欠け落ちゆく刃
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エレベーターの中央で、サチコは片膝をついて座っていた。
ガラスの向こう側の夜の世界が、自分の周りと違って穏やかな町が、ゆっくりと下に流れていく。
サチコはしばし目を閉じた。
よく見れば、彼女の体には返り血で汚れてよくわからなかったが、無数の切り傷擦り傷があるのがわかる。いや、むしろあの激しい追撃戦の最中を駆け抜けてきてこれだけで済んだことの方が驚きである。
しかし、それほどの強さを示した彼女でもやはり敵の本拠地を攻めるのは並大抵のことではなかった。事実、ダ―クハートの乱入が無ければ、このエレベーターにも乗ることはなかったであろう。
だが、ここまで来たのだ。
気力、体力ともに厳しいことは分かっていたが、その目の奥では暗い炎がいまだにゆらゆらと揺らめいたまま燃え続けていた。
75階に到着、ぽーんという音の後で、エレベーターは扉を開けるが中にサチコの姿もなかった。しかし、自動で扉が閉じようとした瞬間、細い腕が天井側から伸びると、続いて体に回転とひねりを加えてサチコはエレベーターから飛び出て床に這うように着地をする。
その目は素早く左右を確認し、右手には兄妹弟子のコオロギがつかったあの鉄製のブーメランが握られている。
だが、そこには彼女を待ち構える者たちなど誰一人としていなかった。
サチコは警戒を緩めることなく体をおこすと、ゆっくりと歩き出す。
そこはフロアを4つほどブチ抜いたような広大な空間を、これまたまったく理解のできない意匠をほどこした柱や意味のわからないガラス張り、布などが設置され。
その意味不明なところに、オリエンタルな雰囲気いっぱいの人工で作られたNipponの住居がぽつんと立っていたりする。
サチコはそれらに潜むニンジャがいないか探すが、彼女の期待に反してこの空間には人の気配が全くなかった。
ヴンっ、それは突然、サチコが握ったブーメランを投擲した音であった。
勢いよく回転をしながらも、まわる鉄の刃は空を切り裂いて空を飛ぶ。しかし、キンっと澄んだ音がすると真っ二つにされた状態で床にひらひらと落ちていってしまう。
(!?)
まさか破壊されるとは思っていなかったのだろう、サチコの顔にこのとき久しぶりに驚きの表情が浮かぶ。
「暗殺者が来たな」
「ここまでくるとはたいしたものだ」
2人のニンジャマスターのその声は、サチコのことを、彼女のこれまでの戦いぶりを心の奥底から称賛していた。
「よくきた。ウコンである」
「だがここまでだ。サモンジだ」
同じ顔をした2人は、信じられないことになにもない空中に立っていた。多分、目に見えぬほどの細い糸でも張り巡らせてそうした演出をしているのだろうとサチコは推察した。
その服装も変わっていて、黒のライダージャケットに、同じ色の手袋。紺色のスラックスで統一している。
「死兵となり果て、我等に挑戦するか。愚かな」
「死人は所詮死人であり、あらゆるものを欲して奪いつくす生者にかなうわけもなし。哀れな」
「………」
それが、3人の合図となった。
2人のニンジャマスターが宙空より並んで地上へと飛び降りる間に、サチコは背負っていた武器の中から2本の長い棒を勢いよく引き抜くと、地面にそれを叩きつける。
(ナガスミ…いくよ……)
2本の棒はすぐに組み合わされてひとつに、短槍へとすがたをかえると仕掛けが動いて左右の端に刃が現れる。
槍を持ったら無双といわれた兄妹弟子のナガスミの使っていたそれを手にすると、サチコはその穂先をウコンの胸めがけて突撃しながらつきだしていく。
ウコンとサモンジはどこからか取り出した長ドス(脇差)で応戦する。
ウコンを追うサチコにサモンジがついていく。この形で一直線に動く3人は、激しくたがいに攻撃を加え続ける。
しかし、サチコの突きはいっこうにウコンの体を捕えることができず。サモンジとウコンもまた、その刃をサチコの体に近付けることはできなかった。
無言の中で繰り出され続けるその動きは、舞いと言うには激しすぎ、殺し合いと呼ぶには美しかった。
だが、その攻防も途切れる瞬間が来る。
戦いの最中、一瞬互いの目を見て確認したニンジャマスター達はここで変わった行動をとる。サチコを挟むようにして立つニンジャマスター達は唇を尖らすと、ひゅーひゅーと失敗した口笛を唐突に始める。
(………!?)
と、同時にサチコの顔が不意に歪む。
呪い山彦の術、それはそう呼ばれている。こうした術は、極めれば一声かければ竜巻をおこし、精神を死に至らしめる、ところまで可能といわれているが、この時マスター達が使ったのは難度からいえばたいしたことのないものであった。
しかし、それにもかかわらず。やられた方のサチコのダメージは大きいようで、先程からの激しさはそのままでも、そのふるう技からはみるみるうちに美しさが失われていく。
片手にドスを、片手で術を扱う2人と違い。サチコは全身の動きを活用していたことが皮肉にもミスへと繋がる。
例えるならば、死人を感情をなくし、ただ目的の為に前進する今のサチコを流れのはやい川とすると。2人のマスターはそこに新たな力を吹きこむことで一方行へにむかう川の流れに渦を作ってとどこうらせようとしたのである。
そして、それは成功したのだ。
ついにサチコの甘い踏みこみから出された突きと払いをウコンとサモンジは簡単にかわすと、それだけにとどまることなく槍の穂先を斬り落としてしまう。
(カゲミツ…!?)
感情に流される暇もなく、続いて素早く取り出す鉄鞭を握る頃にはサモンジが目の前へと迫っていた。これを迎撃せんと、サチコは頭蓋めがけて鉄鞭を振りあげるがサモンジはそのままお構いなしに突っ込んでくる。と、突然急停止すると同時に、彼の口から唾が飛びだす。
(眼つぶし……)
ならばと構わずに振り下ろさんとするサチコであったが、飛んできた唾はある時点でパッと光輝くとボウボウと音を立てた巨大な火炎球へと姿を変える。
瞬時に皮膚に感じる火の勢いが、尋常な温度でないことを悟るとサチコは身をよじらせ、それでもたりなくて握っていた鉄鞭を放り出した。
ありがたいことに火炎球へと姿を変えた後はゆっくりと力なく飛んでいたそれに間一髪、触れずにすんだ。
だが、転がった先で慌てて起き上がるところに今度はサコンが飛翔してとびかかってくる。
(っ!?)
さすがにこれはよけられぬと左手にした手甲を前にかざすが、ウコンはこれを確認すると突然動作を変えてサモンジのように唾を吹きかけてきた。
サチコはそれが先程の火炎球かと一瞬、肝を冷やしたがそんなことはなかった。飛んできた唾はぺシャリと左腕の手甲にはりつく。
だが、今度はじゅうじゅうと音と煙を上げて手甲の一部が溶けだした。
慌ててサチコは手甲を左手から外すと床に叩きつけた。”魔”を帯びた武具となったはずのそれは、無残にもその形をただの液体へと溶けて変わろうとしていた。
(カブト、そんな……)
サチコの表情にあらわれた苦痛を示す歪みがまたひとつ深くなる。
「お前達サムライと違い、我らニンジャは毒も炎も使う。こうなるのは当然である」
(ムカデ……ミツコ…!)
その言い方が癇に障ってサチコは態勢を整えるとすぐさま次の手に打って出る。取り出したクナイを投げると、大きなモーションで取り出した鎖鎌を軽くふりまわしてから鎌の方を投げつける。
クナイは飛んでくる最中、その数を突然3つに分かれながらサモンジへと向かい。
鎌の刃はウコンの首を狙って飛んでいく。
そこにサチコにとって実に信じられない光景が待っていた。
「ほう」
そう小さくつぶやくと、サモンジはドスでもってあっさりとクナイを叩き落とし。ウコンもまた無言で飛来したか鎌をむんずと手でつかんでしまう。
「”霞クナイ”ではないか、これは我らニンジャの技」
「そして知らなかったのか?鎌は本来ニンジャの使う得物のひとつだ。とうぜん、鎖もその一つ」
今度は明らかに嘲笑の笑いが含まれた言葉であったが、サチコはそれを聞くことはなく残る鎖をなげつける。しかし、それはサモンジの袖より伸びた同じ分銅付きの鎖によって空中で絡め取られてしまう。
「これはこれは、なんとも愉快だ。サムライよ」
「お前の師は、見よう見まねでこんな拙い技をお前に伝えたのか。哀れよな」
ギリッ、この時初めてサチコは悔しさから奥歯を強くかみしめていた。
「そしてわかったぞ、娘。お前にかけられた死人の技」
「愛憎深い魂達をその体に取り込み、一騎当千の境地を目指し鬼人を生む。なるほど、納得の冴えわたる技よ」
「だがしかし、数多くの武器を奪われた今のお前は、なぜか弱く見える。気のせいか?」
頭領達が口にした疑問は、いがいにもすでに正解を導きだしていた。
事実、この階に来た時に比べると、サチコの背中は小さく、あの時あった迫力はどこにも見ることはできなくなっていた。
そして吐く息は荒く、四肢に加わる力にも震えが混じっているのも事実である。
ついに、この少女は限界を迎えようとしていた。
手にした鎖を引いただけで絡まったほうの鎖はくだけ、残る鎌は床へと突きたてられると軽い蹴りをいれただけであっさりとへし折られてしまう。
「娘、我等がお前の相手をすれば一瞬で終わった。だが、そうしなかった」
「なぜならここまで来たお前への称賛は本物であり。だからこそ、その全てを味わい尽くし。犯して辱めた後に殺す必要があった」
「お前の中には、あとどれだけの魂が残っている。1人か?2人か?」
「全てを吐き出せばお前はただの娘になる。戦うことのできない死人は無残な最期を迎えるだけだ」
それは冷酷なニンジャからサチコに向けた死刑宣告であった。
それでも彼女は諦めることはなかった。
足にうまく力が入らなかったのでペタンと腰をついて座ってしまったが、その目の奥底に揺らめく暗い炎はゆらゆらとまだ消えることはなく。その震える手は腰に下げた2本の刀に添えられた。
中刀【夜叉丸】小太刀【ノバナ】
残るは2本、これに全てを賭けるしかなかった。
そして、それを見てニンジャマスター達はいよいよ隠すことなく笑いだす。
「そうか、刀か」
「最後がそれとはらしい話よ」
だが、これだけでは駄目だ。この刀に必殺の力を与えるには立たなければならない。震える体に、再び立ち上がれとサチコは命令を下す。
生まれた小鹿のように、よろよろとしているサチコを見下ろすウコンとサモンジであったが。その目は冷たい光しかない。
だが、そのせいであろうか
「いい事を教えてやろう、小娘」
「ウコン?」
「いいのだ、サモンジ。教えたいのだ」
そう言うとウコンはサチコに向かって語りだした。
「我らニンジャと違い、お前達サムライの技が現在ではたいした価値がないとされる理由がわかるか?」
サチコは答えない。そもそもそんな言葉を認めるわけにはいかなかった。
「我らヒノモトには多くの私設部隊が存在する。しかし、その中でなぜ我等が最高位とされているか、お前達はわかっていない」
すると、それまで相方のきまぐれを呆れていたはずのサモンジがその言葉のあとを継ぐ、
「ニンジャも所詮はサムライと変わらぬ。その精神と技が伝わるならば、ヒノモトの一族が率いなくともいいのだ。だが、それならばなぜ我らTWO-HANDでは常に一族から頭領達が、このウコンとサモンジの名を受け継ぐと思う?」
意外なことに、ここに来て彼等は自らの一族にある秘密の一端を公開しようというらしい。
「その体術はさえわたり、達人を極め」
「その忍術は千差万別、奥義を極め」
「だがそれだけでは。ウコン、サモンジの名は継げぬ。なぜだ?」
2人の目は怪しく輝き、まるで申し合わせたように片手を上げるとそこに鈍い光がともるのがわかる。
「我等は第3の力。超人の力をも有する者。これをもって絶対の強者の道を、ただただ極めるだけでいい」
[娘よ。我らと対峙した瞬間からお前の敗北は決定されていたのだ」
それは魔と技でもって2人を斬ろうとしたサチコに対し、彼らどちらか1人が相手になったとしても決して補えない力の差があることを告げる無慈悲な真実であった。その言葉に、ボーゼンとしかけたサチコは目の前に立っていたはずの2人の忍者が姿が消えたことに気がついた。
まさか、目はそらさなかったというのに!?
「終わりだ」
自分の後ろから突然凄まじい量の殺気があふれ出ると、たったそれだけでサチコの体は身動きが取れなくなる。
ウコンとサモンジは手刀を振り下ろさんとすでに構えており、彼等の脳裏には次の瞬間に胴からこぼれ落ちるサチコの頭部が見えているのだろう。
ぽーん
緊張した空気を破るその間抜けた音に続き、エレベーターの扉が開く。
誰も動くな!!
その中より凄まじい怒号がすると、ホールはそれを何倍にも重なるように響かせる。
そしてその制止を求める声を聞いただけで、3人の男女はたちまちそのからだを言葉によって縛りあげられてしまう。
アークシティ唯一絶対の交渉人。ブラックサンがついにようやくこの場所へ、少女に追いついた瞬間である。




