メイヘム (1)
よかったら一読後、感想その他を残していっていただけると嬉しいです。
アークシティの正義の砦である警察署は上へ下への大混乱の最中にあった。あいつぐ市民からの通報は、一般人に何者かが襲いかかるという凶行があちこちで発生していることを示し、実際にそのいくつかの場所から争いがあった形跡が見つかっており、さらにその近辺で死体まで発見されていた。
この異常事態に、街の治安崩壊の可能性があると判断した署長は、全署員動員という切り札をさっそくきり。これより24時間以内にこの問題を片づけるよう発破を交えた指示をだした。
そして、アークシティは厳戒態勢に突入しようとしている。
本日の勤務時間を終え、アインはさっそくカサンドラへと直行。いつものように、いつもの飲み仲間と愉快に飲みつつ、時折助平な目でエグザイルの後ろ姿を眺めていたわけだが、この騒ぎで再び警察署へと向かっていた。
むろん、美人と楽しいことは何よりも大好きな彼だが、これでも立派な警察官である。その顔は緊張することも、職務に駆り出されるという不満でもなく、謎の襲撃者の待つ前線に行けるのではないかという予感に不遜な面構えでいっそ頼もしく思うのではないだろうか。
ロビーに入ると、さっそく受付嬢へ話を振る。
「チッす。調子、どんなことなってる?」
「…軽い。軽すぎるよ、アイン君。って、お酒の匂いがするんですけど」
「アハハハ、カサンドラで飲んでたから…」
「またぁ?」
ここで嬢は呆れ顔をしつつ、その表情の裏に「まだいってるのか、諦めの悪い」とほくそ笑んでいるのが見て取れるが、アインはまったく気にしない。
「それで?」
「もう、しっちゃかめっちゃかよ。大変なのは確かだけど、なにがおこってるかわからないっていうか。みんな、ピリピリしてるしかないってこと」
「ふーむ」
うなってみせる。確かにここに来るまでの間にラジオのニュースもよくわからないが大騒ぎ、とだけ報じているのがほとんどであった。しかし、なぜであろう?アインの鼻が妙に乾き、耳がピコピコと激しく動いてしまう。これは、自分が何か失敗をした時の雰囲気にそっくりなのだが?
「あ、そうだった」
受付嬢はメモをひっくり返して確認するとそんな声を上げる。その声で我に返ったアインに気の毒そうな彼女は言った。
「サンダーランド警部が、アイン君が来たらすぐに呼べって言ってたわよ?機嫌、わるかったみたいだけどなにか失敗しちゃった?」
そんなまさか、と軽く返しておきたいところであったはずなのに。アインはごくりと生唾を飲み込むことしか出来なかった。
「ご機嫌ななめッスか?」
「斜めではないわね、たぶん。垂直になってるんじゃないかなぁ」
「うわぁ……会いたくないッス」
そんな軽口をたたきながらその場を離れる。
こういった時に使われるのは緊急対策センターである。そこは軍であれば司令部と呼ばれる場所となるが、こちらの方も装備なら負けてはいない。巨大スクリーンに写された町の図にはリアルタイムで入ってくる情報を整理して表示している。オペレーター達がそれぞれのコンソールに向かってせわしく打ちこみ、時に連絡を取り合っている。そこから複数の制服を着た警官が出入りを繰り返している。まさに前線の指令基地といっていい。
ここからその巨大スクリーンの情報を見る限り、あちこちで騒ぎは広がっていっているのがわかる。
そしてここで一番目立つ中央に陣取っているのはSWAT部隊の隊長と、その隣に光の騎士ことアレックス・アークナイト。そしてサンダーランド警部がこれまたおっかない顔をして腕を組んでいた。
(うわー、マジで最悪じゃないか)
多分、目の前で起こっている事件で機嫌が悪いのだと思いたいが、あの怒りの中にわずかにでも自分の分が混ざっているのではないか、そう思うと早くも尻尾を丸めて逃げだしたい気分であった。
「チッす。ちーっす。ご苦労様です。ちぃーッス」
忙しくしている人の中を、これまた異様に腰を低くして進むアインは嫌でも目立ってしまう。
「アイン!!来たなっ」
「チィーっす。隊長さんも騎士さんも。警部もご苦労様です。ちっす」
相手は自分に対しても平然と雷を落とす危険人物である、とりあえず最初はわざとらしいくらい下手に出て様子を見ることにする。しかし、どうやらその作戦は早々に見透かされてしまったようである。一瞥すると厳しい声をかけてくる。
「お前に聞きたい事がある」
「あ、ハイ。なんスか?あ、仕事あけだったんでアルコールやっちまいましたけど、この後。医務室行くんで。それに、始末書はちゃんと提出しましたし。あ、パトロール中にカサンドラの姐さんとこに入り浸るのはもうやってません」
「嘘をつくな、今日はいったはずだ」
「え?えぇ?」
しまった、そうだった。少女を連れて相談に行ったのをうっかり忘れていた。しかし、アレはちゃんと理由があったし、以前のような遊びでやったわけではないわけで。
「な、なぜそれをっ!?」
「おい、酔ってるだけじゃなくて寝惚けてもいるのか?お前が報告書にそう書いたんだろうが」
「へ?ああ、そうでした。そうでした、忘れてたっス」
確かにそうだった。しかし、それがなにかまずかったことがあったのだろうか?
「アレにはいくつか気になるところがあった。お前、東洋人の少女を探偵と交渉人の馬鹿に引き合わせたそうだな?」
「え、あ、はい」
「で、その後でダ―クハートになにか都合してやったそうだな?」
「ええ、記録をちょっと見せてほしいって言われて…」
「それだけか?」
「ほへっ?」
「他に何かなかったか?」
他に?ほかに何かあっただろうか?アインは首をひねって必死に頭の中で記憶を巻き戻してみる。
(そういえば、電話で姐さんから警部に話せとか何とか言われてたような気も……)
「どうだ?」
「う、うーん」
唸ってしまうほど考えてしまう。といっても、うっすらとしか浮かぶものはなく。何がどうとは覚えていないので答えようもなかった。
警部もそれを見て深く追求することなく話題を変えた。
「そうか、それならいい……アイン、お前にはすぐにいってもらいたいところがある」
「ハイっ」
「お前、エミリアとかいうブン屋のマネゴトしているのと知り合いだったな?彼女が今夜、事件に巻き込まれた。お前、ちょっといって病院までついていってやれ。それなら医務室行く必要もないだろうしな」
エミリアが事件に!?
「ちょっ、彼女。無事なんスか?」
「ああ、大丈夫だ。でかいたんこぶ1つだけですんだそうだ。ただ、彼女を捕えていたストリートのガキどもがな。彼女の前で全員殺害された。ひどくショックを受けているそうだ」
「わ、わかりました。急いで行って来ます」
そう言い残すと、アインも緊急センターから走って飛びだしていく。
このアインが結局忘れてしまったことで、警察はこの町の闇で行われていることについて、全体像をつかむのにさらに出遅れることになる。
▼▼▼▼▼
チャンネルを変えると、女性キャスターが丁度最新のニュースを伝えているところであった。
「…です。繰り返します。サンダーランド警部補は先程の記者会見において。今夜半からはじまった市内各所で起こる暴力事件について、関連についてはまたも明言を避けましたが。犯人グループを、昨年同様の騒ぎを起こしたミュータントテロリストの再来ではないかと言う問いに対しては、はっきりと否定するコメントをしました。
次のニュースです。
この騒ぎに新たな犠牲者が出たのではないかと言う情報です。ストリートギャング、ポップコーンヘッドと呼ばれている一団のボスを含めた十数名が死体が発見されました。
彼等は何者かの襲撃によって命を落としたのではないかとみられており、今夜の騒ぎに関係はないか、警察は早速捜査を開始したとのことです。
ただ、このギャングは今朝方も何者かの襲撃を受けていた、との情報があり。関係者の話から、あっ、ちょっと待ってください。
今、現場の最新の映像と共に情報が入ってきました。
どうやらこのギャング団は女性を一名、拉致、監禁していたとの情報が入ってきました。
この女性は無事、保護されたそうです。繰り返します、女性は警察に保護されたそうです」
はやる気持ちと声を抑えようという感じで読み上げている女性キャスターの映像から、現場の映像へとさし変わっていく。そこには警官の服を着た獣人のアインと、それに抱えられる様にして歩いているのは泣きじゃくっているエミリアが救急車の中へと消えていくところが映されていた。
▼▼▼▼▼
人気もまばらになったビジネス街を切り裂くように、けたたましくサイレンを鳴らしながら数台のパトカーが走り抜けていった。その光景を眼下に見ながら、サチコは目指すべきその場所へと向かってビルとビルの谷間めがけて跳躍する。
明るく輝く広告塔のネオンにその影を映し、修羅と化した少女はひたすらに走り続ける。目指すはTWO-HANDの2人の頭領の命のみ。それを手に入れるためならば、手足どころか命すらも投げ捨てる。まさに肉弾となりて敵を屠る、必殺の精神だけが彼女を突き動かしていた。
ブラックサンの手を振り切り、ここまで走り続けてきたサチコは足を止め、眼前に建つビルを見上げる。ビジネス街の一角にそびえ建つそのビルこそTWO-HANDの所有物にして本拠でもあるナカトミビルであった。
なぜここに敵が潜んでいるのか、彼女が何処でそれを知ったのかは分からないが、その顔には自分の目的がここにいるということを確信している風であった。
煌々とライトアップされた、その建物を見据え、サチコは荒く吐く呼吸を落ち着かせることに努める。最期の時は近い。これから自身の持てる全ての力を出しつくし、例え死のうとも任務を果たすのだ。
そうすれば無念と呟きながら死んでいった爺ちゃんや、仲間達にも胸を張って会うことができる。皆で楽しく暮らしていたあの頃に戻れるのだ。
サチコは額から流れ落ちる汗を手でぬぐうと、ナカトミビルの正面玄関へと向かって歩み出した。緩やかなスロープを登り、洗練されたデザインの彫刻が飾られた短い階段を上るとそこがナカトミビルの正面玄関だった。
サチコは大型の回転式ドアに手を当てると、押してみた。
それはロックされておらず、なんの苦もなく回り始める。
一瞬脳裏に敵はまだ自分がここに来ていることに気づいていないのだろうか?という考えが浮かんだものの、すぐにそれを振り払う。その程度のぬるい相手ならば爺ちゃんが死ぬはずはなかっただろうし、易々と仕事をなしとげて今頃はNiponnへの帰路についていただろう。
警戒していたが、回転ドアの内部ではなにもおこらなかった。そのままドアを抜けていく。
ニンジャ達に自分は誘われている。自らの懐に呼びこみ、決着をつけようと考えているに違いない。ようやくこの考えに自信を持つことができた。
全面ガラス張りの玄関ホールは地上3階まで大きな吹き抜けになっており、広々としたそこには高価そうな大きな壺やタペストリーといった芸術品が展示されている。
ここから上に行くには、階段、そして正面につけられたエスカレーター、あとは奥に行ったところに見えるエレベーターしかない。
こんな大きなビルの上を目指すのに階段で、というのはいかにも現実味がないし、エレベーターは目につきやすい。とはいってもここは敵の領域だ、危険でないことなどないわけだが。
突然、吹き抜けを見下ろせる2階の渡り廊下に次々と煙が舞いあがった。そして、煙の中から黒の背広にサングラスをかけた男達が次々と現れる。TWO-HANDの上忍達がそろって迎えに出てきたのだ。
その中から1人、男が進みでると、サチコを傲然と見下ろす。
「よくぞここまで来た、小娘。だが、暗殺者がこの先を進むことはない。見るがいい!!」
男が指差した天井に、突如として4つのコンテナが出現して降りてくるとサチコの囲むようにして着地した。
「この箱に封じられしは、虚ろなる地獄の深淵より呼び寄せた悪鬼羅刹よ。貴様ごとき小娘にこれを使うには惜しいが、ここまで生き延びてみせたそのしぶとさに敬意を表し、その力を見せてやろう」
そう叫ぶと、男は素早い動きで指で印を結ぶと、怪しげな呪文をブツブツとつぶやき始めた。と、同時に背後に控えていた他のニンジャ達も同じように唱え始める。その光景に一瞬気圧されたサチコであったが、すぐに落ち着きを取り戻すとエレベーターにむかって駆けだそうとした。
「遅いッ」
しかし、サチコのその行動をあざ笑うように男は吠えると、最後の印を結び呪文を完成させてしまう。
「独角鬼!」
その言葉と共にコンテンナの扉が次々と内側から吹き飛んだ。轟音を立てながら飛んでくる鉄塊の一つを舞うようにかわしたサチコは、4つコンテナの中から次々と這いだしてくる異形の生物達を睨みつける。
4m近い巨体の餓鬼を思わせるぶかっこうな体型とは裏腹に、異様なまでに発達した筋肉、頭部に生える一本角、そして口以外の顔パーツを持っていなかった。
その口も、生臭い腐臭を漂わせている。しかも周囲を窺うような様子を見せていた怪物達は、目がないにもかかわらずサチコのいる方向にわかったらしく。こちらを向くと、鋼のような爪でコンクリートの地面を削りながらサチコ目指してのしのしと歩き出した。
対するサチコは、刀を青眼に構え、相手の出方を窺ってみせる。
ゆったりとした調子で歩を進めていた独角鬼達は突如として動くスピードを上げると、目の前の少女をズタズタに引き裂こうとその爪を伸ばす。風を切り裂き、突きだされた爪をサチコはギリギリの間合いでかわし、よけざまに鬼の腕を肘から切断してみせた。
痛みと怒りの入り混じった咆哮をあげる鬼を無視し、次にサチコは右手から突っこんできた鬼へと体をむける。巨体を生かし、叩きつけるように突進してきた鬼の股下へと滑り込むと抜けざまに内股を深々と切り裂いた。
そうして、当たれば粉々に砕け散りそうな4体の鬼の攻撃をかわしながらサチコは、斬撃を叩き込んでいく。だが、鬼達はその身を朱に染めながらけっして倒れようとはしなかった。
(傷が治っていく…?)
異変にはすぐに気がついた。
いつのまにか4体の鬼の中に、腕を斬り落とされた奴がいなくなっていることに気がついたからだ。
その理由も簡単にわかった。
先程から、鬼が傷を負うたびにニンジャ達が呪文を唱えていた。どうやらアレでサチコが作ったどのような傷も、その場でまたたく間に治癒してしまうらしい。
(面倒な……)
決して負けるとは思わない。
だが、サチコは焦りから、ちらとエレベーターへと目を向けた。時間を食い過ぎている、なんとか鬼を振り切り上階へ向かわなければ、だがどうする?
「ここが貴様の墓場だ。諦めろ」
焦りが見え始めたサチコに、ニンジャ冷酷に宣言する。だが、その時
プァァァァァン!!
どこかで気笛が聞こえた、と思った直後。ガラス張りの窓をブチ抜き、突如として大型トラックが吹き抜けへと突入してきた。トラックは吹き抜けに展示されている美術品を粉々にしながら走り続け、鬼達にぶつかってなぎ倒しながら方向を変えると、壁面へと激突して停止する。
「クソッ、やりすぎちまった」
フロントガラスを蹴り破り、運転席から毒づきながら這いだしてきた男が1人。
不死の探偵、ダ―クハートであった。黒い髑髏の探偵は、驚く上階にいるニンジャ達を一瞥しながら立ち上がる。
「どうやら宴もたけなわ……ではないらしいな。だが、クライマックス直前に到着なら予定通りだ」
そういいながらポンポンと巻き上がっている粉をはたいて体からおとすと
「さて、自己紹介をしようか。そうだな、『騎兵隊の到着だ』こういえば、わかるよな?」




