完璧を求めて
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高速エレベーターに乗り、駆動音鳴り響く中を、背後に広がるアークシティを見ることなく一心にただ扉が開くのを待っていたブラックサン。
彼は目的地に到着すると同時に飛び込んできたショッキングの光景 ―― サムライがハラ切りのあとで斬首されるかのようなシーン ―― サチコの背後に立ち止めを刺さんとするウコンとサモンジを見ると躊躇することなく力を実行した。
ORDERとよばれる強制する力が声となって放たれる。
だが、今夜流れた血を止めるには、まだまだその力だけでは足りない。
(う、うごけん。これはっ!?)
ニンジャは突然自分の意志に反して体の自由が利かなくなったことに軽いパニックを感じるが、早くもその心のざわめきを鎮めんと呼吸を整え始める。
「う、ウコン。奴だ」
同じく苦しげに呂律のやや回らぬ声を上げたサモンジの声でこちらに歩いてくる男に気がついた。
ブラックサン。アークシティの闇と光を気軽に踏み越えて遊ぶ自称”交渉人”。
新たな敵となる男の登場は、今まさにその命を狩り取らんとして邪魔されたことに対して感じる、若者特有の怒りをも急速に冷めさせる。今夜流れる血が、戦いはまだ終わらないのだ。
引き続き、ニンジャ達は彼等の心の中の”スイッチ”を切り替えにかかる。
ブラックサンはと言えば、おんなじ顔のニンジャマスターになどまったく興味が無かった。
ただただ、サチコだけを見つめて彼女に近寄ると手を伸ばそうとする。
(追いついた、危なかった)
だが、その手はサチコに触れることはなかった。出来なかったのだ。
彼女は苦しそうであった、顔をゆがめて苦悶の表情を浮かべていた。なぜ?
「我らと敵対するつもりか、交渉人?」
「お前は何をしにここへ来た、交渉人?」
微妙にハモっていない声が飛んでくる。ブラックサンはサチコから視線をそらすと立ち上がりながら”声のする方向へ”と向き直った。
それは、オーダーの力によって体の自由を奪われたはずのニンジャマスター達が、”いつの間にか2人から数メートル離れた場所に移動していた”。なにをしたのか、わからないがそこに至るのに苦労したらしく、両者とも膝をつき、肩で息をしていた。
ここはアークシティで相手が何かしかけてきた、というだけでいちいち驚いては鉄火場になど突撃できない。特に裏社会の人間ならば。
そして、このままならばオーダーの力から抜け出ようとするニンジャ達の試みが成功するであろうこともブラックサンは見抜いていた。
だが、それならば彼はもっと慌てるべきではないのか?
それにはブラックサンの持つ力、オーダーについての説明が必要になるだろう。
彼の力とは、極論でいえば自らの意志を押し付け、押し付けた相手の意志を奪うというのがその本質だと考えていいと思う。つまり、それはとても凶悪で、強大な力。
なので彼がブラックサンを名乗る前は、自分のこの忌まわしき能力を完全に使いこなすことに全てをかけていた。
結果、ラジオの音を上げ下げするように、オーダーの力を抑えた下位バージョンといえるものを生み出すことに成功したのである。勘違いしてほしくないのは、ここでいう下位とは決して劣化を意味するものではない。
これでも、よほど自我の強固な者でなければ命令に抗うことはできないし、その被害範囲はほぼそのまま残っている。ただ、ひとつだけ違うのは”自分への反動”がでにくいようにしたのである。
「こうして直接顔を合わせるのは初めてだったね。挨拶からはじめよう。私の名前はブラックサン。よろしく」
「ウコンである」
「サモンジだ」
短い自己紹介が交わされると、いよいよ交渉人の真骨頂が開始である。
「さて、お2人の疑問はもっともだ。だから手早くお答えしよう。
ひとつ、私は別に君等と敵対しようとは思わない。ただし、わたしの邪魔をしなければという条件付きではあるが。
さらにひとつ、わたしがここにいるのは依頼人の為だ。この少女が私の依頼人だ。私は私の仕事の為だけに、ここに来て、この少女の口から”依頼”を聞くために君等がしようとしたことを止めたのだ」
「………」
無言の返答が返ってくる。ブラックサンにしてもいささか間の抜けた答えとは思ったが、ほかに言いようもないわけで隠すことなくぶっちゃけるように理由を口にした。
「…ならばそれでもいい。だが、知っているのか?」
「その少女は、我らの命を狙う暗殺者。お前がその少女の”依頼”とやらで我等の敵にならぬとどうして言える?」
「それは確かに言われてみればそうだ。だが、忘れてもらっては困る。
私はブラックサン、交渉人だ。
暗殺の片棒を担ぐような真似は絶対にしない。もし彼女がそんな愚かな依頼をしたなら、やめるように懇切丁寧に”説得”するだけさ。
大丈夫、これでも私は口が上手いからね。彼女もわかってくれるはずさ」
「なるほど、その少女を助けたい、というわけか」
「だがその必要はないぞ。すぐにわかる」
不穏な言葉がウコンとサモンジの口から発せられ、それが間違いではないことを示すように2人はゆっくりと立ち上がる。どうやら、このわずかな時間で体のコントロールを取り戻したようだ。
だが、それはニンジャだけの話ではなかった。なんと、座りこんでいたサチコもまた、震える膝を押さえつけるようにして立ち上がろうとしている。
両者の戦う意思は、ブラックサンの言葉だけでは奪われることはなく。今も勢いよく燃えあがる直前の火のように、闘争心は再びその力強さをとりもどそうとしているのだった。
だが、ブラックサンの顔に焦りはない。
とても穏やかで、むしろを自分の力を跳ね返そうとする彼等の姿を当然のことと受け入れていた。
彼にもわかっているのだ。この最悪の事態が、最後に至ろうとするなか、”ただの力”だけでは何もできないということを。それこそ”なにものにも抗わせない力”、”なによりも強大な力”でもって横からぶん殴る事をしなくてはならないことを。
そして、その覚悟はとっくにできていた。
(天国の天使、このアークシティは君と暮らしたあの町の匂いはない。君の白い翼が羽ばたく空もない。
だが、こうして再び私が恥知らずにも君の気遣いを踏みにじる姿をさらすのは苦いものがある。
でも仕方ないんだ。知らなければここに来ることはなかったが、君も知っての通り私は女性に優しい。そしてあの時の君のように、大きな争いに巻き込まれて死ぬところを見たくはなかった。そうなる前に、彼女を連れ戻したくて私は出来る限りやった。
なにも無いところから、手探りで、一度は彼女にも追いつくこともできた。
(それがこんなことになってしまい、本当にすまないと思っている)
覚悟はしていた。だからといって、ブラックサンの心が晴れることはない。
そう、その瞬間が来るまでは。
「………、………!」
それは確かにブラックサンの口から発せられた言葉であった。
それが何を言ったか。この場にいるサチコも、ウコンやサモンジにも聞きとることができなかった。
それでも何かを口にしたとわかるのは、このホールに徐々に小さくなっていく残響音で理解したからである。
それは最初の力の証、下位バージョン開発によってその名をゆずる以前の力。
いや、それでは謙遜が過ぎるというものか。前のものに比べ、完全に使いこなすことができるそれは、より一層危険なものへと進化していた。
名前をゆずったソレの今の名は、パーフェクト・オーダーという。
その口を開き言葉を発すれば、その声は王の如く傲岸に、下々の耳へと降り注ぐ。
そして臣民たる者達は、頭を垂れ、ひざまづくしかないのである。
3人に起きた変化は明らかであった。
ウコンとサモンジは直前までの闘争心を隠さぬ、挑戦的な表情をはりつけてはいたものの、体はまるで逆の反応を示す。
肩の力が抜け、持っていたドスを落とし、袖からは暗器がボロボロとこぼれ落ちる。
腰は力なく落ち、足はわずかな抵抗の証なのか、2人は片足をなんとか立ててはいるものの、それはたまたまそうなっただけなのかもしれない。
その姿は、畏れ多くも王の前に拝閲を許された民のように、頭を上げることすら困難な様子だった。
サチコにも同様のことがおこっていたが、その結果は酷いものだった。
返り血に肉がぬらぬらとからみつく、あの美しい黒髪の下には若い娘とは思えぬ苦悶の表情がはっきりと浮かんでいたのである。
目玉がこぼれ落ちるのではないかと言うくらい開き大きく目を開き、その瞳はカクカクと小刻みにあらぬ方向に動き続けている。血の気の引いた真っ青な顔は歪みに歪んでいて、流れ落ちる鼻水は、顔についた血と混ざって色を変えて顎へと落ちていき、口の端に泡を吹き始めていた。
当然、態勢も壮絶なことになっている。
両膝で何とか立っていたその体から力が消えると、2本の刀はすんだ音を立てて床に転がり。上体は起こすことができなくなってそのまま後ろへとグンと押し倒されていって、弓なりとなる。
まさに呼吸ができずに酸素を求めてのた打ち回って苦しむ、そんな姿をさらしていた。
おかしな空白の時間は長くは続かない。ブラックサンにむけてニンジャマスター達は必死の思いで声を上げる。精神は奪われなくとも、このままならどうなるかわからないし、無防備な姿をさらし続けるわけにはいかなかった。
最初にサモンジから口を開く。
「正気か!?キサマ、この期に及んでこのような馬鹿な真似をっ」
その言葉にウコンが続く。
「哀れな、哀れなっ!我らの意志を奪うことは出来るやもしれぬ。だがしかし、その小娘は。お前の娘にそれはない。絶対にあり得ないのだぞ!?」
言い草も頭にくるが、なによりこんな事態になってもこの2人はいちいちハモらないと気が済まないのであろうか?不思議である。
「無駄だ、ブラックサン。お前のしていることはすべて。お前が勝利しても、この場からその手に抱えて持ち出すものはなくなるだけ。お前はその少女を助けるつもりのようだが、彼女の方はそれを望むはずはないのだ」
「強力な呪いがかけられ、その娘はすでに鬼となり果てここに来た。お前がここから連れ出そうとしても、娘はどうせ我らの首をとるまでは動こうとはしない。例えお前のその力で無理矢理従わせようとしても、不可能なのだ」
無知ゆえに蛮行へと走ったブラックサンを思いとどめようと、2人は隠すことなく真実を告げた。
だが、今度はブラックサンに表情はなく。その顔はなぜか冷たく床に這う3人を見下ろしている。
そしてニンジャマスター達の予言通り、サチコは静かに壊れ始めていた。
ブラックサンの放った強力な命令が、従ってなるものかと反応する最初の命令と激しくぶつかり合う。その結果、サチコの中で思考を、記憶を、想いを、そのすべてを踏みにじり滅茶苦茶にしはじめていた。
このまま時がたてば、予言は正しかったことが証明されるだろう。
アークシティに入りこんだ”全ての敵の死”をもって、ウコンとサモンジはブラックサンの命令を受け入れるだろう。
だが、それは果たしてブラックサンの望む勝利なのだろうか?
その時、このビルから立ち去る彼のその腕には多分、哀れにも壊れ、力尽きた少女の亡骸を抱えるというラストシーン以外、ありえない。
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事態は悲劇へと一直線に、落下するように動いていた。
3つの想いに妥協点は全く存在せず、それだけに淡々と無慈悲に事実だけが雪のように降りつづけ、積り、そしてその重さに耐えられなくなった者から先に脱落していこうとしていた。
ポーン
あの音が再びフロアに響く。
新たな登場人物は、この目の前の異常な状況に放り込まれたまま身動きの取れない4人を見てどうするのであろうか?
ダ―クハートがエレベーターからおりると、そこに4人の男女が互いにけん制し合うように対峙しているのが確認できた。
(やはり、こうなったか)
探偵はため息をつくと、ゆっくりと一歩を踏み出す。
その瞬間、自分が何か異質な空間の中に侵入した、という不思議な確信を感じる。だが、これも想定内の事であった。
身動きすることなく、3人を見下ろしなにも口にしようとしないブラックサンの横に立つ。
しかし、探偵は交渉人の顔を見ようとはしなかった。
何故かはわからないが、どんな顔をしているかわかっていたし、それを実際に見たくはなかったのだ。
変わりにエビ反りになって泡を吹いて苦悶するサチコの元へと行く。
その肩を抱きあげると、体がわずかに痙攣し始める。その姿を見てもなお、ダ―クハートは黙ったままであった。
かわりに探偵は、自分の懐に手を入れるとそこからアルミ缶で出来たペンケースのような箱を取り出す。その蓋に手を置くと、ここではじめてサチコに語りかけた。
「アサギリ……サチコ…だったな。俺がわかるか?
お前は死人の術を施され、完成された暗殺者となった。残念ながら、お前はもう元に戻ることはない。昨日まで見えていた風景は、明日から意味の無いただの背景にしか思えなくなっているはずだ。命を奪い、狩ることだけが全てに感じられるようになってしまったのだ。
もう一度言う。今のお前の呪いを解いて、常人に戻す方法はない。
だが、ここにアークシティの大魔法使いブビャ―キンとその弟子たちによって新たな方向が示され、新商品を開発した。彼らにはわずか数時間しかなかったが、十分期待に応えてくれた。
これは禁呪とよばれるものだそうだ。精神に変わりはないが、その肉体を大いに変貌させる。
それを今からお前に与える。
だが、すでに精根尽き果てている今のお前に、これは激薬でしかない。耐えられなければ、容易すくその命を奪うだろう」
そこで、いったん言葉をきる。ダ―クハートは、もしかしたら後ろに未だ立ったままでいるブラックサンがこちらを邪魔するのではないか、と考えたからだ。
しかし、彼を止める声がかかることはなかった。
「よく聞け、忘れるな!?
お前が明日を思う気持ちがわずかにでもあるのなら、この毒に足掻らってみせろ。それしか今はお前が助かる道はない。いいな?生きたいと思うなら、これを1人で乗り越えて見せろ」
最後のそれは、ほとんど応援のようなもので、これで僅かにでも元気になってくれればと言う願いであった。
そして、箱のふたが開けられ、中身が剥き出しとなる。
そこにはねばねばと茶色の色をして形を変えるスライムがあった。それに触れないようにとポケットから出した万年筆の背ですくいあげると、ペッとサチコの額に乗っける。
それはいくつかに分裂し、ひとつは額の傷の中へ、流れ落ちる途中の目の中へ、鼻の中へと入っていき。最後に泡を押しのけるようにして口の中へと流れ込んでいった。
次に、ダ―クハートはサチコの手からこぼれ落ちた刀【夜叉丸】を手にすると、ゆっくりとかしづいた姿勢のまま動けなくなってしまった2人のニンジャマスター達の元へとむかった。
「ウコン、サモンジ。そうだな?」
ダ―クハートの声に2人は答えない。だが、彼は構わずに続けて
「お前達の顔を見るのは初めてだ。前任の頭領は無事に本懐を遂げたらしく、何年か前にヒノモトの社長になったと聞いている。吐き気を覚えるほどおぞましいお前等の一族は、まだ元気にしているか?」
返事はなく、姿勢も変わらぬまま、その表情は下を向いてはっきりしなかったが。彼等の顔に浮かんでいた脂汗はいつしかその量を増し、冷たいものへと変化していた。
「さて、お前らにはまず理解してもらいたい事がひとつある」
そういいながらも、なんとダ―クハートは右手に握った【夜叉丸】を、とんとんと交互に剥き出しの2人のうなじに乗せて叩いてみせる。一応は刃は逆に上を向いているので斬られることはなかったが、首筋にあてられた鋼の冷たさは嫌でも彼等を刺激しただろう。
「この時点で、お前等の死は確実であるということだ。刀で首を落とすやり方は俺もよく知っている。ニンジャの頭領首が2つ。ここで並ばせるのは簡単だというわけだ」
事実、範囲内に入っていても、肝心のブラックサンが無言のままではこのダ―クハートを止める術は2人にはなかった。同時に、そんな不覚をとったことを国元の一族が知れば、激怒したことであろう。
そうなれば、2人の命はやはり風前の灯火と同じでしかない。
「ブラックサンが、こいつがお前達に何を要求したのかはだいたい予想がつく。だから俺が、お前達が決断しやすいように面白い話をしてやろう。といっても、これは独り言みたいなものだから、お前らの礼なんぞ要らない。そのかわり、約束を守ると口にしたら死ぬ気で守ってもらうぞ」
これは驚くべき申し出であった。
この探偵は、ニンジャの頭領達が自ら進んでサチコを許し、今日の恨みを水に流す決断を下せるようにしてやると言っているのである。それは、岩を剣で真っ二つにすることに近い。そんな無謀なことに思えた。
「ニンジャよ、今回の事件はなぜ起きたと思う?
本国のヒノモトが原因?反ヒノモトの連中の特攻攻撃?違う、どれも違う。そう思っているなら、それはオロカというものさ。
じゃ、なにが?そいつは俺が、お前等に教えてやる。
グレイスン・ファミリーだよ。
お前達はハメられたんだ、ファミリーの連中にな。無差別に思える市民が襲われ、死者がごろごろと町のあちこちで発見されて騒ぎになっている。だが、それはいつまでもそうじゃない。
俺がこれからの未来を言い当ててやる。
そうだなぁ……明日の夜明けごろ、混乱しているこの町の警察署に一本のおかしなタレコミ電話が入る。『暴れているのはニンジャ達だ』とかな。情報を欲しがってた警察はそれで動く、それしか手がかりがないからな。そして、当然のように最初にグレイスン・ファミリーにどういうことだと聞きに行くだろう。お前らが奴らに力を貸しているのは、ちょっと詳しい奴なら誰でも知っていることだからな。
だが、彼等はマフィアだ。
口ではお前達を守る、ファミリーの庇護の下で活動する者達は全力で守るのが彼等の流儀ってことになってる。だが、一方で昨夜この町にヤクザが訪れてニンジャ達と会っていたという情報が流れることになる。
知っているか?ヤクザはこの国ではミュータントテロリストと同じくらいの脅威として認識されてるんだ。そんな組織の連中が、この国に入った後で監視の目を欺き、怪しげなニンジャ共と会談した、なんて情報をどう受け止めるかね?」
さきほどまでサチコが苦しげに喉を鳴らしていた音が消えたせいか、フロアは恐ろしく静かで、ダ―クハートの声だけがよく響いていた。
「知識人の中には、お前達忍者も十分な脅威だと叫んでいる連中がいる。
マスコミまで巻き込んだ今回の一件に、こんな状況を待っていた連中がチャンスを逃すと思うか?闇に紛れて働くはずの忍者が、他国の首脳をターゲットにするなんて宣言したとわかれば、隠密部隊としては失格。本国の一族もお前達のミスを決して許しはしないだろうよ。
どうだ?こうしてこんな場所で、のほほんと遊んでいる場合じゃないとようやくわかってきたか?」
「そ、それだけでは…まだだ。なぜ……なぜだ?」
歪めている口から、苦しそうにウコンがそう問う。なぜ、とは何のことを指してのことなのか、少し考え、そしてダ―クハートは答えた。
「グレイスンは信用できないお前達を必要としなくなったのさ。
あそこの長男のヴィクトールと末弟のマーリンはやり手で有名だ。付き合う中で、お前達の心中を読み切れなかったことが彼等の不信を買ったんだ。
当然だろ?仲間にしてみたものの、いまいち目的のわからん胡散臭い連中を放っておこうとは普通、思わんだろ?忠犬のふりをして首筋に噛みつかれたら嫌だからな。
シナリオはこうだ。
ヤクザとの取引の代役をもちかけつつ、彼等と同時に入国してきた不審な連中が同じ時期にこのアークシティへと入ってきた。グレイスンにはよくわからんが、お前達ニンジャであれば国元の騒動から相手の存在がなにかはすぐにわかる。
グレイスンの連中は、驚いた顔を見せる一方で、もしかしたらヤクザが彼等を引き込んだのかもしれないと推論を口にしながら、我々の商売の邪魔をされては困るという」
それは、まるでこの探偵が見てきたかのように語る今日のニンジャ達の出来事であった。
「………」
「どんな相手かとお前達が探ってる間に、グレイスンはあちこちに噂を流して騒ぎを大きするだろう。お前達は出来うる限り、ばれないように注意して行動したはずだ。だが、それなのにマスコミや警察の耳に情報が入りまくってる、なぜだ?
簡単な話さ。グレイスンの息がかかった連中が”善意の一般人”として彼等に事件を知らせて回っているからだよ」
「……よく…できたストーリーだ。だが…証拠は?」
「ないな。だが、知りたいならいい方法がある。グレイスンの連中の所へ行って、『騒ぎを大きくしたのはお前達か?』とでも聞いてみるがいい。もちろん、朝が来てからにしろよ?
マフィアが夜に殺気だった訪問者を家に入れるわけがないからな」
「……気が変わるかもしれん。ひとつ聞こう……我等に打つ手はないと思うか?」
「さぁねぇ。暴れたのは事実だし、証拠の”死体”はあちこちから出ていると報じられている。今のままなら、48時間以内に、まずいことになるんじゃないか」
とぼけたふりをしつつも、この瞬間。それまでの風向きがわったこと感じていた。
王にかしずく民のように、頭を垂れ脂汗を流す2人のニンジャマスターは、何事もなかったかのように突然すっくと立ち上がった。しかし、多少はダメージが残っているのか、2人は僅かに後ろによろめきかける。
しかし、その表情はこれまでと違い、どこかすっきりとしていた。
「TWO-HANDが頭領、ウコン。お前達の調停を受け入れよう」
「TWO-HANDが頭領、サモンジ。今宵の戦いは”暗殺者の全滅”をもって終了。これより先に今夜の遺恨は残さぬと約束しよう」
「それが賢い選択だ。ニンジャマスター」
その言葉に初めて反応したブラックサンに、2人はおもわず肩を縮めて構えようとする。しかし、心なしかブラックサンの声は先程までとは違い。なにか声の張りに弱々しかった。
どうやらこの約束によって、ブラックサンの声の支配から解放されたということらしい。
「探偵、お前にはもう一つ聞いておきたい事がある」
「お前は思った以上に早くここへたどり着いた。下にいた我らの部下はどうした?」
至極もっともな問いに、探偵は軽い調子で答える。
「別に、何も。動けなくなった奴等に、お前達に言ったことと同じような話を聞かせてやっただけだ。そうしたら誰も俺が上に行くのを邪魔しなかったぞ」
それを聞くと、2人は一度頷き
「では、我等は所用ができた。失礼する」
「我等が留守の間、君達はここから退去することを要求する。戻ってきた時にいられては迷惑だ」
そういい捨てると、ニンジャマスター達は霞のようにその場から消えていた。
「なにが『戻ってきた時いられては迷惑』だ。どうせ警察も来るからここには戻らない癖に」
ダ―クハートは姿を消した2人に向けて悪態を吐くと、サチコへと視線を向ける。
そこには横たわって動かないサチコに自分の上着を被るブラックサンがいた。
「………ダ―クハート」
「言うなよ、その娘は言ってた。依頼相手は”黒い人”。俺だって話がこう大きくなったら気にもなるさ」
この瞬間、命の炎が消える間際の怨嗟の声は絶え、怒りに憎しみがぶつかりあう戦いは、ようやくその終わりを告げた。
そんなアークシティを包む夜の暗さは過ぎ去ろうとし、時計は午前3時まであと15分のところを指していた。
明日、この話の最後の回を投稿します。




