔だから進んで巻き込もうとしなかっただけ。それでも最低限の仁義は守ったつもりだがね」
そう言われると、アインの肩がちょっと震えるのが見えた。
もしかしたら忘れていたメッセージの事でなにか怒られたのかもしれない。
「別にアインを責めてるんじゃない。むしろ助かったよ。
警察の動きが鈍かったから、最後は綺麗にまとめることができた。彼女も連れ戻せた」
「…オレ達だって、動けば役に立ったはずッスよ?」
「警察が役に立たないと入ってないだろ。ただ、今回のこっちの都合に悪いというだけだ。
それなら言わせてもらうが、だいたい警察は俺達が事情を話せば本当に力になれたと言いきれるのか?
あの娘は結局暗殺者でしかないし、その手はあの夜流れた血で染まりぬいている。命は保証しても、罪状は山ほど用意された上でのことだ。あの年で10件以上の殺人を犯した殺人鬼。事実でも哀れすぎる、呪われたまま。なにもわからずに残りの人生を刑務所の中でくらすのが幸せか?」
「といっても、あなたも認める通り。彼女はしょせん殺し屋です。なにもなかったことにはできないんですよ?」
「警部補、とぼけて正義を俺に語って聞かせる必要はないぜ。それにあんたは大事なことを黙っている。
俺のシナリオが本当だった場合。あの子はただの殺人鬼では終わらない可能性があったということをな。
ニンジャ達が危険なテロ集団との認識されれば、彼女はただの犯罪者ではない。殺人鬼にして凶悪なテロリストとなる可能性があるってことだ。
ただの刑務所なら殺人は囚人共にはヒーロー扱いされるだろうが、殺人鬼までいくとただの変態扱いされるだけだ。だが、そこにさらに大量の殺人を犯したテロリストとなれば、どんな運命が待っている?その過酷さを俺がいちいち言わなくてもわかるはずだ。
それとも、その時はそっちが法を曲げてくれるというのか?」
「しかし…!?」
「警部補、今日はお互いの正義の解釈を合わせるための場ではないんだぜ?
俺は口下手だし、話すのが仕事のこいつ(ブラックサン)が口が聞けないから変わって話しているだけさ。なによりあんたは重要なことを忘れてないかい?」
「……なんのことですか?」
「サチコの罪って何の話だ?彼女が殺人鬼だというなら、殺された相手の”死体”はどこにある?」
探偵のその言葉に、”口を開かない”交渉人は、口元に苦い笑みを浮かぶのをこらえようとし、対面に座っていた2人は体をおこして大きく息を吸った。そうしないと、目の前の探偵の胸倉をつかんで「どういう意味だこの野郎」とやってしまいそうな気がしたからだ。
「まぁ、納得はしてないッスけどね。デモ、わかったッスよ」
「おお、その言い方。警部に似てきたな。俺達にこの店でアアン?とか息まいていた時代が懐かしいぞ」
「ちょっと、これでもマジメにいってるンすから。茶化さないでクダサイよー」
そんな男達に向けて、警部補は疑問を投げかけてくる。
「ま、こっちも言いたい事は言いましたし。出来ない事で文句はこれ以上言いませんよ。むしろ、面倒事をさっさと処理した上にあなたたちに貸しが作れるわけですからね。
でも、それでいいんですか?彼女、大丈夫なんですか?」
そういって警部補が顎で示す先には、メモを片手に何事かを迫っていくエミリアにたじたじとなっているサチコがいた。何を聞かれているのだろうか?
「聞いた話では、彼女は呪いはそのままで。なのに殺すべき相手を素直に断念してみせたというんでしょ?
そんな大問題かかえているはずなのに、あんな年相応の少女のようにふるまっている姿を見ると。かえって私には不気味にすら思えるんですけど」
そこには、サチコに向ける不信の目が絶対にぬぐえないことを語っていた。
「確かに。正直、誰も今のあの少女の中で何がどうなっているのか、理解できている奴はいないよ。それらしいことは、ポツポツと話はしたそうだが、どこまで信じたらいいのかわからない。
だがね、あの時。目を覚ました彼女が、俺達の話を聞かず、提案を断っていたなら。今日という日をあの少女が迎えることはなかった」
「敵も倒したけど、味方は全滅で、しかもこれで結果的には彼女の元いた組織から逃亡したってことになるんスよね?なんか色々と……つらい、とかそういうの。思ってるんスかね?」
アインの言葉に、ダ―クハートはあの時自分が同じ質問を大魔術師の猫にした時のことを思い出していた。
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「ふむ、それで上手くいくのか?というわけか」
「そうだ。カルル爺さんは信用しているし、それしかないというならそうなんだろうと思う。だが、聞いた話ではとても…」
「そうだろうな。正直、断言はできんよ」
「おい!!」
「そう怒るな、不死者よ。
これはな、いわゆる”ゼン問答”などとは違ってただ、合理的な答えなのだよ。
心を縛りあげるような呪いは、それこそ膨大な時間と運が無ければどうこうできん。極論を言えば、呪いをかけた連中でなければ完全には解放できない。そんな時間が無い以上、本当ならばお前への返事はただ『諦めろ』でいい。
だが、お前の話しぶりを聞くと手段は問わんでもいい、ということなのだろ?それならば確かに医者ではなく、我ら魔法使いの所に話を持ってきたことにも納得できる」
話の途中から、イロナの”太い指”が伸びてきて猫の喉をまさぐりだすと、猫の方もそれを喜んでか言葉がふらつきだす。しかし、そんな師の”遊び”を隣に座っていた弟子のビーティが伸びていき手を叩いて落とす。再び、険悪な雰囲気が師弟の間に流れるが、男共はそれを無視して話を続けた。
「治療は望めないというなら、これはもうこちらの望むように状態まで症状を”悪化”させるしかない」
「……不安で、不穏な言葉ばっかりだ」
「その通り!だが、いやなら帰るべきだ。この町の病院でも不可能なことを我等に求めても無駄だからな」
「………」
「続けよう。東洋には”名は体を表す”という言葉があると聞く。つまり、名付けているのはそのことの本質を表しているということだ。
それが確かなら、その”死人”(シビト)の技とは人間をソウルレス(魂無し)の状態に固定させることだと推測される。魔法で治療するというならば、まず失った魂を取り戻し、それによって5感を刺激していくわけだが今回はその手は無し。
と、なると。精神的に縛りつけている強迫観念、これが”どうでもよくなるほどの変貌”を肉体の側に与えることで、その少女の精神を落ち着かせるしかないだろう」
「落ち着く?」
「冷静に受け止める、といっていいかもな。
人の肉体とはな、調子をよくしたり悪くするだけでも受け取り方が簡単に変わってしまうのだ。同じ皮肉を言われても、容姿が優れたものならそれを妬みとうけとり、容姿が劣るものならばそれを侮辱とうけとる……うん、間違ってないな。
わしに言わせるなら、人を狂わせるのに最も簡単な方法はその肉体をおぞましいものへと変えればいい。ただ、それだけで人は簡単に狂気へと落ちていけるのだよ。
不死者よ、お前さんのように手広く色んなものを見ていると違いがよくわからないのであろうがな。東洋の連中のいう”精神の力”というのは確かに馬鹿にしたものではない。
だが、奴等が思っているほど完璧なものでもないのだ」
「どうだろうな。時々、俺にはその違いがわからなくなる」
「ふふん。不死へと至るという狂気の所業を平然と行う男の言葉がそれとはな。
それにアレはしょせん入り口と出口が”人間”であるというルールで縛り上げている。我らの如く、血も肉も、命さえも弄ぶ魔導の技から見れば、真に歪で未熟としかいいようがない」
大魔道士ブビャ―キンがそう言って誇るのを見て、ダ―クハートは苦笑いを浮かべた。
「多分、相手もそう思ってると思うがね」
「そりゃそうだろう。このわしを見て見ろ。かつての肉体を失い、力を失い、新たな身体となったこの猫の本能と折り合いをつけながら生にしがみついている。奴等から見れば、とうてい理解できないことであろうさ」
そういうと、今度は可愛らしい猫の声でニャーと鳴いてみせた。
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大魔法使いの言葉を頭から追い出す、たしかに問題は多く残したままとなっている。
「わからないよ。全てはこれから、さ。エリクサ―には話を通したが、しばらくは彼女の様子を観察することになったし。
アインの言う通り、元の組織は任務を果たさないまま離脱して、さらに帰還しない彼女を裏切り者と考えるだろう。報復が無いなんてことはないだろうな」
「だから、引き受けたんですか?身元を」
「俺じゃない。俺は最初から彼女の依頼を断ってる。引き受けたのはここにいる黙して”語れない”、役立たずな交渉人の方さ。こいつだけは”彼女の依頼”とやらにご執心だったからな」
ずっと黙って座っていたブラックサンは、隣に座る髑髏をジロリと睨んでみせた。
「ま、これからさ。全部、これから……」
その言葉が、今夜の会合の終わりの合図となった。
ブラックサンはこの3日の間、パーフェクト・オーダーを使用した反動で一切声が出なくなっていた。
当分は口を開けるのは歯磨きと食事のときだけになることになったというわけだ。ブッカーマンは「家の中が静かになります」などとさっそく皮肉っている。それでも、このくらいで済んだと喜ぶべきことである。
その力を強めたパーフェクト・オーダーは人々の意志を平然と奪い去っていき、彼の命令を待つだけの人形へと達街変えていってしまう。そしてそこまでさせる以上、ブラックサンの方にも大きな負担が襲ってくるのだ。
だが、今回は両者が共に早い段階で”ブラックサンの提案”に了承を示したことで、ひどい事態にはなることはなかった。
それはそれで、喜ばしい話ではある。
今回、自分とダ―クハートがしでかしたことは決して褒められることではないのはわかっていたし、非難を受けるのもわかっていた。
だが、それでもあの日、次々と襲ってくる襲撃者と共に死の中を狂ったように駆け抜けていった彼女が、全てを失っても始めからやり直すと決意したことだけは事実である。
それならば、裏切り者よ死者となれ、そんな災厄が再び彼女に身に近づく時。自分が、黒く染まっていたとしても、そこから燃え上がる太陽の炎の光で照らしてやれないか、そう思ったのだった。
彼の名前はブラックサン。
領土も国民もない、その力だけで王となれる道化者。
そして東洋の島国に伝わるSamuraiの技を身につけた少女が1人。
彼女は彼に助けを求め、彼は彼女に了承すると手を差し伸べた。
その手を握った時、彼女は過去の全てを失ったが。そのことについてどう考えているのだろう?
だが、とにかく今は輝くような元気な笑顔を浮かべ、新しくできた多くの友人達に囲まれている。
今は何もない彼女に、これ以上何を欲するというのか。
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センダイ・シティの奥深く、あの研究者達はまだ不安で眠れぬ夜を過ごしていた。
そんな調子だから、のんきに研究を続ける気にもなれなかったわけだが。それも今日で終わる。
本部が彼等の為に部隊の一つを回すと通達してきたからだ。
「よく、よく来てくれた。正直、生きた心地はしなかったよ」
訪問者たちが、仲間を示す暗号の正しい答えを口にした事で研究者の2人もようやく安堵できたようだ。
「ネットワークの普及にはまだ時間がかかるが、本部の移転は完了した。いくつかの部隊は潰され、いまも捜査の手が伸びているところがあるが、とりあえずここは大丈夫だ。我々も来たからには、安心して貰いたい」
「よかった、見捨てられたかと思ってたんだよ」
「はは、そりゃないさ。このシラヌイとビャクヤは、我ら”旭”の”ヒノモト”滅殺の要の一つだからね」
「ああ、ああ。そうだとも!」
その後も、研究者の2人は餓えて居た最新の情報を求めて、訪問した彼等にあれこれ質問を続ける。
だが、そのうちふと、思いだしたようだ。
「最後に…いいかな?」
「なんだい」
「ネットワークが切れた後の話だが、新機人事部が独自にヒノモトへの襲撃に動くという話を聞いたんだ。彼等はどうなった?」
「……ああ、それか」
部隊長はそれを聞くと深い気に顔を歪めてから答えた。
「全滅、したそうだ。ヤクザ者をつかって潜入しようとしたらしいが、そのせいで逆に尻尾を掴まれたという話だ。新機人事部の連中が、この件でどう言い訳をするのかわからないが、詳しいことはネットワークが復旧した後。そういうことになるだろうな」
「…そうか」
2人はそれだけ聞くと、急速にその話については興味を失い、どうでもよくなってしまった。
あんな無茶な作戦が、そもそもうまく行くはずが無かったのだ。それに、ヒノモトに対する切り札は奴ら新機人事部などではない、このシラヌイとビャクヤなのだ。
それだけがわかれば、全滅した連中のことなど、どうでもよいことのように思えた。




